『訊いたらいつでも答えてもらえると思わないほうがいいよ』
ジュナイパーは、またしてもはぐらかすような返答を放ってくる。先ほど、明らかに何か思うところがあった間を挟んだくせに、それをルチャブルに打ち明ける気はないらしい。
馴れ馴れしくする一方で、その実は共有も共感もしない。彼はそういう鳥なのだと、再認識させられる。
『そもそも、綺麗になりたいって欲求に理由は必要かな?よりよい自分であろうとするのはほとんどの生き物に共通することなんじゃないの?
向上させたいのが知能なのか身体機能なのか、はたまた攻撃力?防御力?各々の事情で十人十色だろうけど、ボクの場合は特に美しさへのこだわりがあるってだけさ。実際、大輪の薔薇でなければ誰からも見向きもされないんだもの』
美しさを目指すことそのものは理解できるつもりだった。何かにつけて派手好きな種族に生まれついている分、尚のこと。
目立つための演出を考えるのは楽しい。自分の見映えをよくしたくて羽繕いに熱を入れたし、克己せんと武道の鍛練に打ち込んできた。そして、その努力を認められ、褒められたら満たされる。それは確かなことだった。
しかし、ジュナイパーとは相違がある。
美しさを追求することに異論はないが、それは本来、自分が楽しんだり、気分を明るくするためのものであるはずで、ジュナイパーのように「美しくなくてはならない」と強迫観念に駆られるようでは疲弊するだけではないだろうか。ましてや、他者を巻き込んで、奪い盗って、踏み台にしてまで叶えんとするのは外道だ。
話しているうちに、違和感が強まる。
そうだ。綺麗とされる基準も、綺麗になる方法もごまんとあるのに、「魂を喰う」ことだけに固執している点が不可解だ。
ジュナイパーのやってることは、「綺麗になりたい」という願望を隠れ蓑にした「別の何か」な気がしてならない。
その「別の何か」を上手く言語化できない代わりに、直感的な恐怖を覚えて、ルチャブルはこくりと唾を呑み込んだ。
『…おまえの考えだけが正しいわけじゃないだろうに』
まとわりつくような不気味さを振り払いたくて、ルチャブルは切り返す。
『おまえ、極端が過ぎないか。自分の価値観に振り回されてるように見えるぞ。挙げ句、自分の都合に付き合わせておきながら他者に苦しみを与えることを厭わないなんて、…間違ってる』
誤りをはっきりと指摘すれば、ジュナイパーは苛立つだろうか。批判には代償が伴うかもしれない。
仮に、自分だけが苦痛にさらされるのならまだ我慢するが、…それにとどまらず外界にいる仲間に害を及ぼすことになったら。そうした見せしめを危惧して今まで大人しくしていたというのに、開いた口からは次々と言葉が飛び出ていった。
『薔薇は綺麗だ。でも、薔薇だけに一等の価値があるとは限らないだろ。季節ごとに咲く野花を眺めるだけで十分だという奴だって大勢いる』
『…だから?』
一通りを聞き終え、その上でジュナイパーは冷笑を見せてきた。今日はやけによく鳴くんだね、と細められた紅い目が語る。
『作為がないものにも美しさが宿ると言いたいの?詭弁だ』
うふふふ、ふ。
ジュナイパーは口元を翼の先で押さえながらルチャブルを否定する。小枝をぱきりと折るように、あっさりと。
『止しなよ。みすぼらしいキミがそんなこと言うと、負け惜しみに聞こえるからさ。
ボクがキミの魂の美しさを見出だして評価しなければ、キミはただの醜い
『…そうだな。今の俺は薄汚れた煤まみれだ。自分のことながら嫌になる』
でも。
でも、と、ルチャブルは逆接を使う。
───失意の底でうずくまっていたルチャブルに手を差しのべてきた変わり者がいた。
三日月の下で交わした他愛ない雑談のひとときが、傷つきながらも脅威から逃がそうとしてくれた姿が、ルチャブルの胸の中に根を張りつつある。
だから、ひとり囚われていても、挫けずにいられた。
「特別だ」と言ってもらえたあの重みが、今では錨となって、逆境のただ中にあるルチャブルの正気を繋ぎとめている。
『…こんなにも損なわれているのに、俺のことを気にかけてくれる奴がいたんだ。俺は、それだけで』
これから先も生きていける。
───と、堂々宣言する気でいたのに、突如としてぼわりと視界が白んで、立っていることもままならなくなった。
せっかく鍛えた体幹が脆くも朽ち果てたかのように、身体が揺らぐ。膝をつくだけではもはや足りず、両手まで地につけないと、全身を支えることができない。
息が苦しい。
動悸がする。
鼓膜のすぐ裏側に心臓がくっついているのではないかと思うほどに、どくどくと鼓動の音がうるさくて、不快だった。
自ずと、頭を垂れるような姿勢になっている。
いつ限界を迎えてもおかしくなかった体調とはいえ、こんな奴を前にしてへりくだるような格好を、と悔しさではがゆい。
『つらそうだね』
微塵も心配を滲ませない声が、ルチャブルの頭上から降ってくる。
『やっぱり、霊界と馴染まないのか。ゴーストタイプでないと長持ちしないみたいだ』
長持ちするとか、しないとか。
気分は吐き気を催すほどに最悪だが、ルチャブルは今更のように口元で苦笑を浮かべる。
ジュナイパーの言葉選びから、ルチャブルをどのような対象として位置付けているのか透けて見える。魂が綺麗だ、傍にいてほしいなどと言いながら所詮は物扱い…、全く、この期に及んでまだ呆れることが残っていたとは。
『どうせなら、ゴーストタイプを足してみるかい?』
ルチャブルの胸中を顧みることなく、ジュナイパーはひとしきり、うん!それがいい!と声を弾ませている。「ひらめいた!」と子どものような顔つきをしているのが目に見えるようだった。
『他者をゴーストにできる技があってね。使える知り合いがいるから頼んでこよう』
ゴーストになる?俺が?
ぞわりとした悪寒が背筋を一直線に奔っていく。このままでは取り返しのつかないことになる、何とかしてジュナイパーをはねのけなければと焦燥に駆られ、だが、やめてくれと叫びたくても自身の荒い呼吸に阻まれ声が出てこない。
目覚めたときには見知らぬ場所にいて。己の外見は変わり果てていて。記憶をなくしていて。パニックから立ち直る暇も与えられず、脅され、拐われ───もう沢山だ。これ以上、本来の「自分」から遠ざかりたくない。「自分」を侵害されたくない。
それなのに、抵抗しようにも、四肢が麻痺して使い物にならない。
なんというざまなのか。
血がにじむほどに口を噛み締めた、そのとき。
『…おやおや、了承を得ずに改造する気ですか』
束の間、ルチャブルの身体はびしりと強張る。
ろくな対処もできない不調の最中だというのに不測の事態が起こったことを悟って、じわりと冷や汗がにじんだ。
混乱不可避、それはそうだろう。ジュナイパーと全く同じ声を以て、しかも背後から、諫める発言が割って入ってきたのだから。
どういうことなのか確認せねばならない。倦怠感をこらえてどうにか上体を起こそうとしたのだが、ままならない体躯は、次の瞬間にはすうと抱きかかえられている。
頬に触れる、ふわりとした羽毛の感触。不覚にも、───温かいと、それが真っ先によぎった感想だった。
『考えを勝手に先回りさせて?
相手のためだと言い張って?
相手がそれを求めているかどうかは完全無視、自分が世話を焼いてやったという満足感が欲しいだけ……はー、やだやだ。そういう横暴な振る舞いをしちゃダメよって、教わらなかったんですか』
…ああ、いないんでしたね。親も友だちも。
あまりに無慈悲な煽り文句だった。
ルチャブルの視界の端ではジュナイパーが顔色を失くし、いつもの小馬鹿にしたような表情も消して、はくはくと嘴を動かしている。彼にとってもまた予想だにしない出来事なのだということが、その挙動によく現れていた。
『お、おまえ、何、…ッ!』
『口調が崩れてますよ、魔王様』
ルチャブルをかかえる名無しの鳥は、余裕を手放さない。
『全て把握済みです。今の僕はあなたそのものなので』
謎めいたことを告げるばかりで、正体は明かさない。信用に足るのかも分からない。それなのに、名無しの黒翼はルチャブルを守るように覆ってくる。おそらくは勝算に裏打ちされているのであろう、迷いのない言動が頼もしく感じられる。
なぜだ。
なぜ、安心感に包まれるんだ。
もう一体、ジュナイパーと瓜二つの個体が現れた異様な状況下だというのに。
『 改めまして、
カロスの挨拶。それが符丁だった。
孤軍奮闘が終わった合図───味方が来てくれたのだと察した途端に肩の力が抜ける。次いで湧き上がる安堵は優しい鋏となって、ルチャブルの意識をぷつんと断ち切るのだった。