ピ、ピ、ピ。
文字に起こしたら小鳥が歌ってるように見えるんだろうけど、…違うんだよなあ。
各種バイタルサインを映し出す機械が、一定の間隔で刻みゆくこのリズム。命の鼓動を表すにしては随分と機械的で、無機質で、冷えきっている。
…でも、こうして規則正しく鳴ってんのが肝心なんだよね。身動き一つしないルチャさんに代わって、今のところ彼がちゃんと生きてるんだってことを教えてくれてるわけだし。
ポケモンセンターに運び込まれてからむこう、ルチャさんは眠り続けている。
苦悶の表情はない。うなされることもない。もし夢を見ているのなら、それはどうか平和な内容であってほしいと思う、…けれど、一見穏やかな寝姿であろうが当然看過はできない。
一向に起きる気配がないしさ、こういう目処の立たない「無期限」って一番しんどいパターンじゃん? これ、今回の騒動で再確認したことね。
…ちなみに、なぜ目覚めないのかは原因不明なんですって。はいはい、出たよ原因不明。現代医学の敗北
今回も今回とて、アレでしょ霊界の影響ってやつなんでしょ。あんな妖しいところに何度も連れ込まれたら、そりゃあね。やばいことにしかならんでしょうよ。事実、ルチャさんはご覧の有り様だし。
我らが姫君はルチャさんの枕頭につき、時折たおやかな手つきで冠羽を撫でたりしながら、目覚めの時を待っている。
瞼がおろされている分、いよいよルチャさんは漆黒の塊になっていて、あまりに底知れぬ色合いゆえにブラックホールじみており、ずっと見つめているとこちらがひょっと吸い込まれてしまうんじゃないかと思うときがある。書き損じた文字を上からペンでぐちゃぐちゃにして消すみたいに、まるで、空間そのものが鳥の形に塗り潰されているかのよう。
その「黒」と対照的な鮮やかさを携えて、大量の花が、ベッドに彩りを添える。
色とりどりの様は、さながら華麗なモザイクアート。いずれもコウガくんが摘んできたものだ。
時折、病室にはポケモンセンターのスタッフとしてキュワワーがやってくるのだけれど、彼らには草花を美しく保つ力があるので、ルチャさんの周りにある花はどれも皆、摘み取られてから時間が経っているにも関わらず新鮮で瑞々しい。
コウガくんは、日ごと違う花を持ち帰ってきては、眠るルチャさんを相手に、どこで採ってきたのか、どんなふうに咲いていたのか優しく話して聞かせる。薄紅の眼中に、僕や姫の存在はない。コウガくんの意識は、どうやらルチャさんと「ふたりきり」の状態であるらしい。だからずっと、ルチャさんにしか向けない柔らかな表情で、あまやかな声で、語りかける。『一緒に見にいこう』と、その願望が実現することをいつも祈って、ルチャさんに花を贈り続けている。
入院中、トレーナーとしてジョーイさんにひとり呼び出された僕は、彼女の険しい顔つきから全てを察し、これから説明される内容まで割と正確に予見できてしまったため、暗澹たる心持ちになった。
投薬によって回復してほしいルチャさんの心身の状態は、決して上向くことなく、懸命な治療を嘲笑うみたいに下降の一途を辿るだけ。彼は緩やかに衰弱し、つまりは緩やかに死へ向かっているのだと打ち明けられた。案の定である。
なんでかなー…、ルチャさんにとっての脅威を取り除くことに成功したというのに、どうしてこう、依然として後遺症みたいなもんがこびりついてるんだろう。
こうして、僕だけが先んじて嫌な話を聞いてしまったものだから、安らかに目を閉じて横たわるルチャさんを眺めているとかえって恐ろしくなってくる。
こんなこと言ったらコウガくんに悪いけど、モザイクアートに例えていた花々が、途端に、棺に敷き詰められた手向けに見えてきてしまって、…そんな、縁起でもない発想をする自分自身が恨めしく、憂鬱にならざるをえなかった。