※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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深碧のロットバルト⑲

 普通、警戒すべきなんだろう。

 霊界の産物?そんな薬とも毒ともわからんものを飲ませようとは何を馬鹿なことを。正気の沙汰じゃない…って、突っぱねるのが正常な態度なんだ。きっと。

 でも、僕らは今回の騒動を通じて勘づいてしまっている。もはや、まともな手段ではルチャさんを救えないんだってことに。

 膠着状態を打破する特殊な起爆剤が要る。だから、コウガくんによる珍奇な収穫物に賭ける以外になかったのだ。

 

 

 レアアイテムの使用ってドキドキするよね。そう思わない?手に入るのは一つだけ、手に入れる機会も一度だけとなったら、余計にさ。ホントにこれで大丈夫?正解なんだよね?とか、疑心暗鬼になって緊張しちゃう。

 …緊張しちゃう、けど、ルチャさんの命が左右される場面なんだし、躊躇いは無用だ。潔く切り札を使ってこーじゃんか。

 

 たとえば『塔の上のラプンツ●ル』でもさ、ヒロインが歌ってたでしょ。花はきらめく~、って。魔法の花に「時を戻せ」「過去に戻せ」「傷を癒せ」と頼んでいた。魔法の力で運命の川をさかのぼり、過去の夢をよみがえらせる。いま僕らがやろうとしてるのは、それと、おんなじ。

 

 …思い出すなあ。皆で見上げたヒヨクシティでの花火。

 ルチャさんに訪れた変化を目の当たりにしながら、そんなことを思う。

 コウガくんが持ち帰ってきた彼岸花の蜜を嚥下した後、真っ黒だったルチャさんの羽に色彩が咲いていく。夜空に光の傘をひろげたみたいに、次々と。

 本物の花火だったら、煌めきは一瞬。あとはその残滓を散らしながら空の中に消えていくけれど、ルチャさんの翼の彩りは決して失くなりはしなかった。ルチャさん本来の鮮やかな色が弾け、定着し、全身にこびりついていた漆黒をひっぺがしてあるべき姿へと戻していく。

 ファンタジー作品によくある見せ場、魔法や呪いが解ける瞬間て、こんな感じなのかしら。その現象があまりに神秘的で尊いもののように感じられたから、僕らは、ただ黙って見守っていた。実際、横たわるルチャさんの美しさに目を奪われて、語るべき言葉を見失う。

 

 霊界由来の彼岸花は、役目を終えたことで萎れ、枯れ、崩れ、幽霊みたいにすうと消えてしまった。その在り方こそ奇怪だけど、消費したから失せただけのこと。筋は通ってる。だから、正しい鍵で、かちゃりとドアの解錠ができた感覚に近いものを覚えた。前進できた手応えだ。

 

 半ば諦めていたものが無傷で返ってくるなんて、ルチャさんにとってはこれ以上ない最高のプレゼントなんじゃない?絶対喜ぶよ。起きたときの反応が楽しみ、これは是が非でも意識を戻してもらわなくっちゃ。

 ルチャさんを見つめるコウガくんの横顔には、もう、淀みも濁りもなかった。目に見える形で希望を得たためだろう、今では力強ささえ感じられるくらいに、きりりと引き締まった生気が漲っている。

 

 コウガくんは、恭しくルチャさんの手を取って、そっと自身の掌で包み込んだ。

『もう一息だ。…必ず、御主を救ってみせる』

 ほう?

 もう一息、とな。やけに確信めいてるじゃないの。何か妙案でも? 先々の見通しが立っているかのような言い方が気になって尋ねてみたら、……、…んんん?ん?

 

 ちょい待ち。

 何?何の話?

 

 

 もしもォーし?もしもしもしもし???

 え?マラサダ数百個?全額負担?僕が?

 

 

 僕のこと打出の小槌か何かだと勘違いしてない? 無限に湧き出てくるもんとちゃうんやで。

 …一応言っとくけど、金は惜しんでないよ。当然じゃん。ルチャさんのためだもん。僕だって、その場に居合わせてたらボクレーの要求は即座にのんださ。あのね、感謝の言葉ひとつもないまま「オラ、ちゃっちゃと払え」って悪びれもせず財布扱いされたのがムカついてんの。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。

 

 

***

 

 

 お客さま、失礼ですが注文数に間違いはございませんね?と、それはそれはしつこく、何度も何度も、めっっっっちゃ入念に確認された。まあ数が数だし、つまりは額が額だし、店側の心配も尤もだ。前金かつ一括で払うからと説得し、どうにか受注してもらうことに成功する。

 てかさ、マラサダ各種百個ってどういうことなん?フレーバーごとに百個ずつって解釈でいいの?期間限定のマラサダとかも確保しといたほうがいい感じ?そういう具体的なところをコウガくんがまともに聞き出していないせいで詳細不明であり、よって僕はあらゆるケースを想定せねばならず、手当たり次第に購入する羽目になった。ホント贅沢なことしてるわ。無駄遣いしてるつもりはないけど、最近声高に叫ばれてるSDGsに逆行してる気分。

 

 さて。クッソ煩雑だったけど、とりあえず手配は完了したし、次は運搬のこと考えなきゃね。

 ボクレーたちの住む森はアーカラ島にあるので、僕は有無を言わさずコウガくんを連れていくことにした。『なぜ拙者まで』とひとしきりぶつくさ言ってたし、ルチャさんの傍にいたいのが本音だろうけれど、そのあたりは姫に任せることにしたのか渋々ながら重い腰をあげるコウガくん。

 何だかんだついてくるのは、ひとえにルチャさんのため。断じて僕の身を案じてのことではない…うん、自分で言ってて悲しくなってきちゃったな。

 

 深い深い森の奥へ向かって、道なき道を辿りながらマラサダを届けるのがどれだけ大変か言うまでもないことだし、道中、マラサダの甘い匂いにつられて野生のポケモンが襲ってくることだって十分にありえる。まさか食べ物にスプレーしてポケモン除けするわけにもいかないしさ。かといって、搬送と撃退をひとりで両立させるのって、やっぱ、どう考えても無謀だ。

 コウガくんが僕に協力する姿勢を見せるなんて空から槍が降ってくるレベルの珍事なんだけど、彼としては、絶対に、途中でマラサダが台無しになることを阻止したかったのだろう。万が一「契約不履行」とみなされてしまえば、肝心要の「葉っぱ」をもらえずにルチャさんを助けられなくなるばかりか、下手すると機嫌を損ねたボクレーたちから報復を受けかねない。

 

 …と、いうわけで。

 ルチャさんの羽が一夜にして元に戻ったことにビビり散らかすジョーイさんには「奇跡も、魔法も、あるんだよ」と彼女の年代じゃまず分からないであろうネタをほざいて誤魔化しつつ、僕とコウガくんはウラウラ島を後にする。

 

 

***

 

 

 荷車(リヤカー)にどっさりと積まれた魅惑のお菓子。それらを涼しい顔して運搬する僕、バンバドロ。彼らは人間界に溶け込み、労働力として活躍しているから、街中で見かけることは容易だった。変身のためのサンプルには事欠かない。

 このお馬さん、尋常ならざる輸送力が売りのポケモンだ。積載荷重がどれほど大きかろうが、行く道がどれほど悪かろうが、タフに突き進んでいく。ポケモン界屈指の超重量ゆえに素早く動くことはできないが、そのハンデを補って余りある優れたパワーとスタミナを有し、攻撃力も申し分ない。どうしようもなく差し迫った事態に陥ったら、僕も戦闘に参加しようと考えての選択だった。ま、結論から言うと杞憂だったんだけどさ。

 

 マラサダ目掛けて、火の中 水の中 草の中 森の中 土の中 雲の中から───ありとあらゆる場所から、ポケモンたちが飛びかかってくる。ほらね、想定の範囲内。

 で、ルチャさんが絡むことに限りきっちりと働くコウガくんは、すこぶる有能な用心棒だった。おかげで僕はマラサダを運ぶことだけに集中すればよく、コウガくんをやる気にさせるルチャさんパワーの絶大さを改めて実感する。

 

 コウガくんは、遠慮も慈悲も手加減もなくばっかすかとエグめの水手裏剣を撃ちまくり、迎撃と排撃に徹した。派手な動きは実力の誇示も兼ねている。これにより「やばい余所者がきたぞ」と出回ってくれたら上出来だったんだけど、そうなる前に、割と早い段階で徒党を組んできた輩がいた。

 

 しつこい食いしん坊軍団、アローラ種のラッタとその手下たち。

 

 集団戦ならいけるとたかをくくっていたのだろう。その食意地の報いを受けて、コウガくんからばちくそにボコられる未来が待ってるんですけどねー。ドンマ~イ。

 

 

 かさこそと茂みを徘徊する音を拾ったのが事の発端だった。

 小動物が動き回るとき特有のそれは次第に大きくなり、比例して、視界の端で見え隠れする影の数も増していく。

 コウガくんの乱暴な舌打ちによって、僕も事態を把握した。

『囲まれた、か』

 黒灰色の毛皮が密集してうぞうぞとうごめき、こちらへじりじりと距離を詰めて迫ってくる様子は、なかなかにゾッとする眺めだった。

 押しきってしまえる数の力というのは、単純に、強い。

 たとえ個々の能力は低くても、この場にいるコラッタたちが団結して一斉にかかってきたら一溜りもないだろう。

 部下を指揮する将軍殿は、群れの後方で大きな前歯を剥き出しにしながら威嚇してくる。しゅうしゅうと聞こえるガス漏れじみた音は、興奮による吐息だ。

 この地方のラッタはグルメなことで有名であり、餌へのこだわりが強く、栄養と味、鮮度が優れたものを選り好みして食べるという。コラッタたちに集めさせたおいしいものをたっぷりと摂取しているおかげで、貫禄ある巨体を誇る。メタボでだらしない風体…に、見えなくもないのだが、その容姿に反してそれなりに俊敏だし、凶暴な性格だ。悪タイプを複合しているだけのことはある。

 

 どうしましょうかね、…ここで「地均し」してもいいんだけど、たぶん荷車を壊しちゃうしなあ。

 多勢に無勢のシチュエーションも何のそので、コウガくんにはコウガくんなりの策があるかもしれないし、ここは素直にボディーガードを頼っておくとしますか。

 

『いけますか?』

『秒で片付ける』

 お、威勢のいい返事じゃん。

 愛する者のために平然と霊界に行けてしまう蛙だ。動じない。どうやら、彼にとってはハプニングのうちにもカウントされていないようだ。

『固まっていればこそ掃除がしやすいという一面もあるからな』

 

 ははあー…、ここで出すのかあ、「波乗り」を。

 

 大きな波で自分の周囲にいる者を攻撃する───これがダブルバトルなんかだと敵味方関係なく無差別にダメージを与えてしまうところが難点なんだけど、威力が安定しているというメリットが上回り、重宝する技…ってのは分かってる。ただ、お願いだから僕を巻き込まないようコントロールしてよね。今の僕、地面タイプなんだからさ。

 

 コウガくんの場合、バトルのためではなく、ルチャさんと海を楽しむために習得したのだということを僕は知っている。今回の旅先がアローラだと分かったそのときから張り切ってたし。まあ、海原でキャッキャウフフする前に、それどころじゃない事件に巻き込まれちゃったわけですが。

 

 幾らでも大波を繰り出せる水上で使ってこそ真価を発揮する「波乗り」だけれど、陸地で使えないこともない。自身が生成し得る最大量の水を、薄く広くひろげ、四方へ一気に押し出せばいい。無理矢理に波力を発生させて攻めるのだ。

 普段は無気力なこの蛙、これでもカロスリーグを勝ち抜いた猛者なので「なんちゃって波乗り」でも高火力が出せてしまう。にじり寄っていたコラッタたちは、あっという間に波に浚われ、排水溝に落ちていく塵芥のように流されていった。

 

 ついさっきまでこの場を占めていたキイキイ甲高い鳴き声すら聞こえない…なんということでしょう、刹那の内に完了する劇的ビフォーアフターだ。きれいさっぱり、あれだけ沢山いたのに跡形もない。茹で卵の殻がつるんと剥けたときみたいな爽快感がある。

 

 ずんぐりむっくりの敵将(ラッタ)だけは重い体によって辛うじてその場に留まれたものの、波力を受けて仰向けにひっくり返り、じたばたともがいていた。

 コウガくんは、すたすたと間抜けなラッタに歩み寄り、手をのばす。勿論、助け起こすためではない。大きく手をひろげ、問答無用でむんずとラッタの顔面を覆い、握力に物を言わせて締め上げた。

 些かの躊躇もない責め苦。そして、耳障りな悲鳴。

 うわあ、…アイアンクローだ、アイアンクロー。初めてリアルで見たわ。

 僕がヒく間にもコウガくんは加虐行為を続行し、ラッタの頭部を掴んだまま前後に揺さぶってガンガンガンガン地面に叩きつけている。

 おまっ……そんな、…金槌じゃないんだからさあ…。

 ゴッゴッと鈍い衝撃音が生々しく、痛々しく、僕がやられているわけでもないのに思わず顔をしかめてしまった。

 苦痛を畳みかけられてラッタがすっかり戦意喪失したことを確認し、コウガくんは掴む部位を頭部から胸ぐらに変えて『今から言うことをよく聞けどぶねずみ』とドスのきいた声を出した。なあに、その声。どっから出てんの?というか一連の流れ何?なんでこなれてんの?君ホントに研究所生まれ研究所育ち?

『このマラサダはてめえらのために用意されたもんじゃねーんだよ。一口でも噛ったら斬り捨て御免ってやつだ。分かるか』

 そのうちもげてぶっ壊れんじゃねえの大丈夫?ってくらいに、ブンブンと首を縦に振るラッタ。縮こまる相手を事もなげに見下すコウガくん、さすが冷徹な忍。おっかない。

『また性懲りもなく仕掛けてきたら、次は殺す。手下も殺す。一族郎党鏖殺(おうさつ)だ』

 学習できたか確認しようか。今までのことを踏まえて、これからてめえがやるべきことは何か言ってみろ。

 そう尋ねるコウガくんに対し、ラッタはぐすんぐすんとしゃくりあげながら『ぁ、あ"な"たの!邪魔を!しな"ぃ"ことでずぅッ!』と答え、僕としては「うん、シンプルに満点」だと思ったのに、出題者にとってはダメ解答だったらしい。

『不合格』

 淡々と告げ、ラッタの頬をばちんとはたくコウガくん。相手からは、きゃん!と仔犬のような情けない声があがった。なるほど、これ何を言っても難癖つけられるパターンね。御愁傷様、ラッタ。

『詫びを入れるのが先だ馬鹿が( どの口がほざくのか、と僕は呆れて物も言えない )。許しを乞うて誠意を見せるのが筋だろうよ。

 いいか。てめえの兵隊を動かして森中に伝えろ。見かけても近付くな、関わるな、ってな。そのうえで、今後もし他の連中がこちらの行く手を塞いで煩わせてくるようなら、それはてめえらの手落ちだ。その場合も責任を取らせる。やはり殺す。当然だよなあ?命懸けのお使いだ、精々励めよ』

 一心不乱、一目散に駆け出していくラッタを後目に、コウガくんはふんと鼻をならした。

 えらく堂に入った脅迫でしたねと話しかけてみたところ、『詮索してくんな鬱陶しい』と返してきやがった。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。

 

 

 逐一の言動が憎たらしいコウガくんではあるのだが、進路上で視界を遮っている草や枝を切ったりと、僕がつつがなくマラサダを運ぶためのサポートは継続してくれたので、よしとしておこう。

 ん?護衛してもらわなくて平気なのかって?

 それがねえ…、不自然なくらいに、ぱったりとポケモンが出てこなくなったんだよねえ。…そういうこと、だよねえ…どう考えても。

 

 自分らのボスがボロボロになって戻ってきたことから色々と察し、死に物狂いで森を駆けずり回ったであろうコラッタたちの心情を思うと、さすがに涙を禁じ得ない僕なのでした。南無。

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