※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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【 概要 】
 言いたいこと きっと山ほどあるけど 神様しか知らないまま/宇多田ヒカル『花束を君に』


+α ③

 ───ねえ!

 わたし、きめた!なまえ!そう、あなたのなまえよ。

 

 あなたにあえて、いま、すっごく、すっごくうれしいの。だから、「喜び(レア)」ってよぶことにするわ。

 

 よろしくね!レア!

 

 

 

 

 

 …いい名前じゃないか。

 意識がゆったりと浮上し、僕は、まどろみながら薄目を開ける。

 屋内はまだ仄暗い、けど、朝を間近に控えた白っぽさが感じられた。

 

 夜明け前の、東雲色した静寂(しじま)。

 

 静けさの中でたゆたう僕の脳裏に、今し方見たばかりの少女の笑顔がちらつく。屈託のない、喜色満面の様。あの表情を目の当たりにしておきながら、素敵な名を授かっておきながら、それでも君は愛されていなかったと言うつもりなのかい。ねえ、カーカナ。

 

 ───僕は、対象者の「全て」をコピーする。

 

 姿形のみならず、詳細な生体情報も、果てには不可視の記憶さえ。

 誰かに「変身」するたびに、僕は相手の過去(きおく)を辿る。これまでに膨大な記憶に触れてきたわけだが、その結果、僕ではない誰かの記憶の一部がこぼれて夢となり、僕の眠りに介入してくることがある。

 

 今回、夢に見たのはカーカナの記憶だ。

 

 そして、僕は第三者として夢を客観視する立場となるからこそ、少女から心のこもった名を贈られたとて、当のカーカナ───その当時は未だ只のモクローだが───には何も響いていなかったことが分かってしまう。

 別に、カーカナの印象に残っている記憶を僕が夢に見るわけではない。夢に少女が出てきたのは偶然だし、それが名付けの場面であったことも偶然。僕からしてみれば微笑ましい夢だったが、カーカナは特に感動もしていないことを僕は理解している。

 

 彼への変身、つまりは彼自身のことを追体験するということに他ならず、そのつど何を思っていたのか把握することが可能だ。分析するに、大切にされて当たり前だと思っているから何のありがたみも湧かない───それがカーカナだった。愛し方は様々あるのに、その多様性を許容できなかった哀れな一羽。

 自分が理想とするやり方で愛されないと満たされない。褒めてほしいときに褒めてほしいところを褒められないと、こいつは何も分かってないと苛立つタイプ。

 傲慢がデフォルトであり、諌める声に耳を傾けずあくまでも己を是とするその在り方は、確かに、魔王と揶揄して然るべきか。

 

 

 おそらく、この世で、僕だけが完全にカーカナに変身できた唯一のメタモンだ。ゆえに、彼の生い立ちも何もかも知ってしまったし、残虐な振る舞いの裏側で、深い寂しさを抱えていたことも判明した。

 だからといって、カーカナの心に寄り添ってやれるほど僕は寛容ではない。許す気だって、ない。死に様をこの目で見てはいないけど、その場にいた姫が『怨恨を直にぶつけられた者の末路とは斯くもえげつなくむごたらしいものなのだな』と、吐き気を我慢するように歪めた口元で言葉を濁していたくらいだから、相応のえぐい最期を迎えたんだと思ってる。

 僕らの作戦は正しかったのか。もっと平和的な解決策があったのではないか。そんな人間らしい葛藤や苦悩を欠片もいだかないあたり、僕もまた、やはり獣(ポケモン)の側にいるのだと再認識する。

 

 

 少しだけ顔を傾けて横を見ると、窓際のベッドで寄り添いあう手持ちトリオが見えた。で、もちょっと厳密に言うと、ルチャさんだけが起き上がっていて、あとのふたりを───否、コウガくんの寝顔を見つめている最中だった。

 

 寝ぼけ眼ってふうには見えないし、僕が目覚めるよりもずっと前から起きていたんだろう。普段から、僕らの中で誰より早起きな小鳥さんだから。

 ずっと、…そう、起きてからずっと、コウガくんを眺めていたのだろう。

 ルチャさんの目つきは柔らかい。そこからは、静かで、穏やかな、慈愛に満ちた眼差しが注がれている。

 若くて情熱的な恋心などとうに過ぎ去った境地。あまりに深く、優しい愛情が、コウガくんを包んでいる。僕は、胸をうたれてしまう。

 僕らの知らないところで、コウガくんが気付かないところで、ルチャさんだけが、こうした静かな時間を過ごす。きっと、そんなことが、これまでに何度もあったに違いない。

 

 ならば、黙っておこう。秘密のままにしておこう。そう思わせる美しい光景だった。

 

 朝っぱらからカーカナのことなんて思い出してぐだぐだと駄考をめぐらせていた頭の中が、さっぱりと洗われる心地がした。

 

 ───これもまた、一つの愛の形だね。

 

 …さて。起きていることを気付かれる前に、僕は目を閉じて、もう一眠りするとしよう。

 

 

***

 

 

『所々で土が盛り上がっているな』

 連絡船がくるまでの暇潰しに付近を散策していた折、おもむろに口を開いたのは姫君だった。

『この地にも土竜(もぐら)がいるのか』

「そうですね。いるにはいますけど…」

 頭に三本毛が生えてるアローラ種。ダグトリオに進化すると、波打つ金色の髭をたくわえ、それがまた実に神々しいのだとか。大地の女神の化身と崇められ、アローラ地方ではとても大切にされているポケモンらしい。何にせよ、それほどまでに称賛される姿をしているのならば、図鑑で知るのみならず一度は実物を拝んでみたいものだ。

 

 姫が興味を持った場所に、目を向けてみた。遊歩道が整備されているとはいえ、ひとたび外れたら広大な森となる。そこには確かに地表のこんもりとした箇所が点在していた。が、ディグダたちが掘り進めた跡とは違うようだ。

 こう、掘り返した後に土を被せた感じというか。

『…ディグダの仕業には見えん。何か埋まっているんじゃないのか』

 死体とかなと人を食ったような態度のコウガくんは、まあ、相変わらずだね。もっとさあ、埋めるもんにしてもさあ、ポケモンの食糧とか。そういう貯食行動の痕跡の可能性にしといた方が話題としても角が立たないじゃんか。案の定、ルチャさんから『不謹慎だぞ』ってたしなめられてるし。ざまあ。

 

 ……、…でも、かくいう僕は、不本意ながらコウガくんに一票なんだよなあ。

 

「実際、そうなんじゃないです?死骸が埋めてあるんだと思いますよ」

 僕の返事に、手持ちトリオは声を揃えて『え』と宣った。仲いいなおい。僕が、しかもコウガくんに賛同するとは予想外だったようだ。当のコウガくんなんて「おまえと同じ意見なのかよ」と言いたげに、いやっそーな顔を隠そうともしない。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。

「ガイドブックに載ってたんです。道の隅に盛り上がった土があったら、それはガラガラの墓かもしれない…って」

 だから、むやみに近付いて踏み荒らしたりするなよってことだね。

 

 ガラガラの原種は地面タイプ。しかし、アローラ地方は緑が豊かだ。つまり、ガラガラが苦手とする草タイプのポケモンが多く、彼らにとっては過酷な土地となる。しかし、それでも尚、生き延びるために環境に適応して進化していくのが生き物の逞しいところだ。ガラガラもまた例外ではない。

 とても単身では切りぬけていけないので、群れを作る。そして、恐らくは群れても存続の危機にさらされたために、敵への対抗措置として炎を操る術を身につけたのだろう。

 取り巻く環境が厳しいほど、不利なタイプは消失して新たに置き換わる。仲間との連携や結束も強くなっていく。群れは高度な社会性を持つにいたり、やがて「弔う」という宗教的な行為にまで辿り着く。その結果、霊的な性質も上乗せされ「炎とゴーストの複合」というリージョンフォームの獲得を果たした───現時点での学説もかいつまんで説明すると、真っ先に反応を示したのはルチャさんだった。

 

『弔い…か…』

 

 死ねばそれまでという野生界出身の彼は、死骸など見慣れているだろうし、それはつまり、息絶えたものは当然のように放置されていたわけで、わざわざ埋葬するという発想に馴染みがない様子だった。

 だから『仲間がいなくなって悲しいのは理解できるが、墓まで作るのはなぜだ』と、墓の意味そのものを問うてくる。そのままにしておいても勝手に土に還っていくのに、と。

 

「野晒しにして土へ『還る』のを待つのではなくて、大事な仲間だからこそ、その遺体にも敬意を払って、丁重に土へ『還す』わけです。

 それに、墓を以て弔う過程が、残された側のためにもなるんですよ」

 

 墓を前にして、死者が安らかであることを祈る。祈りながら、その死を受け入れていく。ガラガラたちの場合では、鎮魂のために踊ったりするらしい。

 

「墓をつくるという行為、そして、祈るという行為を通じ、残された者たちは悲しみを共有する。慰め合う。そのうえで今後の生活へと踏み出していく…。

 群れの一員としても、どこか安心感があると思いますよ。自分が死んでもこうやって偲んでもらえるんだ、って」

 

 ルチャさんは、神妙な顔つきで僕の話を聞いてくれた。その様子を見つめるお姫さまは、僕の肩口から彼に向かって声をかける。

『なんだ、るちゃ殿。やけに熱心だな』

 そして、柔らかく尋ねた。『もしや、墓をつくりたいのでは』と。

 ルチャさんは、はっと顔を上げ、でも、迷うように視線を彷徨わせる。『だが、埋葬すべきものがないからな…』と、少々噛み合っていない返答をしているが、墓づくりそのものは否定しなかった。

『…なるほど。御主、霊界に転がっていた白骨の主を弔いたいのか』

 ルチャさんは、姫とコウガくんと、両者の顔を交互に見つめている。

『そんなに分かりやすいか、俺』

 そうだね。君、素直だから。

 戸惑うルチャさんは、傍目から見ている分には可愛らしい。事実、コウガくんは愛おしそうに目を細めている。

『御主の性格を思えばこそ、推測は難しくないでござるよ』

 はいはい、ご馳走さま。その百分の一でいいから、僕らのことも普段から気遣ってはくれませんかね。

「本来なら、現世の家族から手厚く弔われるはずだったポケモンたちですからね。代行してあげたいんですか?」

『…それだけじゃなくて、俺の都合もあるんだ』

 ぐっと握られた拳に、彼の心の強張りが表れる。

『俺も、あの白骨の山の一部になってたかもしれない。他人事じゃないんだ。…だから、あいつらのことを想って何かできたら、…やっと俺の中でも区切りがつく気がして…』

 …どうしたもんかなあ。

 埋葬してやりたいけど、霊界の奥地に広がるあの白骨すべてをアローラに持ち帰ってくることは、土台、無理だし。

 あの隠れ家の白骨が今後その数を増やすことはない一方で、ジュナイパー亡き今、踏み入れる者がいなくなった以上、これから誰に知られるでもなく忘れ去られていくだろう。

 そして、これが最も重要な部分だが、ジュナイパーによって補食されたのなら、つまりは冥福を祈るべき魂は既に失われており、「鎮魂のため」という墓の主たる建立動機そのものが揺らぐ。

 

 それでも、…そう、それでも、ルチャさんの気持ちは尊重してあげたい。

 

 遠い極東の地にある「死」という文字───左側の「夕」は残骨、右側の「ヒ」は人がひざまづいている姿だという。骨を前にひざまづき、悲しむ様子から生じた象形文字だ。死者と生者によって「死」という文字が成り立っているという点は興味深い。

 遺された者が死者と向き合うことで「死」が成就するのだとしたら、きっと、魂の有無に関わらず、僕らの行為によって、あの白骨たちは本当の意味で「終わり」を迎えることができるのだと思う。そのこと自体には、価値を認めてもいいんじゃないかな。

 

『たとえこの場に骨がなくとも、積み石という手段があるぞ、るちゃ殿。

 死者への祈りを込めながら石を積み、供養のための慰霊碑にする。これなら、我々でも何とかなりそうだろう?』

 

 姫の助言によって具体的なイメージが描けたのだろう、ルチャさんの表情は明るくなる。さっそく石を集めてこよう、どこに積もうか、と、話が進みだした。

 それにしてもさあ、どこからその知識を仕入れてくるの。テレビ…なのかなあ? 我らが姫君の情報源は、相変わらず謎が多い。

 

 

***

 

 

 森を抜けた突き当たりは崖になっていた。海を一望できる眺めは最高だけど、そうそう人間がやってくるような場所じゃない。石を積んでもいたずらに壊されることはないだろうし、あるいは万一風雨で崩され石が転がっても、誰かに怪我をさせる心配はないはずだ。

 

 静かだった。時折、かちゃんかちゃんと石を置く音がする程度。黙々と作業に打ち込んでいたんだから、然もありなんてとこか。集中しないと石同士のバランスが取れないとかそういう理由もあったけど、何より、この過程から既に祈りは始まってるんだし、そういう場でお喋りしないのって当然だよね。静粛に、静粛に。

 

 持ち寄った石を積み上げていく間、それぞれがどんなことを考えていたのか、それは分からない。インタビューの真似事をして聞き出すつもりもない。語りかけていたのか、経文を唱えていたのか、はたまた慰めていたのか。銘々の胸の内で完結させてくれたら、それでいい。

 

 僕らの中に壊滅的な不器用さんはいないし、且つ複数の手で作業したこともあって、完成はあっという間だった。心をこめてつくることが目的で、立派で派手なものをこしらえたかったわけじゃない。自然な景観を損ねるのも嫌だし。と、いうことで、出来上がったものは高さ20cmになるかならないかというあたりで、見た目からして実に素朴な小石の集合体だった。うん、妥当だと思う。ミニサイズのツンデツンデって感じ。

『あとは、清めるために水をかけたいところだが…』

『…水…』

 姫の言葉を受けて、ルチャさんが、何とはなしにコウガくんを見遣る。気持ちは分かるよ、気持ちは。でもね、それはなー、あんまお勧めせんよ僕はー…というこちらの胸の内をまるっと代弁したのは、他ならぬコウガくん自身だった。

『水の提供は吝(やぶさ)かではないが、…絵面としてどうかと思うぞルチャブル』

 それこそ御主の想いに水をさすようで申し訳ないがと、少々困惑気味のコウガくんに対し、ルチャさんも『それもそうだな…』と思い直したようだ。コウガくんの手からどぱーっと水が出てきたり、口からだらーって吐き出される様が想像できたのだろう。汚いとは言わんけどさ、そうね、慰霊碑扱いの石にかける水としては、ちょっと、心情的にね。止めといた方がいいかもね。

 森を探せば小川くらいあるだろうし、そこから汲んで…と、考えたとき、はたと気付いた。

 

 持ってんじゃん、水。

 

 僕は、リュックに入れっぱなしだったペットボトルを取り出した。

 そう、海洋深層水ね。ビーチで話好きのおっちゃんから買ったやつだ。商品名に「超」や「☆」をくっつけるだけに飽き足らず、ロゴがレインボーカラーで印字されてるあたりがいよいよ胡散臭さMAXなんだけど※1、コウガくんの体内生成水よりはマシでしょ、たぶん。

 

 

 それに、霊界だ何だと、そういう超常のものとは正反対で、いかにも俗っぽいこの水に、何だか救われる気がしてるから。

 

 

 どうか、生死の狭間に平安があらんことを。

 

 

 指先に力をこめる。祈りをこめる。

 僕の感傷とは裏腹に、未開封の蓋を開けるときのカシッとした音が、小気味良く軽快に、辺りへ響いていった。

※1:
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