※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

151 / 246
【 概要 】
 僕ら馬鹿になって 宙を舞って 今だけは忘れてラッタッタ/Eve『ナンセンス文学』


+α ④

『おべんと持ってお花見するの、やってみたかったんだよねー』

 楽しそうな人間たちが羨ましく、いつか真似をしたいと思っていたのだと、ボクレーがはしゃぐ。

 

 場所に選んだのはポニの花園だ。多種多様の姿形で花が咲き乱れる一方、色彩はきっちりと統一されている。「紫(poni)」の名が表す通りに紫の花だけがこの場を占め、更には枝垂れた植物が多いことも手伝い、敷地全体がそこはかとなく陰っている…が、ここに限っては、陰りはむしろ長所だろう。その仄暗さと花々の紫色とが相乗効果となり、神秘的な雰囲気を醸しているのだから。

 闇の側に属するゴーストタイプとしても居心地がいい。木陰の面積が広いので、日光が苦手なミミッキュも安心して辺りの景色を眺めることができた。

 

 今はボクレーとふたり、高々と立派な紫雲木(ジャカランダ)の根元に腰を下ろしている。そして、ボクレーが言うところの「おべんと」にぱくついていた。

 

 マラサダ、で、ある。

 

 件のルチャブルを助ける見返りに、ボクレーがマラサダをしこたま要求したのは知っていたが、まさかメガやす勢にも貰えるとは思わなかった。

 

 

 ミミッキュは回想する。

 それもこれもオレっちのおかげだよな、と。

 

 

「ルチャブルのためにボクレーを紹介してくれた御礼」という名目で、メガやす跡地にも気前のいい大量の差し入れがあった。おかげで、ここ数日は住民一同で連日連夜のマラサダパーティーを開いているし、こうして、弁当として持参できるくらい、数にはまだ余裕がある。腐らせないよう、ロトムがフロストモードになって保存を担ってくれているのもありがたかった。

 

 パン生地と濃厚なクリームの共演。かぶりつくたびに、ほっぺがとろりと溶けてしまいそうだ。

 自分たちでは滅多にありつけない、貴重な食べ物であるということ。どこを見ても視界に満開の花が映りこむ屋外で、気心しれた相手と食べているということ。余計に美味しく感じられるのも道理というものだ。

 

 どこからともなく現れた舞々スタイルのオドリドリが、躍りの練習を始める。しなやかで艶やかな舞は、人間の舞踊家が参考にするというのも納得の見事なものだ。見る者すべてを魅了する…が、「雅なダンスをみせて油断させたところに、死を招く呪いを浴びせかける」だとか、こいつも、ごりっごりにゴーストタイプ全開の生態だったりする。

 今回は互いに敵意がないし、眺めている分には問題ない。

 花に、食に、舞に。心豊かな時間だなあと、ミミッキュは背中を幹に預けてくつろいだ。

『そういやさー』

 隣で、まんまるになったお腹をぽんぽん撫でながら、ボクレーが話しかけてくる。

『おまえんとこのおじーちゃん、逝っちゃったんだって?』

『うん』

『そっかあ。残念だったね』

『……、…うん』

『あは!珍しく素直!』

 けらけら笑い、ボクレーはオドリドリを指さした。

『頼んでみたら?

 幻想的な舞踊で死者を呼び寄せる……なんて話が、あるらしいから』

『無理だよ』

 ミミッキュの返答はよどみない。

『御大の魂そのものが消滅してるからな』

『ありゃー…、それは、…』

 どうしようもないねとでも言いたかったのだろうが、ボクレーはその続きを口にせず、何とはなしに頭上を仰いでいる。きれーだねーなどと、不自然に話題をそらした。

 

 誤魔化しが雑すぎんだよアホ。

 

 呆れながら、ミミッキュも倣って紫雲木を見上げた。

 日に透ける薄紫の、まあ美しいこと。花がこんだけ満開ならそりゃそうだろ当然だろと言われてしまえばそれまでなのだが、ほら、美しいってのはこういうことなんですよと、形容詞の具体例を目にしているような感じ。たおやかで、上品で、柔らかな花なのに、「これが美だぞ」と視覚に訴えて力尽くで納得させてくるというか。

 御大なら、なんて言ったかな。長生きに比例して物知りだったし、聞いたこともないような小難しい表現で、この景観を詩的に詠ったりしたかもしれない。

 

 こんなふうに、何かにつけていなくなった相手を思い出すのが、偲ぶ、ってことなんだろう。

 

 身近な存在の喪失は、初めての経験だ。ミミッキュとてゴーストタイプに生まれついたからには、一人前からは程遠いものの魂の案内をしたことがあるし、霊界に馴染んでいるしで、一般のポケモンたちと比べれば「死」に寄っている。慣れている。

 だが、それも、いつだって他人事だったから平気でいられただけの話らしい。

 

 だって、自分のテリトリーに空白が生じたことで、こんなにも落ち着かない。

 

『だけど、さあ…』

 誰も御大の代わりにはなれない。なろうとする必要もない。少なくとも、自分は、ボクレーみたいに、綺麗な花を見てそのまま綺麗だと言う語彙と感性があれば十分だと思っている。

 背伸びしたって、どうせ、綻びが出るだけなのだし。

『…結局、オレっちはオレっちのやり方で生きてくしかないわけで』

 思いを声に出したことで、すとんと、胸に落ちた。つかえが取れた気がして、だから、ミミッキュは勢いのままに言ってのける。

『めそめそしてたって生き返りやしねーんだ。メガやす跡地バカ一同、これからも何食わぬ顔で暮らしてくんだよ。御大のいない日々をな』

 バカってのはいいぜえ、なんせ立ち直りがはえーからな、ケケケ、とミミッキュはひとしきり笑いとばしてみせた。

 

 御大の最期は知らない。誰も現場を見ていない。手助けは無粋だと分かっていたからだ。刺し違える覚悟で最終決戦に向かった漢の邪魔はすまいと黙って見送り、残った者たちで帰還を願っていた。

 しかし、いつの時点だったか、彼の存在が魂ごと喪われたのを、特にゴーストタイプの住民は早々と察した。老いているとはいえただでやられるようなたまじゃなかったから、たぶん、カーカナの魂を道連れにして自爆でもしたんだろう。…何とも過激じゃァないか。

 

 烈火を内秘めながらも飄々と振る舞う、あの食えない爺さんは、もう、この世にもあの世にもいないのだと知って、皆で、ちょこっとだけ泣いた。

 

 どんな事情があってカーカナを殺したがっていたのか、最後まで分からずじまいだ。

 外野では気安く暴けない、真っ暗闇の「何か」。メガやす跡地で皆して談笑してたときもずっと、顔には出さずに、分かち合うことなど到底かなわない憎しみを胸に懐(いだ)いて御大は生きていたわけだ。清算の機を、じっと、ずっと、うかがい続けながら。

 

 

 なあ、御大。

 そーゆー生き方、しんどくなかったか。

 最期くらい、ちったあ気は晴れたかよ。

 

 オレっちは大して頭もよくねーし、元が薄情だからさあ、いつか御大の顔も声も忘れちまうと思うんだよな。

 

 だけどさ。

 あんたと面白おかしく暮らしてた事実だけは、ちゃんと覚えとくよ。それくらいなら、ナマぬかしてばかりのクソガキにだって出来るはずだから。

 

 

『思ってたより、ぜんぜん元気そうじゃんね、おまえ』

 そんなことを言われたもんだから、ミミッキュは、ボクレーの方へと視線を移した。目が合った。それだけのことが妙に気恥ずかしくて、…それで、分かってしまった。

 花見だ何だと理由をつけて誘い、ボクレーがミミッキュを連れ出したのはなぜだったのか。死者の魂を呼びだせるというオドリドリの生息地を行き先にしたのはなぜだったのか。

『ンだよ、…いっちょまえに慰めるつもりだったのか』

『えー、……、だってさー…』

 ともだちだしさー。…とか。何だよ。やめろよ。むず痒くなるだろうが。

『てめーの機嫌くらいてめーでとるっつーの』

 なかなか言えない「ありがとう」の代わりに、自分のマラサダをちぎって渡しておいた。食いさしで悪ぃなと謝ってはおいたが、ボクレーはさして気にも止めずに喜んで頬張っている。奴の食い意地を前にしては、食べかけかどうかなど些末な問題らしい。

『それにな、…オレっち、すげー活力剤貰っちまったから。もう無敵よ、無敵』

『かつぉくざひ(活力剤)?』

 もごもごと口を動かして聞き返してくるボクレーに、ミミッキュはよくぞ尋ねてくれたとばかりに胸をそらし───次の瞬間には、でれっとにやけ面になる。

『実はさあ……あの美女(デデンネ)からさあ……』

 

 

 ほっぺにちゅーしてもらっちった!てへっ!

 

 

『これが元気にならずにいられますかって』

『んんんんぇ"ー!!!?』

 唾の飛沫と、噛み砕かれたマラサダの欠片とが噴射される。咳き込むボクレーに対して『きったねーな』とにべもないミミッキュである。

『止めろよなー、この布もう洗えねーんだから』

 ミミッキュは恥ずかしげもなく、アイドルの握手会後であるかのような発言をかます。

 

 自身の主(あるじ)だという人間と連れだってマラサダを差し入れに来たデデンネが、『貴方には二度も助けていただいたな』と個別対応で御礼を申し出てきたあのとき。正直、はいはい出たよドッキリ企画。とか思ってたわけさ。てってれー♪とちゃちな効果音と共に、物影から誰かがネタばらしに出てくるはずだと身構えた。間抜け面などさらすものか。オレっちはそう簡単には騙されねーんだぜッ。

 だがしかァーし!

 待てども待てども、だーれもからかってこないじゃァありませんか!

 

 現実だと理解したとき、とりあえず、ボロ布の内側で白目をむいたよね。

 

 マジ?マジで?あの蛙の兄さんホントによろしく伝えてくれたのかよ!※1※2……と、興奮でのぼせ上がってしまい、何度も何度もどもりながらお願いした、ミミッキュにとっての「はじめてのチュウ」だった。

 さすがに、本体は見せられず終い。見られちゃまずいから普段も布で隠しているわけで、化けの皮をめくられようものなら反射的に呪ってしまう危険がある。だもんで、「布の上からでいいんで!おなしゃす!」と頼み込んで実現した、夢のような出来事である。

 

『なんでー!? 絶対ぼくの方が今回のMVPなのにぃー!』

『むはははは、妬くな妬くな』

 

 …と、戯れていたのも束の間だ。

 鋭い風の刃がひゅんと肉薄した。

 

『きゃあ!』と悲鳴をあげながらも、飛行技に弱いがために敏感なボクレーが、ミミッキュを巻き込んで身を伏せたので事なきを得る。

 ふたりのすぐ真上を通過していったのはエアカッター、もちろん避けなかったら大惨事だった。

『…っぶねーなオイ』と悪態をつくミミッキュが睨みつける先で、攻撃を見舞ってきた相手(オドリドリ)もまた、羽毛を逆立て苛立ちを露わにしていた。騒がしいふたりの所為で躍りに集中できず、気分を害したようだ。

 一言謝罪すればいい話、だが、ミミッキュは短気で喧嘩っ早い。日頃から不良猫たちとやりあっているがために、ほとんど自動的に、仕掛けられたらやり返すという発想になっている。

 やだあ、ぼく相性最悪だよぉとあわあわするボクレーを庇い、ミミッキュは怯みもせずにオドリドリへと飛びかかっていく。

『すぐ終わらせてくらぁ!待ってな!』

『勝算は!?』

『知ったことかよ!』

 乱暴に言い捨て、全身に力を漲らせ、ミミッキュは大胆に笑ってみせる。

 

『さっき言ったろ!今のオレっちは無敵なの!』

 

 さーて、やったりますか。

 目一杯に「じゃれつく」べく、ミミッキュは弾みをつけて跳躍する。

 身に纏う襤褸(ぼろ)が、このときばかりはマントのように颯爽と翻った。

 

 

 

【了】

※1:
伝えてません

※2:
あくまでも姫の独断





 以上、第三章の完結といたします。

 
 一年がかりの亀更新でしたが、エタることだけは回避すべく何とか歩みを進めてきた次第であります。


 辛抱強くお付き合いくださった読者様へ心より御礼申し上げます。

 ご自愛のうえ、素敵な年末年始をお過ごしください。


 そして、親愛なるサトシくんとピカチュウ。
 あなた方と共に歩んできた我がポケモンライフでした。数多の感動をありがとう。
 最終章となるアニメの放送が、これから楽しみでもあり、寂しくもあり…。心の整理をしながら、最後まで活躍を見届けたいと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。