※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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 第二章に登場した霊感少女のその後を描きます。
 この「幕間」は複数のエピソードによって構成されますが、各話で必ず霊感少女が登場するわけではなく、彼女は狂言回し的な立場となります。


幕間
キラキラ:少女


「この学校は、敷地内に個人のポケモンを連れてくることを許可していません。

 ですから、彼らは各家庭であなた方の帰りを待っている…そういうケースがほとんどだろうと思います」

 

 

 張りのある声が講義室の後ろまで響いていく。

 ちんまりと小柄な女性で、しかも先生は結構お年を召しているはずなのに、そうした要素を笑いとばすかのようにいつでも矍鑠(かくしゃく)としている。

 加齢に伴って毛量は減少するというけれど、遠目からでも分かる先生の白髪はふっくらとボリュームがあって、だから、「ワシボン」なんてあだ名をつけられている。もちろん、生徒間だけの、秘密のあだ名だ。

 

 いや、他にもいるでしょ。頭部が白くてふわふわしてればいいんだからさ。

 ワタッコとか。ウール―とか。モンメンにエルフーン、ペロッパフ。いっそのこと、どストレートにワタシ(・)ラ(・)ガ(・)という例えもアリだと思う。

 

 でも、結局は「あたまワシボンかよ」がパワーワードすぎた。

 かくいう私だって、入学当初にその話を聞いたときには吹き出してしまったクチ。何なら髪型だけじゃなくて、先生の顔つきだってどことなくワシボンに似ている気がしてきた今日この頃だ。

 ワシボンって雄しかいないのになと思いつつも、やたらとしっくりくるものだから、私も心の中ではワシボン先生と呼ぶことにしている。

 

 

「さあ、皆さん。思い出してみてください。そのポケモンとはどのように出会いましたか。共に、どんな日々を過ごしてきましたか」

 

 

 先生は語りかける。ぐるりと私たちに視線を巡らせる。その立ち姿から発せられる力強さといったら、まるで舞台の中央で朗々と歌うオペラ歌手みたいだ。

 

 私は促されるがままに、相(・)棒(・)のことを思い浮かべる――… 一風変わった出会い方をしたあ(・)の(・)子(・)のことを。

 あ(・)の(・)出(・)来(・)事(・)は完全にハプニングだったし、当時のことを思い出すだけで苦笑いがこぼれてしまう。

 

 私たちに思い出をたぐらせて、どんな話題に繋げるつもりなのかな。

 私は、再度、先生の方へ視線を向ける。この講義室は、前方の大きなスクリーンを取り囲むように階段状に椅子が設置してあって、まさしく映画館って感じの空間だ。初めて足を踏み入れたときは、ちょっと前まで通ってたアサメタウンのスクールとあまりに違うからびっくりしたし、同時に、嗚呼こんなに素敵な場所で毎日勉強できるんだって胸が弾んだことを覚えている。

 こういう施設、その名もずばりレクチャーシアターっていうんだって。この部屋のつくりも、先生の振舞いをドラマチックなものに見せている一因だと思う。

 

 ちなみに、机はない。そういうところも映画館っぽかった。でも大丈夫なんだよね、学校から配布されてるタブレット端末とペンタブで事足りてるから。教科書もノートも鉛筆も要らないデジタル仕様。必要な教材はダウンロードすればいい。レポートの提出もアプリを通じてちょちょいのちょい。すごく便利だ。リュックに入ってるのはタブレットとスマホだけなんて、イマドキって感じでかっこいい。かさばらないのもありがたい。ただ、文房具が好きなアナログ派としては、ちょっと味気なかったりして。

 

 

「ポケモンと暮らしていくうちに信頼関係を築き、絆を育んでいく。それは間違いなく尊い営みです。

 共生が成立するためには、ポケモンとあなた方の双方が『馴染んでいる』ことが重要となります。つまり、快適に過ごすための努力を怠らないことが肝要です。ポケモンをあなた方の都合に合わせるだけでなく、あなた方もまた、そのポケモンの特性を理解して、彼らの生態に合わせた生活環境を整える…、そう、改めて言うまでもなく、当たり前のことですね。

 でも、その『当たり前』を準備できないままポケモンを我が物にしようとする浅はかな人間が世の中にいることも事実です」

 

 

 閑話休題。すぐに思考が脱線していく私の意識は、本日の興味深い議題によって軌道が修正された。

 さ、集中集中。ワシボン先生の授業は毎回重たいけど、その分だけ、私の視野が広がるって分かってる。聞き逃したくない。

 

 

「人間とポケモンは異種族ですが、そこに優劣の差はありません。得意分野がそれぞれ違うというだけのこと。現に、この社会は人間とポケモンが助け合うことで成り立っています。同じ世界に住む隣人として、あくまでも我々は対等でなくてはならない。命ある者にはすべからく敬意をはらうべきである、と、…この点に関しては今までの講義でも繰り返し触れてきました」

 

 

 先生は、スクリーンに「愛玩生物(shoushou)」と映し出した。要するにペットってことだと思うけど、あらたまった場面で提示されると急に物々しく思えた。

 

 

「本来、愛玩という言葉に悪い意味はありません。大切に可愛がることが原義ですからね、大いに結構。ただ、野生のポケモンを安易に捕獲して愛玩生物にしようという考えには賛同しかねます。適切に養う保証も、知識も、覚悟もない…挙句に養育放棄をする。そんな人間の犠牲になるポケモンを増やさないために、今日は、愛玩生物としてポケモンを利用することの問題点を考えていきましょう」

 

 

 先生は教卓に用意された水差しから一杯注ぎ、ぐいと一口であおった後、話を続けていく。

 

 

「かつて私がポケモンレンジャーであったことは、ご存知の通りです。そして、皆さんの中には、私と共にフィールドワークへ出向いたことがある方もいらっしゃると思います」

 

 

「かつて」と話しているけれど、協力要請があったらすぐに現場へ直行してるし、ワシボン先生は現役扱いしてもいい気がする。月並みな表現になるけど、第一線から退いてもお呼びがかかるんだから、やっぱりすごい人なんだろう。

 実際、私がその界隈のことに詳しくないだけで、先生は有名なんだと思う。だから、授業も大人気。そんなこと初めのうちは知らなくて、シラバスの内容が気に入って先生の講義を時間割に登録しようとしたら、メールで「受講希望者多数のため抽選になります」なんて通達がきたから驚いた。

 

 幸運なことに、そのあと無事に当選して、こうして講義を聴けてるってわけ。

 抽選の日の朝、ニュース番組でやってた占いで一位だったもん。御利益があったんだってことにしてる。

 

 ワシボン先生は、受講生を頻繁にフィールドワークへと連れ出してくれる。週末に実施されることが多いし、道なき道を徒歩で突き進む強行軍みたいになるのはもはやお約束で、体力的にも大変なんだけど、(少なくとも私は)不満に思ったことは一度もない。先生の経歴や人脈のおかげで、一般人だったら立ち入ることができない場所も見学可能だし、野に生きるポケモンのたくましい姿を直に観察できるのは、いつでも心が躍る体験だ。街中にはいない、図鑑でしか見たことがないようなポケモンに出会えたときなんて、高揚して胸が熱くなる。

 

 

「野生界で懸命に生きるポケモンたちは実に美しく、我々を魅了してやみません。勇ましい雄叫び、不思議な能力、可愛らしい仕草…挙げればきりがない。心を奪われるのに時間はかからないでしょう。

 彼らに関心を寄せ、その尊厳を損なわないよう努めることは、ひいては彼らを守ることにも繋がります。

 ですから、私は、あなた方をフィールドワークに誘うのです。私が培ってきた知識や技術を惜しみなく伝えたいと常々願っています。

 しかし、いかに野生ポケモンが魅力的だからといって『欲しい』と思うのは短絡的です。ましてや、私物化して『見せびらかしたい』など以ての外。ポケモンも人間と同様に個として尊重されるべき生命体であり、承認欲求を満たすための道具ではない。断じて。

 私の主催するフィールドワークは保護活動の一環であって、飼いたい気持ちをいたずらに増長する意図は全くありません。この点は、決して、履き違えないでください」

 

 

 ワシボン先生は、人間の軽はずみな行為がポケモンたちを追いつめるのだと熱弁をふるった。

 

 

「どうしても人慣れしないポケモンがいますし、一般家庭での生活は本来の生態に反する暮らしを強いることにもなりかねません。それらの課題を解決しないまま、単に『かわいいから』『珍しいから』『癒やされるから』といった理由でポケモンを利用することに関しては、私個人は懐疑的な立場を取っています。

 では、ここで野生のポケモンを愛玩生物として利用することの四つの問題点を挙げておきましょう。

 一つ、野生からの捕獲増加による絶滅の危機。二つ、密猟や密輸をはじめとした違法取引のリスク。三つ、ポケモン由来の感染症が拡大する可能性。四つ、専門性を欠いた不完全なポケモン福祉。

 順に説明していきます。まず一つ目ですが…」

 

 

 パワーポイントの資料をテキパキと切り替えつつ先生が解説し、その間にも学生と意見交換しながら講義を進行させていく。思いもよらない話ばかりで、自分自身の知見の狭さにがっかりするけど、それが自覚できた分、これからもいっぱい勉強しようって思えた。

 特別にお金をかけなくたって、専門的なことを訊きにいける先生は学内に大勢いるし、図書館にいけば数えきれないくらいの本が置いてある。新聞だって読み放題だ。これって学校に通ってることの最大のメリットだよね。

 

 ――さて、数々の問題提起がなされたら、あとは学生が解決策を考えるってのが定石。今回もそうなった。

 

 

「問題への対策をレポートにまとめ、提出してください。より多角的に考えてほしいので、誰もが真っ先に挙げるであろう『法律による規制強化』以外の対策を検討する…という制限を設けておきましょうか。

 後ほど、本日の課題内容とレポートの提出期限について受講生各位にメールします」

 

 

 宿題が出されて、お開き。 

 レポートにはどういうアプローチをしよう? 方向性くらい決めてから図書館に行きたいな。講義が終わってもしばらく椅子に座ったまま、私は宙を見つめる。

 

 野生の子に絶対に手を出しちゃダメだよ…って、極端な話じゃないはずなんだよね。合縁奇縁で巡り逢うこともあり得るんだから。

 問題なのは、先生もさっき言ってたみたいに、人間の都合だけでポケモンを連れてきちゃうこと。

 そもそも、何で欲しがるのか、手元に置きたいのかって話なんだけど、その理由は様々だろう。ただ、「様々」の部分をあれもこれも全部盛り込もうとしたってレポートのまとまりがなくなるだけだから、絞らなきゃ。

 

 そうだなあ…、「憧れに近付きたい」っていう心理を皮切りにするのはどうかな。

 

 つい先日、ミアレシティで大規模なガールズコレクションが開催されたばかり。会場では、出演者と同じアイテムが購入できたらしい。これ、ニュースでやってた内容ね。

 ランウェイを颯爽と歩くモデルの人たちが着てた服と同じものを買えますよって案内されたら、自分に似合うかどうか考える前に欲しくなっちゃう観客って絶対にいると思う。

 

 SNSでもそういうのあるよね?バズッた情報やインフルエンサーの言動に影響を受けて、皆が一斉に同じものを欲しがって、ムーブメントになるとか。

 有名人と同じものや流行りのものを持ってる状態が、誇らしいのかもしれない。自慢できるもんね。

 

 ――だから、話題性のある事柄に敏感な人たちを扇動しようとする動きがあったって、ちっとも不思議じゃない。

 お金が絡むことなら猶更だ。華やかな情報を前面に出して、デメリットは伏せておく…とか、狡いことも平然と行われていそう。

 

 

 これをまるっとポケモンの話に置き換えると、たとえば「そのポケモンの魅力だけを強調するように発信して、ペット利用するリスクを全然説明しない」のがアウトなんじゃない?

 

 

 ってことは、情報発信の仕方を改善する必要があるかも!

 バラエティー番組とか見てても思うもん。かわいいポケモンがスタジオに登場したら、当然のようにその場の全員が口をそろえて「かわいいー」って騒ぐけど、いくら見た目が可愛くたってえげつない生態だったりするし。そういうの、学校で勉強してる今なら分かる。でも、そのポケモンと接するうえで気をつけなきゃいけないことをしっかり説明するような番組は少ない気がする。

 

 あと、発信者側だけじゃなくて受信者側も変わらなきゃ。

 憧れる気持ちも真似したいって気持ちも分かるけど、無知のままなんてお話にならない。「知る」ってことから始めないとね。

 だから、どういうことが問題になってるのか広める…そういうイベントやキャンペーンをやるのはどうだろう。各地にふれあい広場みたいな場所があるんだし。マルシェやノエルのマーケットを開くだけじゃ物足りないもの、色んな団体が活用しなきゃ。

 以前、近所の広場を通りかかったとき、介護とか献血とか、お固い印象の催し物がいくつか開かれていたのを見かけた。テーマはちょっと取っつきにくいかもだけど、若い子が気軽に立ち寄れるようお洒落なノベルティが用意されてたり、工夫があった。

 それは、興味を持ってもらうための創意。

 問題を自分と絡めて考えるきっかけ作り。

 意識を変えないと解決しないこともある。どんなに厳しく規制したって、欲しがる人がいる限り、密猟とかもなくならないでしょ?

 

 

 こんな感じで、宿題は何とかなりそう。

 あとは私の発想に説得力を持たせてくれるような参考文献を探しにいこう。……、あ、そうだ、ついでに腹ごしらえもしちゃおうかな。奮発して、館内に併設されてるカフェでランチ!えへへ。

 腹が減っては戦はできぬ、ってね。私は人がまばらになった講義室の中で、鼻歌交じりに席を立った。

 日替わりメニュー、今日は何かな。楽しみだなあ。頭使う前に英気を養っておくのって、大事なことだと思うの。うん。

 

 

 

***

 

 

 

 頬杖をつき、窓の外へと視線を向ける。特に意味はないんだ。俯いて机の天板を眺めているより、晴れた空を視界に入れた方が幾分か目にも優しいかなって、その程度のことで。

 

 青が、澄んでいる。

 

 やっぱり外を見てよかった。私は午後の柔らかな光をありがたく享受しながら、そっと息をつく。

 雲は多いけれど、曇天とは言い難く、決して暗くはない。浮かぶ雲は灰色に染まることなくきらきらと白いままで、たらふくお日様を吸い込んで膨らんでいる。触れたらきっとあったかくて、ふわふわして、気持ちがいいに違いない。

 雲間から見える空も、はっとするほど濃い青色をしている。筆でのばすことも水を混ぜて薄めることもせず、たった今、絵の具のチューブから押し出されたかのような色。何だったかな。今日みたいな青空が描き込まれた絵画があったはず。印象派で、油彩の。日傘をさした女の人が草原に佇んでた。そんな作品。

 

 私の視界は、さながらキャンバスといったところ。そこへ、何者にも囚われない様で横切っていくスバメが描き込まれる。すいと軽やかに翔ける姿は、まるで、空の中を泳いでいるみたいだ。陽のもとで黒い羽が艶やかに煌めき、美しかった。

 小さな鳥だけれど、勇猛果敢で、負けてもへこたれない根性の持ち主なのだと習ったことがある。更には渡り鳥としてのタフネスも併せ持っているのだから、感心するばかりだ。

 あの小さな体で、翼で、懸命に羽ばたいて、海を渡るのだ。旅の途中でどんなに手強い相手が立ち塞がろうと決して怯まず、挑んでいく――…。

 

 

 私にも同じことができるだろうか、と、自問する。

 

 

 事の発端は、数日前。

 思いがけず受信したワシボン先生からのメールには、「連絡があるので研究室を訪ねるように」と書かれていた。この研究室というのは、もちろん、ワシボン先生の部屋。先生は私たちの学年のチューター※1でもあるし、個人が事務連絡で呼ばれることは不自然じゃないけど、今までに研究室にいく機会なんて一度もなかったから、身体に力が入って自然と背筋が伸びた。

 

 控えめなノック。どうぞの許可。失礼しますの返答――そういう、入室前の儀式を終えてからドアを開けると、そこには、いかにもな光景が広がっていた。

 

 古書店に迷い込んだのかと目をこすりたくなるような、本、本、本、本の山。どこを見ても、必ず本が視界に入る。

 棚に並ぶ本と本の間には微塵も隙がない。仮にこの場で地震が起こったって、絶対に落ちてこないだろうなと思わせる過密具合だった。

 棚にぎっしり詰まっているだけでなく、当然のように、棚と天井の間にも本が押し込まれている。なんだか、こう、決して余白の空間を作るまいという強い意志を感じてしまう。

 言うまでもないだろうけれど、床だって、例外ではない。ブロックの代わりに本でジェンガをしているんじゃないかと思えるほどおびただしい量の本が所狭しと積み上げられて、斜塔みたいに危うげに佇み、群れを成している。

 そして、おそらくは来訪者用と思われる小さな机と椅子のセットが、部屋のすみっこに、肩身が狭そうな有様で置かれていた。

 ミニマリストが見たら卒倒しそう。ワシボン先生の研究室だからという理由とはまた別に、お世辞にも整理整頓ができているとは言い難いこの部屋には、物理的な緊張感があった。

 

「こちらへ」

 

 圧倒されて口をあんぐりと開けている間抜け面の生徒など気にもとめない様子で、先生は淡々と促してくる。私は慌てて着席した。腰掛けたのは、ついさっき、書籍の圧がすごすぎて委縮しているように見えた椅子の上だ。

 

「コーヒーは?」

「は、…はい!いただきます!ありがとうございます!」

 

 芳ばしい香りが漂い始める。やがて差し出された紙コップには、なみなみとインスタントコーヒーが注がれていた。そっか、紙コップなんだ。私の肩から少し力が抜ける。これで高そうなティーカップでも出てきたら、しくじって割ったときの心配ばかりが頭に浮かび、コーヒーの味が分からないままだっただろう。

 …というか、先生が手にしてたコーヒーの瓶のラベル、スーパーでよく見る銘柄だったな。豆にも焙煎にもこだわりました、とか、ちゃんとミルを使ってます、とか、そんなんじゃないのが意外だった。まあ、私が勝手に先生に対してハイソなイメージを持ってただけなんだけど。

 もちろん、ソーサーもコースターもないし、マドラーだって使い捨てのやつだ。でも、シュガーポットだけは明らかに別格だった。それゆえにこの部屋全体からも浮いていた。鮮やかな緑で描かれた植物の柄が、白地の陶器に映える。素人目にも分かる、ブランドものならではの品のよさがあった。

 中に入っていたブラウンシュガーの角砂糖も可愛らしいし、それを取り出すための小さなシュガートングでさえ繊細なデザインで、ザ・アンティークって感じ。

 アンバランスなところが可笑しくて、つい、「素敵な容器ですね」って言っちゃった。口に出してしまった後で、皮肉に聞こえなかっただろうかと不安になったけれど、先生はいたって普通に微笑んでたから、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「プレゼントでいただいたんです。自分自身ではまず購入しない品物ですが、贈り物として貰ってみると思いのほか嬉しくて。インテリアとして飾ることも考えましたが、気に入ったので普段使いにしています」

 

 先生がぽちゃぽちゃと砂糖を入れていくから、私もコーヒーをブラックで飲むだとか無駄な背伸びをしなくて済んだ。遠慮なく、角砂糖を二つ、頂戴することにする。

 

「今回は、あなたが申請書を出していた海外留学の件で話があります」

 

 いくらかコーヒーをすすった後、すぐさま本題へ。わお、直球じゃん。

 留学が決まるまでの過程はオーディションと一緒。申請書を出して、先生たちの審議を経て、希望者の中から選抜される。学校からいくらか補助が出る仕組みになってるから、余計に審査は厳格なものになると聞かされていた。

 私は、ふるいに掛けられて、残ったのか、落ちたのか。きゅっと拳を握って、先生の言葉の続きを待つ。

 

 

「結論から申し上げると、あなたは留学資格を得ました」

 

 

 おめでとう、と柔らかい声が私の鼓膜をくすぐる。

 ワシボン先生は、表情がくるくると変わるようなタイプではない。明朗な態度ですぐさま他人と打ち解けていくような器用さもなさそう。でも、適度な厳しさと筋の通った言動で確実に信頼を勝ち得ていく、そんな人だと思ってる。こっちだって、「すごいねえ!よかったねえ!」などとオーバーなリアクションが欲しいわけじゃない。ワシボン先生の静かな話し方のほうがよほど真っ直ぐに私へ祝福の気持ちを伝えてくれるのだから、それで十分だった。

 

 気の利いた返事は、咄嗟には出てこなかった。嬉しいですとか細い声を出すのが精一杯。

 実力が認められて、他でもない私自身が選ばれる。そういう経験が今までになかったから、反応が鈍くなってしまった。でも、じわじわと、喜びが熱を持って、私の奥底から湧き上がってくるのがわかった。

 

「最近のレポートも、着眼点がユニークでした。心理学上の『同一化』を軸に論を展開しつつ、情報の発信者と受信者それぞれの課題を整理していたことも素晴らしかったですが、まさか例示でファッションショーまで引き合いに出すなんて…、若者ならではの柔軟性ですね。レポートを読んでいて面白いと感じたのは久しぶりでした」

 

 勉学に真摯に向き合うことができるあなたのような生徒にこそ、更なる学びの機会を持ってほしい。ワシボン先生は、身に余るくらいの激励の言葉を贈ってくれた。

 

「あなたが、毎回、講義室の前方で熱心に受講していることは知っています。

 フィールドワークにも欠かさず参加していますね。決して楽しいばかりの活動ではないというのに、その若さでよく食らいついていると思います。活動報告の提出は任意にしていますが、あなたは一度も怠ることがなかった。事細かな観察、気付き、活動のさなかに芽生えた感動…、あなたの書く内容にはいつでも瑞々しい感性が光っていて、短編小説を読んでいる気分になります。

 他の授業でも意欲的だと、先生方が感心なさっていました。あなたはあまり自覚がないでしょうが、図書館の司書の方々にも評判ですよ」

「…、…司書の…」

 図書館には書籍検索用のパソコンもセルフ貸出機もあるから、大抵は自分で済ませることができたし、司書さんに自分から話しかけた記憶はない。

 でも、向こうは認知してくれていた。大勢の生徒の中で、私が、覚えられていた。

 そっか。

 私、自分が思ってる以上に、色んな人から褒めてもらえてるんだ。知らなかった。

 

 

「言われたからやるのではない。学びたいから学ぶ。あなたの、そうした進取の気性が正当に評価されたことを、私も嬉しく思います」

 

 

 ――努力が報われるって、こんなに幸せなことだったんだな。

 私は寮の自室で頬杖を解き、ワシボン先生との遣り取りを反芻しながら椅子の背もたれに身を預ける。

 

 昨日今日のことではなく、入学してから地道に積み重ねてきたこれまでの頑張りを称賛されたことがくすぐったくて、浮き立ってしまう。

 

 進学以前、私は決して勤勉な生徒ではなかった。かつての成績は平凡の一言に尽き、表彰経験も皆無だ。

 優秀な兄とは似ても似つかぬ出来損ない。

 その他大勢に埋没する、取り柄のない子。

 親からはそう言われて育ったし、自分でもその通りだと思って過ごしてきた。目標もなく漫然と生活して、田舎においてさえ活躍できない、冴えない女の子だった。

 

 でも、そんなことないよって言ってくれた人がふたりいた。

 

 今は亡きおばあちゃんと、…もうひとり。

 初恋の、ひと――大好きなひと。忘れられないひと。舞い散る桜の花びらと一緒に、チ(・)ル(・)ッ(・)ト(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)飛(・)び(・)去(・)っ(・)た(・)、あなた。比喩ではない。奇をてらった表現でもない。本当に飛び去っていったのだ。きっと、二度と会えないんだって、そんな切なさを残して。

 

 思い出の中に息づくふたりだ。私が何かを成したとて、もう、このふたりからは褒めてはもらえない。それでもいい。私は私のプライドを以て、ふたりに恥じない人間になろうと思った。初等課程を終えて働きに出るでもなく、トレーナーとして旅立つでもなく、アカデミーに進学することを選択した。

 

 勉強を頑張って、自分を磨いて、素敵な大人になるんだと決意した。

 いつか、あのひとみたいな先生になりたい。その想いは変わらない。

 

 今回、留学を通じて、生まれて初めてカロス地方を出る。

 現地の文化に触れながら得られた学びは特別な糧となって、私を大きく成長させてくれるだろう。それは間違いなかった。

 

「ただし…か…」

 

 私とワシボン先生のお茶会には「補足」があった。

 ざっくり言えば「あなたは留学できるけど行先は第二希望の地方だよ。それでもいい?」ということを確認されたのだ。

 

 留学を希望したとき、提出書類には行先の第一希望から第三希望までを記入する欄があった。

 候補地はカントー、イッシュ、アローラ、ガラル、パルデアの五つ。

 ちなみに、私の希望はパルデア、アローラ、ガラルの順だった。ぶっちゃけると、その順序に大した差はない。せっかくならポケモンのリージョンフォームを間近で観察したかったから、該当するポケモンが多く生息する地方を選んだに過ぎない。後付けしておくと、パルデア地方のテラスタル、アローラ地方のZワザ、ガラル地方のダイマックスと、それぞれの独特な現象にも興味がある私としては、留学できるならどこだってよかったのが本音だった。

 

 私にはどこへだろうと旅立つ意志がある。思いがけず手にした貴重な機会は活かしたい。喜んで出立しよう。

 それなのに――…心ときめく予定が舞い込んできたというのに、今、私がなぜこんなにも憂鬱でいるのか。

 理由はたった一つ。

 

 

 親に知らせなければならない。

 

 

 電話、しなきゃ。

 あー……やだなあ。めっちゃイヤ。でも回避しようのない強制イベントだもの。当然なんだけどね。数日の旅行などとは訳が違う。一か月間、海外に滞在するプログラムなのだ。補助金が出るとはいえ、ともなう留学費用の大半は親頼み。行かせてくださいお願いしますと頭を下げる必要がある。

 これで「あなたは何も気にしなくていいのよ。楽しい思い出を沢山つくってきなさいな」と送り出してくれたらハッピーなのだけれど、その可能性は限りなくゼロに近いことを私は確信している。

 

 なぜ私の第一希望が通らなかったのか。その説明を始めたら、慰めや励ましより先に嘲笑されることだろう。

 

 何のことはない、留学資格を得た生徒たちのほとんどが第一希望にパルデア地方を挙げていたため、成績順で決定されたのだ。

 妥当な決め方だし、私はそれで納得できる。

 倍率の高いワシボン先生の講義は抽選で当たりを引けた私だけど、今回は運頼みではない厳正な結果だ。留学を希望し且つ私より成績が上の生徒なんていくらでもいる。第二希望だろうが第三希望だろうが、私に留学資格が与えられただけでもありがたいことなのだ。

 

 でも、私の親は「留学できるだけありがたい」という考え方をしないだろう。

 真っ先に、おにいちゃんと比較される。私がけなされ、相対的におにいちゃんが褒め称えられる。これ、馬鹿の一つ覚えみたいに何百回と繰り返されてきたパターンね。いい加減、食傷気味。

 ま、仕方ないか。あの人たち、私のこと、メインディッシュに添えられてるクレソンとかマッシュポテトくらいにしか思ってないんだもん。

 

 今回も、留学を一緒に喜んでくれることはなく、「成績で劣っていたため第一希望に通らなかった」点を殊更にあげつらって、「やっぱりあんたはダメね」と締めくくるはずだ。腐すことをせずにはいられない性質(たち)だから。 

 

 口撃を受けると分かっていながら電話しなきゃいけないんだよ? テンション下がるのも分かるでしょ?

 どうして、親が水を差してくるんだろう。

 親との電話に気が重くなるなんて嫌だよ、私だって。楽しく会話したい。例えばほら、学校の授業、寮生活、友だちのこと、そういうのを明るく喋って、近況報告が済んだら、いよいよサプライズ!留学決定!イエーイ!喜びを分かち合って…、そんな理想を思い描くんだ。そうならないって諦めている理想ほど美しい。なんて残酷なんだろう。

 

 

 

 ――大体、誰かに褒められなくたって、成績で勝てなくたって、死にゃァしませんよ。でしょ?

 好きなことしてればいいんです。生きてて楽しいと思えるかどうかが重要なのであって。それ以外はどうでもいい。

 

 Va où tu peux, meurs où tu dois…行けるところまで行き、死ぬべきところで死ね――僕の好きな言葉を君に贈ります。

 考えるより、まず動くこと。人の心はまつろわぬものですから、…想いは電光石火のように加速していく。迷っている暇もない。がむしゃらに、行けるところまで精一杯突き進もう…そんな、己を奮い立たせるための勇ましい言葉です。

 これからも互いに尽力しましょう。『最善』のために。

 

 

 

 私は、心の中でお守りを握りしめる。

 私が忘れない限り決して消えない、最強のお守り。悲しいことや寂しいことがあったとき、拠り所にしているのはあのひととの遣り取りだ。

 私の心の傷にそっと触れて癒してくれたおばあちゃんとは、ひと味違う、思いやりの形。私に前を向かせ、背中を押してくれるあのひとの言葉。それらは、私に、いつでも魔法をかけてくれる。そこらのアイドルたちなんてお呼びじゃないの。彼らのポップな歌やダンスより、あのひとの一言の方が、よっぽど私に元気をくれる。

 

 私を励ますおばあちゃん。

 私を元気づけるあのひと。

 そして、嬉しいことに、最近の私には心の拠り所がもう一つ増えた。支えてくれるバディができたのだ。

 

「ヌメラに会いにいこう…」

 

 独り言つ私は、スマホと学生証をポケットにつっこんで、寮を後にする。

 電話をかける決心はついた。あとは、最後まで話しきる勇気が欲しい。ヌメラが隣にいてくれたら、きっと、スマホを持つ手が震えずに済む。そんな気がしたから。

※1:
学習助言者

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