「ルチャさん。申し訳ない。僕は自分が不甲斐ないです」
『…だから、分かったって。もう謝らなくていいって言ってるだろ。何回繰り返す気だこの遣り取り…』
「…、…じゃあ、謝るのは今ので最後にしときます」
『そうしてくれ』
ポケモンセンターの待合室で、実のない会話を繰り広げている現在。だべって診察の順番待ちをしているのではなく、院内薬局の呼び出し待ちだ。ルチャさんの負傷そのものは軽く、それに応じて手当てもすぐに終わり、あとは患部を清潔にしておけば大丈夫だと言われている。内服薬や軟膏なども必要ないらしい。ただ、ついでと言ってはなんだけれど、ジョーイさんが気を利かせて換羽期対策の栄養剤を出してくれるというので、その処方が終わるのを待っている。
いや、分かってますよ。
「ルチャさんの負傷」って何のことだよって話でしょ?そりゃあ、一言でいえば「トラブル」だよね。僕が申し訳ないってルチャさんに平謝りしなければならない理由も、そこに端を発している。
まだ一時間と経っていない、つい先ほどの出来事だ。
僕たちは無事に*1アローラの港に到着できて、地に足がつく感覚に安堵し、うんと伸びをしながら目一杯に常夏の風を感じていた。
で、そこにね、急に地元の若者が現れていちゃもんつけてきたわけ。完全に不意打ちだった。
「豪華客船の旅、お疲れさまでした~。金持ちなんだねえ、おっさん」
おっさん⁉ …うん、まあ、言い逃れようもなくおっさんだな。三十路のおっさんですよ、はい。
金持ちかどうかって訊かれたら、これまた、頷かざるを得ない。実際、平凡な一般人を自称するにはちょっと無理があるくらいの額を貯め込んでいたりするので。
それにしても、のっけからこんな洗礼を受ける羽目になるとは思わなんだ。僕は、軽薄そうな口調と容姿とを披露する二人組を改めて見遣る。手持ち諸君も僕と大差ない気持ちでいるのか、白けた目つきをしていた。コウガくんなんてひどいもんよ。完全にゴミを見るような目だったね、アレは。
だって、ねえ?
ドクロを模した帽子、そこから覗く青染めの短髪。黒いマスクにタンクトップ。何かのチームかなと容易く想像できるお揃いの格好をした青年が二人、チンピラ感を全開にしながら僕らを睨んでくる。
これがポケモンの技「にらみつける」だったら防御力が下がってたところだけど、この二人からはちっともプレッシャーを感じなかった。
悪いけどさ、イキったガキが因縁つけてきたってこっちは痛くも痒くもないんだよね。
大方、金を持っていそう且つ大人しめな雰囲気の人間を品定めしてカツアゲしている連中なのだろう。悪事に腰が引けている様子もない。もう何度も同じことをやってきて、場数を踏んでるって感じ。
クルーズ船から降りてくる客は他にもわんさかいるのに、よくぞ僕をターゲットにしたもんだと変に感心してしまう。この顔は、「
さてどうしたもんかねと思案する僕を見て、連中は、ビビッて黙っているもんだと早合点したらしい。明らかに調子づいた声で「ポケモン連れて旅行できる金があるんだろ?おまけにかっちょいいバイクまで乗ってら。だからさ、ちょっとばかし俺らにカンパしても罰は当たんないと思うんだよね」と続けてきた。「ポケモン置いてくのでもいいぞ」とも。すごいなー、理屈がまるで分からん。譲歩にもなっていない。でも、…そうねえ、…コウガくんなら別にあげても…、…うーん…このクソ蛙も一応苦楽を共にしてきた仲間だしな…。しゃーない、彼らへの返事は「丁重にお断りします」一択だね。
「これ以上絡んでくるなら通報しますよ」
冷静に言ってみたのだが、ま、このくらいで怯むような可愛い性格してるはずがなかった。
案の定、「おまわりが怖くてスカル団やってられっかよ!」と啖呵を切り、問答無用でポケモンを出してきた。あ、そのドクロ帽子ってそういう…なるほどね…(後々、彼らがアローラ地方に蔓延る不良の集団であることを知った)。
モンスターボールから飛び出してきたのは、…お⁉ コラッタ!黒い!ヒゲも尻尾も変!すげ、早速リージョンフォームを生で見れたぞ。このやさぐれた感じ、いかにもヤンキーとつるんでそうな外見だ。原種はノーマルタイプだけど、こいつは…確か、悪タイプだったかな?
あとは、トカゲ*2が二体。ちゃんと三対三になるから自信を持って仕掛けてきたのか。…でもねえ…果たして僕の自慢のトリオ*3相手にそう上手くいくかなあ?
てか、そもそもあのトカゲたちは何だ。アローラの固有種?図鑑アプリ起動する余裕ないから後で調べておこう。
「どうします?売られた喧嘩は買おうと思うんですけど」
振り返って手持ち諸君に確認すると、すいとルチャさんが前に出た。『俺だけで事足りるだろ』と言いながら。
たぶん、これが彼の気質なんだよね。切り込み隊長だから。フーディンとの揉め事を忘れたわけじゃないだろうけど、どうしても、こういうときに身体が先に動いちゃうんだろうな。いいよ、分かってる。それが君の良さなんだってことも、ちゃんと心得てるよ。
『いってきてもいいか』とルチャさんは一応コウガくんと姫君に尋ねたものの、対するふたりは「どうぞどうぞ」と出番を譲るばかりだ。何の心配もしていない。それだけルチャさんの実力を信頼してるってことね。僕も同じだよ。
多対一になったって、ルチャさんは負けない。彼自身も『ヒールを倒すのもレスラーの仕事だ』と張り切っている。ヒュー!シビれちゃうよね。船の中でもトレーニングルームで汗を流してたくらいだし、鍛錬の成果を試したい気持ちがあるのかもしれない。
「ルチャさん。すみませんが、相手のトカゲの正体がよく分かりません。…ゴーストタイプの可能性も捨てきれないので、念のため格闘技は使わずに向こうの三体まとめてシめちゃいましょう」
『分かった』
ルチャさんは華麗な羽をひるがえし、敵陣に向かって颯爽と翔け――…その後の展開はお察しください。
♪場に出た瞬間 終わったわ
威勢はいいのに 効果ない
技 強すぎて お亡くなり
定期 定期的にオーバーキル☆
…なんて、一昔前の歌で即興の替え歌つくれるくらいのワンパン祭。スパン、スパン、スパパーンってなもんで、いつの間にか敵方全員が宙を舞っていた。あまりにも呆気ない幕切れで、ルチャさんも『バトル感ゼロだったな…』と呟くし、僕は僕でどんな顔してればいいのか分からなくなるし、姫は『荒くれ者の面目丸つぶれだなあ』と笑っている。で、最後はコウガくんが『所詮は
青二才連中は、…いたたまれないよねえ?
悔しさやら羞恥やらが入り混じった様子で顔を真っ赤にしながら、「覚えていやがれ!」と捨て台詞を残して逃げていった。覚えていやがれなんて創作物の中でしか見聞きしないセリフの筆頭格じゃない?貴重な経験だね。
ついでに言っとくとね、なーにが悲しゅうておやじ狩り未遂のことを覚えておかにゃならんのですかって話よ。秒で忘れるわそんなもん。
「お見事でした、ルチャさん。追い払ってくれてありがとうございます」
彼に近付いていくと、…あれれ?何やら腕を気にしていらっしゃる?
どうしたのかなあと覗き込んでみると、『火傷した』と予想だにしない返事が返ってきたので仰天してしまった。
『火傷!!?』と途端に血相を変えるコウガくんは、水タイプとしての面目躍如というか、惜しみなく流水を生み出しルチャさんの患部を冷やしにかかる。
『たぶん技を発動させる直前だったんだろうな、…トカゲの口から青白い火が飛び散ってきた。かすっただけだから大事には至ってない』
こうしてすぐに冷やしてもらっているから心配するなと付け加えるルチャさんは、確かに平気そうだし、大してダメージを負っているようにも見えない。
だけど、「青白い火」というのは聞き逃せないな。
「鬼火を出そうとしたんでしょうね…」
意外だ。搦め手から攻めるつもりだったのか。火傷状態になると物理技の威力が落ちるため、例えばルチャさんのような物理アタッカーに使われたら痛手となる。ルチャさんを弱体化させた上で叩くという戦略だったのなら、ちょっと彼らのことを舐めすぎたかもしれない。
「鬼火は通常の炎とは違い、霊的な性質を持ちます。冷やすだけでは完治しません」
こういうときのためにポケモン界の
ポーチをあさりながら俄かに冷や汗をかきだした僕のことを、コウガくんは容赦なく睨みつけてくる。
『おい、…偉そうに講釈垂れといて「ない」とか言うなよ』
「いや、えっと…その…!!」
『お約束みてぇな反応してんじゃねーよ役立たず!!!』
罵倒されても言い返せない痛恨のミスだ。
よりによってこんなタイミングで!そうだよ、切らしてたから船内のショップで買い足そうと思ってたのにそのまま下船しちゃった…ッ!
なんでもなおしに頼りきっていた所為で、症状別に対応できる「やけどなおし」や「チーゴの実」を所持していなかったのもトレーナーとして杜撰だった。
『吠えたところでるちゃ殿は治らぬよ、こうが殿。専用の治療を受けられる場所へ行くより他にあるまい。あるじ殿、ばいくで速やかに出発だ』
お姫様のフォローもあり、僕は急いでエンジンをふかしてポケモンセンターを目指した。
こんな事態は全く想定していなかったとはいえ、実は、今日は元からポケモンセンターに泊まることになっていた。アローラ入りは夕方になるって分かってたから、観光は翌日に持ち越して、まずは手持ち諸君の船旅疲れを癒すために港近くのポケモンセンターで宿泊予約を取っておいたのだ。偉いぞ、計画を立てていた過去の僕。
んでもって――…冒頭。
現場はポケモンセンターの待合室よりお送りしております。
今はルチャさんとふたりきりだ。なにげにこういうシチュエーションは珍しかったりする。大体においてルチャさんの隣はコウガくんがキープしてるしな。でも、今回ばかりは御遠慮いただこう。同伴者が多くても他の患者さんたちに迷惑だから、あとのふたりには廊下を行った先にある宿泊棟で待機してもらっている。
栄養剤を受け取ったら、合流して、部屋にいって、簡単に荷物整理をして。素泊まりプランで食事はついてないから、軽食が買えるようなコンビニかスーパーを探して。観光ってほどでもないけど、買い出しついでにそのへんをうろつくくらいはしてもいいかな。今後の大まかな行程を頭の中で浮かべていると、「はーい!それではお待ちかね!『イマドキ☆アローラ』のコーナー、いってみよう!」とゴキゲンな声が聞こえてきた。待合室に設置されているテレビに、華やかな格好の女の子が映し出されている。アローラのトレンドをランキング形式で紹介するという内容らしく、今日のテーマは「天体観測」だった。
「今こそ知っておきたいアローラの星空スポット!ただ空を眺めるだけじゃないんですよ!天体観測をもっともっと楽しむためのユニークなイベント情報も盛りだくさん!併せて紹介していきまーす!」
それでは、第5位!…と、番組が進行していく。興味を持ったのか、ルチャさんが思いのほか真剣に視聴していた。
「…第3位で紹介された場所、ここから割と近いですね」
手元のスマホで地図を確認する。『そうなのか』とやはりルチャさんの食いつきがいいので、「明日にでも行ってみますか」と提案してみた。決まっているのは旅の途中で世話になる宿泊場所だけで、あとは行きたいところに行こうという気まぐれなスタンスだから、むしろ案を出してくれるのは大歓迎だ。
すると、ルチャさんは少し言い淀み『おまえたちとの思い出作りも大事にしたいんだが』と前置きをしたうえで、相談してくれた。ふたりで行ってきていいか、って。
彼の言う「ふたり」の意味なんて考えなくても分かるのよね。そのくせに「ははあ~、デートってことですか」と僕も野暮な確認をするのだけれど、おっさんの茶化しに苛立つこともせず、ルチャさんはただ黙って頬を染めたままこくんと頷き返した。
たはー…何この可愛い生き物…と僕が口元を押さえているその隣で、ルチャさんは『あいつさえよければ、今夜にでも…』と思い立ったが吉日を地でいく発言をする。
『場所を教えてもらえるか。方向感覚には自信があるから何とかなると思う。迷いそうになったら森の奴らに訊くから気にするな』
「い…、いやいやいや…。教えるのは別に構わないですけど、…さすがの君でも移動の疲れがあるのでは?軽傷だったとはいえ火傷の治療をしたばかりですし…、今夜はベッドでゆっくり眠ったらどうです?」
『気遣いはありがたく受け取るが、大丈夫だ。夜更かしはしないと約束する。しっかり寝て、朝には戻って、翌日の予定に響かないようにするから』
今日、ケ●タッキーにしなァ~↑↑↑い?とハイテンションに宣う某俳優よろしく、僕は声を大にして言いたいのである。
それ大丈夫じゃなくなァ~↑↑↑い?
「しっかり寝る」て、あなた。何をおっしゃってるんですかねこの小鳥ちゃん。天然なんだからもぉ~。
「ぼくはよふかししません」って宣言するのは愛らしいことこの上ないけどさあ、…無理じゃね?ルチャさんの「寝る」は単に「就寝」の意味でしょうけれど、相手はあのコウガくんよ?ルチャさんからデートに誘われたら有頂天になって即承諾するのは目に見えてるし、…からの?ふたりで星空眺めて?いい雰囲気になっちゃって?これでコウガくんに襲われない理由ある?ないでしょ?コウガくんにとっての「しっかり寝る」は「しっかり番と(性的に)仲を深める」ってことにしかならないじゃん。どう考えても「寝る=R-18」じゃん。「
コウガくんとルチャさんが付き合いだした当初は、ルチャさんが番関係に慣れるまではと自重してたっぽいコウガくんの我慢もあってか、ちゃんと日付が変わるまでには宿泊場所に戻ってきてた。まあ、その清らかなお付き合い(笑)の期間はえらく短かったけどね。本格的にコウガくんがルチャさんに手を出し始めたと思しき頃からは、一旦夜に出かけようものなら
変わっていない。その通りだよ。さっきから言ってんじゃん、いつものパターンって。
これ以上やーめた。引き留める?アホらし。辟易しちゃうけど、どうせ肌をツヤツヤにさせてくるのは確定路線なんだし。彼らも小さな子どもじゃないんだし。好きにさせておこう。精々、夜の運動(意味深)に励んで身体を酷使しておいでよ。
「コウガくん、きっと喜んでくれますよ。気兼ねなく楽しんできてくださいね」
僕は白々しく笑顔を貼りつけ、スマホ画面に表示した地図情報を共有するのだった。