※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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仲直りしよう①

 昨日、夕飯の買い出しついでに街中をぶらついていたらチラシが目についた。近くの広場で開催されるファーマーズマーケットについて案内されていて、その概要を把握してすぐさま明日の朝食はここで買おうと決意した。

 

 チラシには日時と場所、主な出店者が書かれていただけ。より詳細な情報を知りたければ、あとはスマホの出番だ。調べてみてわかったのは、地元民はもちろん観光客にも人気のマーケットだってこと。検索結果に合わせて誰かさんが投稿した画像もざくざく出てきたので、参考資料には事欠かない。

 採れたての野菜、果物、ナッツ、新鮮な魚介類。ハーブやハチミツ、焼きたてのパン、ジャムにジュース、各種スイーツなどなど、地元産の食材を加工した逸品が勢揃い。アローラで名の知れた飲食店がこぞって出店し、それぞれの自慢の味をお手頃価格で提供してくれる…、なんて素敵なんでしょ。手っ取り早くご当地グルメが食べられるなんて最高じゃん。楽しみにしながらポケモンセンターで一夜を明かして――…身支度を済ませた今は●テレ0655の放送が始まろうかというところ。

 あのふたりの分も忘れずに買ってきてあげなきゃと脳内に留め置きつつ、姫君を肩にのせて出かけようとした、まさにそのときだった。実にパーフェクトなタイミングで、コンコンと窓がノックされる。

 

 

「おかえりなさい…?」

 

 

 天体観測コンビを出迎える僕は、驚きを隠せずにいる。え、なんか当たり前のように帰ってきたんですけど?

 緊急事態…の線もなし。怪我をしているわけでも、体調不良というわけでもなさそう。遅まきながら、僕は事前にルチャさんが言っていた『しっかり寝て、朝には戻って、翌日の予定に響かないようにする』という件(くだり)の有言実行が果たされたのだと理解した。朝帰りには違いないのだが、かなり健全な部類といえるだろう。だって、ほら、ルチャさんがすこぶる爽やかな顔をしてるもの。一方、コウガくんはスン…と虚無顔をさらしている。何これ。こういう対照的な朝帰りは初めてのパターンだな。

 

「よく眠れましたか」と鎌をかけるような問いかけをしてみると、やはり、ルチャさんは大きく頷いてみせる。そして、昨夜目の当たりにした星空の素晴らしさや、早朝に山を下ってきたときの清々しさについて、楽しそうに話してくれた。「じゃあコウガくんもしっかり寝たんですね」と何気ないふうを装って尋ねると、彼はフと自嘲気味な笑みを浮かべて『ルチャブルのおかげで熟睡できた』と回答を寄越してきた。熟睡という言葉とは裏腹に、随分と覇気がない。「ル(・)チ(・)ャ(・)ブ(・)ル(・)の(・)お(・)か(・)げ(・)」というところには、ものっっっそい含みがありそうだった。

 

 そっかー…、つまり、なんだ、ルチャさんってばマジで寝ちゃったのか。がっつりヤるつもりだったはずのコウガくんを置き去りにして。つよい。

 コウガくんとのデートを達成したことにより大満足でぐっすり眠ったのであろうルチャさんと、そんな彼を前にして途方に暮れるコウガくんの構図が目に見えるようだった。笑うしかないでしょうよ、そんなの。

「素敵な夜を過ごせたなら何よりです」と感想まじりに皮肉ってみたが、僕のこうしたからかいに気付いているはずのコウガくんは、今日は睨む元気もないらしい。にこにこしているルチャさんの背後で、がっくりと項垂れている。あらあら。

 

 いつも岡目八目の立場を取っている姫君も、当然のように、全容を察したらしい。あー…という、なんともいえない表情をしつつ、僕の耳元でこっそり『ふぉろーが必要かもしれんぞ』と囁いてくる。…うん、そうだね。そんな感じよね。世話が焼けるなあ、全く。

 

 

+++++

 

 

 もそもそと朝食を口に運び心ここにあらずといった態のゲッコウガを見て、デデンネは溜息をついた。晴れた空の下、朝の市場での買い食い。これだけでも食べ物は美味しく感じるはずだ。更には、主人から買い与えられたのは頬が落ちそうなほどのもぎたて木の実である。それだのに、どうしてそうも仏頂面をしていられるのだろう。

 ルチャブルと話すときはかろうじて笑みを浮かべ、どうにか平静を装っているようだが、そもそも「装っている」と周囲に気取られている時点で彼らしくもなかった。よほど気落ちしているとみえる。

 

 栄養失調だな、とデデンネは分析する。きっと、ゲッコウガは、ルチャブルと触れ合うことでしか摂取できない栄養を取らねば生きていけないのだ。そう仮定すると、船旅から今に至るまで欠乏状態なのだから現状も然もありなんといえた。

 一時的とはいえルチャブルは船内で行方不明になり、仲間に心配をかけたことを大いに反省していた。結果、船内では必ず主人の目が届く範囲で行動していたので、ゲッコウガとふたりでしけ込む隙なぞなかったことをデデンネは知っている。その後も、食事の時以外は動きっぱなしといって過言でないほど船内生活を満喫していたルチャブルは誰よりも早く就寝していたし、いくらパーティ内に一組の番(つがい)がいたところで、これでは色っぽい出来事など起ろうはずもなかった。

 

 そして、昨晩も、相変わらずだったらしい。ゲッコウガにしてみれば待ちに待ったふたりきりで、互いに成熟した雄同士なのだからそ(・)の(・)方(・)面(・)のこともまず間違いなく期待したはずだが、畢竟、空振りに終わったというわけだ。

 ゲッコウガを焦らしてやろうだとかそんな駆け引きめいたことは一切なく、只々、無邪気に寝落ちしたのであろうルチャブル。想像に難くなかった。悪気はないんだがなあ…と、良くも悪くも色事に疎いルチャブルにも嘆息するデデンネである。

 

 

 ――腹ごしらえを済ませたあと、主人はアローラならではの大自然を味わおうと提案し、デデンネたちをシェードジャングルへと連れてきてくれた。

 主人からデデンネにのみ打ち明けられた話によれば、当初はバンバドロという大型の馬に乗って著名な映画のロケ地などを巡るツアーに参加するつもりでいたらしい。しかし、ゲッコウガの体たらくを見て急遽変更したという。確かに、今のゲッコウガには「のんびり」したアクティビティは向かないだろう。その点、見るからに広大で一筋縄ではいかぬ様子のジャングルは気散じにはうってつけのように思われた。自力での密林探索、そこに生息するポケモンたちとの交流…、活発なルチャブルはここでもまた目一杯に動き回るだろうし、彼に引っ張られるかたちでゲッコウガの気も紛れることに期待したい。

 

 野生界では、余所者は警戒されるが常。異邦からやってきたとあれば尚更だ。しかし、そのことを極端に気負う必要はない。獣の警戒とは、大抵は「近付かない」ことを指す。だから、よほど度し難い振舞いをしない限り攻撃対象にはならないし、適切な距離を保っておけば争いには発展しない。そして、アローラの地にも生息している馴染みの種であれば多少なりトラブルを避けることができるはずだから、と、そのような理由で、主人はバタフリーに変化(へんげ)していた。事実、密林内で早速別個体のバタフリーと遭遇したが、素通りしてもらえたので、変化作戦は上手くいきそうだった(また、カロス固有種で個体数も少ないゲッコウガはさておき、ルチャブルもデデンネもアローラでは珍しくないポケモンであることが功を奏した)。

 

 主人の――つまりはメタモンの変身能力があれば大抵のことは何とかなってしまうので、土地勘のない場所を突き進んでも遭難の心配をしなくて済むのはありがたい。その信頼あってのことだろう、ルチャブルやゲッコウガは草木の間を縫うように自在に移動しながら奔放に振舞っている。そうして動いている間は、少なからずゲッコウガのメンタルも持ち直しているように見受けられ、一安心だった。片やデデンネは、その小柄な体格ゆえに密集した植物の影に隠れて迷ってしまう可能性があるため、バタフリーの背中に乗せてもらうことになった。素直に甘え、デデンネは蝶の背中から周囲の景色を楽しんでいる。

 

 あれは、青柳、花萌葱、柚葉、…おや、栗皮に枯茶、煤竹――…繁茂する熱帯性植物は実に多様な緑系、茶系の色彩を持ち、それらが入り乱れることで複雑な迷彩柄を織りなしている。

 ほつれた糸のように垂れ下がる蔦(ツタ)を避けながら飛び続け、奥へと進んでいくと、急に視界が開けた。まだ密林を抜けたわけではないのだが、偶然にも空地に出てきたようだ。

 

 そこへ、ふわりと舞いこむパステルカラー。

 周囲が鬱蒼として光の乏しい分、その彩りは、あまりに鮮やかに目に映った。

 

 なんと幻想的な光景なのだろう。無数にも思えるおびただしさで、美しい花輪が宙に浮かんでいる。暖かく湿った空気にフローラルな芳香が混じり、呼吸をするたびに肺の中で花畑が広がっていく。

 目を凝らしてみると、花ではない「別の何か」が花輪に組み込まれている。あれが本体のポケモンか。折よく、主人(バタフリー)が、キュワワーという種族であることを教えてくれた。花を愛で、花と共に生き、花の力を活性化させることを得意としているらしい。カロスに生息していたフラベベたちと似ている能力だ。

 

『あら、こねずみちゃんが空中遊泳?』

 

 見惚れていると、向こうから声をかけてきた。興味を持って近付いてきたキュワワーたちに、バタフリーが『我らが姫君がはぐれないよう、このような手段を取っています』と説明したものだから、これを聞いた周囲は一斉に色めいた。

 

『後方でナゲツケサルとわちゃわちゃしてる野郎共も従僕です』

 

 語弊だらけの情報が追加される。バタフリーがあごでしゃくってみせる先では、いつのまにやら大型の猿の群れを相手にきのみを投げ合っているルチャブルとゲッコウガの姿があった。じゃれあうというには白熱した空気が四散しているので、何かしらルールを設けて競っているのかもしれない。ふたりの身のこなしは傍目からでも十分に手練れだと判断できるものだったので、またもやキュワワーたちが『やるわね、お姫様!』と調子づく。盛り上がりは増す一方だった。これほどきゃあきゃあと囃子立てられてはかなわず、デデンネは別に雄を引き連れているわけではないのだと弁解する機会を逸してしまう。

 

『アローラの雌たるもの、そうでなくっちゃ』と語るキュワワーたちに依れば、このアローラには女傑の君臨するコロニーが多いらしい。リーダーはいずれも女王気質を持つ雌のポケモンで、彼女らは自身のフェロモンで魅了した雄を侍らせたり*1、失態を演じた群れの者に張り手をかましたり*2、好戦的で気位が高く、盾突く者には容赦なく蹴りを見舞って懲らしめるばかりか、倒した相手を足蹴にして高笑いする習性を持つ*3のだという。バタフリーが『第七世代(ポケモンSM)ってそういう…』などとデデンネでは理解不能な呟きを漏らしているが、文脈上、ろくでもない内容であることは見当がついたので聞き流しておくことにした。それよりも、サディスティックな手段を用いて集団を率いるような苛烈なポケモンたちと同列にされたことに戸惑うデデンネなのだが、キュワワーたちからは悪意を全く感じない。実際、褒められてはいるのだろう。憧憬のこもった眼差しを向けられている。

 

『お姫様を飾るに相応しい花輪をプレゼントしてあげる』

 

 キュワワーのうちの一体が、些かの躊躇いもなくぷつんと花輪を切り離してデデンネに差し出してくる。驚きで目を丸くしていると、『自信作なの。受け取ってもらえたら光栄だわ』と添えられた。にこやかな表情には善意がにじみ、親愛の気持ちから渡してきたことを物語る。

 キュワワーに選び抜かれた花々が、一つ一つ丁寧に編み込まれた贅沢な品だ。個々の花は色も形も異なり、統一感がないはずなのに、全体が奇跡的なバランスでまとめられている。花弁には艶があり、たった今摘んできたばかりのように瑞々しい。香りにしても、花ごとにてんでバラバラなのだが、自己主張の強いそれらが混ざり合って出来上がる匂いは不思議なことに全く不快感がない。調香師顔負けである。

 

 匠が是非にと勧めてきたものならば、もはや謙遜して受け取らない方が失礼にあたるだろう。デデンネは丁重に、謹んで頂戴することにした。

 

 

+++++

 

 

 一日のほとんどをシェードジャングルで過ごし、心地よい疲労感に包まれる僕らがお世話になるのは!アローラ地方屈指のリゾート地にそびえる「ハノハノリゾートホテル」!です!

 他地方にもその名を轟かせる超有名ホテルだ。知名度に比例して予約の難易度も半端ないんだけど、ま、僕の手腕があればちょちょいのちょいよ。

 雨風が防げるならどこでもいいし、いっそ野宿でも苦ではないんだけど、せっかくなら上質なホスピタリティってやつを味わいたいでしょ?先立つものはちゃんとあるんだしさ、出し惜しみはしません。

 

 もとは城だったんです、今は文化財に指定されていますと言われたって納得してしまうような豪奢な建物に足を踏み入れると、そこから広がるロビーがまた目も眩むような非日常の空間だった。トロピカルな植物が至るところに配され、水の流れを活かした美しいアクアウォールパネルやどこぞの宮殿にありそうな見事な噴水が設置されている。何なん?テーマパーク?庭園?映画のセット?ここ室内だよね?易々とこちらの期待を越えてくる。すっげー…という声が心の中で木霊す中、お上りさん丸出しできょろきょろしながらチェックインへ。完璧な所作で接客してくるフロントスタッフと共に手続きをした後、心躍らせながらエレベーターに乗り込む。辿り着いた部屋の扉を開けて、いざ、僕らの楽園(paradis)へ!

 

 スイートルームでも通用するであろう、一目で一級品と分かる調度品の数々。清掃が行き届き、前泊者の痕跡は欠片も残っていない。埃ひとつ、髪の毛一本すら落ちていない清潔具合によって、実際は歴史あるホテルなのにも関わらず今月オープンしたのだと言わんばかりの真新しさすら感じられる。

 計算され尽くした絨毯、壁紙、カーテンの調和。くもりのない窓から見渡せるオーシャンビューと純白のシーツの感動的な対比…、一般客室でコレか…過去一やな…。

 先のクルーズ船はもちろん、カロスでも(特にヒヨクシティでは)いい部屋に宿泊してきたけど、今回は別格だ。手持ちトリオも肌で感じるものがあるのか、僕の背後でざわめいている。

 

 さーて、バスルームはどうなってるのかなっと。設備の確認は基本だよね。猫足バスタブとか置いてあったりするのかしら…と、予想してみたのだけれど、もう少し斜め上だった。はえ―…大理石のジェットバス?マジ?この高級感を裏切るように僕の脳内では「うわー、AVっぽーい」なんて最低な発想が泡のように弾けて消えた。間違っても口にできない感想を抱いてしまってゴメン。ここだけの秘密ね。

 

『さあ、あるじ殿。湯を張るぞ』

 

 姫が湯船のふちに立ち、蛇口のハンドル部分をぺちぺちと叩く。

 これだけ聞けば「そうか、お風呂に入って今日の疲れを癒したいんだな」となるかもしれないが、姫の発言の意図は他にあった。

 

 

 

 ――実は、姫とは事前に打ち合わせ済みなのです。コウガくんとルチャさんのために、お膳立てをしてやるつもりで。

 

 キュワワーに貰った花輪をどうしようかと姫から相談されたのが事の発端だった。「どうしよう、とは?」と訊き返すと、彼女は申し訳なさそうな顔つきを見せた。

 曰く、花輪を長持ちさせる方法が分からない。朽ちるのを黙って待つのも忍びない。綺麗なうちにどうにか有効活用できないか…とのこと。キュワワーの力を分け与えられた上で完成している花輪なので、本体から離れてもそれ自体の美しさは長く楽しめると思う。ただ、枯れる前に何とかしたいってんなら検索してみればいいのさ。「キュワワー 花 利用」とか適当にワードを打ち込んだら、あとは検索エンジンに一任。何も難しいことはない、同じようなことを考える人間って世の中に多いからね。事実として、スマホには、どれだけスクロールしたって終わらないライフハックが盛り沢山に提示されていた。僕らは、そのうちの一つ「バスペタル」に目をとめる。ペタルとは花びらのこと、ズバリ「湯船に浮かべる花びら」ってことだね。そういや、図鑑説明にも「キュワワーの花を浮かべたお風呂にはリラックス効果があって大人気」との記載があったような。姫に提案したところ、彼女は『それだ!』と膝を打った。

 

『今夜 ほてる で使わせてもらおう!』

 

 華麗な花に満たされた浴室に こうが殿とるちゃ殿 を放り込んでしまえば何か起こるはずだ、と、なかなか大胆なことを宣う。今朝方、彼女が言っていた『ふぉろー』のつもりなのだろう。随分とあからさまな色仕掛けだなあと苦笑してしまうのだが、かく言う僕もコウガくんの一喜一憂に付き合うのを煩わしく思っていたところなので、協力することにした。

 

 

 

 まさしくお姫様と呼ぶに相応しいたおやかな手つきで花輪をほぐし、花をはずし、茶畑で柔らかな茶の芽を摘むみたいに花弁を一枚一枚むしって湯の上に浮かべていく。

 やがて、姫の真心こめた手仕事の甲斐もあり湯船が彩り豊かに覆われた。姫の真心…うん…このあとの使い道がアレなだけにちょっと微妙な気持ちになるけど、他ならぬ彼女自身がやりきった感のある顔をしているので、このままそっとしておこう。

 花を模った入浴剤では出せない、本物ならではのゴージャスな光景。もはやスパリゾートさながらだった。せっかくなので、記念に姫の写真を撮っておく。被写体が最高だと楽だ、素人でもフォトジェニックなものが容易く撮れるからね。姫の写真集出すときには採用必至、ってレベルの奇跡の一枚。僕はそっとクラウド保存をしておく。 

 

 …それで?今からどこのお貴族様が入浴なさるので?え?野郎ふたりの「お風呂場【自主規制】」のムードを高めるためのひと手間?…姫が自分でしつらえて自分で楽しむならまだしもなー、違うんだもんなー…。あらゆる意味で贅の極みだわ。キュワワーもここまでは予想だにせんだろうて。

 

 湯に蒸らされて、ひときわ濃く香りが立つ。浴室に夢みたいな匂いが充満する。姫が、アロマを堪能するため深く息を吸い込み、うっとりとした後――…

 

『では、あとは良しなに』

 

 彼女は、一連の作業を眺めていただけだった野郎共の方へくるりと振り返る。完全に油断しきっていた彼らは、思いがけない展開に目を見張っていた。

 目を見張るというところは共通していても、その表情から読み取れるものがまるで正反対だったのが可笑しい。ルチャさんは1ミリも理解できていないがゆえに『なぜ?』ときょとんとしているが、コウガくんは姫からの一言で全て把握したらしく、飢えた獣の目つきを過らせた。ホントにどうしようもねーなこの万年発情蛙。こういうときだけやたらと物分かりがよすぎる。

 

『…デデンネが楽しむためにせっせと準備してたんだろ…?』

 

 ルチャさんが極めてまともな問いかけをするが、姫は『私は写真を撮った時点で満足だ』と返事をして、にっこりと笑う。その笑い方には、有無を言わせない妙な圧があった。

 

『さて、あるじ殿。今夜は私たちが出かける番だな』

「そうですね。コウガくん、ルチャさん、留守番をお願いします」

『なに、案ずることはない。我らもおまえたちと同様に、翌日の朝餉までには戻る。なにせ、高級ほてる の もーにんぐびゅっふぇ だからな。絶対に食べなくては』

「僕が完璧にエスコートしてみせますよ、期待していてください。星空だけでなく、街の夜景も楽しみましょうね」

『もちろん、上空からだろう?いつかの映画で観た ふらいんぐ かーぺっと が如く!』

「仰せのままに。一緒にA Whole New W●rldを歌いましょう」

 

 ふたりに口を挟ませないよう僕と姫は交互にまくしたて、去り際に「『 じゃっ! 』」と雑な一言を告げて浴室から出ていく。

 シェードジャングルでもバチボコはしゃいでたルチャさんだから、今夜も「もう疲れちゃって全然動けなくてェ…」とコ●グ構文みたいなことにならんとも限らんのだけれど、ヤり部屋(ど直球)用意してやったんだからそこらへんはどうにかしろコウガくん。君の不機嫌に振り回されるのも勘弁だから、「(ヤりすぎて)もう疲れちゃって全然動けなくてェ…」って感じにしろよな。抜かるなよ。

 

 正直ここまで気を遣ってやる義理もないんだよなあ。どうにもコウガくんを甘やかしちゃってる気がする。別に慢性的なセックスレスってわけでもあるまいに、イチャつくタイミングを逃したからって一週間足らずで音を上げるな。推しからの供給不足で干からびそうなオタクそのまんまじゃねーか。

 この時点で冷静に考えてもみれば、野郎共を交尾へ誘導してる僕もだいぶキモくね?( え?過去にローション用意して手持ちをドン引きさせた奴が何言ってんだって話?*4そりゃそうだ )いかにその気にさせる空間を演出するかって、それはもはやラブホ経営者の発想だ。でもね、賽は投げられたから。走り出した後で我に返ったところで手遅れなの。ルチャさんが性的な接触を嫌がってるってんなら全ッ然話は変わってたけど、そうじゃなくて、単純に情事関連の思考回路が形成されてないだけなんだと思うんだよね。だから、きっかけがあったらすぐに状況は改善するんじゃないかってところに、姫への賛同ポイントがあるわけで。

 

 まあ、何にせよ布石は打った。このあとめくるめく官能の夜が幕を開けるのかどうか、その行く先は彼らに任せよう。

 

 

 バルコニーへと続く大きな窓をばーんと開け放って、日中と同じくバタフリーへと変身する。したらな、野郎共。僕には僕のデートが待ってるんでね。

 姫を背に乗せた後、僕はア●ジンに勝るとも劣らない一夜をプレゼントするために、張り切って夜のアローラへと飛び立った。

*1:
エンニュート

*2:
エンニュート

*3:
アマージョ

*4:
83話参照

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