『働きたくないでござる!!! 絶対に働きたくないでござる!!!』*1
あまりに情けない台詞を力いっぱいに言いきってしまうクソ蛙、ここに一匹。飽き足らず、続けて『働いたら負けかなと思ってる』とか臆面もなくほざきおってからにほんまコイツはよぉ…。
あのねえ、コウガくん。昨今の若者にはどっちのネタも通じないぞ。ついで言っといてやるけどさ、中の人関連だとおまえは左●助の方だろって何回つっこませるつもりなんだい*2
「ござる」って語尾が共通してるだけでおまえと剣●は月と鼈だし、同じ土俵に立とうとしてる時点でおこがましいんだからな。言うまでもなくおまえが鼈だぞ、わきまえろよ。
――さかのぼること数分前。ホテル内のカフェレストランで、僕らはディナーに舌鼓を打っていた。大通りに面した食事会場は、階上にある―― 一人当たりの食事代で数万が溶けるほどの ――高級レストランに比べればカジュアルな雰囲気で、ドレスコードは決まってないしポケモン同伴でテーブルにつくことも許容されていたから、気兼ねなく食事を楽しめた。
午前中のマンタインサーフを皮切りに今日も今日とてアローラ観光を満喫した僕らは、一日を振り返りながら話に花を咲かせた。話題が尽きないまま賑やかに時が経ち、お姫様から意外なお願いごとが飛び出してきたあたりで
曰く、働いてみたい。
生来の力を活かした社会貢献ですって。もうね、感動しちゃいましたよ僕は。三十路のおっさんてば涙腺緩いからさ、立派な志に感心したわけです。たとえ行きずりの
そうだよなあ、…カロスでは、僕は彼らに社会経験をさせてなかったもんな。カロスリーグ制覇を達成した今、ようやくバトル以外のことに時間を割けるようになったんだ。もっと手持ち諸君の可能性や選択肢を広げることにも積極的にならないとな。
僕らは今のところどこかに定住する予定はなく、これからも各地を放浪する旅が続いていく。だから腰を据えた継続的な就労というのは難しいけれど、最近では単発バイトアプリもあるくらいだし、「その日限り」って条件の仕事はすぐに見つかると思うんだよね。
「じゃあ、一日…だけってのは味気ないか。二日間、バイトにチャレンジする日を作りましょう。僕が皆さんに見合う仕事先を見つけときます」
いかがでしょうかと様子をうかがうと、すぐさま顔をしかめたコウガくんと目が合った。『
『勝手に拙者を巻き込むなと言ってるんだ』
はい、さすゲコ~
それにしても、大概ブレない蛙だね君も。ぶっちゃけめんどくせー野郎だなと思うんだけど、その面倒くさいところがコウガくんの持ち味だってのも分かってる。まあ、考えてもみれば、ここで素直にバイトに応じたらコウガくんじゃないまであるわ。利己に副わないなら頑として首を縦に振らず、嫌なことは嫌だと全力で訴えることができる、それがコウガくんだからね。奴の辞書に忖度の文字は載っていない。(圧力かけたつもりはないけど)同調圧力には唾を吐くタイプである。
ただし、この直後、コウガくんはルチャさんから『デデンネひとりを働きに出して俺たちが観光するなんてできるわけないだろ』と真っ当な指摘を受けることになった。だが、そこはひねくれ蛙が相手なので一筋縄ではいかないし、実際、『思いつきにしても限度があるだろうが。拙者たちが合わせてやる必要はない』と一理ある反撃をしてくる。
『たかが職業体験程度で労働気分か?それこそ御令嬢の発想だと思うが。キ●ザニアにでも行ってこい』
…コウガくんねえ、自分の意見を持ってるのは大いに結構なんだけれども、常に「相手の意見を尊重する」姿勢が皆無なんだよなあ。だから今回のお姫様の件も頭から否定してかかるのよね。そんなコウガくんに対して、ルチャさんが返した答えは実にシンプルだった。『おまえが何を言おうと俺はデデンネに賛成だ』と一票を盾にして呆気なく返り討ちにする。
『自分の能力がどこまで役に立てるのか知りたいのは俺も一緒だ。働く機会があるなら挑戦するぞ』
『そんな、…ルチャブルまで…』
一気にコウガくんの旗色が悪くなるわけだが、ルチャさんは優しいので、しょぼくれた顔の相手を必要以上に責めることはしない。それどころか『無理強いしても意味ないからな。おまえが留守番を選んでも、それはそれとして受け入れる』というフォローを欠かさず、相手に選択の余地を残す。歩み寄りのお手本だ。
『拙者だけ留守番…!』『寂しいならおまえもバイトしろ』『それは嫌だ』などと応酬するふたりを傍から眺めていたお姫様は、やや悲しげに微笑しながら口を開いた。
『考えを共有したかったんだが、…すまないな。不快にさせる気はなかった』
いやー…、君は謝らなくていいと思うよ…。ルチャさんも僕と同じ考えだったらしく、彼はどこまでも鷹揚に『おまえの話は興味深かった。何も気にしなくていい』と応じている。
『力試しはもちろんだが、地元のポケモンと協力して働くのは俺にとってもいい経験になると思う。その場だけの付き合いになったとしても、パーティ以外の触れ合いを通じて得られるものがあるはずだ』
僕の胸中で響き渡る拍手喝采。この模範的な回答、もはやスタンディングオベーションしなきゃウソでしょ。
ルチャさんにはとことん弱いコウガくんなので、光属性を前にして眩しさのあまり直視できておらず、更にはぐうの音も出ない様子だった。
僕はコウガくんと「すっごく仲良し♡」ってことは全くないんだけど、付き合いはそれなりに長いから、この蛙に関する解像度は高いつもりだ。よって、今、彼の中で様々な思いがひしめき合っていることなど容易に読み解けてしまう。もうこの段階までくれば、ルチャさんに失望されたくないので前言を撤回し「じゃあ(嫌々ながらだけど)バイトしてみます」となるだろう。ただし、そこに条件をつける算段だったのは間違いない。たぶん『ルチャブルと同じバイト先なら受ける』と言って悪足搔きするつもりだったのだろうが、今し方ルチャさん自身が「パーティ以外」と明言したので、同じバイト先になる可能性は低くなった(というか、僕だって、それぞれ違うバイト先に登録するつもりだった)。コウガくんは饒舌なように見えて初対面の相手にはコミュ障だから、孤立してぼっちになる未来が既に見えているんだけど…うん…どうするんだろ。
すると、いじけた子どものように、コウガくんは『…ルチャブルが褒美をくれるなら頑張る…』と言い出した。お、そうきたか。イチャつく口実を作ろうってことね抜かりねーなコイツ。
ルチャさんは小首を傾げて『バイト終わりに受け取る報酬が褒美みたいなもんだろ。何で俺から貰おうとするんだ』と答える。はァー…、分かってない。ルチャさん、分かってない。コウガくんも『全然違うでござる!』と懸命に叫ぶ。
『褒美って言われてもな…、何がいいんだ』
『それはこれから考える』
『……、わかった。おまえが真面目に頑張るなら、何でもいい』
『何でも!!?』
『何でも』
『二言はないな!?』
『ない』
はーいはいはい、様式美様式美。さっきまでの渋面などなかったかのようにコウガくんはころっと表情を変え、今やほくほくと満面の笑みを浮かべている。『何でもというのはいくらなんでも迂闊だろうよ るちゃ殿…』とデデンネ姫が力なく言葉をこぼしていた。それな。絶対にろくなことにならんよね、賭けてもいいよ。しかし悲しいかなその憂いが肝心のルチャさんに届くことはない。
ルチャさんにも考えあっての「何でもいい」発言なのか。…否、彼はね、きっと無策だよ。「自分が納得できるならそれで構わない」ってタイプだから、コウガくんがやる気になったという結果さえ手に入ればその他のことは割と無頓着でいられるんだ。
こうなってくると予知もお手の物よ。バイトが終わったらふたりで勝手によろしくヤってる未来が見える――…結局は通常運転に収束するってことね。
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◆ハノハノビーチ◆
手持ちトリオをそれぞれのバイト先まで送り届けて、と。
さーて、僕もやったりますか。大きく一歩を踏み出すここはハノハノビーチ。その名前から分かる通り、僕たちが宿泊しているホテルに隣接しているので移動も楽ちんだ。
Tシャツに短パン、サンダル。このゆるーい格好で臨める仕事内容は「浜辺にいるナマコブシを海に向かって投げる(戻す)」こと。
…僕としては、ナマコブシって結構キュートなポケモンだと思ってるんだけど、万人受けするかっていわれたら、まあ、それは違うよね。だから、こうしたナマコブシ投げと呼ばれるバイトが存在する。平たく言えば、観光客からのウケが悪いからビーチから追い出してしまおうという話だ。
ナマコブシは背中の突起を触られるのを嫌がるから、何かのはずみで踏んづけたりしようものならすぐに攻撃してくる。それも、口から拳のような形の内臓を吐き出して殴りかかるというなかなかにショッキングな方法で。子どもなんかは特に興味本位でつついたりするだろうから、人間側の安全を守るという点でいえば、確かにナマコブシをビーチから遠ざけておいた方がいい。あとは、体表がヌルヌルしているところも観光客観点で減点ポイントか。乾燥防止の大事な分泌物だし、地元アローラの人々もスキンケアのためにナマコブシの粘液を利用するというけれど、彼らに馴染みのない人間からしてみれば気持ち悪さが先立つのかもしれない。
付け加えておくと、(言い訳めいて聞こえるかもしれないが)ナマコブシ投げには人間の都合ばかりでなくナマコブシへの配慮も含まれている。
ナマコブシは気に入った場所を見つけると、そこから動かなくなる。居場所周辺の餌を食べ尽くしても尚動こうとしないため、放っておけば飢餓は避けられない。だから、無理矢理にでも海に返すのが温情ってものだろう。
海に返したってお気に入りの場所めがけて戻ってくるのだからいたちごっこになるわけだが、そのいたちごっこゆえに途切れることのない雇用がうまれているので、細かいことは気にしないようにしておこう。
僕は早速、足元にいたナマコブシを抱え上げる。抵抗される前に素早く投擲しなければならない。
一瞬、ナマコブシは恨めしそうな目つきで僕を見てきた。『さっき海から戻ってきたのに…』という不平が聞こえてくる。そうだね、そういうケースも普通にあるよねマジでごめん。僕だって君の立場だったらブチギレ案件だけど…!申し訳ない…!心の中では何度も謝りつつ、僕はサッカーのスローインみたいにナマコブシを海に向かって投げ入れる。
ぽちゃん…と遠くで響いた切ない音が哀愁を醸した。
僕以外にもバイト参加者はいるし、ざっと二時間もあれば浜辺のナマコブシは一掃できるだろう。早めに終われたら、それぞれのバイト先をこっそり覗きにいこうと思っている。過保護かな?でも、はじめて●おつかい的なノリで、ハラハラしちゃってる自分がおりまして。大丈夫かな、ちゃんとやれてるかなって、親の気分…。今頃、皆はどんな感じでバイトに勤しんでいるのだろう。
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◆造船所◆
デデンネがやってきた造船所は、遊覧船やボートなどの小型船舶を中心に建造・修理・改装を手がけているという。依頼が重なり、仕事量に反して人手が足りなくなってしまったので、電気溶接の助っ人として電気タイプのポケモンを募集したのだという事情が従業員の口から語られた。
「フェアリータイプの募集も沢山あったんですけどね」
主人の言葉を思い出す。
モデルをしてほしいとかマスコットとして客を呼び込むとか、いずれもフェアリータイプ特有の可愛らしさにフォーカスを当てた内容だったらしい。
「でも、…君が希望するのは、見た目や雰囲気の愛らしさを駆使した象徴的なものよりも肉体労働寄りなのかなと思ったので」
だから、造船所と。
やはり主人は分かってくれている。急に働いてみたいなどと言い出したデデンネから丁寧に聞き取りを行い、仕事先を探してくれた。その理解がありがたかった。
デデンネは己の容姿に自覚的である。見目がいいということもある種の才能や能力だろうと思う。可愛いと言われて当たり前の恵まれた姿。もてはやされる、褒めそやされることも多々。だが、実際に働くにあたり、にっこりと微笑むことに終始するのはつまらないと思っていた。せっかく機会が与えられるのだから、備わった身体能力をフル活用できるような職種がいい――…結果、電気溶接とは!腕が鳴る。
この場に集った電気タイプのポケモンは他にもいたが、中には今までに出会ったことのない種族もいた。途中の休憩時間に何か話しかけてみようとデデンネが浮き立っていた折、偶々隣り合っていたサンダースが『一緒に頑張ろうね』と前脚を差し出してくる。その親しげな笑みにほっとした。期限付きの仲間ではあるが、共にいい汗を流せるような関係にしたい。デデンネも笑顔を浮かべ、相手の前脚をしっかりと握り返した。
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◆ロイヤルドーム◆
「お集りの皆さん、本日は弊社の製品テストへ御協力いただきまして誠にありがとうございます」
某スポーツ用品メーカーの社員だという作業着姿の男性は、屈強な格闘タイプのポケモンたちを前に淡々と説明をしていく。
「近々、弊社はポケモン用レスリングシューズの新作を発売する予定なのですが、耐久性をはかるためには機械による測定だけでは不十分なのです。そこで、皆さんの出番ということになります。
競技中に発揮される爆発的な身体能力に弊社の試作品が対応できるのか確かめるため、これから、皆さんには実際に現物を履いていただきます。そのうえで、運動に臨んでください。格闘タイプらしいダイナミックな動きを期待しております。
ここはロイヤルドーム。日夜繰り広げられるポケモンバトルに耐えうる頑強な設計がなされた場所です。遠慮なく暴れてください。どれでも自由に、好きなだけ使えるよう各種トレーニングマシンを配置しております。模擬戦がお望みでしたら、あちらのバトルフィールドも利用可能です」
バイトを募集していたこの会社がどの程度の規模なのかルチャブルは知らないが、見るからに立派な施設を貸しきれるところから察するにきっと大手企業なのだろう。豪気なことだ。
男性は手元のバインダーに視線を落とし、必要事項を全て伝えたことを確認したのかひとり満足げに頷いて、改めてポケモンたちを見遣った。
「足のサイズは勿論、足の形状もそれぞれ異なっているはずです。細かな調整はこちらで行いますので、シューズを履く際は近くのスタッフに頼んでくださいね。それでは、業務を開始しましょう」
一通りの説明を聞き終わってもなお、ルチャブルは呆然としていた。シューズを履いて思いっきり身体を動かすだけ?器具も使いたい放題?この場にいるポケモンたちとバトルしても許される?あまりにも夢のようなバイト内容ではないか。苦しみを伴ってこその労働とは思わないが、これほど心が弾む仕事というのも珍しい気がする。
だが、これは雇用主からの歴とした依頼だ。報酬に見合った成果を出せるよう尽力しよう。
作業着の人間に近付くと、ルチャブルの足に合わせたシューズを履かせてくれた。靴を履くのはこれが生まれて初めてだった。その場で軽く跳んだり、駆け足の動きをしてみたが、違和感なく足に馴染んでいる。更には、ぎゅっと床を掴んでいる感覚があるのでより踏ん張りがきいた。これなら俊敏に動くことも、力強く技を放つことも可能だろう。発売前の試作品の段階でこのクオリティ、ものづくりに対する丁寧な仕事ぶりが感じられる。
このシューズによって自分にどのような変化が訪れるのか、早く試してみたい。胸を躍らせていると『おい、そこのチビ』と声が飛んできた。バイトに応募してきたポケモンたちの中ではルチャブルが最も小柄だったので、自分のことだとすぐに気付き、振り返る。
視線の先にいたのは、バトルフィールドで仁王立ちをしている巨体の…ネコか。もしくはトラか。真紅の毛皮に黒い縞模様が映えている。腰の回りをベルトのように炎が覆ってるところも含め、見た目そのままに炎タイプだろう。
ルチャブルの背後から『早速かましてんな、あいつ。さすがヒールポケモン』『格闘タイプじゃないのにな…バイトOKだったんだな』『プロレスによく駆り出されてるからむしろ今回のバイトは適任だろ』などとポケモンたちの囁き声が聞こえてくる。なるほど、ならば初手の挑発が十八番なのも頷ける。上等だ。ルチャブルが『俺のことか』と尋ねると、相手は首肯して『来いよ。一戦交えようや』と指先で招く仕草をする。粗野な振舞いも様になっていた。アローラに到着して早々絡んできた不良共とは違い、口調こそ乱暴だが両目は闘志に燃えている。これほど不躾な態度をとられても大して不快に思わないのは、そのためかもしれない。
『派手なのは見た目だけじゃねーだろ鳥野郎。分かるぜ。格下なぶってもつまんねーからてめえが付き合え』
ルチャブルが名指しされたことで周囲のポケモンが格下呼ばわりされることになり、俄かに現場は殺気立つ。ヒールとしての流儀か。自分から敵を作りにいくその姿勢、天晴れだった。
『そういうおまえはよく吠えるんだな。弱い奴ほど何とやらだ』
相手の額に青筋が浮き上がったところへ『対戦相手を選べる力量があるのか俺が分からせてやるよ』と痛烈に畳み掛けるルチャブル。その口元は不敵に笑み、好戦的な表情を作り出していた。