※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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※ 注意 ※
 ゲッコウガの「おねだり」実行回ではありません。
 その件に関する話は、また後日。


壁ドンしよう★

 心を無にして、ナマコブシをポイ。ポイ。ポイポイポイ。手際よく数をさばいて、バイトを終える頃には手元も足元も砂だらけ。日に焼けたためか、それとも潮風に当たり続けたためか、肌の表面がぱりぱりしている。中腰の姿勢でいる時間が長かったので、ぐっと伸びをしておいた。んー!短時間だけど、一端(いっぱし)に「働いた!」って気分。満足感を伴う疲労は、むしろ心地のよいものだ。

 折よくスマホが振動し、入金完了メッセージの受信を伝えてくる。表示されていたのは、気軽に参加したバイト代としては十分過ぎるくらいの額だった。定職についてたときは月一の給料日を楽しみに暮らしてた身だから、こういう即金スタイルが新鮮に感じられる。

 いいよね、お金。僕は好きだよ。頑張るための原動力として分かりやすいし、賃金があるからこそ仕事に責任と張り合いが生じるわけだからね。

 

 ――さて、ここから先は僕の自由時間。これから身内がお世話になってるところに訪問しようってんだから、一旦ホテルに戻って身綺麗にしなきゃね。大体、今の僕の格好、フォーマルって言葉から一番縁遠い服装だしな。シャワーを浴びて着替え直そう。

 

 部屋で手早く支度を整えたら、お次に向かうは駐輪場。

 バイクにまたがったときの体感がいつもと違って身軽に思えたのは、もちろん、隣のサイドカーがからっぽだから。空席をひとしきり眺めて、ちょっとしんみりしちゃったりして。え?大袈裟?そんなことないもん。基本がさびしんぼなのよ、おっさんという生きものは。

 

 

 

◆デデンネ◆

 造船所の事務所に立ち寄り、自分のポケモンが頑張っている姿を見たいのだと告げれば、疑われることなくすんなりと通してもらえた。聞けば、働いている様子を知りたいとやってくるトレーナーは多いのだという。親心はどの地方でも共通ってことかな。

 

 邪魔にならないところから、そっと作業場をうかがう。なんだか授業参観みたい。元から社交的で物腰の柔らかいお姫様については何も心配してなかったし、初対面の相手とも上手く打ちとけて仕事に励んでいるだろうと容易に想像できた。実際、彼女はその他大勢のポケモンたちと共に汗水たらして溶接作業に没頭しており、僕の存在には気付かない。思っていた通りの光景だ。しかし、その思っていた通りの光景に対し、思っていた以上の感動が込み上げてくる。この真面目な勤務態度、っぱ我らがプリンセスなんだよなあ。安心感が違うわ。

 

 慣れないことばかりだろう、それゆえの疲れもあるだろう。しかし、今が何にも勝って充実した時間なのだということは、彼女の真剣な表情が物語っていた。箱入り娘の初バイトは、いたって順調な滑り出しを見せている。

 

 

 

◆ルチャブル◆

「製品テストのバイトでしたよね?」と前提から問いたださねばならないほど、場内の熱気は異様なものだった。僕に応対してくれた社員は神経質そうな仕草でメガネをかけ直しながら「その通りです。ポケモンの皆さんには試作段階のシューズを履いて運動してもらうということになっておりまして…、おっ!きたァっ!! うらぁあああっ、そこっ、そこじゃァッ!かませッ!いけ、ティヘラァァァァ*1」…と、説明を放棄して途中から叫びだす始末。何なのこの温度差。風邪ひくじゃん。

 

 この社員だけでなく、他のスタッフも、元はバイトに応募してきたのだろうポケモンたちでさえ、施設内の一郭にあるバトルフィールドに群がりやいやい言っていた。アドレナリン出まくってるんだろうなあ、みーんな目がイッちゃってるし。

 どうなってんだよ仕事しろよと胸中でつっこみつつも、直後、僕が目を剝く羽目になったのは、皆の視線が集中するその先にルチャさんがいたからだ。アローラにおいて傍若無人なプロレスラーと名高いガオガエンを相手に、心底楽しげな顔つきで戦っている。エキシビションにするには勿体ないほどの白熱したバトルが繰り広げられており、指示を出して戦況をコントロールするトレーナーが不在なのでルチャさんもガオガエンも双方がやりたい放題だった。うわあ、ルチャさん…そんなえぐい動きができたなんて僕知らなかったぉ…いつもだったら絶対に止めてるんだけどな…身体痛めるもん…。今のルチャさんは、普段であれば彼の負担を考慮して決してさせないような無茶苦茶な技まで繰り出している。浮き世の制限から解放される心地よさに身を任せ、夢中でバトルするレスラーたち。闘争心を剥き出しにして何にも縛られない彼らの戦いぶりが、尚のこと観衆の心を鷲掴みにしている。

 

 うーむ…、正直かなり後ろ髪を引かれるし、このまま観戦していたいのは山々なんだけど…(最も気がかりな)コウガくんも後に控えてるしな…。

 当初の趣旨が見失われつつある気がしてならないが、元は製品の耐久性をはかるバイトであり、これほど苛烈なバトル内容であれば結果として有意義なデータを記録することができるだろう。バイトの成功とルチャさんの健闘を祈りながら、僕はロイヤルドームを出ることにした。

 

 

 

◆ゲッコウガ◆

 きっかけは「急募」の表示と「ゲッコウガ限定」という条件。あからさまに怪しいのは承知の上で記載されていた連絡先に電話してみたら、「舞台役者の代役」というレアケースではありませんか!蓋を開けてみれば、アローラで有名な教育番組コンサートへの出演依頼だったわけだ。なるほどねえ、…あまり大っぴらにできない案件だから、主催元を明記せず曖昧な表記で募らざるをえなかったんだなと察しがつく。電話の相手は、明日の本番を前に一か八かの募集だったんですと泣き言を語った。

 クソ蛙が無垢なお子様たちの前にヒーローの皮を被って出演とか世も末だよね。分かってたんだけど、奴をそうしたド健全な場に放り込んだらどうなるのか見てみたいという好奇心には勝てず、僕はコウガくんを送り出すことにした。

 有料のコンサートに参加することになるため、いかにコウガくんの保護者とはいえど「うちの子の様子を見たいです」「はい、どうぞ」とはいかない。しかし、たとえチケットがなくとも僕にとっては何ら問題にはならない。端から会場の関係者に変身して乗り込む前提で動いていたからね。狡猾な手段なので、メタモン以外は決して真似しないでください。

 

 開演までに擦った揉んだあっただろうけれど、結果として、コウガくんはセリフとリンクする非の打ち所がない演技を披露してみせた。なぁに、アレ。やればできる子だと思ってたし何でも人並み以上にこなせる器用さがあるのは知ってたけどさ、それにしても本気の出し方おかしくない?助演男優賞とかもらえそうな熱演振りじゃないの。よくもまあ本性を隠し果(おお)せたものだと感心してしまう。同時に、ルチャさんの言動がいかにコウガくんに対して影響力を持つのか改めて実感した次第であります。愛の力(すけべパワー)、すげえな。

 一周回ってシュールなので思わず笑いそうになったものの、鑑賞を続けるうちに、寸劇のクオリティが子どもだましではなく「これがアローラ屈指の教育番組の実力か」と唸らせるものであることを痛感させられ、うっかり目頭が熱くなってしまった。

 

 コウガくんを相手に感涙だなんてと悔しくなりつつホールを後にすると、照明の落とされた場所から日の当たるホワイエに出てきたために、一瞬、明るさに慣れない目の所為で視界が白んだ。

 近くにあった自販機でコーヒーを購入し、紙コップに口をつけてすすりながら、僕は今後の展開に思いを馳せて少々げんなりする。コウガくんが称賛に値する働きを成し遂げたのは事実であるため、彼は喜び勇んでルチャさんに「おねだり」するだろう。どんな変態プレイを要求するつもりでいるんだろうか…頭が痛くなってきた…。そして、事前に「(ねだる内容は)何でもいい」「二言はない」と宣言しているルチャさんは、有言実行を美徳としていることもあり、どんなに無茶振りをされようと受け入れるに違いない。

 

 要するに、今夜もふたりは森の暗がりに消えていくってわけね…やれやれだぜ…と、思っていたのだけれど――…いつもなら既定路線だったはずのこの予想が数時間後に斜め上の展開を見せることになろうとは、現時点の僕には知る由もないのである。

 

 

***

 

 

 お迎えにあがりましたお姫様。レディーファーストだよ。

 彼女は、疲労を感じさせない晴れやかな顔で戻ってきてくれた。何もかもが新鮮だったこと、知り合ったポケモンたちと楽しく働けたこと、自分の生み出す電気が役に立っている実感を得られて嬉しかったこと。そうした話が、喜びと共に語られた。はしゃいじゃって、可愛いんだから。いつも以上に上機嫌で話す彼女に相槌を打っていると、僕の心も和んでいく。

 

「今日は助かりました。ありがとうございました」

 

 造船所の社長から丁寧なお辞儀を受ける。経営者として業務を指揮するだけでなく今でも現場に出ているという彼は、くたびれた作業着を身にまとっており、よれた布地からは年季が感じられた。50代半ばといったところかな。ベテランの風格を漂わせる、いぶし銀という言葉が似合いのおじ様だ。

 

「驚きましたよ。長時間にわたって電気を放出し続けなければならない状況下、その小さな体で実にタフな仕事ぶりを見せてくれました。機材に合わせた電圧の調整も器用にこなしていましたし、自分自身の力をよく把握しているポケモンとお見受けしました。相当鍛えていらっしゃるんですね」

 

 あ、見抜いた?見抜いちゃった?そうなんですよ相当鍛えてるんですようふふふふ。なんてったって彼女はカロスリーグの覇者なんですからね!と自慢したくなるのだが、自重。そうした発言が場違いなことは分かってるよ。三十路のおっさんは大人だから適切な対応が取れるんだ。

 一般に、デデンネというポケモンは電気を生み出す力が弱い。不足分を補うために民家へと忍び込んで電気を吸い取っていくというのが通説だ。驚かれるのも無理はない。しきりに感嘆する社長は、彼女の働きぶりを見込んで「明日の出勤も可能だろうか」と打診してきた。

 

「今日付けのバイトということで募集していましたが、明日もお願いできませんか。このデデンネの力添えがあれば、残りの作業もすぐに片付けられそうなんです。

 そして明日の終業後、…よろしければバトルを申し込みたい。彼女を見て察するものがありましてね、…年甲斐もなく腕試ししたくなりました。もちろん、無理にとは申しません。ですが、承諾していただけたら本来のバイト報酬に上乗せした額をお支払いします」

 

 戯れではない、真剣な申し出だった。ちらりとお姫様を見遣ると、返ってきたのは『受けてくれ!』と意気込み十分の快諾。初仕事で想像以上の高い評価を受けたためか、彼女は頬を上気させて揚々としている。また、ダブルバトルでのサポートではなく単騎で臨むのは久しぶりのことなので、その意味でも積極的になっているのかもしれない。

 バイトにあてると決めた二日間、他の職種を体験しなくていいのか確認してもよかったけど、ここは彼女の自己肯定感を尊重しておくとしよう。そもそも、今後の旅先でも働く機会は幾度となく訪れるはずだ。その都度、様々なバイトに挑戦していけばいい。今回は造船所で世話になる、そういう巡り合わせだったんだ。僕は社長に応じる旨を伝え、固い握手を交わし合った。

 

 

**

 

 ルチャさんを拾うためにロイヤルドームへ向かって運転している間、僕は彼がどんなふうに今日の出来事を話してくれるのか、その様子をあれこれと推測していた。縦横無尽にバトルフィールドを駆け回っていたあの姿からして、彼もまたお姫様と同じように心ゆくまでバイトを楽しんだことだろう。きっと声を弾ませながら感想を伝えてくれる、…そう思っていた。

 

 ところが、いざ到着してみれば、僕は口をつぐむことになった。ドームの入口で、想像とは正反対の表情をしたルチャさんが佇んでいたためだ。彼は口元をぎゅっと引き結んでおり、何やらピリついている。

 えー…っと…、これはさァ、僕が現場を離れている間にトラブったってこと?でしょ?あんなに生き生きとしていたのにこうも一転するとは…。よほどのことがあったに違いない。おのれバイト先の連中め、僕の大事な仲間に何をしたんだ。今や胸の内には怒りが湧いてきていた。

 ひとまずその怒りを表に出さぬよう抑えながらルチャさんに「バイトはいかがでしたか」と訊いてみると、彼はにこりともせずに『楽しかった』と答えた。それだけだ。あまりに淡白な受け答えだった。平生の彼の態度からは分かりやすくかけ離れていたため、「とてもそうは見えない」と声をかけようとしたのだが、当のルチャさんから遮るように提案してきた。『早くゲッコウガを迎えにいこう』と。

 

 僕は思わず、サイドカーに座るお姫様に視線を送る。彼女もルチャさんの様子がおかしいことを心配している素振りを見せていたのだけれど、最終的には頷きだけを返してきた。「今は彼の言う通りにしよう」というメッセージらしかった。だから、僕も、ここでルチャさんにあれこれ詰め寄るのはやめておこうと思い留まる。彼の中でも未だ色々と消化できていないのかもしれない。少し時間を置いて、後から事情を聴いてみよう。

 

**

 

 文化センターに着いても、ルチャさんの仏頂面が消えていない。コウガくんは大好きな小鳥ちゃんの不機嫌な様子にいち早く気付いて、僕とお姫様に「どういうことだコラ」と言いたげなジト目で湿度高めの視線を送ってくる。疑ってかかるコウガくんには、「僕らにも何が何だか」とアピールするために肩をすくめるしかなかった。

 

 元から設定されていたバイト料に加え、お土産にと渡されたのは非売品の公式グッズ(転売の文字が頭をよぎるも、そこまで下品なことをするつもりはないので、記念としてありがたく頂戴しておく)。そして「あなたのゲッコウガは素晴らしい活躍をしてくれた」と、スタッフの面々から掛け値なしの賛辞と感謝が伝えられた。聞けば、奴は本来なら関係のない撤収作業まで手伝ったらしい。こ、こいつ…ルチャさんへのおねだり権をもぎとるために徹底していやがる…。SNSでは今回のファミリーコンサートがトレンド入りしており、いかに好評だったのかよく分かる。どれを取り上げても大した成果だった。でも、コウガくんが褒めちぎられていたところを間近で見聞きしているはずのルチャさんは、やはり顔色一つ変えない。

 微妙な空気が流れようとしていたそのとき、ルチャさんは唐突に『ここからホテルは近かったよな』と確認してきた。脈絡なく話を振られたので僕はどもってしまったのだが、何とか「大通りに沿っていけばすぐに着く」ことを返答する。それを聞いて、彼はひらりとサイドカーから降りた。

 

 すたすたと歩み寄ったかと思えば、コウガくんの手を掴む。急展開に困惑しているコウガくんには構いもせず、ルチャさんは『こいつをしばらく借りても問題ないか』と尋ねた。言外に『問題ないよな?』という脅しが含まれた訊き方だった。気圧されて頷く僕の様子を確かめてから、ルチャさんは『先に行ってくれ。俺たちは後で合流する。すぐ戻るから心配するな』と素っ気なく言い放ち、コウガくんを連れてさっさと歩きだしてしまった。

 

 僕はふたりを引き止めることもできず駐車場に突っ立っていたが、『行こうか』というお姫様の声で我に返る。

 

『部屋で待っていればいい。いつものことだ。…あれでも彼らは番(つがい)だからな。思えば、るちゃ殿がこうが殿のもとへと急かしたのも、彼でないと務まらぬ理由があったのかもしれん』

 

 御尤もである。

 パートナー同士で解決してもらって、事後報告を受ける。うん、既視感ありまくりの流れだな。確かに彼女が言う通り「いつものこと」だった。

 

「…そうですね。では、ロビーラウンジでお茶でもしましょうか」

 

 軽食をつまみながらふたりの帰りを待つのだって、「いつものこと」。そう割り切って、僕はバイクのエンジンを吹かす。お姫様ひとりに対してサイドカーは馬車みたいに広すぎるけれど、その座席にちょこんと座る彼女は愛らしかった。

 

 

 


 

※ 警告 ※

 

 後半が下ネタばかりなので本作タイトル横に★をつけました。具体的な性行為の描写はほとんどありません。

 また、続く文章は以下の内容を含みます。

 

・キャラ崩壊

・交尾(えっち)に積極的な受け

・誘い受け、何なら襲い受け

・受けから雑に扱われておきながら胸キュンしてしまうM堕ちの攻め

・これは実質ルチャゲコでは…?

 → CPにおいて、特に左右固定の御方は自衛なさってください。

 

 以降の閲覧は自己責任でお願いいたします。

 


 

 

 

 繋がれていた手も途中から離れ、ルチャブルはゲッコウガの前を歩いていく。振り返ることもせず木々の間を分け入って、森の奥へと進む。

 ゲッコウガにはルチャブルに話したいことが沢山あった。どんなにバイトを頑張ったのかいの一番に報告したかった。しかし、四散する気配は刺々しく尖っており、とてもじゃないがルチャブルの背中に向かって声をかけられるような雰囲気ではなかった。気安く軽口でも叩こうもんならぶん殴られるんじゃないかという威圧感があったため、どこへ行くつもりなんだと尋ねることもできないまま、ゲッコウガは黙って付き従った。

 

 先程の男やデデンネの様子から察するに、彼らもまたルチャブルがなぜこのような状態にあるのか聞き出せていない。無論ゲッコウガにも手がかりはなく、自分だけが指名された理由もわからず終いだ。不安がつのる中で時間だけが経ち、気が付けば、街の喧騒が一切届かない場所まで来ていた。

 不意にルチャブルは立ち止まり、傍らにそびえる樹を見上げている。どうしたのだろうと注意深く彼の動向を見守っていた折、ルチャブルがゲッコウガを手招いてきたので、おずおずと近寄った。

 ゲッコウガが十分に接近したところを見計らったように、ルチャブルは目にもとまらぬ速さで勢いよく腕を突き出した。

 

ずどん

 

 一発、身体の芯まで響くような重い衝撃音。ゲッコウガの行く手を遮ってその場に縫い留めるみたいにルチャブルが腕を伸ばし、思いっきり樹の幹に拳を叩き込んだその瞬間、銃でも発砲されたかのような大音量が辺りに散らばった。

 思いもよらないルチャブルの行動に動揺し、ゲッコウガは幹伝いにずるりと座り込む。力なくへたり込んだと言った方がより適切かもしれない。

 ルチャブルによって大樹全体が揺さぶられたため、停まっていた鳥たちが慌てふためきながら一斉に飛びたっていく。ほとんど同時、遠ざかる鳥たちの羽音とは対照に、ざあっと雨のような音を引き連れルチャブルとゲッコウガに向かって落下してくる無数の影があった。キャタピーやビードル、イトマル、フシデなどの蟲が蠢いている。悪タイプ複合のゲッコウガにしてみればゾッとする光景だったのだが、対する虫ポケモンたちは落下地点にルチャブルが――鳥がいることに気付いて、ぎょっとしている。前触れもなく落とされた理不尽への怒りに先んじて、天敵への恐怖に支配されているのだろう。ビビり散らかして身を竦ませていた。

 

『…何見てんだ虫共』

 

 凍りついた虫たちを更に怖気づかせる、底冷えした声。ルチャブルのものとはにわかには信じがたい声音が、現実に、弱者を蹂躙する。

 

『見世物じゃねーんだよ。食われたくなかったらとっとと失せろ』

 

 ドスのきいた声と猛禽類特有の鋭利な視線で恫喝され、硬直している場合ではないと正気を取り戻した虫たちは、短い脚をガサゴソと動かして我先にと逃げていった。

 しんと静まり返る中、ルチャブルが艶然と笑みをたたえてゲッコウガを見下ろしてくる。ようやく見せてくれた笑顔だというのに、いつにない危険な色香が漂ってくるので、ゲッコウガは息をのんだ。何だこれ、何だこれ、一体何が起こってる?

 

『やっと、ふたりきりだな』

 

 誘惑するような物言いから、ゲッコウガは、はたと思い至るのである。…え、コレもしかして幹(かべ)ドンだったの!!? と。

 ちょっとアグレッシブすぎやしませんかねと思っている間にも、ルチャブルは妙に熱のこもった目でゲッコウガに迫ってきた。

 

『…バイト先でな、格闘技やってる奴らと戦ってきたんだ。何度でも対戦できた。自由に対戦できた。それが、…本当に、…本当に楽しくて…』

 

 ヌきたい気分なんだ。付き合え。

 と、ルチャブルが言い放ったときには耳を疑った。あれれおかしいなスポーツ用品メーカーの穏便なバイトだったはずなのに。バトル三昧?は?それで?昂ぶってるから交尾してスッキリしようって?何だそれエッチすぎんだろ…。

 

 いつにないルチャブルの高圧的な態度。有無を言わせぬ粗暴な言動。これから獲物に爪を立てんとする捕食者の面構え。ゲッコウガを骨抜きにするド雄の目つき。心臓が鷲掴みにされた挙句、握りつぶされてしまったかのような錯覚を覚える。いつも自分に組み敷かれて愛くるしく鳴いている小鳥と同一の存在とは思えない豹変ぶりだった。

 今のルチャブルは、ゲッコウガに何の確認も取らない。全て自己完結を前提に動いている。普段の誠実な彼からは考えられないほど強引で雑な扱いを受けているというのに、ゲッコウガの胸はキュンと甘酸っぱい音を立てた。ヤバい、何やら特殊な扉がこじ開けられつつある。ちょろくて手軽な性欲処理係として見られていることを分かっていながらも尚ときめきを止められなかった。

 

『なあ、…おまえ、俺のこと好きなんだろ?』

『は、…はいッ!死んでも好きです…!』

『だったら今ここでも勃つよな』

『もちろんです秒勃起余裕です』

『トレーナーにはすぐ戻るって言ってあるからな。一回で満足させろよ』

『い、…一回…』

『文句あんのか』

『滅相もない!』

 

 手合わせ大歓迎です愚息ではありますが精一杯ご奉仕させていただきますと腹から声を出せば、ルチャブルは満足そうに頷いてくれた。

 

『それでこそ俺の雄(おとこ)だな』

 

 ルチャブルの手が添えられ、顔をくいと持ち上げられた。あ、あ、顎クイ!? ルチャブルからの顎クイ!!!?こんなの即堕ち不可避じゃねーかたまんねえなおい。

 

『準備はしてきた。さっさとヤるぞ』

 

 っはぁァァあああ!!? 準備!!? どこで!!? どうやって!!? 何それ超見たかったんですけど!

 

 

***

 

 

 ルチャブルから寄越された、噛みつくようなキスが始まりの合図だった。

 攻撃的な幕開けが方向性を決定付け、終始、激しく濃密なひとときとなった。甘い交歓だとか、肌を重ねるだとか、そんな生ぬるいものではない。雄の肉体同士で、ぶつかる。絡む。もつれる。交尾というよりもいっそ戦闘じみていたと思う。

 ルチャブルの瞳が時折快感に揺れていたことは分かっていたが、彼は悦楽に抗って主導権を渡さず、挑むようにゲッコウガへ向かってきた。互いに息を荒げ、嬌声の代わりに唸り声をひりだす。延長できないからこそ生き急ぐみたいに粘膜を擦りあって、焦燥に駆られながら求めあった。

 

 ふたり揃って射精を終えた後も、余韻もクソもなく、ルチャブルは淡々としていた。気だるげにゲッコウガから離れ、身を清めるために小川の方へと歩いていった。

 

 ずっと後になって、『ありがとな』と呟くのが聞こえた。ゲッコウガにかける言葉を探していたらしいルチャブルが、やっとのことで絞り出した一言だった。言葉通りの感謝。そして、羞恥とか、後悔とか、罪悪感とか。短い謝辞に込められた清濁を、ゲッコウガは漏れなく受けとめる。

 

『気にするな。またいつでも言ってくれ』

 

 肉棒を突っ込んだ側なのに、ケツで抱かれた感のある情事だった。今だ夢心地から醒めきっていないゲッコウガは足取りがふわふわとしており、覚束ない。一方のルチャブルは、しっかりと歩を進めている。どこをどう歩いてきたのかも定かではないのに、抜群の方向感覚を頼りにして、迷いなく森を抜けていく。

 

 特に会話を交わすことはなかったが、流れる空気は緩やかだ。今度は、ふたり隣り合って帰路に就いた。

*1:
プロレス技の一種。別名:ヘッドシザーズ・ホイップ




【 捏造設定 】

①バトル時の興奮がポケモンの狂暴性や性欲に作用するというのは、よくある生理現象。
 バトル終了時にすぐポケモンをモンスターボールの中に戻すのは、彼らが見境なく暴れることを防ぐ目的もある(ボール内でクールダウンしてもらう)。
 ポケモンセンターにおいても、スタッフポケモンの中に必ず「戦意を削ぐ」「落ち着かせる」などの癒しや和みの技を習得している者がおり、強制かつ緩やかに賢者モードにしてくれる。
 最終手段は鎮静剤などの薬物使用になるが、副作用があるので推奨されていない。


②いつもならトレーナーがついているため無茶をしないが、バイト先ではストッパーがいなかったため、「いけいけドンドン」からの「ギンギン」になり、性欲を持て余すルチャブル。気が立っており、何かの拍子で周囲を傷つけてしまいそうだったので、ゲッコウガを迎えにいくまではずっとだんまりを決め込んだ。態度が悪かったことはちゃんと自覚しているため、後ほど、トレーナーとデデンネには(ゲッコウガとナニをしていたのかは隠しつつ)きちんと謝罪する。
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