施錠の音に驚き、ルチャブルが振り返る。おそらく『何の真似だ』とでも抗議するつもりだったのだろう彼は、口を開け、短く息を吸い、それから――…嗚呼、止してくれ。今は棘のある言葉など聞きたくない。収まりがつかぬというのなら、後でいくらでも叱られてやるから。小鳥が苦言を呈する前に引き寄せる。口付ける。おまけとばかりに舌で塞げば、難なく声を封殺できる。
しかしキスの一つや二つでは流されてくれず、ルチャブルはこちらを振り払うように顔を背けた。勝気なところも好きだ、それでいい。
『おまえ、いきなり、…ッ…ん、…!』
残念だったなあ、どこまでも伸びる舌で。逃げられないことは分かっているだろうに。
何とか離れようと身をよじるルチャブルだが、頑なに抵抗する素振りすらもまた一興。興奮材料にしかならない。大体、本気で抗うつもりがあるのなら舌を噛むなり力任せに突き飛ばすなりすればいい。そうしないのは、ルチャブルが己の格闘家としての力を自覚しているためだ。こちらに怪我を負わせるかもしれないという、その心配ゆえにルチャブルは手加減せざるを得ない。こんなときでさえ捨てきれない思い遣りにつけこんで、ルチャブルが好むキスの仕方を選びながら、徐々に弛緩させていく。挿し込んだのは舌先だけなのに、それを受け入れるので精一杯の小さな口。口腔にこもる熱。舌の厚み。牙の位置。数え切れないほど口付けてきたから、何もかも分かっている。きっと当のルチャブルよりも、ずっと。把握している一つ一つを丹念にねぶる行為には、確かな充実感と幸福感がある。やがて彼の強張りが解け、身体を預けるような格好になったので、内心でほくそ笑んだ。
『…なんで…』
『嫉妬だ。単純明快だろう?…どうした、そんな顔をして。今のは笑うところだぞ』
力が入らず膝から崩れ落ちていくルチャブルを支えるふりをして、抱きとめる腕に力を込め拘束を強める。
『おまえの愛らしい姿を見ることができたしな、今日はいい日だ。眼福だったよ。…しかし、その恩恵をどこの馬の骨とも知れん奴らまで享受していたことがどうしても許せない』
そして、もし「偶然」が起きなければ、自分はルチャブルの特別な格好を知ることはなかった。想像しやすいカジュアルな服装ならまだしも、今回のようなレアケースのルチャブルを見逃す世界線があり得たことが何より恐ろしい。他が知っているのに自分だけが知らない、そんなことがあってたまるか。強火担と自負している推しの初回限定特装盤を買いそびれるくらいあってはならないことだった。オレは
『オレこそが特別なんだと実感しないことには治まらないんだ。だから、…』
オレにしかできないやり方でおまえを堪能させてほしい。そう言って、ルチャブルをラグマットの上に押し倒す。これから起こることを想像してか、ルチャブルは今にも泣きだしそうな顔をしていた。いい表情だ。見ているだけでぞくぞくしてくる。
『…ゲッコウガ、少し落ち着け。ここは他人の私邸なんだぞ。…この衣装のことだって…』
『誰にも迷惑をかけない密室を選んだし、服も着たままでいい』
『ッ、…ダメだ!これは借り物で…!』
そもそも衣装が元凶であるというのに守ろうとするのが面白くなくて、『エプロンなんざ汚してなんぼだろうが』と突き放した。
「『キャベツ畑』や『コウノトリ』を信じている可愛い女のコに無修正のポルノをつきつける時を想像するような下卑た快感」――…ルチャブルを組み敷く今このとき、世に広く知られた強烈な台詞が脳裏を過る。それこそ、ルチャブルが着用している衣装は「『キャベツ畑』や『コウノトリ』を信じている可愛い女のコ」を連想させるものだ。周囲から大切に守られ、愛されてきたその子の服を精液まみれにしたらどれほどの快感が得られるだろう。背徳感との相乗効果ですぐにイってしまうかもしれない。
そう、着たまま乱れさせるにとどまらず服自体を汚すことも着衣姦の醍醐味だ。だから一度はルチャブルを一蹴したわけだが、…せっかくの機会だ、もう少し趣向を凝らしてみるのもありかもしれない。
『……、…そうだな。多少なりおまえの言い分を聞き入れないとフェアじゃないよな』
エプロンの裾を持ち上げ、ルチャブルの口元へ持っていく。
『ほら、咥えておけ。これなら最中に汚れることもないし、声も響かない。妙案だろ?』
言われるがまま、ルチャブルが布地を噛む。服を汚すことになるのか、汚さずに済むのか。どちらにせよ犯されることには変わりないのに、選択肢を比較させマシな方を選ばせるのは詐欺の常套手段だ。あっさりとこちらの思惑通りに操られて自ら猿ぐつわをしてしまうところが哀れで愛々しい。
ルチャブルが衣服を身につけているからこそ拝める「咥えたくしあげ」。本来は相手を誘惑したり挑発したりするポーズなのだということは、ルチャブルは知る由もないだろう。彼は衣装を守りたい一心で行動しているに過ぎない。日頃から服を着ない状態がデフォルトなのだから、たくし上げたところで布をめくったという程度の認識しかないだろう。恥じらいもくそもない。こちらが勝手に格好へ意味を与え、眺めて楽しませてもらうだけだ。視覚的に滾ることはもちろん、たくしあげておいたほうがルチャブルの性器をいじめやすくなる――…露わになった小鳥の下腹部、とりわけスリットに舌を這わせた。同じ雄だから分かる。刺激されたらどうしようもなく勃つし、
『似合ってるよ』とルチャブルに告げた、あの穏やかな声。微笑み。誰にとっても好印象しかないはずのそれらに、苛立ちがぶり返す。
本当は、気兼ねすることなく自分が真っ先に言いたかった。似合っていると言うべきだった。御主ほどの絶世の美鳥を番に迎えることができた拙者は世界一の果報者でござると伝え、褒め称えたかったのに。あいつの所為で何もかもが台無しだ。
リボンを引き千切ってしまいたい衝動をやっとの思いで押さえ込みながら、手を伸ばす。すべらかな生地のリボンは、少し引くだけでしゅるりとほどけた。こちらの意図が読めず不安そうにしているルチャブルの目の前で、見せつけるように、彼の手首をリボンで括った。捕縛めいたことをされるとは予想だにしなかったのか、ルチャブルは愕然とした様子で両目を見開いている。
腹いせはまだ続く。自身の左腕に巻いていたスカーフを取って、二つに裂いた。元から安っぽくて薄い布だ、まるで紙切れみたいに破れていく。本格的に怯え始めるルチャブルが愛おしくてよしよしと頭を撫でながら、甘やかすような仕草を見せながら、それでいて目元を布で覆い隠してしまうのだからどんなにかルチャブルは絶望したことだろう。
『身も心も全部オレに委ねておけば問題ない。…それにな、目隠しすると何をされるか分からなくてスリルがあるだろう?いつもより感度も上がるはずだ。ちゃんと気持ちよくしてやるから楽しんでくれ』
耳元でねっとりと囁くと、ろくに声を出せないルチャブルの口の端から「ひゅ」と息をのむ音だけが漏れる。実に悲壮な音だった。
『…さて…、これから何をするのか説明してやろうな。その方が安心できるだろうし』
手元に残ったスカーフの残骸を自分の口に含んで、唾液に浸していく。――己は、蛙だ。生まれも育ちも研究所なので実際に狩りをしたことはないが、本来なら獲物を捕らえるために使用する舌は極めて長く、また、唾液も他のポケモンとは異なり粘度が高い。そして、こうしたとろみのある液体を吸わせた布で性器を責めると凄まじい快感が襲ってくるという。こんな人間のエロ知識、どこで耳にしたんだったか。…まあ、出典なんてこの際どうでもいい。ルチャブルが鳴いてくれるなら、それで。
『余った布でおまえのものを磨くんだ。初めてだよな、こんなこと。どんな感じだったか後で感想を教えてくれ』
ルチャブルは何も話せない。こちらも、答えは聞かない。聞いたところで否応は関係ない。実行は決定事項だ。
唾液が滴り落ちるほど濡れそぼった布を雄根の先にあてがい、手心も加減もなくぢゅぷぢゅぷと擦ると、ルチャブルの身体が弾かれたようにのけぞり、弓なりにしなる。導火線に火をつけた次の瞬間には爆発した、そんな印象の反応速度だった。
『―――――ッッ♡♡♡』
さすがに堪りかねたようで、ルチャブルの口が開く。エプロンの裾も放してしまう。しかし、声も息も完全に喉の奥で詰まっていた。その無音がかえって淫らな雰囲気を助長する。
黒い布には出されたばかりで熱を持つ白い粘液がどろりと付着していた。途端に漂い始める精臭は青いが官能的であり、この世のどんなアロマよりも催淫効果が高そうだった。
『どうだった?』と白々しく尋ねてみるが、ルチャブルの口は喘ぐような有様で力なく動くだけだった。
『…一回くらいじゃ分からなかったか。リトライといこう』
『やッ、…やだ!これやだぁっ!!!』
呼吸を整える間もなく、しかし「これ以上は無理」という焦りから必死で絞り出された悲鳴。…大丈夫だ、心得てるぞ。「いや」は「もっと」、「悲鳴」は「嬌声」、…だろう?閨での遣り取りは天邪鬼だからな。変換は完璧だ。
『嫌か?…まあ、そう言うな。始めたばかりだぞ。そのうち苦痛も心地よく感じられるようになるさ。好きになれるまで頑張ろうな』
『こ、の、変態…ッ!』
『なんだ、今頃気付いたのか。
その変態からいいようにされておきながら悦んでるおまえも大概な好き者だと思うがな』
『だまれ!…ッ、…そんなんじゃ…』
『ない、と言い張る気か?この現状で?随分と拙い自己弁護だな』
その強がりも完膚なきまでにへし折って即堕ちさせてやるから覚悟しろよ、ルチャブル。
『だが、安心した。それだけ威勢がいいなら余裕だろ』
『待ッ、やめ、…ふ、っァ、…あ゙ッ、―――ッ!!』
ルチャブルの目隠しが濡れていく。布一枚を隔てた向こう側でぼろぼろと涙を零していることが伝わり、興奮が抑えられない。
満足に身動きもとれない中でなされるがまま一方的に快楽を押しつけられ、何度も何度も意に染まない絶頂を強いられ、やがてルチャブルは精も根も尽き果てたらしかった。声を荒げる気力もなく、だらしなく脚を開いたまま浅い呼吸を繰り返すだけ。
『しんどそうだな。もう止めておこうか?』
確認してみると、ルチャブルは小さな掠れ声で『…終わり…?』と祈るような調子で訊いてくる。縋る相手がオレしかいないからなあ、当然か。無駄なんだけど。
『ンなわけねーだろ、何ほっとしてんだ』
あー…楽しい。上げて落とすの最ッ高。凍りついた場の空気が爽快だった。案の定、ルチャブルは「ひ、」と引きつった音を伴ってその身を固くしている。冷たい声を聞かせた所為か、怖がらせてしまったようだ。ごめんな、意地悪して(嗤
『早く終わらせてほしいのか?道半ばだというのにつれないな、オレの最愛は。ここは「気にせず好きにしていい」が正解だろう?』
間違えた子にはお仕置きだな。たっぷり知らしめてやろう。
用済みの布を放ると、いやらしい粘液に濡れて重さを増したそれが、床の上でべしゃりと音を立てた。さあ、次は気絶するまで奥をガン突きしてやろうか。今日のオレはひと味違うぞ、なにせ精力剤を飲んでるからな。いっそ憎んでくれたっていいから、とにかくオレのこと以外を考えられなくしたい――…、…と、こんな具合で、ルチャブル軟禁分からせ交尾したいなあと
『…緊急事態じゃなかったのか』
現実が再開する。時計の針が正しく進みだす。謀られたことを察し、ルチャブルがいつになく低い声で尋ねてくる。しかし臆面もなく『拙者にとっての緊急事態でござる』と返せば、ルチャブルは深々と溜め息をついた。呆れてものも言えないという、見捨てる一歩手前感の漂う息の吐き方。ゲッコウガは頬を膨らませる。
『後で話を聞いてくれるって言った!』
『…そうだな。言ったが、…帰ってからでよかっただろ…』
『いやだ今がいい』
話をするだけなら、確かにホテルに戻ってからでも十分だった。しかし、ゲッコウガの方は、ルチャブルが服を着ているというまたとない機会だからこそ絶対に着衣交尾を実現させてやると息巻いていたのである。だからこそ一芝居うってまで個室を案内してもらったのであって。
だが、今の今までヤる気満々だったくせに、ここにきてゲッコウガは踏みとどまる。
以前の、…転生前のゲッコウガであったなら、この場で確実にルチャブルを犯していたことだろう。時には嫉妬、時には執着、つど理由は様々だが、彼の意向を完全に無視して無理矢理事に及ぶという暴挙を何回やらかしたことか。だが、今世では反省を活かすつもりだった。今度こそルチャブルを大事にしようと心に決めていた。その誓いを――状況としては既に手遅れな気もするが――思い出し、少しばかりゲッコウガは冷静になった。
このとき、ルチャブルの双眸は、宝石のように冷えゞと光っていた。静かに、そして明確に、怒りの色を宿している。幼稚な独占欲を以てこれからルチャブルに迫れば、愛想をつかされるだろうという確信がある。
『今がいいと言われてもな…、おまえ、バイトは?』
『拙者のシフトも会食が終わるまでだった。御主と一緒だ』
本当におまえの方も仕事は終わってるんだな?と念押しをしたうえで、ルチャブルは仕方なさそうに『おまえの緊急事態とやらを聞かせてみろ』と水を向けてきた。
『言っておくが他人事じゃないんだぞ!御主のことなんだからな!そんな格好で人前に出てたからこっちは気が気でなかったでござるよ!』
『…そんな恰好って…』
ゲッコウガの発言を受けてルチャブルはしゅんと俯き、エプロンの裾をきゅっと握る。
『おまえからは、変に見えるのか。…人前に出たらおかしな格好だったか…?』
思いがけずルチャブルが落ち込んだので、あまりのすれ違い具合が歯がゆく、だあ゙あ゙あ゙!もう!とゲッコウガは喚いた。
『似合うのが問題だと言ってるでござる!!! なぜ分からん!!!』
『……、…はあ…?』
心底訳が分からないというように、ルチャブルが顔をしかめた。「何言ってんだコイツ」という表情を隠しもしない。
『似合ってるなら問題ないだろ』
『大問題だ!そんなに可愛い服装で出歩いたら見惚れて誘惑される奴がでてくるに決まってるだろうが!今日だってやたらと声をかけられたはずだぞ違うか!!!?』
すると、ルチャブルは心当たりがあるのか目を泳がせ、『いや、ただ単に衣装の件で呼ばれただけで…』などと歯切れも悪く呟いている。
『ほれ見ろ注目の的だったんじゃないか!』
『責められても困る。そもそも俺に衣装の選択権はなかったし…』
『仕事で必要だと言われたら何でも着るのか!甘い!アマカジより甘いぞルチャブル!』
拙者を不安にさせるな!!!
べらべらと畳みかけた挙句に本音をぶちまけると、『何だよそれ…』と言いつつ、ルチャブルの頬がほんのりと染まっていく。
『おまえ、…そんなことが理由で俺のところに来たのか』
『そうだ』
『そんなことが理由で、わざわざ個室に誘導したのか』
『そうだ!居ても立っても居られなかったんだぞ!すぐにでも御主と話がしたかったでござる!』
バイトが終わるまで待っていただけ偉いと開き直ってふんぞり返ると、ルチャブルはもう何度目になるか分からない溜息を繰り返した。
『取り越し苦労にも程がある…』
だが、言葉とは裏腹に目つきの険が取れ、雰囲気が柔らかくなっている。
『たとえ誰かに言い寄られようが
ゲッコウガとしっかり目を合わせ、語りかけるように優しく声を紡ぐルチャブル。っはァ~…なんたる美声…録音してヘッドホンしながら延々リピートしていたい声だ。面倒くさい彼女ムーブをかました女々しい雄を受け入れ、見苦しく駄々をこねては吠えていた雄を甘やかし、更には口説いてくれる鷹の魅力が易々とゲッコウガの心臓を撃ち抜いていく。なんでこんな愛くるしい格好してるのにやたらと男前なんだろう。
『俺はおまえ一筋なんだからもっと堂々としてろ』
まさかのダメ押しキタ……ほ、ほァァ……しゅき……と惚けている間に、ゲッコウガは炎天下の中に放り出されたアイスクリームみたいにどろりと全身が溶けていく感覚を味わった。
多幸感で煮崩れた脳みそはろくに働かず、ただ、ほとんど無意識のうちにルチャブルを抱き上げる。
『御主はほんッとーにいい
こぼれ出た本音。欲するがまま、キスしたいとせがむと『おまえはすぐそういうことを言う』とぶっきらぼうに返されたが、それでも拒否はされなかった。何なら、照れながらではあったもののルチャブルの方から口を寄せてくれたので、ゲッコウガはそれはもう気色悪いほどのにっこにこ顔で応じた。部屋の隅で、密やかに、付き合いたての恋人のような初々しいキスを何度も交わすのだった。
マジで何なん?ジェットコースターかよとツッコミが入りそうなほど情緒が不安定だったところへ、特効薬とでも言おうかルチャブルから愛のさえずりを聞かせてもらえたことですっかり世界は薔薇色だ。すこぶる上機嫌になったゲッコウガは『帰るぞ』というルチャブルの言葉にも素直に頷き、ふたり揃って部屋を後にした。三十路男やデデンネと合流し、ホテルで食事を摂り、眠りにつくその瞬間まで有頂天のままだった。終わり良ければ総て良し――…と、いきたかったのだが、まどろんでいるうちにふと『あれ?おねだり権行使したらあの場で普通に着衣交尾できたくね?』ということに気付き、それはもう悔しくてならず真夜中に覚醒、妄想えっちだけで一日を終わらせてしまったことへ声にならない声で叫びながらのたうち回る羽目になるのだが――それはまた別のお話なのであります。