「じゃあ、身支度してきますね」
そう言って、己が
『今のうちに話しておきたいことがある』
デデンネはゲッコウガとルチャブルを呼び寄せ、三者はベッドの上で膝を突き合わせた。
『その節は、ばいと、御苦労だった』
『おまえもな、デデンネ』
バトルでも接戦を制したんだろとルチャブルから労われ、『うむ』と頷きながら、デデンネは先を続ける。
『労働と対戦の対価として、我々には賃金が支払われた。初給料というわけだな』
ルチャブルが『そうだな』と相槌をうち、『あいつは誠実なトレーナーだ。稼ぎは正しく旅に役立ててくれると思う』と信頼を表明した。
『その件なんだが、…我々の稼ぎの一部で彼に ぷれぜんと してはどうかと思っている』
『…まさか、日頃の感謝をこめて…ってやつか?』
いかにも小馬鹿にした様子で、ゲッコウガが鼻で笑う。
『おまえ、初給料で親に何か買うだとか、そういう慣習のことを言ってるのか。人間かぶれらしい発想だな』
随分な言い草である。しかし、言い終わるかどうかというタイミングでゲッコウガはルチャブルから背中をべちんと叩かれ、『ぐふッ』という間抜けな声をあげる羽目になった。ついでに、しっかりとお叱りも受ける。
『社会的にはトレーナーが俺たちの「親」だろうが。いつも世話になってるんだ、特別な機会に感謝を伝えるのは何もおかしくないだろ』
『…またデデンネの味方をする…』
『単におまえの考え方に賛同できないだけだ』
こういうときのルチャブルは、ばっさりと一刀両断する。容赦がない。
ふたりの遣り取りに苦笑しながら、デデンネは改めて話を進めていいかを問うた。
『私の一存で決めるわけにはいかないからな。こうが殿はどう思う?』
『……、…好きにしろ…』
おそらくはこれ以上ルチャブルからの心証を損ないたくないだけだろうが、ゲッコウガは渋々といった態で仕方なさそうに同意した。ルチャブルは端からデデンネの提案には全面的に賛成しているので、問題はない。
『皆から了承を得られて何よりだ』
『買うものは?もう考えてるのか』
ルチャブルからの質問に、デデンネは首を振る。
『そのことに関しても、意見を聞きたい。予算のことも考えねばならんな』
『…実際、俺たちが稼いだ額でどんなものが買えるんだろうな。結局バイト代がいくらになったのか知らないままなんだが…』
トレーナーの元に一括送金されているので、ポケモンたちは稼ぎを把握していない。しかし、想像することはできる。特に二日目は有名人の家でバイトしたんだからそれなりの金額になったはず、とルチャブルは弾んだ声を出した。そんな彼が可愛くてならないという顔をしながら、ゲッコウガが口を開く。
『気前よく払ってくれていることを願うが、…有名人が傍にいるということそれ自体に価値を持たせている場合があるでござるよ。特にルチャブルの場合は、バイト先で著名なデザイナーの手がけた服を着ている。特殊な経験を特典扱いされていたら、金の方は…まあ、目を剝くほどの額ではなかろう』
『…そうか。そういうこともあるんだな』
残念がる様子はなく、ルチャブルは『金に換えられない経験をさせてもらったということだな』と素直に感心している。
『デデンネはバイト代以外にバトル報酬も上乗せされている。その点も加味して、拙者たちが二日間で稼いだ総額は…、あくまでも予想の域を出ないが、有名ブランドの小物に手が届くくらいの額だと思う。ポケジョブにしてはマシという程度だろう』
『目安はよく分かった。礼を言うぞ、こうが殿。あとは、あるじ殿の好みが分かれば…』
デデンネの視線がゲッコウガに向けられる。嗚呼なるほどと合点がいったのか、ルチャブルもデデンネに倣った。ふたりにじっと見つめられて落ち着かないらしく、当のゲッコウガはゆらゆらと舌先を動かしている。
『…なぜ拙者を見る』
『おまえが俺たちの中で一番トレーナーと付き合いが長いからだろ』
『かつてはひとつ屋根の下でふたり暮らしという時期もあった、それは否定しない。だが、公私を共にしておきながらも、あいつがポケモンだったことに一切気付かないくらい何の関心もなかったんだぞ。そんな拙者が奴の好みを把握していると思うか?』
『偉そうに言うことではないぞこうが殿…』
しかし、当てにしていたゲッコウガがこの調子では、プレゼント選びが更に悩ましくなった。ルチャブルもデデンネも、主人の好みは何かと訊かれて明確には答えられないためだ。食べ物や色、趣味などに特定の傾向があれば分かりやすいのだが、彼は普段から偏りを感じさせない生活をしていた。言うなれば「何でも好き」で、その自由度の高さがかえって購入物の選択を難しくしている。
『どんなものをくれてやろうと喜ぶだろうよ』とゲッコウガが適当なことを言う。『それはそうかもしれないが…』とデデンネは逡巡したが、やがて、すっと顔を上げた。
『これから向かうところは商売の街と聞いている。観光地とはまた違う趣の店が多く立ち並んでいるそうだ。…目的地に到着する前に買うものを決められたら御の字だったが、仕方ない。現地で探すとしよう』
手元に金銭がない以上、支払いの段階で主人に頼ることになる。よって完全なサプライズとはいかないが、それでも、プレゼントを決めるところまでは水面下で進めることにした。
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コニコシティ――アーカラ島南西部に位置し、宿泊場所からの距離と公共交通機関の少なさを考えればお世辞にもアクセスがいいとは言い難いのだが、僕らにはバイクがあるので、むしろちょうどいいドライブになる。エキゾチックな街並みには一見の価値があると観光雑誌に載っていたし、ぶらりと歩くだけでそれなりに楽しめそうだった。
到着すると、街のシンボルである赤い門がお出迎え。姫が『なんと見事な御住居表御門…』と相変わらず小難しいことを宣っているが、立派な朱塗りの柱と黄土色の瓦でつくられた門には、確かに堅苦しい名称が相応しいと思わせるだけの重厚感があった。
門の先に伸びる通路は石畳、加えて建物も石造りが多く、いずれもどっしりとした外観だ。アローラでよくみかける一般的なログハウスは一軒もなく、島文化というより明らかにオリエンタルな大陸文化が色濃く出ている。
「これはまた異国情緒があふれていて見応えがありますね」
周囲の景色を眺めながら歩いていると、やがて人の波でごった返している騒がしい場所に突き当たった。それもそのはず、そこは街一番の商店街。充満する熱気に活気、ついでに臭気…、不快とまでは言わないが、かなり独特な臭いがする。飲食店から漂うものだけでなく、そこに抹香のような臭みが混ざり合っており、それらがアローラの陽射しで蒸し暑くこもっているものだから余計に鼻を刺激してくる。嗅覚の鋭いポケモンにはきついだろう。
「別の場所にいきましょうか」と促したのだけど、意外にもポケモン諸君は『どんな店があるのか見ていきたい』と返答してきた。そのうえ、コウガくんがルチャさんを肩車し、そのルチャさんの頭部にデデンネ姫が居座るという、なんとも奇怪なトーテムポールを形成するではありませんか。
何事…?と僕は呆然と彼らを見上げた。周りもくすくす笑っているのだが、彼らは一切動じることなく移動を開始する。
「え、…いや、あの、…大丈夫です…?」
『心配は無用だ、あるじ殿。横列では往来の妨げになりそうだから、我らが縦になっただけのこと。それに、上背があれば混雑していても商品がよく見えるだろう?』
「でも、この臭いは…」
『
涼しい顔をして姫が答える。彼女は一番てっぺんにいるので風通しが良く、大した影響がないのだろう。ルチャさんもマスクよろしく翼で鼻先を覆っており、何とかなっている。コウガくんはルチャさんを肩車している都合で舌をしまっており、鼻が直接外気にさらされているので思いきり顔をしかめていた。ただ、彼の性格を思えばここで悪態をついてもおかしくないのに、文句を言わずぐっと口を引き結んでいるのは珍しかった。買い物だってさして興味はないだろうに、それでもついていくのが、コウガくんなりの仲間意識なのだろう。そう結論付けると、微笑ましくなってくる。
彼らが縦になってくれたことで、他にも利点があった。高さがあることに加え、ルチャさんの色彩豊かな羽が間に挟まっていることもあり、まあ目立つこと目立つこと。迷子のなりようがないのは、この人混みではありがたい。
「気になるものがあれば遠慮なく言ってくださいね」と声をかけ、僕も彼らと並んで雑踏をかき分けていった。
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街はずれには灯台があり、その小高い岬周辺にはいくつかの屋台が出ていた。そのうちの一つ、甘味所に寄って休憩している現在――ゲッコウガの大きな手を皿代わりにして、ポケモントリオはポケマメ*1をぽりぽりと齧っている。そこには居酒屋で枝豆をつまみあっているような、ジャンクフードのチェーン店でポテトをシェアしているような、遠慮のない気怠さがあった。
『…結局ひやかしで終わってしまった…』
男の様子を盗み見ながら、彼の耳に入らぬようこそこそと話すデデンネ。『決め手がなかったからな』と言うルチャブルも、デデンネに合わせて声量を落としている。
さすが商売の街という触れ込み通り、軒を連ねる店の数と種類は相当に豊富で、これならばプレゼントになるものを見つけるのは簡単だろうと思っていたが、…なかなかどうしてそう上手くはいかなかった。
基本は旅する身の上なので、日持ちのする食糧などグルメ路線でもよかったが、そのような消え物ではなく、できることなら何か手元に残るものがいい。そう考えて見渡してみても、今一つピンとくるものがなかった。
ロミロミというアローラ式マッサージはユニークに思えたが、その場限りで終わる体験。道中で技マシン売り場の前を通るも、彼は技マシンを使えない身*2なので用はない。漢方薬は、体質に依るものが多いため安易には選べないし、ジュエリーショップに並べられた宝飾品にも興味はなさそう(というか高価過ぎて買えない)。希少性の高い貴石という共通点からか、ジュエリーショップでは各種進化の石や化石も取り扱っていたが、やはり主人には関係ないものばかりだ。アローラフォトクラブという店もあったが、…ここにきて写真かあ…という気もする。有料でプロに撮ってもらうというのもいい記念にはなるだろうが、これまでに旅の思い出としての写真を膨大に撮ってきているので、今更というか、プレゼントとしてしっくりこなかった。御香…は、正直、匂いがきついので使ってほしくない。ポケモン側の事情で却下。ヘアサロンやアパレルショップも候補にできればよかったのだが、
なるべく主人の好みに沿い、普段使いできそうな、予算をオーバーしないもの。『プレゼント選びってこんなに難しいことだったんだな』とルチャブルが呟く。こうなったらもう本人に直接欲しいものを訊くしかないか…という空気になりかけていた中で、ぽそりと、ゲッコウガが言葉を落とした。
『…バイクに関係するもの、とか』
思いつきを声にしてから、ゲッコウガは「しまった」と顔に出した。彼は事前に『金は出すがアイディアは出さんぞ』と宣言していたのだ。「何であいつのためにあれこれ考えてやらにゃならんのだ」ということらしいのだが、そのくせに、かなりまともな意見を提示したわけである。現に、ルチャブルもデデンネもはっとして『『 それだ! 』』と大きく声をそろえた。満更でもないふたりの反応。とりわけルチャブルから『天才だな!』と絶賛され、ゲッコウガは「そ…そうかなあ?*3」という具合に締まりのない線目となった。表情がだだ崩れである。
「話はまとまりましたか」
外に出された長椅子に腰掛けてエネココアを飲んでいた男が、声をかけてくる。思わず大声をあげてしまった先程を反省しながら、デデンネは一部始終を説明した。
プレゼントの立案と動機、しかし実際に店を回っても何も選べなかったこと。行き詰ったかに思えたそのとき、ゲッコウガによってもたらされた名案…、ここに至るまでの過程をきちんと順序立てて語った。
『そろそろ、ばいく に乗るときに身に着けるものを新調してもいい頃だろう?例えば、ぐろーぶ とか…、じゃけっと とか。そういうものを買うときの足しにしてくれると嬉しい』
デデンネの話を最後まで聞いた後、男は、ポケモン三体それぞれを順に見つめ、静かに微笑んだ。心の底から愛おしく思われているということが一目で伝わってくる優しい笑みを前にして、何やら面映ゆくなるトリオの面々である。
「いつもと様子が違うなとは思ってましたけど…、そうですか…、…僕のために沢山心を尽くしてくれてたんですね。ありがとうございます」
既存のものを新調するというのも選択肢の一つだが、それ以外に、実はちょうど欲しいものがあったのだと男は打ち明けてきた。
「君たちからの厚意をありがたく受けとめて、購入させてもらいます」
調べたところ、コニコシティにはバイクの専門店がないようだ。隣町にはあるとのことで、帰りがけに寄ってみることになった。
――そして今、バイクには、プレゼントの名目で買ったガーディアンベルが取り付けてある。この小さな金属製の鈴は、美しい音で厄を祓うというバイクの魔除けであった。プレゼントされることで効果が増大するとも言われ、ライダーの交通安全を願うものとしてこれ以上のアイテムもないだろう。
「僕だけでなく、同乗者である君たちの安全も守られますように」と心の中で祈りながら、今日も男はサイドカーに愛しのポケモンたちを乗せ、愛機を駆っていく。
【 おまけ 】
「見て見て!思いきって買ってきたんだ!」
少年が箱から取り出したケーキは、クリームの純白と苺の真紅が見事に調和した逸品だった。艶やかな苺はたった今磨きたてられたみたいに輝きを放ち、クリームの絞り方には細部に至るまでパティシエの職人技が光っている。レースで着飾っているような繊細なデコレーションによって、まるで貴婦人の風格さえ漂わせていた。ミニサイズではあるものの、立派にホールケーキである。
「誕生日だからさ、奮発してみたんだよ。一緒に食べようね」
にこにこと笑顔を浮かべながら、少年はハンガーにコートとマフラーをかけ、台所へと向かう。取り分けるための皿とフォーク、コップ、そしてミルクをトレーに乗せて戻ったとき、彼の目は大きく見開かれた。
テーブルの上のケーキが、なんと、二つに増えている!
「すごいなあ、…とても美味しそうに
少年の言葉に反応し、ケーキの片方がうにょんと動く。えへへ、とでも言いたげな様子で照れ笑いをするメタモン。一部変身を解いただけなので、メタモンとケーキが合体しているように見える。前衛的な芸術品みたいな有様だった。
「僕ね、…ずっと前から憧れてたんだ。誕生日にケーキを食べること。今日、初めて叶ったよ」
学校で、教官に教えてもらったのだ。授業に関する質問ついでに、勇気を出して、おすすめのケーキ屋がないか尋ねてみた。いつでも丁寧な物言いをする印象を持っていた人物だったので笑われることはないだろうと思ってのことだったが、果たして、初老の男性教官は穏やかに応じ、「私も甘いものには目がないんですよ」と言いながら、いくつか店名と場所を教えてくれた。そのうちの一つに足を運んできたわけだが、ミアレシティの目抜き通りに位置するその店舗はさすがに洒落た佇まいをしていた。あまりにも自分が場違いな気がして尻込みしそうになったが、帰りを待っているメタモンの存在が少年の背を押した。
ショーウィンドウに飾られた宝石みたいなケーキは、どんな味がするのかしら。知りたかったものが、今、口の中で溶け合っている。クリームと、生地と、苺のうまみが舌の上で絶妙なハーモニーを奏でて、幸せがあふれて口の端から滴り落ちていきそうだった。魔法にかけられたみたいに、身体がふわふわする。
こんなに素晴らしいものが世の中にあったのかと驚き、しみじみと「おいしいね」と言いながら、ふたりで、ゆっくりとケーキを食べた。
「これからも、君と一緒においしいものを分け合えたらいいな」
柔らかく目を細めて、少年が囁く。
「ねえ、メタモン。きっと君と食べるケーキだからおいしいんだ。君がいてくれるから何でも素敵になっていく」
君は、僕にとって、神様がくれた最初で最後の、一生物のプレゼントなんだよ。
メタモンは、その小さな黒い目からぽろぽろと涙の粒を落とした。後から後からこぼれる涙は、メタモンの頬や口周りについていたクリームと共に流れていく。
その様子を見ていると、少年まで胸の内がいっぱいになって、鼻の奥がつんとなって、結局、自身もまた泣きだした。自分の想いを受け入れ、自分の言葉に心を動かされて泣いてくれる相手がいることの尊さに、泣けて泣けて仕方なかった。
身を寄せ合って暮らす小さな部屋の中、小さなテーブルの上で小さなケーキを囲みながら、幸福に包まれるふたりは気が済むまでさめざめと泣くのだった。
【 追記 】
彼らが乗っているサイドカー付きバイクのイメージは、URALというブランドが出しているSAHARAという車種です。