「肝試ししよう」は、「序/本編①~⑦/後日談」の構成でお送りする予定です。
第七世代は、マイナーチェンジ版であるウルトラサン・ウルトラムーンでがっつりとホラーイベントが追加されています。今回は、そのホラーイベント『トレーナーズスクールの七不思議』を下敷きにした話です。未プレイの読者様でも問題なく読めるよう書いていくつもりですが、あくまでゲーム中のイベントを下敷きにしているだけで、忠実な再現というわけではありません。いつものように拡大解釈や捏造のオンパレードです。そのことを前提に、自己責任で閲覧していただきたく思います。
「ほら!焼けたわよ。召し上がれ」
ホームステイ先のママが、私のお皿に肉を取り分けてくれた。トングの先から取り皿の上に向かって肉が着地したとき、ぐんとお皿の重みが増して、肉塊の重量に驚くばかりだ。
主役級のこんがりスペアリブは迫力満点。そのうえ野菜がもりもりと追加されていくものだから、お皿を片手で持っていられなくなって、私は立食を諦め大人しくアウトドアテーブルについた。
まるで絵に描いたような、理想的な焼き目。美味しいってことが約束されてるビジュアルに涎が湧き上がってくる。だから、私は遠慮なく、思いっきり肉にかぶりついた。口の周りも指先も脂でべとべと。でも、それでいい。こういう場ではマナーを気にしなくていいから楽だ。せっかくのバーベキューで上品ぶったって意味ないし、熱いうちにガツガツ食べるからこそ
私の身体にじゅわりとしみこんでいく肉汁。何という至福のひとときなのかしら!しっかりと下味のついた肉は、絶妙な焼き加減によって更に旨味を増していて、いくらでも食べられちゃう。フルーツと香辛料をふんだんに使ったママお手製のソースもあるし、後々の味変も抜かりないんだなーこれが。
野菜の方はいたってシンプルに素焼きしてあり、塩も胡椒もかかっていない。でも、熱を加えただけなのに驚くほど甘みを感じる。そもそも、素材からして良質なんだ。瑞々しさが失われてないもん。好き嫌いはそれなりに多い方だし、野菜にも苦手意識を持っていたのだけど、アローラにきてから向こう新鮮な野菜をたらふく摂取してるから、だいぶ克服できてる気がする。だって野菜をおかわりしてるんだよ?小鉢のサラダさえ完食できるかどうか怪しかったこの私が。大きな進歩だ。
私の隣で、私と同じくらい夢中でばくばく食べ進めている男の子は、この家の一人っ子。名前はオヒア。アローラに咲く、鮮やかな赤が印象的な花の名だ。オレの好きな花なんだって言ってたときの笑顔がとても素敵で、自分の名前も名付けてくれた家族のことも大好きなんだなって一発で分かったから、私は素直に感動した。彼の方が誕生日が早くて私より年は一つ上だけど、スクールでは同学年だ。だから、登下校は毎日一緒。スクールでホームステイ先を募ったとき、彼が真っ先に手を挙げてくれたんだって。「何事も経験だから」って後から聞いたな。笑っちゃった。互いに自己紹介したときから、私はホームステイ先に恵まれたことを確信した。そして、それは間違ってなくて、私はアローラにきてから「最高」という感想以外が見当たらない日々を過ごしている。「ヨーテリーと暮らしてるからポケモンが生活圏内にいるのは慣れてるよ」と言ってた通り、私がつれてきたヌメラのことも快く受け入れてくれた。ありがたいことに、繊細なヌメラの性格も、その生態にも細やかに配慮してもらっている。たとえば、ヌメラを潤すための霧吹きボトルが家中に置いてあるし、彼が日陰に隠れられるよう、避難先としての小さな段ボールハウスもいくつか。おかげで、私もヌメラもふたり揃って何の不安もなくアローラでの生活を満喫できていた。
「今日の肉めっちゃ柔らかいだろ?オレがいっぱい叩いたんだぜ」と得意げな顔をしながら肉を頬張り続けるオヒア。ほら、あのゲームに出てくる武器みたいなやつ使ってさ、とか言うものだから私はおかしくって吹きだしてしまう。ミートハンマーのことだろうな、…そうだね、確かに形だけ見たら強そう。私が外で準備を手伝ってた間に、台所では愉快な下ごしらえが行われてたってわけだ。私が笑うから、オヒアも笑ってくれた。頭でふわふわと揺れるパパ譲りの黒い癖ッ毛。日焼けした肌に映える真っ白な歯。細められた目を彩る青は、海の色みたいに深くて濃い。いつ見ても綺麗。
バーベキューコンロの網の上では、早速第二弾が焼かれている最中だ。大胆にカットされた肉や野菜が、ごろごろ転がっている。肉から滴り落ちる油が炭に付着して、その瞬間、じゅわっと音を立てながら火花が散った。ついでに香ばしい匂いが絶え間なく鼻腔に侵入して、この場に御馳走があることを訴えかけてくる。食材の見た目だけじゃない。味だけじゃない。庭に満ちる音も匂いも食欲を刺激してやまなかった。
辺りが薄暗くなってきたから、パパがランタンを灯す。その明かりがまた、ぐっとバーベキューの雰囲気を底上げしてくれた。この家はやたらとアウトドア用品が充実していて、聞けば、よく家族で出かけるんだって。バーベキューなんて毎日のようにやってるよって言ってたけど、その言葉に嘘はなかった。だって、私がアローラにきてからもう七回以上はやってるもん。週二ペース。楽しいから、私は何度だって大歓迎だけどね。ヌメラも、庭先での賑やかな食事をすっかり気に入ってるみたい。今も、南国のあまーい木の実の山に幸せそうに埋もれている。手当たり次第に食べ過ぎて、口のまわりが果汁でてらてらしてる。さすがに放っておけなくて、苦笑しながらおしぼりで拭いておいた。以前と比べて明らかにヌメラの食欲が増してるんだけど、これって私たちと一緒で食べ盛りってこと?それとも海外にいる特別な状況の所為?…何にせよ、気持ちは分かるな。アローラで食べる毎日のごはん、何でも美味しいもんね。
そろそろ焼く係を交代しようかなって思うんだけど、そのあたりはパパが上手く立ち回っていた。パパとママの二人で食材を炙って、片手間にビールを飲みながらいっぱいお喋りしてて、それでいながら「子どもは食べることに専念しなさい」と言って私たちに肉や野菜をどんどん勧めてくる。息ぴったりの役割分担に手際の良さ、もはや屋台の人みたいだ。
私にとって、バーベキューは非日常のイベントだった。しかも、お祭りとか、特別な会場でやるものだって思ってた。…まあ、有り体に言ってしまうと、私の中に家族とわいわいバーベキューを楽しむような思い出がないってこと。だから、オヒアたち家族の仲睦まじい様子が、私にはとても眩しくて、羨ましくて、ほんの少し切ない。私の家でもこんなふうに笑い合える関係が築けてればよかったのにな、とか、今更「たられば」を思い描いてみるけど、結局、そんなの惨めなだけだ。いつか私が結婚して、子どもが生まれて、家族が増えていくような未来が待っているなら、そのときは、きっとあったかくて居心地よく暮らせるようにしよう。バーベキューだって、普通のことにしよう。そう思う。
***
夕飯の片付けを終えた後、オヒアがロードショーを観ようと誘ってくれたので、リビングに移動した。映画鑑賞のお供は、これまたママの手作りジュース。濃縮されたゴスの実の果汁シロップを炭酸水で割ったものだ。色がついているかどうかというほどほんのりとした淡いピンクのドリンクがシュワシュワと泡をたてているのがおしゃれで、贅沢にも、グラスの底では角切りされた果肉が沈んでいる。飲みごたえも食べごたえもばっちりなデザートで、見た目通りにすっきとした甘さで清涼感があるから、脂っこいものをたくさん食べた後には嬉しい一杯。ずっと飲んでたって飽きがこないのは塩をひとつまみ入れてるからなんだって(ちなみに、このドリンクはヌメラも大好きで、ポケモン用給餌器に入れてもらった分をヨーテリーと一緒になって飲んでいた)。
テレビをつけると、思惑はずれて、なぜかスポーツの中継が続いている。ちょうど画面上にテロップが出ていて、…アローラの文字だし、習っていない難しい単語が使われているけど、まあ、内容は想像がつく。「中継終了時間ですが、引き続きお送りいたします」とか、そういうのでしょ?オヒアに確認すると、当たりだった。こういうときはオヒアの助けが要るけど、元々、私はアローラにくる前から言葉は少し勉強してきたし、滞在中の遣り取りを積み重ねた結果、日常会話レベルなら何とかなっている(いざとなれば翻訳アプリもあるし)。手振り身振りを交えながらスクールでもそれなりに話せてると思うし、みんな気さくで優しいのもあってゆっくり喋ってくれるから、学校生活も特に不便を感じていない。あれ?私ってば意外と語学の才能があったのかしら?とか思っちゃったりして!
「えー…マジかよ…。次の番組が何時から放送されんのか未定だってさ」
明日も登校日だし、そんなに夜更かしはできない。ここは諦めるしかなさそうだね。
「気になってたホラー映画だったんだけどな。仕方ないか」
あ、ホラー映画観る予定だったんだ?そういえば、私はリビングについてきただけで、何を観るのか訊いてなかった。オヒアには悪いけど、ホラーはパス。私にとって幽霊は身近な存在だから怖いと思ったことはないけど、いくら本物を見慣れてるからって、視聴者を怖がらせるための演出が満載の創作物はふつーにダメ。眠れなくなっちゃう。
私が内心でほっとしていると、オヒアは「じゃ、代わりにアニメ観ようぜ」と言ってきた。ネット配信のものらしく、テレビ画面に映すための準備に取りかかっている。
「ホラーって言ったらさ」
リモコンを操作しながら、オヒアが話しかけてくる。
「最近、スクールにおばけが出るらしいぜ。みんな怖がって、夜間スクールの生徒が登校してこないから大変らしい」
まあオレたちにはあんま関係ないんだけどさ。誰か解決してくれるといいよな。…とか、軽い雑談のノリで喋ってるけど…、え?マジ?急に怪談聞かされるとは思ってなかった。びっくりしちゃう。
「学校ってさ、変な噂が出回ることってあるよな」
「…そうかな?」
「カロスではなかった?そういうの。こっちじゃ割と有名なのあるぜ。ポケモンに連れ去られて行方不明になった生徒がいるだとか、当時のことを書いた日誌が今でも隠されてるだとか…」
話題を振っている当のオヒアは、全くそれらを信じていない口調だった。
「ポケモンに連れ去られて?どのポケモンだよって話。そいつもいい迷惑だよな、勝手に誘拐犯にされて」
「日誌が隠されてるって話も、実話っぽくするための後付けかもね」
「オレもそう思う!」
あっけらかんと笑って、閑話休題。それ以上深堀りすることはなく、オヒアにとって場繋ぎ以外の意図はないただの世間話だったらしい。彼は引きずることなくすっぱりと切り替え、お勧めだというアニメ作品を再生する。アローラでヒットしたというその作品は、全10話。カロスの吹き替えバージョンだということは、物語が始まってすぐに分かった。驚いてオヒアの方を見ると、オレはセリフ全部覚えてるから大丈夫と言って、一緒に観てくれた。これから毎日一話ずつ観ていこうと約束もした。おまえが帰る前に最後まで見終わろうなと明るく提案された。いつもそう。私が楽しめるように色々と考えてくれて、こういうところがホントに優しいんだ、この男の子は。
一人の少年と相棒のピカチュウが繰り広げる冒険活劇は、ヒット作品というだけあって、時間が経つごとにどんどん引き込まれていく。あまりに面白かったから、直前までオヒアと話していた怪談のこともすぐに上塗りされて、私は手に汗を握りながら画面に釘付けになるのだった。
***
「今日の学級日誌、私が書くことになってるの」
「わかった。じゃ、オレ、図書室で待ってるから」
「先生に提出したらすぐにいくね」
放課後の教室で短い会話を交わし、一旦、オヒアと別れる。黒板の左隣にみんなの提出物を回収するための棚があって、その棚の上が学級日誌の定位置だ。私は自分の席には戻らず、棚の天板を机代わりにして立ったまま日誌を書き始める。
一ページに三日分書き込めるようになっていて、一日分の記録を書くスペースは数行分しかない。大した作業ではなかった。普段からレポートを書き慣れてる身としては、このくらいの文量は全く苦にならない。
今日は授業中に先生が私たちを校庭の隅に連れ出してくれて、みんなで木陰で眠るネマシュを観察した。ひとしきり眺めた後、教室に戻り、先生からネマシュについての説明を聞いた。昼間は木の根元で眠りつつ、その根から養分を吸い取っていること。敵対する者には光る胞子を飛ばして眠らせてしまうこと。…光る胞子目当てでネマシュのいる森にナイトツアーに行くのが人気って聞いたことがあっただけに、見つめたら寝ちゃうなんて何だか残念。そう考えていた矢先に、先生の改まった声が鼓膜を揺すった。
「私が君たちを連れていったのはね、自分の身を注意深く守ってもらうためなの。何も知らずに、あるいはいたずらにネマシュを刺激するようなことがあってはならないから。
もし敵だと勘違いされたら、きっと君たちはその場で眠らされて、ネマシュに体力を奪われちゃう。彼らが吸うのは樹の養分だけじゃないの。実際に、森の中でネマシュの催眠にかかって、眠っているうちに体力を吸われて、目覚める頃には動けなくなってて…助けを呼べずにそのまま…っていう、恐ろしい事故も報告されてる。
誤解しないでほしいのは、この話で君たちをむやみに怖がらせるつもりはないってこと。ネマシュだって、生き残るために行動していることを忘れないでほしいの。正しく知り、評価し、判断する。そうすれば、過不足なく対策できるでしょう?言い換えれば、『正しく恐れる』ってことだね。これからも勉強を続けて、野生のポケモンたちとの適切な距離感を学んでいきましょう」
すぴすぴ眠るネマシュは微笑ましかったけど、あくまでも「モンスター」だという点を肝に銘じておかなければならない。その意味で、先生の「正しく恐れる」という言葉は印象に残った。授業で見聞きしたことを思い返しながら、アローラの言葉と文字で、時々辞書を使いながら記入する。しんと静まり返る教室の中で、一人、字を書く音だけが響く。
「これでよし…っと…」
書き終わると同時に込み上げる達成感。あとは文法や綴りに間違いがないかチェックして…と思っていたそのとき、消しゴムに手が当たった。ころんと転がった消しゴムは、止まることなく棚と壁の隙間に吸い込まれていく。…あるよねー、こういうヘマ。小さく溜息をついて、棚を動かす。子どもでも動かせるような軽い棚でよかった。
「…うわ…」
思わず声が出たのは、溜まりに溜まった埃がお気に入りの消しゴムにまとわりついていたこともそうなんだけど、消しゴムと埃以外に、予想外のものが棚の裏から出てきたためだ。
古びた冊子。私の消しゴムと同様に埃まみれのそれには、表紙に「学級日誌」を意味する単語が印字してあった。
発見したからには、これもついでに先生へ届けようと思い、はたいて埃を取り除く。ぱらぱらとめくると、数年前の年月日が書き込まれていた。今と違って、毎日書かれていたわけではないらしい。日付は所々間があいていて、断続的に書かれていたものであることが分かる。その日誌の後半は白紙ばかりで、冊子の半分ほどしか埋まっていない。途中でこの日誌が棚の裏に落ち、気付かれないまま紛失扱いになったんだろうな。そんな想像をしながら、何とはなしに最後に書き込まれたページを見る。
【 2月12日 】
遅くまで遊んでた。スリーパーがやってきた。
転校生がスリーパーと帰っていった。お迎えだって!
【 2月21日 】
みんなで遊んだ!フワンテが迎えにきた。
新しく捕まえたのかな?スリーパーはどうしたんだろ?
この2月21日の記述を最後に、日誌は途切れている。内容を理解したとき、私の腕には鳥肌が立っていた。だって、…だって、フワンテだなんて。そんな。
カロスでは、誰でも小さい頃から「フワンテの手を握った子は、攫われるよ。消えていなくなっちゃうんだよ」と言われて育つ。だから、いかに風船のような可愛らしい見た目でも、不用意に近付いたりしない。大人から事あるごとに言われる所為で、フワンテにトラウマを持っている子も少なくなかった。
この日誌に書かれた「転校生」は、フワンテと帰ったのだろうか?本当に手持ちのポケモン?その後どうなったのだろう?
不意に、私はオヒアが昨晩に話していたことを思い出す。
――ポケモンに連れ去られて行方不明になった生徒がいる。当時のことを書いた日誌が今でも隠されてる。
このタイミングで、がちゃりと扉の開く音。びくりとはねる私の両肩。振り返ると先生がいた。教室と職員室は同じフロアにある。私がこなくて、様子を見にきてくれたのかもしれない。そう思った。
見慣れた姿だ。肩上できれいに切りそろえられたアッシュグレーの髪。白いシャツとパンツスーツ。首元をおしゃれに飾る赤いスカーフ。でも、決定的に違うところがあった。表情だ。メガネの奥から私を見てくる眼は瞬きもせずに開かれたままで、口元だけが無理矢理作ったような笑みを浮かべている。こんなちぐはぐな顔つき、少なくとも私の知ってる先生はしたことがない。
知らない人だ。
私の勘はよく当たる。途端に怖くなって後ずさる。その間にも正体不明の彼女は歩を進め、教壇に立った。そして、何食わぬ顔で、嗚呼これ絶対にヤバいと確信させる一言を放つ。
「おはよウございマす。キョうもイちにチはりきッテいきまシょうね」
初見の文章をつっかえながら読むような、歪な話し方。違和感満載のイントネーション。先生と同じ声を再現していることも心底気持ち悪かった。もう放課後なのに、何なの。何言ってるの、こいつ。それ以上に不可解なのは、彼女の声かけに反応があったことだ。
はーい!先生!と、甲高い子どもたちの返事。
いつのまにか、それこそ手品みたいに、教室の席が全て埋まっていた。人の形をした真っ黒な塊が、ゆらゆら揺れながら椅子に座っている。目も鼻も口もない。でも、その顔らしき部分の傾き加減から、全員が私の方を見ていると分かる。「「「 あはははは 」」」と無邪気な笑い声が教室を包む。私を呑みこんでいく。
早く逃げなくちゃと頭では分かっているのに、意思に反して膝に力が入らなくて、がくがく震えて、私はその場に座り込んでしまった。