メレメレ島でまず特筆すべきは、やはりアローラ地方最大の都市ハウオリシティだろう。ここで揃わぬものはないと豪語されるほど広大なショッピングエリアがあり、カロス地方でいうところのミアレシティに該当する。ファッションやグルメを始め、アローラでの流行発信地だ。
でもねえ…と僕はコウガくんよろしく線目になる。先にアーカラ島とウラウラ島を満喫したことで、所謂「アローラならではの観光」ってのはほとんど味わえた気分になっているのだ。特産品はたらふく食べたし、買いたかったものは粗方入手してるし、豊かな自然を活かした絶景アクティビティ各種は体験し尽くしたし…。贅沢三昧のピークはとっくに過ぎている。だから、メレメレ島を訪れるにあたって真っ先に挙げられる観光スポット「ハウオリシティ」には、ぶっちゃけ、大した用が思いつかない。
それぞれの島に独自の地域ブランドがあることは確かだし、アーカラ島ではなく最初にメレメレ島に上陸していたら二番煎じ感を抱くことはなかったはずなんだけどね(順番って大事だ)。
上から目線で舐めくさってるくせに何でメレメレ島に来たんだって話になるわけで、まあ、…この旅ではアローラを構成する島々を一通り巡るつもりでいたから足を運んだというだけのこと。本音を言うならば「義理」みたいな感じです。はい。
で、何をするかなあと調べた際、「
結論から言うと、自分の知見を広げるために参加したツアーは意外にも思い出深いものになり、これは嬉しい誤算だった。ちゃんとメレメレ島にも足を運んだ甲斐があった、というか。伝説級のポケモンに易々とお目にかかることは叶わなかったにせよ(予想通りだ)、それでも、遺跡内部の見学自体が非常に価値のあるものだった。
小さな入り口からは想像もつかなかったが、その内部は予想をはるかに上回る広々とした空間だった。石造りの遺跡は経年のうちに樹木に侵蝕されており、壁にそって樹の根が剥き出しになった様子は実に退廃的で、それがまた神秘性を醸した。所々に蔦が這い、石畳の隙間からも植物が生え、僅かに差し込んでくる日光を頼りに花を咲かせていた。極め付きは、立派な装飾が施された祭壇と、その中央に鎮座する荘厳な石像だ。遺跡とはつまり古跡で、「過去」のものなのだが、祭壇は現在もきっちりと人の手が入っていた。徹底的に清められ、磨きたてられ、埃一つ落ちていない。石像に供えられた生花は摘みたてのように瑞々しい。まるで神の機嫌を損ねまいとするかのような周到――…それらは信仰と畏怖の象徴そのものだった。
総じて、明らかに外界と隔絶された場所だと認識できたし、入った瞬間に異質な空気が全身を覆った。別世界に足を踏み入れた感覚に震えがはしった。本能的な畏敬を強いられ、呟き一つ口にすることが憚られた。感嘆の溜息でさえ躊躇ったほどだ。手持ち諸君もそれぞれに神妙な顔をしており、遺跡を出るまで僕らは誰一人口を利かなかった。
まともに話せるようになったのは、ツアー終了後に立ち寄ったカフェのテラス席についてから。座るなり真っ先に『おっかない場所だったな』とルチャさんが感想を漏らす。彼は、ゴースト連中が集まる心霊スポットよりもよほど恐ろしかったと話し、『自分が狩られる側に回ったみたいだった』と目を伏せる。その言葉にコウガくんも姫も頷きを返し、三者は口を揃えて『遺跡内の石像から視線を感じた』と語った。…なるほど、あの石像はカプ・コケコの依り代みたいな役割を果たしているのかもしれない。自宅を荒らす不届き者がいないか石像を通じて監視していたのだとしたら、それは尤もな話だ。
神への畏れみたいなものが尾を引いて皆がどことなくぎこちなかったのだが、やがてアイスとシロップと木の実がたっぷりトッピングされたパンケーキが運ばれてきて、各々取り分け、舌鼓をうってようやく人心地がついた気がする。こんなときだからこそ甘いものって大事だね、緊張も解れるし。女子受け満点のかわいらしいスイーツだからといって僕は怯まないよ。ふんわりと膨らんだ生地から、卵やミルク、バターの溶け合う優しい味がしみだす逸品…、きっと某絵本に出てくるネズミたちがつくったおやつの生地も、こんな感じだったんだろうな*1。これには三十路のおっさんもにっこり!トリオの面々もふわふわパンケーキを頬張って和らいでるから一安心だ。
「で、物は相談なんですけど」
これからの予定について話を振っておく。メインストリートを歩けば飲食店なんかいくらでもあるから食事には困らないけれど、それ以外のことはなァ~んにも後先を考えず、行き当たりばったり上等くらいの勢いでメレメレ島に上陸しているため、当然、宿泊先を押さえていない。しかし、午後のツアーに参加した都合上、現在は日暮れ間近という夕方の時間帯だ。本日最後の船に乗船するにはもう間に合わず、翌日まで滞在しなければならないことは確定している。
「端からこの島に長居するつもりがなかったので、…その、何です、…野宿も選択肢の一つに出来るなら別にホテルにこだわらなくてもいいかなあって…」
『なるほど、燃え尽き症候群に似ているな。ここにきて一泊の予約を取ることすら面倒になったということか』
歯に衣着せぬ物言いで切り込んでくるデデンネ姫。さっすが~、誤魔化しの利かない御名答をありがとうございます。
かなり雑になっちゃったのでもう少し言い訳させてもらうと、僕が「もう野宿でよくね?」状態になっているのは、明日から訪れる予定のポニ島も少なからず関係していた。
ポニ島はアローラ地方内の他の島と比べ、人口が極めて少ない。海辺には多くの船舶が停泊しているそうだが、それらは船内生活を営む海の民の「船団」であり、宿泊先の当てとしては除外しておく。一方の内地はというと、片手で数えられるほどのわずかな集落しかなく、民泊を願い出るのでもない限りまともな宿泊施設は存在しない。生活物資は定期船による輸送頼みで、その船にしても接岸は月一ペースだとか。
要するに、ポニ島に長期滞在したいなら自前で食糧とテントを持ってこいということになる。現代人の感覚でいえばあらゆる点で不便なのだが、利便性を排してもポニ島が魅力的である理由は、島のほとんどを占める山林地帯にある。そこには世界有数の壮大な渓谷が存在し、独特の景観を生みだしていると聞く。容易に人間を寄せつけない場所であるため、貴重な植物やポケモンの生息地としても有名だ。数日間こういう場所で野生に戻ってみるのもいいかな、と思っている。無論、ポケモンとして、だ。宿泊施設がないと分かれば早々に割り切れるし、そのための心積もりもできる。で、原生林の中に人工物を持っていくのは極力避けたいので、だったらもう僕ら全員がポケモンとして過ごせば解決じゃない?というわけだ。
『資金繰りが難しくなり、節約のために…ということは?』
「あ、それは大丈夫です。単に僕のやる気の問題で」
明日からしばらく野宿が続くんだから、この際、野宿生活を今日から前倒しにしても大して変わらないよね?(暴論)
手持ち諸君は僕の赤裸々な告白に対して少々呆れていたものの、特に糾弾してはこなかった(野宿なら人間の流儀に配慮しなくて済むので楽なのだろう)。大きな荷物もバイクも港に置いてきているので、手荷物は貴重品の入った小さなベルトポーチだけという有り様だが、ルチャさんが『おまえがポケモンに戻るならやりようはいくらでもあるだろ』と言ってくれたおかげで、殊更に説得しなくても既に「今夜から野宿OK」の流れになっている。話がはやくて結構。あとは場所を探すだけだね。
それはそうと、ルチャさん、口の周りがクリームだらけでとても写真映えしそう。今から撮らせてよ。
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男が調べた情報によれば、今いるハウオリシティから東に進むと、やがて商都を抜けて民家が建ち並ぶエリアに入るという。その民家群の近くにテンカラットヒルと呼ばれる低山があるそうで、そこを今夜のキャンプ地にしてはどうかという提案がなされた。異論はない。先程のパンケーキで既に腹は膨れているし、このあと山中で寝床を探したら、以降は問題なく夜を明かすことができるだろう。男の方も「イワークあたりに変身できたらいいなあ」などと楽観的なことを言っており、初めて訪れる場所への不安を微塵も感じさせなかった。
先導する男についていく。ついていくとは言うものの、デデンネは例によって男の肩にのっている。彼の歩幅は大きく、必然的に歩く速度も速いので、こういうときは自分で歩くより彼本人にのせてもらった方が効率的だ。いつものことである。
街はずれに向かう途中、学校の前を通った。私立にありがちな凝った外観とは無縁の、ごくありふれた公立らしい素朴な校舎だ。放課となって随分経つためだろう、校庭には誰も――……否、いた。一人、少女が立っている。鞄などの所持品は見当たらず、ただ風船一つを手にしてぽつんと立っている姿は、否応なくこちらの目をひいた。眺めていると、不意に、男が立ち止まった。彼もまた少女の存在に気付いたようだ。
「…声をかけた方がいいかもしれませんね」
いつになく真面目な声音なので不思議に思い、デデンネは首を傾げた。ルチャブルも同様だったのか『初対面の子ども相手に?』と男に尋ねている。ルチャブルの問いに、男が「隣にフワンテがいるので」と返すものだから、デデンネは改めて目を凝らした。風船だと思ったものの正体は、どうやらフワンテだったらしい。
少女の手持ちだろうとデデンネが意見したところ、『本当に手持ちなら杞憂で済むんだがな』と応じてくるゲッコウガ。カロス地方全土の学校における慣習で、子どもの魂を狙うとされるフワンテとバケッチャが校内に出没しないよう注意を払うことになっているのだと補足の説明をしてくれた。
今し方例として挙がったポケモン以外にも、人間の子どもを獲物にする者は割といる。自然界ではごく当たり前のことだ。タマゴを盗んで中身を啜ったり、貧弱な幼体を狩ったり。入手しやすい餌という意味ではポケモンのヒナであろうが人間の子どもであろうが大差はない。ゲッコウガは男と共に学校に勤務して子どもらと過ごした経験があるため、警戒すべき事情を知っており、少女を心配して素通りできなかった男の気持ちをすぐに察したのだろう。
『だが、ここはアローラだ。異なる文化圏でゴーストタイプの輩がどういう扱いになっているのか分からない。そもそも、見知らぬ男が女児に近付く状況なんぞ事案以外の何ものでもないぞ。おまえは無駄に背も高いしな』
随分な言い草ではあるが、一理ある。声をかけただけで不審者扱いになりかねない御時世だ。フワンテ以外で、少女に接近する別の理由を考えた方がいい。
『では、…私があるじ殿のもとから逃げ出した態であの
小さく、可愛らしく、警戒心を抱かせないデデンネだからこそ出来る芸当である。
教育番組の影響もあり、ゲッコウガはアローラの子どもたちから人気のあるポケモンのようだが、彼もまたそれなりに背があるのでいきなり近付くと少女が身を竦ませるかもしれない。ルチャブルに関しては、小柄とはいえ猛禽類としての迫力があるので子どもを相手にする際はやはり慎重になるべきだろう。その点、デデンネならば少女に駆け寄ったところで怖がらせる心配がない。「デデンネを男が追いかけ、少女に接近。驚かせたことを詫びつつ、ついでを装ってフワンテのことを尋ねる」…この筋書きで動くことにした。
早速、デデンネは少女に向かっていく。デデンネは己の容姿に自覚的だ。変に謙遜するのではなく、外見に恵まれた事実を受け入れて積極的に活用した方がいいと常々思っているし、実際に、そうしている。ほら、ごらん。少女の顔が明るくほころぶ。愛らしいものを目の当たりにしたとき特有の表情をしている。デデンネは迷いなく走る。少女との距離が縮まるごとに分かる外見の詳細――白い帽子に薄水色のワンピース、幼さを象徴するような二つ結びの髪型。日焼けの跡すらない透明感のある肌は、いっそ青白く、屈託のない笑みとは裏腹に少女を病的に見せていた。
少女はデデンネを見た後、すぐにデデンネの背後へと視線を向けた。「待ってください!」と言いながらデデンネを追ってくる男を確認し、デデンネとの関係を推測しているらしかった(男の口調に全くわざとらしさがなく、感心してしまう)。
計画通りだが、ここにきて、デデンネは
近寄ったことを後悔したところで、今更、遅い。どうにもならない。男に静止を求めるわけにもいかない。彼はもう、すぐそこまで迫っている。
嗚呼、…私は何をしていたのだろう。
失念していた。今は
怪異と遭遇する時間。
「突然すみません。デデンネが逃げ出してしまって」と男の声。彼がデデンネを抱きかかえようと身を屈めてくる。その一瞬の隙に、デデンネは男に耳打ちをした。
『心することだ、あるじ殿。――この童女には、影がない』
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影がない。そう言われたので咄嗟に視線をはしらせる。あらまあ何てことでしょ、ホントね、足元から伸びているはずのものが地面のどこにも見当たらないわ。
こんな予想外の地雷ある?なんで視認できたんだろ。スピリチュアルな遺跡に出向いたから第六感的なやつが研ぎ澄まされちゃったのかな?
訳分からん事態から頭を殴られ、衝撃で身体は硬直。だけど、いずれも刹那のうちに終わらせた。すっと息を吸って、ぐっと止めて、ふっと吐いて。はい、切り替え完了。僕は姫を肩に乗せ、しゃがんだまま、少女と視線の高さを合わせた。
「フワンテと遊びにきたんですか」
子どもは帰る時間ですよと言いたいところだが、下手な発言はより深く地雷を踏み抜く結果を招くだけなので、控えておく。きっと帰るおうちがないからこんな時間帯にこんな場所にいるのだろうし。
僕からの質問に対して「そうだよ」と返してこないあたり、戯れで出現しているということではなさそうだった。少女は少し考え込むような素振りを見せた後、そっと口を開いた。
「……、あなた トレーナー すごい わたし おねがい あるの」
か細い声。話し方が拙く、イントネーションにも違和感があった。流暢に喋ることができないのは、年齢の問題ではなく、異邦の出身だからだろう。顔の造形も、アローラの地元民のそれとはかけ離れている。
脈絡なくいきなり僕のトレーナーとしての実力を看破してくるとはいよいよ只事ではないが、相手が超常の存在だという前提があるためかそれほど驚かずに済んだ。
「みんな こわい よる スクール ななふしぎ うわさ あるの」
僕の肩口で、姫がフワンテに『本当か』と確認すると、フワンテはあっさりと頷き『最近になって、この学校で七不思議ってのが流行り出したらしいのさ。気になるっていうから連れてきてやったんだ』と答えた。
うーん、…七不思議のうちの一つは絶対に君のことだと思うんだけどなあと僕はオチを直感するのだけれど、やはりこの場では口をつぐんでおく。
「あなた しらべる かいけつ! …おねがい いい?」
厄介事だ。火を見るよりも明らかだ。しかし
僕は、生身の少女がフワンテに連れ去られるようなことがあってはならないと思って、確認のために声をかけることにしたのだ。一芝居うってまで。彼女が既にこの世の者でないのなら、僕のお節介はここまでだと、きっぱり結論を出すべきだ。分かってる。分かってる、けど、…「成仏していない霊魂」ってのがどうにも他人事に思えないんだよねえ…。死してなお現世に留まり、それこそ幽霊として僕のことを見守っていてくれた「
こうなると絆されるルートしかないでしょうよ。勇者ヒ●メルだって「目の前で困っている人を見捨てるつもりはないよ」って言ってたし。だもんで、つい、「引き受けましょう」と了承してしまった。
「ありがと!うれしい!!」
…と、このように成り行き任せで動き、僕の一存で怪異に首を突っ込むことを決めてしまったので、このあと時間差で合流してきたコウガくんから『安請け合いしてんじゃねーよボケ!!!』とキレ散らかされる羽目になるのだけれど――それはまた別のお話なのであります。
【 補足 】
■作中の「言語」の扱いについて①
前章にあたる第三章では、出身地方が異なるキャラクター同士が会話しても、全く問題なくコミュニケーションが成立しています。思えば、アニポケでも(大人の都合とはいえ)誰も言葉で不自由していませんよね。前章は、この御都合にのっかる形で執筆しました。
■作中の「言語」の扱いについて②
今回の第四章では、多少なり地方間の「言葉の壁」について触れておかなければならないと感じています。ネタバレになりますが、後々、幽霊少女が「わたし きた とおい ところから ことば ちがう こまった」と発言するためです(ゲーム内で明言しています)。
「言語の違い」を際立たせていた好例は第六世代(XY)です。NPCの中に「イッシュ地方からきた観光客」がいます(ミアレシティ:ハンサム関連のイベントで登場)。この観光客が話すとき、テキストは英語表記です。まくしたててくるので主人公は「?」となりますが、傍で翻訳してくれるキャラクターがいるので会話の内容を把握します。一連の遣り取りによって、ポケモンの世界にも地方間で「言葉の壁」が存在することが明らかになりました。
以下、まとめます。
・幽霊少女
他地方からの転校生。アローラの言葉には不慣れ。
・霊感少女
カロス地方の出身。
アローラの言語環境に浸っている状態*1であることに加え、事前勉強の成果もあり、日常会話程度なら何とかなっている。周囲の手厚いサポートと本人の社交的な性格が留学成功の要因。
・三十路男
カロス地方の出身。
アローラにはお気楽な観光で来ているに過ぎないため、ごく簡単な会話しかできない。
テレビには字幕があるし、スマホの翻訳アプリもあるし、そもそも観光地では多言語に対応したもの(掲示物など)が多い。そのうえ、いざとなれば地元民に変身するという選択肢もあったため、何の困難も感じなかった。
幽霊少女と話すときは、平易な単語のみを使用(というか、それしか話せない)。対する幽霊少女の方も、アローラの言葉を使いこなせていないがゆえに単純な遣り取りに終始する。彼女の語彙が限られているため、かえって三十路男も理解できている。