【 闇夜の人魂 】
よる しょうきゃくろ ひとだま うまれて さまよう
だれかを もやして ないている しょうじょの こえ きこえてくる
おねがい かいけつ してほしい!
でも きをつける…… あなた あぶない わたし かなしい
辺りにはほとんど
『ナナフシギってのは何だ。有名な怪談なのか?』
ゴースト絡みの案件は嫌だなあという本音がモロに顔に出ているルチャさんが、うんざりしたように質問してくる。幽霊少女のことは不憫に思っているようなのだが、ルチャさんは元々ゴーストタイプのポケモンにかなりの苦手意識があるので、彼らとの遭遇を避けられそうにない状況に気が重くなっているのも仕方のないことだった。ホントごめんね、愚痴なら後からいくらでも聞いてあげる。
「七不思議というのは、…そうだなあ…、ミステリーを語る上での形式…かな。地域や場所ごとに口承されている怪異をまとめたものです」
『それぞれの土地柄が反映されているのなら、内容は多種多様だな。推測できそうにない。…つまり、前知識のないものをこれから七つも解決しなきゃならないって認識で合ってるか』
「…合ってます…」
ふえぇ…ルチャさんの言い方に棘があるのめっちゃつらい…。
自業自得とはいえ、僕は内心でしょんぼりしながら七不思議に関する説明を追加していく。
「実のところ、伝わる怪談の総数が七つである必要もありません。昔から伝わる古い怪談、いつのまにか消えてしまった怪談、新しく追加される怪談……、怪異の総数が変動することもあります」
『…随分と適当な仕様だな』
「戯言といってしまえばそれまでの『よく分からない話』ばかりですからね。
子どもたちの間では話題として盛り上がりやすいので、特に学校で『七不思議』というものが生まれやすいんですよ。
七不思議を全て知ったり、あるいは隠されていた八つ目以降の内容を聞いてしまうと不幸が訪れる…なんて迷信も、よくセットになってますね」
『…胡乱極まれりでござる』
僕とルチャさんの遣り取りを傍で聞いてたコウガくんが、ふんと鼻を鳴らす。
『厚意で幽霊からの頼みごとを引き受けた結果、七不思議全てを解き明かしたあかつきにはパンドラの箱を開ける羽目になるやもしれんということだろう?』
「そうなったら、責任は全て僕が負いますから」
『たりめーだクソ眼鏡。妙なことに巻き込みやがって』
『そう、既に巻き込まれた後だ。こうなったらぶつくさ言う暇すら惜しい、さっさと童女を納得させるだけの材料を集めよう』
嗚呼、取り成してくれてありがとう我らがお姫様。(僕が言うのもなんだけど)やるっきゃないんだから、あとは行動あるのみだよね。
さすがにポケモン三体を表に出して連れ歩くのは目立ち過ぎるので、ツーマンセルの最小ユニットで臨むことにした。
「では、ひとまず『闇夜の人魂』とやらを調べていきましょう」
『現場が焼却炉なのだろう?単なる見間違いという線が濃厚だろうが…』
トップバッター、デデンネ姫。彼女の言うことは御尤も。ぶっちゃけ、僕だってそう思ってる。だけど、「泣いている少女の声」…つまり「音」まで怪談の構成要素になっているのは気になるところだ。
人魂と呼ばれるものに関してはこれまでに科学的なアプローチもなされて、それなりに結論が出ていたりするのだが、音までくっついてくるとなると、その音の正体込みで調査しない限り、幽霊少女の言う「解決」には至らないだろう。
人魂も泣き声も全てはポケモンの仕業でした…なんてのが一番分かりやすくていいんだけどな。そんなことを考えながら、屋外を歩く。
それにしてもねえ…まだ焼却炉を設置してる学校があったんだなあ。とっくに
「…誰かいましたよね?」
『……、いたな…』
百聞は一見に如かず。僕と姫は、互いに「当たりを引いたかも」という思いで顔を見合わせた。
+++++
男とデデンネは、再度、焼却炉の方を覗き見る。風に揺れるロングヘアーとミニスカート…後ろ姿しか確認できないが、確かに、一人の少女が焼却炉前に立っていた。夕暮れの
『七不思議に無関係と考える方が不自然だろうな』
「僕もそう思います。事実確認のために、本人に変身しておきましょうか」
『…後ろ姿しか見えないが、それでも可能なのか』
デデンネの問いに、男はいとも容易く「
「メタモンの『目』は特別仕様なので。僕には、今、彼女の背面だけでなく正面も見えてますよ。骨格も、内臓も、どんな服を着ているのかも…」
コピーした肉体を再現していく過程で、細胞、遺伝子、体質、果てには知識や技能、記憶にいたるまで、可視・不可視関係なく写し取るのだという。
「メタモンの変身精度には個体差が出ますが、その点、僕はなかなかに優秀なので」
ちょっとした特技を披露するかのような口振りだが、これほど謀略に向く力もあるまいとデデンネは改めて恐怖する。完璧に成りすませる規格外の性能――…仮に悪用するとしたら容易く社会が崩壊するほどの能力だ。今のところ本人にその気がないということが、せめてもの救いである。
『つまり、…あるじ殿があの少女に変身することで
「脱法覗き魔って感じで気が引けますけどね」
『普通に声をかけて正攻法で問いただしたいところだが、素直に答えてもらえるとは限らないからな。それに、…薄暗い時間帯、人目のつかない校舎裏、見知らぬ男の接近…うら若い乙女にとっては数え役満だな…』
「でしょ?こちらにも事情があるので背に腹は代えられませんし」
デデンネが瞬きをする間に、変身は完了していた。今や長身の男の姿はなく、デデンネの隣には年頃の少女が座っている。それだけでなく、ぐすりと鼻をすすって、手の甲で目元を拭った。
「泣いてるところをコピーしちゃいましたね…」
話し方こそ馴染んだ男のそれだが、喉を震わせて出てきた者は完全に女声だった。
浅黒く日焼けした肌に加え、太い眉とぱっちりとした二重の目は、いかに涙を見せようとも強気で快活そうな印象を隠せない。背中に流された黒い髪には艶があり、髪留めの赤い花がよく映える。指先まで手入れされているところにも、見た目を気にする年齢らしさが表れていた。また、おそらく日頃からスポーツに打ち込んでいるのだろう、短いスカートからすらりと伸びた二本脚はやや筋肉質でシキジカがごとくしなやかである。
かように可愛らしい娘が、今、何かを燃やしている。涙が出てくるほど大切なものを燃やしている。
――こんなところで一人、密かに行動せざるを得なかった事情。自宅で処分できなかったものとは。
デデンネは、ふうと息を吐いて空を仰いだ。
『 恋文か 』
「…何でもお見通しなんですね。それとも、女の勘ってやつですか」
『 後者さ 』
当たった。しかし、火にくべているものが判明したそのとき、デデンネの胸は、きゅっと切なく軋んだ。
「先輩に渡そうと思っていたラブレターだったんです」
自信をもって渡せるような、会心の出来だと納得できるような手紙を仕上げるまでに、何度も書き損じを出した。すぐに部屋は紙の山になった。完成したと思っても、後日、もっと素敵な便箋が見つかったら、また一から新しく書いた。先輩と過ごす日々が長くなるほど、どんどん好きになって、その分だけ書きたい想いが増えて、手紙の中身は更新され続けた――…語られる真相に耳を傾けながら、デデンネは、溢れるばかりの恋心に想いを馳せる。
『下書きさえ捨てられずにいたのか』
「そうですね。ゴミ箱に押し込む気にはなれなかったんですよ。いつかは片付けないといけないって分かっていながら、それでも。家族に見つからないように、段ボール箱に入れてクローゼットの奥にしまっておいたんです」
『渡そうと思っていた、と言ったな。……、
「その通り。先輩にはもう、相手がいた。何気ない会話の中で、思いがけず、それと知れて。最近になって付き合い始めたと聞きました。照れくさそうに、でも、嬉しそうに話す顔を見てたら、身を引くしかないじゃないですか」
好きだったのに、格好をつけようとして、ラブレターの完成度にこだわって。そのせいで完全に出遅れて、自分の知らないところで敗北が確定してた。
伝え方を吟味してたから伝えられなくなっちゃったなんて、何それ、バカみたい。
少女の後悔が、代弁者の口を借りて零れ落ちていく。一生懸命になりすぎたあまり、己の不甲斐なさだけが際立つ結果になったわけだ。その自嘲は、十分に理解できた。理解できたが、哀しかった。
『卑下する必要はない』
デデンネは、自身が人間であったときの記憶をさらう。恋文をしたためることがあったと思い出す。「貴方を想うゆえに特別なものを用いるのだ」ということを相手に分かってほしくて、高級な和紙を準備した。読むときにほのかに香るよう、和紙には香を焚きしめた。文字の巧拙に人となりが表れるため、日頃からの習字の成果を発揮すべくそれはそれは時間をかけて丁寧に書いた。恋心を詠み、和歌を添えた。季節を彩る花を選び、その枝に恋文を結びつけて送った――…相手を想いながら過ごす時間が、愛おしかった。
この少女もそうだろう。自分が恋するだけではなく、相手にも応えてほしくて言葉を選び抜いた。SNSを始めとした便利なツールがある中で、気持ちを可視化してくれる絵文字やスタンプがある中で、彼女は直筆の手紙を選んだ。便箋の柄、使うペンの色、添えるイラスト、貼りつけるシール、…手紙を構成するもの全てに細やかな気を配って、相手に最上級の恋を伝えようとしていたはずだ。
『相手に伝わらないなら何も発信していないのと同義だ、それはそうだ。しかし、人間は悔い改めることができる生き物だ。今回の経験は必ず次に活かせる』
「次」のために「今」の恋心を火葬する。そう決断する前に、当然、他の手段もあったことだろう。破るとか、切り刻むとか。いっそ全てをゴミ収集車に任せたってよかった。だが、彼女は燃やすことを選んだ。紙屑すら残さない方法を自らの手で実行し、燃え尽きるまで見届けることにしたのだ。
『この娘はすぐに立ち直るさ。手紙の抹消手段として「焼却」を選んだところに、女の意気地が出ているしな』
恋文諸共、未練も灰にする。途中で泣き出しながらも、最後までやり抜く。後戻りをすまいという決意表明が清々しくさえあった。
――時に、あるじ殿。
デデンネは提案する。幽霊少女は七不思議の「調査」だけでなく「解決」も頼んできた。事の真相が判明したこの勢いのまま、今回の怪談を
+++++
「ねえ、知ってる?」
背後からの声に、私の肩がびくんと跳ね上がる。びっくりした、誰かが近付いてたなんてちっとも気付かなかった。
慌てて振り返って、相手と目が合って、その姿を確認した途端に心臓が止まるかと思った。叫ぶことすら忘れた私に向かって、相手は、何てことないみたいに笑いかけてくる。
「ラブレターを焼き捨てるとね、おばけ*1が出てくることがあるのよ」
「お…ばけ…?」
「それ以外に何かある?この状況」
燃やしていたものがラブレターだとはっきり言い当ててくるから、私はつい、相手の――
「私が姿を保っていられるのは、手紙が燃え尽きるまでの間だけ。そう長くないわ。それに、…今日燃やした分で最後だもんね。だから、話しておきたかったの」
部屋に保管してた大量の手紙の残骸を、小分けにして、少しずつ燃やしてきた。全てを一気に捨ててしまう踏ん切りはつかなくて、だから、気持ちの整理がつくたびに、一束ずつ灰にした。燃やして、燃やして、燃やして、ついに最後の一束になった。それを、今日、火の中に手放してさよならした。そんなことさえも、おばけは、見抜いていた。
「ここ最近ね、あなた、学校の七不思議に数えられてたのよ?焼却炉の近くで人魂が漂ってる、少女の泣き声が聞こえてくるって」
何にも知らなかった。こっそりやってたつもりだったんだけど、完全に隠しきるって、やっぱり難しかったみたいだ。
「もしかして、燃やした炎が人魂に見えちゃったのかな…?」
「かもね」
おばけは、私と同じ顔をしているはずなのに、まるで別人のように、随分ときれいに微笑んでみせた。
「噂になるくらい、何度もこの焼却炉を使って燃やしてきたものね。それだけ沢山の手紙を書いてきたってこと、私は知ってるから。
先輩との明るい未来を信じて、好きって伝えたくて、一文字一文字に恋心をこめてたこと、私は知ってるから。
…だから余計にね、頑張ってたあなたにお節介を焼きたくなったの。諦めずに、次の出会いに期待してほしいから」
周りからいじられることもあったから、私が先輩に恋してたのはバレバレだったんだと思う。でも、告白するつもりだったことや、手紙を用意していたことは誰も知らない。内緒にしてたから。そこだけは譲れない、からかってほしくない、私だけの恋だった。
今、誰にも打ち明けてこなかったことが、日の目を見なかったものが、おばけとして私に語りかけてくる。知ってたよって、頑張ったねって、諦めないでって。初めて言ってもらった励ましだった。それは、もっと早くに、誰かに言ってもらいたかった励ましだった。
ようやく引っ込んだ涙が、また、私の鼻の奥をつきんとつねって、溢れて、頬の上をすべっていく。
「恋に破れたのは悲しいことだったわ。でも、傷ついて泣けるくらい誰かを好きになれるあなたの愛情深さは、これからも大事にしていいと思うの」
恋をしてる間、ずっと楽しかった。心が甘くときめいていた。いつか先輩が私に振り向いて、二人で手を繋いで、この眩しい日々が続いていくことを願ってた。選ばれたかった。終わりなんてきてほしくなかった。
先輩の隣にいるのは私じゃない。それがつらい。悲しい。寂しい。でも、手紙を燃やしきった今なら、おばけと話した今なら、先輩の幸せな恋愛を素直に応援できる。
私は大丈夫って、前を向いていける。
「安心して。私の恋は燃え尽きないから」
「そう。話した甲斐があって、よかった」
――あなたのおかげでスッキリしたわ。ありがとう。そう返した私の声は、虚空に溶ける。「いつのまにか」という表現がぴったり。私の意識からぬるりと這い出ていったみたいに、最初からそこにいなかったみたいに、おばけは忽然と姿を消していた。登場と退場がやたらとホラーなのが、流石はおばけというか、変に感心してしまったほど。
おばけの消失と共に、私の背後で、灰がかさりと崩れる音がした。
やみよの ひとだま なぞ とけた? こわくなかった? だいじょうぶ?
ふむふむ…、なるほど…
ラブレター もやしたの まちがえて ひとだま みえた!かんちがい!
【 補足 】
①
恋文に関する妖怪といえば、文車妖妃。恋文に宿る情念や執念が妖怪になったものとされています。
今話は、この妖怪をモチーフにして執筆しました(一応、少女がラブレターを燃やしているという展開はゲームのシナリオ通りです)。
②デデンネが「あえて少女の前に姿を現し、諭す」ことを提案。対する男もこれを了承。「少女に変身=記憶の共有」という状態下にあるため、話を合わせることは容易と判断し、作戦を実行に移したのでした。
終盤は、「足元に落ちていた小石に変身する」ことによって、「おばけが一瞬で消えた」ように見せかけています。
③補足するまでもないことでしょうが、元の姿に戻ったうえで(三十路男の姿に戻ったうえで)幽霊少女に事の顛末を報告しています。