【 べちゃりさま 】
よる ろうかで きこえる へんな おと べちゃり べちゃり ちかづいてくる
それ べちゃりさまの あしおと…、みつかる まるのみされて さよなら
おねがい かいけつ してほしい!
でも きをつける…… あなた あぶない わたし かなしい
廊下で起こる怪異ですって。いよいよステージは屋外から屋内へ!校舎に足を踏み入れる一歩目の緊張感…、人ンちの玄関またぐときってドキドキしちゃう。
怖い目に遭うのは嫌だけど、べちゃりさまとやらを封殺するなり何なりしないと解決にならないだろうからね。つまり、実物との接触は不可避ってことだ。会いたくない相手と会えますように…という奇妙な願いを胸に秘め、いざ行かん伏魔殿。まずは端から端まで廊下を歩き、何の異変もなければ階上に移って同じことを繰り返す…という流れでいくとしよう。
七不思議に限らず、調査の基本は足で探すこと。地道な聞き込みが重要だ。ついでに言っとくと、対話も不可欠…、これは先程の恋文少女で実証済み。今後も、居残っている人間に話を聞く必要が出てくることだろう。学校関係者と遣り取りしようってんだから、同じく学校関係者に変身していれば警戒されずにいられるはず。この学校に在籍している且つアローラのネイティブが適任…ってなわけで、まことに勝手ながら、僕は引き続き恋文少女の姿を借りて校内の探索を始めることにした。彼女はこの学校の生徒だし、仮に見咎められても「忘れ物を取りにきた」などの言い訳で対処できる…と、思いたい。
「こうして学校の中を歩いていると、カロスのスクールで一緒に勤務していた日々を思い出しませんか」
『
やる気の欠片もない無気力な線目をさらすコウガくんから、心底どうでもよさそうな口調で返答された。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。
恋文少女の背丈はコウガくんと大して変わらず、今の僕はコウガくんと視線の高さが同じになっているから、いつも以上に彼を近くに感じられた。新鮮だ。でも、はしゃぐのは僕だけで、クソ蛙はかったるそうな態度を隠そうともしない。「こんなに可愛い女の子と組んでるんだからもちょっとテンション上げていきましょうよ」と投げかけてみると、『世の中には「残飯にキャビアかけても残飯」というセリフがあってだな』と返してくる。誰が残飯だコラ。
しょーもない会話を繰り広げながら、連れ立って歩く。一階、二階と調べてみたが何も起こらず、誰とも行き合わず、そのまま最上階である三階まで普通に辿り着いてしまった。ただ歩いただけでは怪異発生の条件を満たしていないのかもしれない。
「べちゃりさまに見つかると、丸呑みされるって話でしたよね」
『聞いた限りではポケモンの仕業としか思えんが…』
「同感です。対象を特定できれば、その生態を利用しておびき寄せることもできるかもしれません」
『丸呑みのことを考えれば、…ゴクリンかマルノームあたりか』
「本当に人間も丸吞みできるなら、マルノームでしょうね。ただ、あのポケモンは大柄です。仮に校内を徘徊すれば早々に騒ぎになりますし、どう転んでも『正体不明』というわけにはいかない」
『怪談の肝からはずれるな』
「対するゴクリンの高さ平均数値は0.4m…可愛らしいとさえいえる体格です。…しかし、怖がる必要のない相手にこそ尾ひれがつきやすいということも往々にしてありますね。ですから、差し当たり…」
『…ゴクリンと仮定するとして、あとはどうするつもりだ』
「マルノームは悪食レベルの雑食生活を送っていますが、特に有毒のものを好んで食べる傾向にあります。進化前のゴクリンも食の好みは似ているはずです。理科室にいけば毒性の強い薬品も置いてあるでしょうから、手の打ちようはあります」
『……、いや、…待て。考え直しだ。際立った特徴が怪談に取り上げられているとしたら、…ゴクリンの臭いが怪談に含まれていないのは不自然な気がしてきた』
「臭い?」
『あいつらの口から漏れ出てくるガスは相当強烈だからな…』
言われてみれば、…いつだったか、コウガくんにはゴクリンとの対戦経験があったっけ。
なんでも、技を仕掛けようと肉薄したそのときに相手の臭いを嗅いでしまい、あまりの悪臭に鼻が曲がって、思わず吐きそうになったのだとか。
「…なるほど。だったら、そもそも『べちゃりさま』なんて名前じゃなくて『オクサレさま*1』みたいなネーミングになってないとおかしいか…」
『丸吞みという能力を優先して考えてしまったが、今回の怪談で言及されている「足音」のほうがより重要なのかもしれん』
ふたりで意見を出し合っていたのだけれど、急に、コウガくんが口の前で指を立てて制止を促してきた。
第三者の存在を裏付ける物音が、静まり返った空間に響き渡る。その後も、ずるずる…べちゃり…ぺちゃ…と粘着質な音が階段の方から断続的に聞こえてきた。
正直、ゾッとするよりも「お、ラッキー」が先にきちゃった。だって向こうから出てきてくれたんだもん、楽ちんでしょ。
コウガくんも僕と似たようなことを考えたらしく、『よかったな、探す手間が省けて』と不敵に笑ってみせる。
『殺していいのか』
「…物騒なこと言わないでくださいよ。峰打ちくらいにしときましょ」
『そんなノーマル技が効く相手だといいがな』
ずるずる…べちゃり…ずるる…ずるり…ぺちゃ…
ずるずる…ずるり…べちゃ…べちゃり…ぺたぺた…ずるる…音は少しずつ…でも確実に近付いてくる…!
次にありがちなパターンだと「どこかに隠れよう…!」という展開かな。実際、身を隠せそうなロッカーが廊下に並んでいる。
でもねえ…、例えば『クロ●クタワー』だと、ロッカーに隠れた時点で「シザ●マン」に見つかって即時ゲームオーバーだし?漫画なら『ムヒ●ロジ(略称)』、映画なら『地獄の警●員』や『黒●家』もあるかな、いずれも避難場所にロッカーを選択したことで血も凍るような目に遭うってわけ。お約束なのよね、結局。隠れたら見つかるし、見つかったらろくなことにならない。
だから、ここは廊下で待ち受けてみよう。階段から何が上がってくるのかこの目で見てやろーじゃんか。で、必要なら返り討ちだ。
「コウガくんは死角にいてください。僕が囮になれるよう頑張ってみるんで、不意を突いてくれるとありがたいです」
僕の立ち位置は、階段を上がって右側のフロア。仮想敵の背後を取る算段なのか、対するコウガくんは左側へ移動し、腹這いの姿勢でぺったりと天井部にはりついた。消火用のスプリンクラーさながらだ、さすがは忍蛙。
コウガくんに頼りっぱなしになるんじゃなくて、いざってときには僕も相手に変身して応戦しよう。そんなことを考えながら、固唾を吞んでいたのだけれど。
「…ベトベター…?」
流動的な身体を引きずりながら姿を現したのは、こちらが一切予想していなかったベトベターだった。くすんだ緑の体色に加え、歯のように突き出た口内の結晶は、アローラ種特有のビジュアルだ。
――かつて、人口増加の影響でアローラ地方のゴミ問題が深刻化してしまい、問題解決のために海外からベトベターが連れてこられたという。従来のベトベターが主食にしていたものは工場廃液や汚染されたヘドロだったが、アローラにやってきた者たちは家庭ゴミが主食となり、食の変化に応じて次第に姿も変容したとされている。
現在はゴミ処理場に多数生息し、回収されてくるゴミは全て彼らが平らげているとのこと。美しい自然環境と消費文明の両立が可能となっているのは、ひとえに彼らの活躍あってのことだ。意外なことに、見た目通りに臭い原種とは異なり、アローラ種は体内に毒素を溜めこむため、近付いても臭わないと聞いたことがある。現に、目の前のベトベターからは何の異臭も漂ってこない。怪談に臭いへの言及がない理由はコレだったか。
ちらとコウガくんの方に視線を向けると、案の定、彼は「やってらんね」とでも言いたげな顔つきになっている。
「こんなところで何してるんだ?」
ベトベターの後を追うように、続けざまに作業着姿の中年男性がやってくる。
……、あー…、はいはい、
以上、
一件落着ってことでいいかしら?あとはアドリブで切り抜けてこの場を離れよう。依然として訝しげに眉根を寄せている清掃員さんに向かって、僕はへらりと笑いかけた。
「こんばんは~。えっとぉ、…わたし、夜間のクラスに通っていて…、最近は体調崩してたから、久しぶりに登校してきたんですけど…、何か、誰もきてないし?あれ?みたいな。休みって連絡きてたっけな~、とか。よく分かんなくて。今からちょうど職員室に行こうとしてたんです」
「そうか、…せっかく来たのに残念だったね」
表情を緩ませ、清掃員さんはこちらの言い分を信じてくれた。清掃員さんは気付いていないが、僕からは後方で白けた顔をしたコウガくんが見えている。大方、「息するみたいに嘘つきやがって」ってところか?てめーも人のこと言えたもんじゃねーだろうがこの野郎。
「あのさ、…休んでたんなら知らなかっただろうけど、ここ最近は校内でポケモンの悪戯が頻発してるとかで、欠席する生徒さんが多かったみたいだよ。きちんと対策されるまでは授業も再開しないかもしれないね。そのあたりのことを担当の先生に尋ねてみるといい」
「えっ、…何それ初耳すぎ…」
「実はついこの間、僕にも怖いことが起こってね。不思議なことに、階段を降りても降りてもどこにも辿り着かなくて…。降りるのを止めて、逆に上ってみたんだけど…やっぱりどうにもならなくてさ…。階段だけが延々と続いてる…って言えばいいのかな…」
マジ?別件の七不思議じゃね?絶望だよそんなの…。これも解決リストに入ってんのかな…。
イメージするに、エ●シャーの騙し絵みたいな感じか。彼の代表作である『上昇と下降』とか『相対性』、『階段の家』には奇妙な階段が出てくるけど…あくまでリトグラフの鑑賞が楽しいのであって、あの世界をリアルに体験するのは勘弁だ。終わりが見えないってのはストレス最悪だからね。
「でも、ベトオくんがいたから心強かったよ。おかげで正気を保っていられた。お互いに励まし合って、彷徨って…それから二時間近く経った頃かな、…急に視界が白んでね。気が付いたら一階にいたんだ。腰が抜けてその場に座り込んじゃったよ。もう二度と同じ目には遭いたくないけど…、どんなに怖くたって仕事は休めないからね。ベトオくんと一緒に今夜も頑張るんだ」
何でだよ休もうよそこは!!!
…でも、たぶん、彼は優しい人なのだ。代わりはいくらでもいるはずだけど、その代わりの人間が恐怖体験に遭遇するのがしのびなくて、交代できずにいるのだろう。そういう真面目な人ほど鬱になりやすいんだから気を付けるんだよ清掃員さん。
「わたし、今から階段降りるけど…何も起こらないといいな…。でも、清掃員さんにとってのベトオくんみたいに、わたしにもガーディがいるから、いざってときにはふたりで乗り越えます」
「その意気だ。…怖がらせてしまったかもしれないけれど、知らないよりは知っておいた方がいいと思って話したんだ」
「ありがとうございます。永遠に閉じ込められるわけじゃないって分かってるだけで随分マシなんで、話が聞けてよかったです」
「君たちの無事と幸運を祈ってるよ。……、…って、…そうだ、いま職員室には入れないんだった。僕もね、さっき職員室の清掃をしようと思ってベトオくんと立ち寄ったんだけど、断られちゃって。…あんまり憶測で物を言っちゃいけないけどさ、どうも、…何か事件があったようだね。生徒関係の。だからさ、君はもう帰った方がいいよ。授業のことは電話でも訊けるだろうし」
そっかー…、学校ってのはどこも大変だね。生徒指導案件かな。労働時間はとうに過ぎてるだろうに、職員が対応に追われてるんだろうな…。だったら今頃はてんやわんやか。清掃業者を入室させる余裕がないのも尤もだ。
「できれば親御さんと連絡を取って迎えにきてもらいなよ」なんてことまで言いながら、清掃員さんは最後まで親切にしてくれた。別れ際、僕が階段を降りていくときにふと振り返ると、ベトオくんと呼ばれていたベトベターが人懐こそうにニコニコしながら手を振っている。こうして見ると愛嬌があって可愛いな。お仕事、頑張ってね。
え?コウガくんはどうしたのかって?
そんなのさあ、言うまでもないでしょ。とっくにいなくなってるよ。僕が話してる間に天井から降りて、さっさと階下にいっちゃったし。薄情者め。
べちゃりさま なぞ わかった⁉ すごい!どうして?なぜなに⁉
ふむふむ…なるほど…
おそうじベトベター… しょうたい みたり かれおばな!
【 補足 】
作中、しれっと「少女の相棒=ガーディ」であることを記していますが、これはゲームのシナリオを参考にしています。
ゲームプレイ時、本来は、第一の怪談である『闇夜の人魂』において少女とポケモンバトルをする展開になっているのです。そのときに彼女が繰り出してくるポケモンがガーディとなっています。