【 異次元の階段 】
よる かいだん のろわれる
のぼる のぼる だけど おなじ
したの かいにも おりる できない グルグル グルグル もどれない
おねがい かいけつ してほしい!
でも きをつける…… あなた あぶない わたし かなしい
『さっきは何の苦労もなかったからな。次も俺がいく』
自分からさらっと言ってくれるんだもんなあ。ルチャさんの申し出がありがたくて思わず涙ぐんじゃう僕なのです。
これぞまさに鬼に金棒、勇気凛々ってなもんさ!この勢いがあるうちに四番目の怪談も乗り越えられるといいな。
ふたりで肩を並べる、校舎一階の階段前。この階段が一階から三階を繋いでおり、七不思議を調べ始めてから向こう、僕はもう何度も昇降を繰り返していた。その
「階段にまつわる怪異なので、これから早速のぼっていこうと思いますが…」
改めて心の準備をしておきましょう。そう告げて、ルチャさんの顔を見つめた。
「今までの怪談は、実際にはただの勘違いで片付けることができるものばかりでした。しかし、この『異次元の階段』に関してはより一層の警戒が必要です。…というのも、この怪談の内容通りの恐怖体験をした人から証言を得ていまして。だから、まあ…今度こそガチなやつかと…」
予めヤバいことが待ち受けていると分かっていながらも、進まなくてはならない。乗り掛かった船だし、引き受けたからにはきっちりと最後まで仕事を完遂するのが大人ってものでしょう?
『任務は遂行する』『仲間も守る』…「両方」やらなくっちゃあならないってのが「言いだしっぺ」のつらいところだな。覚悟はいいか?オレはできてる。…と、こういうわけなのよね。
『妙なことが起こったとしても、どうしてその怪奇現象が起こるのか突きとめられたら、きっと対処方法も分かってくる。…それに、ひとりじゃないからな。大丈夫だ』
信用されてることを素直に伝えられると嬉しいよね。その気持ちに応えたいと思うし、何よりルチャさんの言葉が力強いから僕まで元気が出てくる。
さあ、分岐点だ。ゲームなら「本当に次へ進みますか」という問いと「はい/いいえ」の選択肢が表示される場面。互いの考えを確かめ合った僕らは迷わず「はい」を選んで、一歩を踏み出していく。
「…七不思議の調査を依頼された時点では夕方でした。ところが只今現在、日没から随分と経っています。世間では、明確に『夜』と呼べる時間帯に入っているということです」
『ゴーストタイプの本領発揮…ってことか』
「まさしく。ここから先は何が起ころうと不思議ではありません。気を引き締めていきましょう」
で、そんなことを言った傍から予感は現実のものとなるのだけれど。
階段を上って最初の踊り場に足をかけた瞬間、うなじのあたりで、ぞわりと悪寒を感知した。思わず身震いし、すぐさま、ルチャさんと顔を見合わせる。
「…ルチャさんにも分かりましたか」
『ご覧の通りだ』
全体的に毛羽立っている。僕と同様、彼もまた強い冷気を感じたのだ。
「状況開始、ってことかな…」
恐る恐る後ろを振り返る。そこに何者かの影を見出すことはなかった…けど、確実に異変は起きていた。
一階の消失――…上ってきたばかりだったのに、既に一階が見当たらない。代わりにあるのは壁に囲まれた新たな踊場だ。階下に続いているということだね。…うふふ、怖いなあ。この学校に地下なんてないのに。どこに繋がっているというの?
言うまでもなく、上階は上階でおかしなことになっている。階段を上った先にあるはずの二階が存在せず、またしても壁と踊場が待ち受けていた。どうやら、上にも下にも階段が続いている。この閉鎖的な空間は、高層ビル内の非常階段を彷彿とさせた。
「ひとまず、上ってみましょうか」
ルチャさんと一緒に階段を上り続ける。この学校は三階建てだが、体感としてはとうに五階あたりを踏破しているはずだ。それでもまだ、階段は続いている。どこかのフロアに出ることはないし、階段自体がいつまで続くのかも分からない。上ってもきりがないと判断したところで、次は階段を降りてみたが、…やはりと言おうか一階に辿り着くことはなかった。
「グルグルグルグルもどれない…か。言い得て妙でしたね」
案の定エ●シャーだったじゃん。無限階段じゃん。やたらと動いて体力を消耗したくないので、僕は階段に腰を下ろした。ルチャさんも僕に倣い、隣に座ってくる。
『終わりの見えない階段か。これをやられたら、生徒が来なくなるのも当たり前だ』
「そこなんですよねー…、悪戯にしては度が過ぎてますよ」
十中八九、ポケモンの能力によって引き起こされた現象だ。ならば、当該のポケモンには大して悪気はないのだろう。他者を害して喜ぶと聞けばかなり歪な印象を受けるが、種族によっては普通にあり得る生態だ。悪びれることなく迷惑をかける、そういう生き方しかできないのだ。生まれながらの性質――…仕方ないといえばそれまでのことだった。
しかし、その所為で夜間学校が休校になっている。様々な事情を抱えながら勤労学生となった若者たちにとって、夜学は重要な学びの場だ。仕事と勉学を両立させようとしているところに水を差し、教育の機会を奪う行為は許しがたい。
「…時空に干渉する。非現実的な超常現象を引き起こす。あるいは、精神や神経に働きかけることによって標的を錯覚や幻覚で惑わす。いずれも、エスパータイプやゴーストタイプのポケモンであれば十分に可能なことです」
『ことごとく俺の苦手な奴らだな…』
「術を破る手段は、…あるっちゃあるんですよ。たとえば、エスパータイプの変化技に『トリックルーム』というものがあるでしょう?『素早さが遅いポケモンほど先手が取れるようになる』というスピード逆転の摩訶不思議な空間だ」
『…あれは、時間経過でトリックルームの消滅を待つ以外に攻略できないだろ?この階段もそうだって言いたいのか?』
「術を永続させられるポケモンはいませんからね。この階段もいずれは消えるでしょう。辛抱強く待てば僕らは解放される。ですが、それでは長丁場だ。…さっきのトリックルームには続きがありましてね。なんと、時間経過を待つのではなく、空間そのものに攻撃を加えることで破壊を試みた例があるんです。そして、実際に、それは成功している」
『壊せるのか!』
「トリックルームの外をめがけて内側からシザークロスを叩き込み、力尽くで脱出したそうですよ。一応、『エスパー能力で構成された壁面に虫タイプの技が有効に働いた結果』ということで説明がついているらしい。暴論ですけどね」
『暴論でも何でも、打つ手なしよりはマシだ。この階段がエスパーの能力で作られていようと、ゴーストの能力で作られていようと、どちらにも効くタイプがあったな。その技を使えば…!』
「…ルチャさんも思い至ったようですね。ただ、階段の破壊は最後の手段としておきましょう。おそらく、ここは現実世界をベースにして構築された異次元です。この場で与えたダメージが、現実の校舎に反映されるとしたら…」
『そうか、…この学校を壊すわけにはいかないな』
「切り札は保留。なるべく穏便に済ませることができないか、他の策も検討してみましょう」
こういうときは原点に立ち返ってみるといい。思いがけず、打開策が見つかったりする。
「そもそも、なぜこんな階段を作り出したんでしょうね」
『なぜって、…怖がらせたいんだろう?それで、反応を見て楽しむとか…』
「そう、…つまり、この空間を操作している黒幕は、どこからか僕らの様子を観察しているんだと思います。もし、ルチャさんが相手の立場だったらどうです?今の僕らを見て何を感じるでしょうか」
『…少なくとも、怖がっているようには見えないからな。俺だったら、手応えがなくてつまらないと感じるかもしれない』
「
だから、その虚栄心を逆手に取ってみるのはどうだろう?
僕は余裕ぶって見えるよう作業着のポケットに手を突っ込み、気楽な様で立ち上がって、すっと息を吸う。そして、どこかに潜んでいるはずの誰かさんへ向かって聞こえよがしに不平を言った。
「あーぁ、…自分だけが一方的に優位な状態にいるのってどうなのかなあ。面白くないんじゃないかなあ?
こんなに大掛かりなことができる実力があるんでしょ?どうせなら、もっと駆け引きしようよ。少しくらいこっちにヒントをくれてもいいんじゃない?」
すると、打てば響く小気味の良さで、階下の方からガコンと物音がした。あらあら、煽られてムキになっちゃったかな?どちらにせよ好都合だ。ルチャさんと小さく頷き合って、僕らは階段を降りた。
二階分ほど降りた先で、階段は謎のフロアと繋がっていた。言うまでもないが、校内案内図には載っていない場所だ。僕らを誘導するために急いでこしらえてくれたのだろう。そう思うと、少し、可愛げがある。
フロアに入ってざっと見渡したところ、校舎内を模しているように見えてその実はロッカーと掲示板、天井部の蛍光灯以外は再現できておらず、扉もなければ窓もない。これが相手の空間能力の限界なのかもしれない。
『…気のせいか?ここにきて、何だか甘い匂いがした』
「いや、…微かではありますが、確かに漂ってます。これも先方からのヒントでしょうかね…」
わざわざ用意されたフロアだ。嗅いだらゲームオーバー…というハメ技ではないだろう。どのみち吸ってしまったのでどうしようもないが、幸い、今のところ体調に異変はないのでよしとする。
この怪異に見舞われた当初、急に寒気がしたのでゲンガーが関わっているのだと思っていた(ゲンガー出現時の特徴として、図鑑にも記載がある)。だが、甘い匂いがするとなると、別のポケモンが浮上する…。さて、僕の読みは当たっているかな?
更にヒントをくれるつもりなのか、すぐ傍で、べちゃ、と音がした。壁に向かって乱雑に泥を叩きつけたような音――聞こえた方へと視線を向けると、真っ新だった掲示板が汚れていた。近付くと、それは単なる汚れではなく…うーん…記号として読み取れなくもない…か。ふむ、メッセージの出し方がゲ●テナの世界*1っぽいじゃないの。
無理に見出すならば、こんな感じかな。
『文字…、俺には解読不可能だな…。何か意味のある綴りか?』
「数字交じりですから、特定の単語ということはなさそうですね。一見した限りでは、文字の配置に規則性があるようにも見えない。書き殴ってあるので、大文字なのか小文字なのかの判別も難しいし…」
とはいえ、何の意味もないってのは考えにくい。この短時間で凝った暗号を出してくるとも思えない。だから、単純なアンビグラムでしかないわけだ。反転するだけで別の文字列が見えてくる。
たぶん、このポケモンだという候補が自分の中で絞り込めていたからこそ、落書きのヒントであれ何となく解けちゃったんだろうな。
自分の正体を簡単にはさらしたくないけれど、一方で、情報を足掛かりにしてほしいという淡い期待も感じさせるやり方…、まったく、回りくどいことをするかまってちゃんだね。これじゃァ、ヒントにもなってない。自己紹介そのものだ。要するに当ててほしいんでしょ、分かってる。
「推測が当たっているなら出てきてください。…ゴース!」
+++++
にやけ面が確認できたその刹那から、ルチャブルは勢いよく床を蹴り、猛然と駆け出していた。
相手がガス状の生命体であることは知っている。不定形ゆえに薄く広がりながら獲物を包むことが可能で、自身の毒ガスを吸わせて気絶させるのだ。この学校で毒による犠牲者が出なかったのは、ゴースにとっての狩り場ではなく遊び場であったためだろう。慌てふためき、恐れおののく人間たちの姿を見られたらそれでよかったのだ。ルチャブルたちのことも、悪戯のターゲットに過ぎなかったはずだ。今この瞬間までは。
ゴースに向かってルチャブルが迫る意味。襲いかかる意味。――嗚呼、何ということだ。自分は人間の口車に乗せられてまんまとおびき寄せられたのだ…、それと気付いたゴースが攻勢に転じる前に倒さねばならない。
先手必勝だ。
ルチャブルは確かにゴーストタイプが苦手だ。その苦手意識は本能に根差している。しかし、いくら苦手とはいえ、手も足も出ないわけではない。むしろ、苦手だからこそ、打ち倒すべき相手の生態と弱点を学んで対策するのだ。それが証拠に、今、ルチャブルの鋭利な爪は禍々しい紫色のオーラに覆われている。
『二度とこの学校に近付くな。勉強の邪魔だ』
まるで相手を突き刺すように、ルチャブルの爪が繰り出された。
ゴースの身体の大部分を構成するのは気体だ。爪をねじ込まれようと痛くも痒くもない。それなのに、ゴースは、ルチャブルから伝わってくる紫色のオーラに――悪のエネルギーに侵蝕され、のたうち回っていた。想像を絶する激痛に苛まれているのだろう。本当は喉を嗄らすほどの悲鳴を強いる痛みであるはずだが、ゴースはがぱりと口を開けたまま荒い息を繰り返すばかりで、終ぞ一言も発さない。
声を奪われているのは当然だ。ルチャブルが放ったのは悪タイプの物理技『地獄突き』なのだから。元は、指先で相手の喉元を突いて攻撃するプロレス技の一種。喉を潰された壮絶な痛みによって、文字通りに声にならないのだ。禍々しい技名だが、生粋のレスラーであるルチャブルが使用すると、なかなかに映える。
――やがて、苦しみに喘ぎながらゴースが消失した。術者が消えたことにより、奇妙な階段も謎のフロアも崩れ去る。ガラスが粉々に砕け散るような、パリンという硬質な音がして、ふと気づくと、ルチャブルは清掃員に扮するトレーナーと共に校舎の一階に佇んでいたのだった。
「ナイス!一撃で仕留めましたね」
トレーナーが褒めてくる。ルチャブルにしても、実戦での使用は初となる技を華麗に決めることができて満足していた。ゴースに過剰な苦痛を与えたことに一抹の罪悪感はあったが、問題解決のためにはやむを得ないと割り切った。
元凶の排除を以て解決とするなら、できれば、以降に同様の問題が発生しないよう防止策とセットであることが望ましい。例えば今回のゴースは野生の個体だったが、野に生きる者は、痛い目を見た場所や仲間が痛めつけられた場所には金輪際近寄らなくなる。今後、この学校にゴースおよびその一派が侵入することを防ぐためには、多少なり強引な荒技が必要だった。
一息ついて、ルチャブルはトレーナーを見遣る。切り替えが素早いというか何というか、彼は直前まで奇怪千万の渦中にあったとは思えない穏やかな表情をしていた。
これまでの旅路でも、彼は、取り乱すことがほとんどなかった。おちゃらけたり、飄々としたりで、何事にも物怖じしない。今回のあからさまな怪異にも落ち着いて臨み、解決策をいくつか提示したうえで行動に移している。トレーナーが平常心を保っていたからこそ、ルチャブルも心身ともにかなり楽でいられた。決着をつけたのは己であるとしても、隣にいた彼の度胸に助けられたのは間違いなかった。
『…おまえ、口では怖いだの何だの言うくせに、実のところ終始冷静だよな』
ルチャブルから投げかけられた発言に、しばし考える素振りを見せた後、トレーナーはうっすらと笑みを浮かべた。口角こそ上がっているが、何の親しみも湧かない陰湿な笑い方だった。今は皺の目立つ容貌に変身している分、すごみすらあった。
「結局、人間の方がおぞましくて恐ろしいと知っているからでしょうね」
……、四六時中人間に変身している奴が何を言い出すのだろう。
では、その「おぞましくて恐ろしい」存在と同化して過ごし、それらが跋扈する社会に溶け込む努力をしていると?理解しがたい価値観だった。そして同時に、その理解しがたい価値観が形成されたトレーナーの過去を、…メタモンの過去を、その詳細を、ほとんど知らないことに気付かされる。
かつて愛した主人をしのんでその姿を模しながら生活し、そればかりか子どもらを教え導く職に就いていた経歴があるのだから、てっきり、人間のことが好きなのだと思っていた。七不思議の調査と解決を引き受けたのも、少女の霊を憐れに思ったことはもちろん、怪異の舞台が学校であることから、義憤に駆られたのだと思っていた。――それなのに。
理解に苦しむルチャブルの気持ちが顔に表れていたのか、トレーナーは肩をすくめてみせた。
「僕に忘れがたい爪痕を残した生き物、それが人間なんです。この世で一番憎んだのも人間で、この世で一番愛したのも人間なんですよ。…ふふ、難儀でしょう?」
いじげんの かいだん かいけつ⁉ あなた すごい! とても すごい!!
ふむふむ…なるほど…
ゴースの いたずら… てがかりは けいじばん だった!
【 補足 】
①地獄突き
元ネタがプロレス技であることに加え、悪タイプの技なので、使い手筆頭はガオガエンです。実際、DDラリアットと同様にガオガエンの技としてスマブラでも起用されました(ちなみに専用技ではありません。地獄突きが使えるキャラクターは、他にザンギエフやルイージがいます)
アローラ滞在中にガオガエンの『地獄突き』を目の当たりにして、ルチャブルも習得してみたくなったのでしょう。苦手とするゴーストタイプとエスパータイプ両方に対して「効果抜群」となるので、対抗手段としても有用と判断しました。
ちなみに、ゲッコウガとしては嬉しい限りです。「ルチャブルが遂に悪タイプの技を…(トゥンク)」と胸がいっぱい。
②作中で触れたゲーム『
③ネタバレになりますが、七不思議の中で最も迷惑な悪戯が『異次元の階段』です。よって、ゴースにはかなりきつい灸を据えることになりました。
ここで心配されるのが、「逆恨みによる仇討ちや報復」の可能性です。ポケモンにも感情や仲間意識があるので、お礼参りのカチコミを警戒すべきなのかもしれません。ただし、そうした復讐行為は割に合わないことが多いため、ゴース側は「悔しいけれど、仕返しはせず、今後は現場に近寄らないようにする」という判断を下すことになると思います。