※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

180 / 246
肝試ししよう⑤

【 呪いの日記 】

 3かいの ほんだなに あらわれる よみつづける こわいこと おこる

 さいごまで よむ すると なにかが あなたを つれていって しまう

 おねがい かいけつ してほしい!

 

 でも きをつける…… あなた あぶない わたし かなしい

 

 

 


 

 

 階段をのぼって目的のフロアにいく。たったこれだけの単純なことが、何の差し障りもなく実現できるありがたさ。噛みしめてます。『異次元の階段』を乗り越えた今なら猶更だよね。

 

 三階は既に探索してるから、怪談で言及されている「本棚」がどこにあるのかは把握済み。向かうはライブラリースペースだ。図書室とはまた違う、間仕切りのない開放的な空間――高さがやや低めの本棚には威圧感がなく、木目調の見た目も相まって温かみがある。所々に座り心地のよさそうなクッションも置かれていて、くつろいだ姿勢で読書を楽しむことができそうだ。気軽に立ち寄って本に親しめる工夫と憩う配慮がなされた此処は、七不思議の調査中でなかったら普通に休憩していきたいくらいには魅力的だった。やれやれ、…怪談とは全くの無縁に思える健全な場所で、それなりの蔵書数がある中で、「呪いの日記」とやらを首尾よく見つけ出せるといいんだけど…。

 

「ふたりで手分けして探しましょうか」

 

 コウガくんに話を振ると、彼はゆるりと本棚の一角を指さした。

 

『一冊、これ見よがしにはみ出してるぞ』

 

 あらホント!でっかい釣り針ぃ~!

 今にも落ちそうなほどに、本棚から緑の背表紙が引き抜かれている。「どうぞこれを手に取ってください」と言わんばかりの目立たせ方は、無論、親切どころか不審であり、あまりにも見え透いた罠だった。

 

「…読まないって選択肢はどれくらい有効だと思います?」

『ただの時間の無駄だな。怪談の通りに中身を読んでトリガーを引き、こちらに仕掛けてくる奴を撃退した方が話がはやい』

「逆に釣ってやるわけですね」

 

 他の本とは明らかに異なる、年季の入ったボロボロの本だ。開いてみると手書きの文字が目に入った。日付と、それに連なる文章。個人の日記がこんな場所にあるのは不可解なのだが、ある意味、その不可解な部分こそが怪談の不気味さを助長しているとも言えた。

 怪異遭遇の条件は「日記を読み続けること」と「最後まで読むこと」。パラパラとめくった感じだと、そのほとんどは白紙であり、記述内容は多くない。音読するのに無理のない文量なので助かった。音読の理由?コウガくんと情報共有するためだよ。彼は文字が読めないからね。

 

 

 3月2日

 新しい家に引っ越した。

 とても広い家だ!

 家賃も安くて素晴らしい。

 なんとお得でラッキーだろう。

 これからの毎日がとても楽しみでならない!

 しかし夜中に時々ピシリという音が聞こえる。

 なぜだろうか…?

 

 

ピシリ……ピシピシ……

 

 

 おやおやおや!タイミングのいいラップ現象ですこと!

 読み終えた途端、背後から音がした。台本と演出に合わせて音響が効果音を出してくれたような、作り物めいた感じ。その完璧さが逆に不自然なんだよ、だから早々に分かっちゃった。日記の内容と同調して脅かそうって魂胆ね。

 

 

 3月9日

 この部屋はおかしい。

 自分しかいないはずなのに時々視界の隅で何かが動いているようだ…!

 気のせいかと思ったが、いつも視線を感じる…。

 何かが見ている気がする…。

 一体何なのだろうか?

 

 

 ヒュ、と風を切る音。

 一瞬のことだったが、その一瞬だけでも十分に反応できるのがコウガくんのすごいところ。素早く目を動かして影を捉え、僕らの後ろを横切っていったポケモンがフワンテだったことを教えてくれた。優れた動体視力に感謝だね。

 背後を振り返ったときに『パン●・ラビリンス』に出てくる「ペ●ルマン」みたいな奴が立ってたら呼吸どころか心臓も止まると思うんだけど、あの丸っこい風船が相手だと緊張感に欠けるなあ…。校庭の女の子と一緒にいたフワンテと同一個体?…こればかりは接触してみないことには何とも言えないか。このまま日記の続きを読めば、今度は近付いてきてくれるかな?

 

 

 3月11日

 この部屋は呪われている!

 ずっと ずっと ずっと ずっと

 ずっと ずっと ずっと ずーっと

 床をひっかく音が止まない。

 

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリ   カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリ…………

 

 

 息継ぎしながら一生懸命に読んでいたのに、コウガくんから『さすがにうざい』と苦情を受けた(正直言うと僕も面倒くさかった)。『以下略で十分だろうが』という尤もなツッコミが入ったそのとき、――バツンと音がして、三階全体の照明が一気に落とされる。突如として辺りが漆黒の闇に閉ざされる中、僕らに向かって、奇怪な音が押し寄せてきた。

 

 

 ピシリ…ピシピシ…

 カリ……カリカリ…

 

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリカリ

 カリカリカリカリ カリカリカリ……

 

 

 ふたりして、ただ、壁や床が引っかかれる音を聞き続けた。取り乱すことも騒ぐこともなかった。急に暗くなったのは想定外だったけど、それでも、日記の内容をなぞらえるような出来事が発生すること自体は十分に予測できていたからだ。同時に、敢えて反応を示さないことで相手の出方を窺うつもりだった。

 ところが、僕は、徐々に汗腺から冷や汗が滲んでくるのを感じていた。恐怖のためではない。すぐ隣から、肌を刺すような冷えた雰囲気が伝わってくるためだ。それすなわち、コウガくんの苛立ちを示している。この蛙、普段の言動こそクールなのだが、実際はかなり喧嘩っ早い。要は短気なのだ。間近に爆弾が設置されてるみたいでいやだなあと思ったその数秒後、ぷっつん、コウガくんは予想を裏切ることなく盛大にキレ散らかした。

 

『 カリカリカリカリうるせぇぇえッ!!! 』

 

 その声を耳にした誰しもが震えあがってしまうような、それはそれは鬼気迫る恫喝だった。

 

『今すぐ灯りをつけてこのけったいな茶番劇を止めろ!殺すぞ!!!』

 

 はい出ましたコウガくんの口癖「殺すぞ」。

 それにしても、ゴーストタイプを殺すとは。除霊の方がしっくりくる気がするけど、まあ、コウガくんならやりかねんなと妙に納得してしまう。

 悪戯実行犯も、まさか怯えをはらんだ悲鳴ではなく怒りを込めて怒鳴られるとは思いもしなかったのだろう。コウガくんの剣幕に恐れをなしたのか、ピタリと音を立てるのを止め、脅されるがままに三階の照明を戻してくれた。どこからともなく「ふぅ~!」とフワンテのものと思われるか細い鳴き声が聞こえ、以降は何事もなかったかのように元の静けさが広がるばかりだ。あのフワンテ…『やな感じ~!』って捨て台詞吐いていったな…どこの悪の組織ですか…。

 

 戦うことなく威圧感だけでおばけを追い払っちゃったよコイツおっかねーなあ…と身を竦ませつつ、日記のページをめくると「 ……という感じで、日記形式のホラー小説を書こうと考えているんだ 」という記述があり、日記はここで途切れていた。…ホラーというジャンルで日記形式を使うのは面白い試みだとは思うけど、このクオリティだったら「もっと頑張りましょう」ってレビューになるかな。辛口でごめんね。

 

 …てか、今更ながらの疑問が出てくる。日記の再現ができてるあたりフワンテって字が読めるのかな?さっきのゴースだってヒントはアルファベットで出してきたし…。

 ちょっと考えてみたんだけど、これに関しては、彼らは元々人間だったと考えれば一応の説明がつく。多くのポケモンは卵によって繁殖するが、ポケモンのそもそもの起こりは必ずしも卵とは限らないのだ。ゴーストタイプはその好例で、捨てられたぬいぐるみが強い怨念によってポケモンに変化した――など、卵が先ではなく鶏が先という状況を地でいく話はいくらでも出てくる。だから、(どのような手段で観測したのか不明だが)図鑑において「人魂が転生してゴーストタイプのポケモンになった」と明確に記載されているポケモンもそれなりにいる。そういうポケモンは人間だった頃の記憶を保持しているという。もしかしたら、あのフワンテはこの日記の……。

 

 本を元の位置に戻してもいいけれど、そうなると、悪戯のための小道具が何の対策もされないまま置きっぱなしってことになるよね。七不思議の項目を減らすためにも、『呪いの日記』なる悪戯はそろそろ幕引きにした方がいい。――僕は、日記を小脇に抱えた。本の貸出や返却に応対するためのカウンターには一通りの筆記用具が揃っていたので、日記の処分を促すべく「除籍」と書き込んだ付箋を貼り、そのままカウンターに置いておく。翌日にでも担当者が処理してくれることだろう。

 

 

 


 

 

 

 解決の報告前に、フワンテとずっと一緒にいたか尋ねてみたところ、少女はこくんと頷いて肯定してきた。じゃ、僕らにちょっかいかけてきたのは別個体だね。おかげで「君ンとこの連れが元凶だったぞ」…なーんて厳しいことを言わずにいられた。なるべく悲しい顔はさせたくないからさ。この世に留まる霊魂って時点で、彼女自身がだいぶ悲しい存在だし。

 

 

 

 のろいの にっき…ふむふむ…なるほど…

 フワンテの いたずら!

 

 

 

 そう、お化け屋敷みたいなもんだよ。ある意味、ゴーストタイプの悪戯にしては可愛い部類だったかもね。そんなふうに言って、笑って済ませられたらよかったんだけどな。

 ――直後に爆弾くらう羽目になるとは思わないじゃん?

 

 

 

 わたしも むかし このコに いたずら された

 て ひかれて… それで…

 とても さみしがりや だから いたずら するの かも?

 

 

 

 ねえ…、リアクションに困るってこれは…。とんでもねー闇がお出しされたわけですが、何、どうすればいいのよ僕は。

 子どもを仲間に引き入れるためにあの世へつれていくという通説――やっぱりフワンテはフワンテでしたってこと?誘拐の加害者と被害者の関係だったわけ?それなのに一緒にいるその感情 is 何? 固まっている僕らを余所に、フワンテは『君にいたずらなんかしてないよ。遊ぼうって言っただけじゃん。大体、こっちの誘いにのってついてきたのはそっちでしょ』と、あっけらかんと言ってのけた。人間が相手なら何を言おうがどうせ分からないだろうと高を括っているのか、随分と、このフワンテは饒舌だった。

 

『人間のガッコウってところは、子どもが沢山いるから見つけるのも楽なんだよね。僕らと「ともだち」になれる子。波長が合う、感受性の豊かな子。君もそのうちの一人』

 

 フワンテの物言いに罪悪感は含まれていなかった。フリーマーケットで掘り出し物を探そうとしている買い物客と大差ない考え。言い方。子どもが行方不明になることがどれほど痛ましいか、人間側の事情は勘定に入っていない。人間の道理も倫理も通じない相手――…僕だって、そりゃあ、人間じゃないけどさ。ポケモンなんだけどさ。だからといって、同じポケモンであるフワンテに賛同できるかと訊かれたら、答えは否だ。理解はできるが共感はしない。

「死人に口なし」と言われるように、幽霊という存在は話せないはずだ。しかし、例外としてこの少女が発話を維持しているのは、きっと生(・)き(・)た(・)ま(・)ま(・)つ(・)れ(・)て(・)い(・)か(・)れ(・)た(・)か(・)ら(・)だ。そして、フワンテと共に過ごしているうちに人の世から切り離され、…完全な死者ではないが生者にも戻れない、そんな存在になってしまったのではないか。

 

 少女がぽつりとこぼした一言、フワンテの無邪気さ、どちらに対しても心が潰れてしまいそうになる。後味の悪い映画を鑑賞した後みたいに、腹の奥が重たくなるのを感じてたまらなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。