※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

181 / 246
肝試ししよう⑥

【 おばけの教室 】

 これで ななふしぎ むっつめ さいご

 ななつめ わたし しらない とても ごめんなさい……

 

 まよなかに 2かいの きょうしつ わらいごえ きこえてくる

 おばけたちも じゅぎょう うけてる みんな そう うわさ してる

 おねがい かいけつ してほしい!

 

 でも きをつける…… あなた あぶない わたし かなしい

 

 

 


 

 

 

「アなタのしょウカいをしまショうね。

 みナさん!きょウはアタらしイおトモだちがきテくレマシたよ!

 なかよクしてクダサいネー!」

 

 担任もどきの口から必要以上の声量が出てくる。その発言の内容こそ教室全体に向けた声かけなのだが、大声の所為で怒鳴り散らしているようにしか聞こえず、少女はぎゅうと身体を丸めた。まるで真夜中の寝室で雷を耐えているような気分だった。

 

 やめてよ。お友だちなんかじゃない。仲良くするつもりもない。金切り声をあげたいところだったが、かちかちと歯の根が合わず、うまく言葉にならなかった。その間にも、担任もどきから促されたためか教室内を埋めつくす黒い影たちが一人また一人と席を立ち、揺らめきながら少女の元へと集まってくる。

 

 

 とモだち に ナロうよ

 じュぎョウ うけヨうよ とーッテもねーたノシいよー

 こレで ナカまが ふエる

 ガッこうってタのしイな みんなトずーっとイッショ 

 

 ずーっと ずーっと ずーっと

 ずーっと ずーっと ずーっと…

 

 

 彼らの声がだんだん間延びして、スロー再生じみた不気味な重低音に変わっていく。

 自分はどうなってしまうのだろう。捕まって、何か怖いことをされるのだろうか。後のことを考えるだけで、動悸がした。鼓膜の奥でどくどくと轟く心臓の音が聞こえ、胸が苦しくて、胃がきゅうと縮んで、その場で吐いてしまいそうだった。

 

 無理。

 端的な二文字が少女の脳内を塗り潰す。無理。無理無理無理無理。無理。こんなの一人じゃ耐えられない。一人じゃ……。

 

 縋るものを探す少女の手は、救いを求める少女の手は、ベルトにつけたボールホルダーへ自然と伸びていた。鮮やかな緑のボール。フレンドボール。ロザリオを握りしめるように、少女は、ボールを両手で包み込んだ。

 

 

++ たすけて ++

 

 

 少女の切実な声を聞きつけ、ヌメラはボールから飛び出した。正体不明の相手であろうと物ともせず、少女と黒い影の間に堂々と割って入った。少女を小さなその背で庇い、異形の前に立ちはだかった。

 

 教壇には、女が一人。隠し球の登場という想定外の事態が起こったことへの焦りを隠せず、表情を強張らせている。ヌメラを牽制するつもりか紐(・)で(・)吊(・)り(・)下(・)げ(・)た(・)振(・)り(・)子(・)を取り出し、低い姿勢で身構えた。何を仕掛けてくる気だろう。やれるもんならやってみろ。ヌメラは相手をひたと見据える。睨みつける。

 

 僕は助けを求められている。頼られている。今この場でこの子の騎士になれるのは僕だけだ。僕だけなんだ。

 ――非力な僕に、この子は、いつでも役割を与えてくれる。僕が存在する意味を与えてくれる。

 

 守る。守るよ、絶対に。

 

 ヌメラは、一瞬、少女の方へ振り返った。目が合った。彼女の目の輝きが失われぬよう己の力を振るうのだと、固く固く決意した。

 

 見(・)納(・)め(・)に(・)な(・)る(・)と分かっていたから、その美しい薄青の双眸を、しっかりと目に焼き付けた。

 僕の目は今(・)か(・)ら(・)退(・)化(・)す(・)る(・)。それでもいい。視力と引き換えに、胸に宿る勇気を引き金に、僕は力を手に入れる。その力で、この子を守るんだ。

 

 

 ――あなたはずっと今のままでいるわけではないの。成長するわ。うまくいけば、進化することだってある。どんどん変わっていくのよ。今できなくても、いつかできるようになる。いま差し出せるものがなくても、いつか力をつけたときに返せばいい。「今」に悲観しないで。これから明るい「未来」がくると信じていれば、運も上向いていくものよ。

 

 

 不意に思い出す、いつぞやのオリーヴァの言葉。

 そうだ。この子を怖がらせる場所から一緒に脱出するんだ。もっともっと楽しいことが待っているふたりの未来のために!

 

 ヌメラは、生まれて初めて、腹の底から雄叫びをあげた。その咆哮が辺りの空気を揺るがした瞬間、ヌメラの全身から、目も眩むほどの閃光が迸っていった。

 

 

+++++

 

 

「…進化…」

 

 直視できなかった。しかし、力強いその光は、生命の煌めきがたっぷりと詰まっていて、不安な気持ちを根こそぎ消し去るような勇ましさがあった。少女にとっては、これまで目にしてきた何よりも美しい光景のように思われた。

 光に洗われて、視界が白くなっていく。その中で、小さかったヌメラの影がどんどん大きくなり、姿を変えていく様が、うっすらと確認できた。

 自分のために身を挺する存在がいてくれることへの感動、自分を助けるために進化を果たした存在への尊さまでもが、恐怖で張りつめていた少女の心に流れ込んでくる。新たに上乗せされたものはほとんど幸福に等しい感情だったが、心を揺るがすという意味においては精神的負荷に違いなく、このときの少女は心身ともに限界を迎えていた。情報を処理できず、強制的にシャットダウンされる寸前だった。

 

 耳鳴り。血の気が引いて指先が冷えていく感覚。失神の前兆が少女に現れる。何とか気力を振り絞って「ヌメイル」と相棒へ呼びかけたが最後、少女の意識は遠のいていった。

 

 

+++++

 

 

 …すンげー光るやん…教室でエレクトリカルパレードか何かやってんの…?はたまたディスコかライブ会場かと見紛う目映さに唖然とする。

 

『おばけたちの授業は思っていたよりも愉快なものなのかもしれんぞ、あるじ殿』

 

 苦笑いと共に、お姫様が呟いた。

 二階を探索してたときに何事かと思ったよ、室内から見覚えのある光が溢れてくるんだもの。何がどう素っ転んで現状に繋がっているのか全く不明だけど、とにかく、教室内に進化したてのポケモンがいるのなら鎮静化を図るのがセオリーだ。進化に伴う心と体の急激な変化は、多くの場合、ポケモンを興奮状態にさせるからね。

 だもんで、教室に踏み込む前に何か対策はしておきたい。興奮状態のポケモンを取り押さえることになった場合を想定して、まずはツーマンセルを解除。手持ちトリオを集結させておく。あとは…そうねえ…僕はどうしたもんか。清掃員さんのままでいいかな?…いや、トリオの足を引っ張らないためには僕自身が標的になることを避けなきゃだな…じゃあ、小柄な清掃員さんよりいつもの姿に戻った方が確実かも。身体を相手より大きく見せることは、威嚇として有効に働く場合が多い。

 

「さーて…。それじゃ、行きますよ。いち、に、…」

 

 さん!で勢い任せに教室の扉を開け放った。

 目視できるポケモンは二体。ヌメイルとスリーパー。ヌメイルの方に姫君が、スリーパーの方にコウガくんがすかさず接近した。ルチャさんは両者の中間に位置し、どちらでもサポートできるようにしている。僕が声高に指示をとばさなくても、タイプ相性を考慮して即座に自分たちで動いてくれるから大助かりだ。

 

「はい、どーもー!一触即発のところに第三勢力として介入させていただきます、よろしくお願いします~」

 

 お笑い芸人のテンションでかましていく。面食らってくれたら結構、相手が無防備になって隙ができればこちらとしてもやりやすい。 

 見たところ、進化したばかりなのはヌメイルか。全身が未だ仄かに発光している。怪談の調査にきてドラゴンタイプに出くわすとは予想だにしなかったし、よりにもよって視力ゼロのヌメイル…、マジか…、手振り身振りで僕の身体を大きく見せるという視覚に訴える作戦が脆くも崩れ去る。平均よりだいぶ小さな個体に見えるが、それでもドラゴンはドラゴン、油断は禁物だ。フェアリー複合の姫が自陣にいるのは運がよかった。

 対するスリーパーは、…まあ、そこそこホラー要素はあるかな。カロス地方では不眠症の改善に貢献してくれるありがたいポケモンとして重宝されてたけど、他の地方では「催眠をかけて人間を連れ去る」という負のイメージが強いから警戒対象になっている。実際、野生の個体が危険な一面を持っているのは確かだ。出会い頭に催眠術で眠らせるという初見殺しを実行した後、獲物の夢を味見して気に入ったら拐っていくのだとか…。じゃあ、なんだ、このスリーパーは誰かを狙っていた?…っと、あらあらあらあら?よく見たらヌメイルの後ろで子どもが倒れてるじゃないの。

 しかも、……、え?…まさか過ぎて訳分かんないんだけど…ここで知り合いに会うとか何事…?

 僕は思わず二度見してしまった。開いた口が塞がらないとはまさにこのこと…、だってさ、こんな偶然ある?奇遇どころの話じゃ済まないんだけど。

 

『 どうしてここに…? 』

 

 驚いた。ヌメイルのセリフ、今し方僕が思い浮かべたことと完全に一致している。彼は失った視力を補って余りある高性能の四本角(レーダー)をゆるゆると動かし、ルチャさんの方へ顔を向けた。

 

『ルチャブルさんの匂い…、そこにいるよね…?僕のこと、覚えてますか。船でお話したでしょう?』

『船で、……、おまえ、甲板にいたヌメラか?』

『そうです。進化して、この通りヌメイルになりました。また会えたらいいねって言ってたけど、こんな形で再会するなんて…』

 

 顔見知りがいると分かって安堵したのか、ヌメイルは落ち着いた遣り取りができている。

 夜な夜な怪しい現象が起こる教室があると聞いて調べにきたことをルチャさんが簡潔に話すと、ヌメイルは眉間に皺を寄せた。

 

『そうか、ここは元から危ない場所だったんですね。僕たちは前触れもなく巻き込まれたんです。この子がひどいことをされそうになって、だから、僕、助けなきゃって…』

『ち、ちがうッ!傷つけるつもりはなかった!』

 

 しょんぼりと俯いたままだったスリーパーが、このときばかりは急いで顔を上げて訴えかけてくる。じゃあ何をするつもりだったんだいと尋ねておきたいところだけど、その前に整理すべき事柄が山積みだ。僕の教え子がいる理由、ヌメイルとルチャさんの関係、スリーパーの抱える事情…誰も彼もが疑問符でいっぱいだった。

「ルチャさん?」と声をかけると、このヌメイルがまだヌメラだったときに、船内で出会ったのだと説明してくれた。…なるほど、ルチャさんがフーディンのテレポートの所為ではぐれてしまったときのことだね。

 

『ヌメイルは、そこで気絶してる女の子の連れだ。彼女の留学に同伴してきたんだ』

 

 …進学先での勉強が楽しいって言ってたもんな、彼女。遂には留学をするまでになったのか。思いがけず教え子の成長を知れたもんだから、どシリアスな場面にもかかわらず、胸に込み上げてくるものがあった。

 彼女の担任だったことはないけれど、在学中に深く関わり合い、互いの秘密を共有した間柄だ。彼女のおかげで「あの人」と僕の心が救われたと言っていい。その意味では、教え子以前に、大事な恩人だ。そんな子が、いつの間にか人間の友だちだけでなく仲良しのポケモンもできて、…そのポケモンが彼女を守らんと進化を果たすほどの絆を結んで…。ッくぁ~…、そういうの弱いんだよなあ僕…映画化待ったなし…。

 

「それでは、…えーっと…、ヌメイル?僕はルチャさんの…君の友だちであるルチャブルのトレーナーです。よろしく。君もスリーパーもこの件の当事者ですし、訊きたいことは山ほどあるのですが、まずは人命救助が優先です。君の背後にいる女の子の様子を見たいので、僕が近付くことを許してください」

 

 確認すると、ヌメイルは素直に応じてくれた。うむ、つまりはルチャさんに対する信用があるから僕のことも許容してくれてるんだよね。ルチャさん、君のおかげで間接的に助けられることが沢山あるよ。

 

「あ、追加でもう一つ。今の君にはあまり自覚がないかもしれませんが、ヌメラだったときとは体質が著しく変化しています。特筆すべきは君が分泌する粘液です。君の粘液は君自身を保湿するだけでなく、その粘液に触れたものをことごとく溶かしてしまう強力な溶解力を持っています。現に、君の足元にある教室の床が損傷している。もしこの場で君が興奮して粘液を撒き散らすようなことがあれば、すぐ近くにいる女の子が大怪我を負ってしまいます。そのことを肝に銘じて下手に動き回らず、努めて冷静に行動してください」

 

 進化したばかりでは、随意の濃度調整もできないはずだ。分泌物をコントロールできるようになるまでは人間もポケモンも用心した方がいい。僕の注意喚起によってヌメイルは神妙な表情になり、大人しく教室の隅に寄った。

 身を屈めて検めたところ、教え子に目立った外傷はない。息もしてる。出血、嘔吐共になし…と。

 

「スリーパー、…君は幻覚を見せるとか、眠らせるとか、何らかの目的で催眠術を使いましたか?」

 

 僕はいたって普通のトーンで話しかけたのだが、スリーパーはびくりと身体を震わせた。あーあぁ…なんで君の方が顔面蒼白になってるんですかね。…こんな感じの生徒、スクール勤務当時にも何度か相手にしたことがあるな。自分の所為で想像以上の大事になってしまったことに打ちひしがれているのだ。僕からの問いに、スリーパーは今にも泣きそうな顔になりながら頷いた。その両目には、懺悔の想いがありありと見て取れた。

 

「この子に怪我は見当たりませんが、病院できちんと診てもらうべきでしょうね。催眠術が深くかかっている場合は専門家によるケアが不可欠です。…適切な処置がなされたら、後遺症が残ることはありません。無事に回復します」

 

 具体的な方策と「無事」という言葉にいくらか救われたようで、スリーパーは消え入るような声で『ごめんなさい』と謝罪した。相手のしおらしい雰囲気を感じ取ったのだろう、怒りの矛先を向けづらくなったらしいヌメイルが短く溜息をついた。

 

『…君の事情を調査するのはルチャブルさんたちだ。僕らは別に知る必要はない。もう二度と同じことをしないなら、それでいいよ』

 

 一刻も早く関わりを断ちたいというのがヌメイルの本音だろうけれど、攻撃的に詰(なじ)ったり仕返しをしたりしないあたり、美しい引き際だ。

 

「病院では、ヌメイルも一緒に診察を受けてくださいね。人の世にいるポケモンは、進化した場合は届け出をしなくてはなりません。他にも、進化後の健康チェックや追加の予防接種などがありますから、そのつもりで。

 …僕たちが外部に通報してもいいんですけど、僕らは僕らで訳アリなので、…ここはスリーパーに働いてもらうとしましょうか」

 

 この子のために協力は惜しまないでしょう?と話を振ると、スリーパーはこくこくと首を縦に振った。断れるわけないよね。本当に反省しているのなら、誠意を見せてもらわなきゃ。

 

「テレパシーを送ってほしい相手がいるんです。応援を要請してください。君への聴取は、そのあとに。最後まで付き合ってもらいますよ、スリーパー」

 

 

+++++

 

 

 放送室から職員室に戻ると、いつもより多くの教員が残業をしていた。その中で、慌ただしい様子で電話連絡を取り合っている者たちの姿があり、いつもならとっくに退勤しているはずの管理職まで軒並み揃っている。厄介事なのが丸分かりだ。職員室の扉の前に入室禁止の札が立ってた理由はコレか、と納得する。

 

 自分のデスクで作業しつつ、それとなく隣の同僚に確認してみると、女の子が――それも留学生が、この時間になっても帰宅しておらず大騒ぎになっているとのことだった。ホームステイ先の家族は既に警察へ捜索願を出しているそうだが、まだ何の手がかりもないらしい。深刻そうな顔を作ってそりゃやべえなと返しておいたが、他学年のことなので内心ではあくまで他人事である。もちろん、無事に見つかるといいなとは思うけれど。

 

 事と次第によっては、翌日に緊急の職員会議だな。時間割が変更になるかもしれない。その可能性を頭の片隅に置きつつ、授業で使うプリントの印刷を始めた。生徒の安否不明で職員室内が気詰まりなのは分かっていたが、印刷機のやかましい音を鳴り響かせる。

 

 明日の授業準備を終えたら、自分は帰宅するだけだ。とりわけ留学生を受け持っていた担任のことは気の毒に思うものの、事情を知らない者に手伝えることなど何もない。気休め程度の慰めなんてかえって逆効果になるだけだろうし。

 気まずさはあるが、それでも、鞄を肩にかけた。さっさと帰ろう。途中で、ヤドンの夜食と水を置いていってやろう。そんなことを考えていたまさにそのとき、べろんと足首を舐められた。不意を衝かれたもんで泡を食い、びっくりしながら足元を見遣ると、「やあん?」と小首を傾げる間抜け面のポケモンがいる。飯抜きにするぞてめえコラ。

 

「おまえなあ…とぼけた顔してビビらせやがって…」

 

 首根っこを掴んでやろうと思ったが、ヤドンはすすっと後退した。何だか、普段と比べて身のこなしが軽い。違和感を覚えてヤドンを見守っていると、奴は少し歩き、そして、こちらを振り返ってくる。数歩歩いては振り返る、その仕草を何度か繰り返した。どう解釈しても「ついてこい」という意思表示だった。普段から何を考えているのか分からないぼんやりした態度を取ってばかりのくせに、今夜は、やけに明確じゃないか。

 いつもとは違う事件が起きている傍らで、いつもとは違う様子のポケモンがいる。そのことに妙な胸騒ぎがして、ヤドンに導かれるままついていくことにした。

 のっそりのっそりと、しかし、迷いなくヤドンは進んでいく。ヤドンの進む先に、一つだけ、明かりのついた教室がある。誰もいないはずの真っ暗な校舎で、その教室だけが、異世界じみて見えた。

 職員室から僅かな距離を移動したに過ぎない。それなのに、自分の心臓がマラソン直後かってくらいにばくばくと音を立てていることを実感する。

 ヤドンは、不審な教室の前で立ち止まる。そして、やはり、振り返ってくる。

 

 教室内を覗けというメッセージが、そこにある。

 

 おい勘弁してくれ。何をさせようってんだ。そうやって悪態をつくことは容易いが、見て見ぬ振りをするのは躊躇われた。…言い訳を探したって決断が鈍るだけ。こういうのは後先考えずに勢いでやるもんだと相場は決まっている。ごくりと唾を呑み込んで、自分が完全に怖気づいてしまう前に、えいやっと教室内に踏み込んだ。

 

「うわあああっ!!!?」

 

 あらん限りの声で絶叫した。正気を保つために声を出した、そんな感じ。

 がらんとした教室でひときわ異質な人影――倒れている女の子。地元(アローラ)の子じゃない。例の留学生?傍らに佇んでいるヌメイルは?女の子を溶かして捕食しようとしている?ヤドンはこの危機的な状況を知らせようとしてくれた?自分一人じゃどうしようもないぞこんなの。どうすんだ。

 

「待て!待て、な!? 早まるな!あの、あのさ!人!呼んでくる!たのむ!おとなしくしといてくれ!あ、ヤドン!おまえ、こいつら見てろ。女の子が食われねえように見張っとけ。ポケモンにはポケモンだ、分かんだろ!ぜってー何もさせんなよ!いいな!!!」

 

 ヌメイルとヌメラに喚くだけ喚いたあと、「おーい!おーい!!」と半ばやけくそ気味になりながら無我夢中で職員室へと引き返した。誰かを呼びにいくことで頭がいっぱいだった。後から振りかえってみれば、手元のスマホで外部と連絡を取れば済んだ話だが、このときは気が動転していて冷静でいられなかった(今なら一時でもこの教室の事態から目を離して放置したのは悪手だったと分かる)。

 走っていく自分の背中に、「やあん?」と気楽な声がかかる。「頑張れよ」という励ましか、「急げよ」という催促か、「おう任せとけ」という気合いか。いずれにしても、あまりにのんきな調子だったので、幾分か緊張が和らいだ。根拠もなく大丈夫だと思わせてくれるヤドンの存在が、ありがたかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。