全国図鑑番号:425 / フワンテ
丸い身体の中に沢山の魂が詰まっている。
誰かを道連れにするたび膨らんでいく。(図鑑説明より抜粋)
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なんて退屈なんだろう!
ぷうと頬を膨らませ、フワンテは手持ち無沙汰を嘆く。つい最近まで連れ歩いていた人魂は訳あって手放さざるを得なかったし、嗚呼、ツイてない。その人魂とは割と長い期間行動を共にしていたので、喪失感はそれなりに大きかった。己の寂しさを紛らわせてくれる都合のいいトモダチだったというのに、また一からやり直しじゃないか!
こうなっては仕方ない。馴染んだアローラの地でもう一度狩りをしていこうと企てた…が、それも束の間だった。使い勝手の良かった「学校」という場所がかなり様変わりしてしまい、全く手が出せなかったのだ。以前にはなかった結界が張られ、以前にはいなかった悪タイプのポケモンが警備員として常駐するようになっており、これでは狩りの穴場が禁猟区に改悪されたも同然だった。
更には、あろうことかゴーストタイプのポケモンたちが学校そのものを恐れるようになっていたのである。縮み上がってしまうような形相で怒鳴り散らしてくる化物が出るとか、鋭い爪を持つ妖怪に襲われて瀕死の重傷を負わされる者が後を絶たないとか、…眉唾が過ぎる話をまことしやかに囁いている同族を見るたびに、フワンテは嘆かわしい気持ちになった。怪談の元凶たる
馬鹿馬鹿しい話だ。しかし、与太話を信じないにせよ現にフワンテも学校に近付けずにいたので、
子どもが集まる場所は、何も学校だけではない。アローラには大小様々な公園があり、中でも街外れの公園などは大人の目が届かぬ場合も多く、標的を連れ去りやすい条件が揃っている。
その日、フワンテは首尾よく一人の子どもを見つけた。滑り台と砂場だけというこじんまりとした公園の中で、アローラに咲くレフアの花のような彼女の赤毛は遠目からでもよく目立っていた。
女の子は砂場にしゃがみ、せっせと城のようなものを作っている。バケツの中に砂を敷き詰め、型を取り、ひっくり返して城の一部にする。そんなことを、飽きもせずに繰り返していた。作業に集中するその子は、周囲の子どもたちが帰ってしまって一人きりになっていることも、フワンテから観察されていることも、気付いていない様子だった。
楽勝だな、とフワンテはほくそ笑む。
見るからに幼く、小柄で華奢な身体も都合がいい。非力なフワンテでも容易に連れていけるだろう。
それでは、早速。徐々に高度を落とし、フワンテが手を伸ばしながら女の子に近寄ろうとしたそのとき――…予想だにしないドスの効いた声がした。
『何してんだてめえ』
抜かった。見落としがあったようだ。
急いで声のした方を確認すると、そこには一体のイワンコがいた。威嚇の姿勢を取り、フワンテを睨みつけてくる。
いかにも人に飼われたポケモンらしく、洒落た首輪をしている。十分に手入れがなされた毛並みは、触ればさぞ気持ちがいいだろう。日頃から栄養価の高いものを食べさせてもらっているのか、体格もいい。丸みを帯びて、ふんわりとして、可愛らしい仔犬そのもの――だのに、尖った口調のみならず、仔犬の顔にはそぐわない一文字の傷と凄みのある目つきが、フワンテを狼狽えさせた。
『…知ってんだぜ。てめえらはガキを攫って仲間を増やすんだろ?で、今まさにカモを見つけたってわけだ』
だが、残念でしたってやつだな。
言うが早いか、イワンコは低く唸って牙を剥き出しにする。
『このお嬢ちゃんはなあ!オレに飯と名前をくれたアローラきってのかわい子ちゃんだぞ!薄汚ねえ手で触ンなッ!!!』
フワンテは言い逃れをする暇も与えられず、無情にも噛み砕かれた。目にもとまらぬスピードで襲いかかってきた相手からまともに悪技をくらってしまい、風船型の身体に穴が開いた。
穴が、開いてしまった。
『あ、…ぁ、ああ、…やだ、やだやだやだ!ダメだよ!いっちゃダメ!』
貯め込んでいた魂が溢れ出して、フワンテはどんどんしぼんでいく。
『せっかく集めたのに!いっぱいいっぱい集めてきたのに!! 僕の、…僕のトモダチが皆いなくなっちゃう…!』
断末魔のような叫びをあげながら、フワンテはプチンと弾けてしまい、終いには跡形も残らなかった。
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タンポポの白い綿毛のようにほわほわと夕焼け空へ昇っていく無数の魂は、蛍灯に似た淡い光をまとっており、幻想的な美しさがあった。一つ一つの煌めきが、特に霊感もないはずのイワンコの目にも、はっきりと見えた。
「わあ、…みてよクッキー!キラキラしてきれいだねえ」
砂の城が完成間近だからか、ようやく作業を中断して彼女が顔を上げる。「きれいだねえ」とは言うものの、特別なものを見て感動しているのではなく、シャボン玉が風に吹かれて飛んでいく様を眺めているときと同じごく自然な喜び方だ。彼女の前では何であれ等しく素朴だった。イワンコは彼女への同意を示すために「わん!」と一声、愛らしく鳴いてみせた。
自分の身に危機が迫っていたことなど知らず、彼女は無邪気に笑っている。しかし、一歩間違えれば、この子もフワンテに囚われていた。仮に解放されても、光の粒になって消えてしまう。もう二度と一緒に暮らせやしないのだ。
イワンコにとっての「当たり前」が崩壊する――…そのことを思うと、言いようのない恐怖で背筋が冷えた。そして、今し方己が感じた恐怖に実際に見舞われ、打ちひしがれていた当時のスリーパーの気持ちが、やっと芯から理解できたように思われた。
彼女は再び砂場に向き合い、砂の城の仕上げにかかる。まだ姿は見えないが、イワンコの耳は公園に近付いてくる足音を聞き取る。仕事帰りの母親のものだ。いつもの時刻だ。この公園で合流して一緒に帰宅する、それがこの家族にとっての日常の一部だった。もうすぐ、母親がこの子の名を呼ぶだろう。この子はいち早く母親の元へと駆け出し、今日の成果を見てもらいたくて砂場へと連れてくるはずだ。その光景が、今からでも目に見えるようだった。
この子は、今、何の不安もなく遊びに没頭している。せっせと手を砂だらけにする。それは、いつもと変わらず母親がくると信じているからであり、すぐ傍にイワンコがいると安心しているからだ。この子を不安にさせないことが己にできる唯一なのだと、イワンコは今更のように気付く。ならば、これからも、この子が不安のない日常を送るための支えとなろう。ありふれた毎日を守ろう。そう思う。
残飯を巡って他の野良連中との喧嘩に明け暮れ、その日その日を生きていくだけで精一杯だった野生のイワンコはもういない。今のイワンコには平穏な生活がある。明るい未来を思い描く余裕がある。今日以降。明日。明後日。来週。来月。来年。…ずっとずっと先のことを考えられるようになったことが、感慨深かった。
どこかでパカラナの花が咲いているのだろう。風にのって漂ってくる香りがあった。夕方から夜にかけて香りを強めるという特徴的なこの花の香は、相変わらず芳しい。今日を心穏やかに締めくくるに相応しく、甘くて優しい匂いだった。
【 補足 】
・イワンコと女の子の出会い(概要)
→ 女の子 :公園でクッキーを食べていた。
→ イワンコ:クッキーの横取りを目論む。
→ コラッタ:クッキーの横取りを目論む。女の子に襲いかかる。
→ イワンコ:『オレが先に狙ってたんだぞ!』とコラッタにブチギレ。撃退。
→ 女の子 :イワンコが助けてくれたのだと勘違いする。
→ 両 親 :一部始終を目撃。同上。
→ 女の子は両親にイワンコを連れ帰りたいと話し、両親も承諾。イワンコは女の子から御礼にクッキーをもらい、名前もそのまま「クッキー」になった。
思いもよらない展開に驚くイワンコだったが、イワンコのことをヒーローと疑わない女の子の笑顔を見ているうちに『まあいっか』という気分になり、成り行きで野良を卒業することになった。