※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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※ 注意 ※
 作中の性描写はかなりぬるいのですが、センシティブな表現に該当しそうなので副題横に「★」をつけております。


エピローグ:中★

 アローラ地方と聞けばやはり最初に思い浮かべるのは海であり、白砂のビーチには人々をひきつけてやまない魅力がある。しかし、実際に現地に訪れてみると、陸地で壮麗にそびえる数々の山岳もまた印象的だ。

 現在一行が滞在しているポニの大峡谷などはその筆頭だろう。水を司るカプ・レヒレがポニ島の守り神ということもあってか、この島は雨天が多く、雨があがったかと思えば霧が出てくる始末で、かなり湿度が高い。熱帯の植物にとっては楽園のような場所であり、緑滴る広大な森が形成されている。人の世の喧騒から完全に切り離されている緑の空間は、ポケモンたちの息遣いに満ちていた。

 この渓谷に分け入った当初こそ、湿気ゆえに少しばかり羽が重たく感じられたルチャブルであったが、数日経った今ではすっかり慣れた。おかげで大自然の美しさを堪能出来るような余裕も生まれている。生まれ育った森とは違う環境に出会うと、いつでも高揚し、ルチャブルの好奇心は膨らむばかりだ。

 

 ちょうど、空では曇天ながら貴重な晴れ間がのぞいている。雨上がりの景色を楽しむ傍ら、ふとゲッコウガに視線を向けると、ぱちりと目が合った。珊瑚色の双眸が美しく煌めき、彼の機嫌の良さを物語る。『ポニ島に来てから随分と調子がよさそうだな』と声をかけたところ、微笑が寄越された。

 

『常に表皮が潤っているからな。こんなに息がしやすい場所があるとは思わなかった』

 

 実に蛙らしい答えだ。ポニ島に滞在してから向こう、ゲッコウガは明らかに活き活きとしており、野生のポケモンに遭遇して一戦を交えるときなどはいつも以上の技のキレを見せていた。ただでさえべらぼうに強いこの蛙が、環境を味方につけて更に勢いづいている。今のゲッコウガなら、相手が誰であろうと向かうところ敵なしかもしれない。

 

『水タイプだからこそこの島の気候が肌に馴染むが…御主の方はどうだ。羽が湿気ると重かろう』

『…ある程度なら水を弾くんだが、こうも水気が多いとな…。島に上陸してからの数日はおまえの言う通りに身体が重たかったが、今はそれなりに適応できてると思う』

 

 現に、動ける元気があるからこうして探索することも可能なわけで。

 そう返すと、ゲッコウガの目がすうと細められた。

 

『そうか。余力があるか。…ならば』

 

 抱いていいか。

 一瞬、ルチャブルは、何を言われたのか分からなかった。混乱によって情報処理が鈍ったが、遅まきながら言葉の意味に理解が及ぶと、ぶわりと羽毛を膨らませ――……

 

『 正座 』

 

 一言、命令。

 むん!と腕を組みながらゲッコウガの目を見据え、もう一度、淡々とした口調で『正座』と繰り返す。すると、相手は『…はーい』と不貞腐れた様子で、しかし思いのほか素直に膝を畳んだ。ん?なんかデジャヴだな?気のせいか?*1

 

『あのな、ゲッコウガ。…俺たちが今なにをしている最中だったか覚えてるか』

『…木の実探し…です…』

『その通り。食糧を探して、留守番組に持って帰ってやる必要がある。そうだな?』

 

 メタモン曰く、滞在予定は十日ほど。自然の中に身をおき、ポケモンとしての原点回帰を図ることが目的であるから、ポニの大渓谷をくまなく調べ尽くすつもりは更々ないとのこと。踏破すべき目標地点のようなものも特に設定していないため、気の向くままに移動しているのが実際のところだ。根拠地(ベース)を定め、そこを拠点にしながら周辺を遊覧し、腹が減ったら木の実を採って食べるといった一日を繰り返していた。

 メタモンは『久しぶりに本来の姿で生活してみます』と宣言しており、元々大して行動範囲の広いポケモンではないからと、本拠地の留守番を買って出ている。本拠地に選ぶのは、大抵、雨風をしのげる且つ湿度や気温が安定して過ごしやすい洞穴だが、それらの利点はそのまま他のポケモンにとっても都合がよく、乗っ取られる可能性が出てくる。そうした事態に対処するため、デデンネもまた本拠地の近くに留まり、遠出をすることがなかった。彼女の場合、野生界では被食者であるため、目立った行動を控えるという意図も含んでいる。つまり、このふたりは文字通りに自宅警備員なのである。そうなると、畢竟、腕っぷしが強くて俊敏性にも優れたゲッコウガとルチャブルが広範囲を探索して留守番組に食糧を持ち帰るという役割分担となった。今もそう、雨の晴れ間を見ながら行動し、木の実を集め回っている。豊かな森なればこそ実りは多く、木の実を見つけ出すにあたって大した苦労はなかった。あとは収穫物を手土産にして戻るだけとなっているのに――…

 

『…仕事が早く終わった分、しっぽり逢瀬と洒落込むでござるよ』

『帰るまでが木の実集めだ。以上』

 

 ぴしゃりと言い渡せば、ゲッコウガは完全に糸目と化し、ぷうっと頬を膨らませてみせた。あざとい。でも、びっくりするほど可愛くないからな。武闘派のおまえがそんなことしても。

 

 

+++++

 

 

 ルチャブルが叱り始めれば「ピヨピヨ」と聞こえるし、冠羽の後ろあたりに「ぷんすこ!」という文字を幻視する。よって、ルチャブルは怒っていても可愛いなあとデレデレするばかり。ゲッコウガにとってはお小言すらもご褒美であり、微塵も反省していない。とはいえ、まさか「おうちに帰るまでが遠足です」という理屈を出されるとは思わず、むくれるゲッコウガである。こちらが拗ねたことを感じ取ったらしいルチャブルは、短く溜息をついた。

 

『…別に、今この場じゃなくたっていいだろ』

 

 妥協案を出すことにしたのか、目の前の小鳥は腕組を解いて、微かに頬を染める。

 

『夜まで我慢できないのか…、…って、……、…あ』

 

 自分で言いながら気付いたらしい。ポニ島滞在の間に限り、夜は「危険を避けるために全員で固まって眠る」ようにしているということに。 

 ルチャブルが途端に目を泳がせたため、ゲッコウガはここぞとばかりに付け入ることにした。

 

『応じる気はあるわけだな?』

『それは、…その…』

『拙者にこれ以上我慢しろというのは流石に酷でござる。既に我慢に我慢を重ねているというのに』

 

 我慢の限界だという点を殊更に強調しておく。

 旅行の出発点からしてそうだった。クルーズ船での生活を楽しむルチャブルを邪魔すまいと身を引いた。アローラ地方に上陸してからも、常夏の楽園で四六時中ハメっぱなしにしたい欲望を押し殺し、観光や各種アクティビティに対する体力が温存できるよう交尾(えっち)回数はめッッッちゃ制限したつもりだし、ポニ島にきて以降はルチャブルの身体が環境に慣れるまで待っていた。うむ、返す返すも拙者はいじらしい蛙でござる。

 

 あれもこれもそれもぜぇ~んぶ、ルチャブルに無理をさせまいと想ってのこと。

 ひとえにルチャブルのため!

 

 恩着せがましい言い方になろうとも、それによってルチャブルの気持ちが「じゃあシましょう」とゲッコウガに報いる方向へ傾いてくれたら御の字だ。

 

『…あー…、……、…気遣ってくれてありがとう…?』

『どういたしまして』

 

 釈然としない感覚はあるようだが、ゲッコウガが早口でまくしたてる勢いに気圧されてしまい、ルチャブルは明らかに「ルチャブルは こんらんしている!」という状態に陥っていた。好都合。このまま押しきろう。

 集めてきた木の実をさっさと地べたに寄せ、ゲッコウガは視線だけをはしらせ周囲を確認する。柔らかな苔が生えている一帯を見つけ、もうルチャブルからの同意を得られた気になっているゲッコウガは、よしあの辺りで押し倒そうなどと勝手な算段をつけた。 

 

『オレのわがままをきいてくれるのも、オレが欲情するのも、おまえだけなんだぞルチャブル』

 

 どうか憐れんでくれ。

 最愛を抱き寄せてダメ押しの殺し文句を囁くと、ルチャブルは顔に紅葉を散らしたままゲッコウガを睨んでくる。嗚呼、なんて可愛い照れ隠しなのだろう。

 

『おまえ、俺が番(つがい)でよかったな』

 

 ぶっきらぼうな口調の裏には、どうあっても捨てきれない温情がある。たまらなくなって、ゲッコウガはルチャブルのしなやかな肢体にぬるりと舌を這わせた。「いちゃつく」という範囲から逸脱した、あからさまに官能的な仕草で幕を開けていく。

 

『いつでも感謝してる。おまえと出会えた幸運に』

 

 

+++++

 

 

 しっとりとした森の中では、どこもかしこも匂いが濃くなる。草花の匂い、土の匂い、採ってきた木の実の匂い――…そして、ゲッコウガの体臭。放たれた白濁の精臭。あらゆる匂いが押し寄せてきて、溺れそうになる。

 もう少し慎重に返事をするべきだったかもしれない、と、快楽で焼かれた脳の片隅で今更のように考える。元からゲッコウガに有利な環境に加え、彼のフィジカルはすこぶる良好…なればこそ、何だかいつもよりゲッコウガのア(・)レ(・)が膨張していることも、固さを保ったまま一向に萎える気配がないことも、長丁場の交尾になりそうなことも予想できたはずだ。全ては後の祭りだけれど。

 

 ただ、結局のところ、ルチャブルも認めざるを得なかった。仕事が終わってからだ何だと言いつつも、抱きたいと乞われたときから何となくその気になっていた自分自身。相手が興奮していることを嬉しく感じてしまう心。一緒に気持ちよくなりたい、繋がりたいと急く淫らな欲望。こらえることのできない嬌声――…かつては、雌を見れば「丈夫なヒナを産んでくれそうだ」などと雄の目線で眺めることがあったし、それなりに異性へ意識を向けた時期もあったのに、気が付けば同性同士で番っていた。ゲッコウガが、自分の全てを明け渡していいと思えるほどの存在になっていた。

 

 おまえだけだ、と、ゲッコウガは頻繁に口にする。おまえがいればそれでいいと言う。そうでなくては困る、と、いつしかルチャブルは思うようになった。

 ずっと俺だけを見つめてほしい。いつまでも、こうして飽かず抱いてほしい。口には出さないけれど、これもまた、紛れもない本音としてルチャブルの胸の内に巣食っている。

 

 互いに成熟した雄同士なのだが、種族の違いゆえにゲッコウガとルチャブルにはかなりの体格差がある。よって、正常位で覆われてしまえばルチャブルはゲッコウガの体躯にすっぽりと隠れてしまう。ゲッコウガが最奥に欲を吐き出す際はルチャブルをぎゅうと抱き込んでくるのが常だが、そういうとき、ルチャブルは迫りくるゲッコウガの肉体に酩酊する。肉の檻に閉じ込められた気分になる。押さえつけられ、どこにでも逃がしてはもらえず、苛烈な快感に喘ぐしかない。

 

 要するに、こいつはいつも捕らえる側なんだなと悟る。

 檻が檻として機能するためには中に囚われる者がいなくてはならないが、ゲッコウガがゲッコウガであるために自分が必要なら、ずっと、この蛙の両腕の中に囚われ続けてやろう。そうだ、ついこの間、生涯添い遂げると誓い合ったばかりなのだから。*2

 

 これほど情熱的に求められては、交尾を終えてもしばらくは身体の奥で残り火が燻ぶるだろう。それで、たぶん、今夜は性懲りもなくゲッコウガに抱かれる夢を見てしまうのだ。そんな予感がした。

 

 

+++++

 

 

 うーん…、遅いなあ…。

 いったい今日はどうしたのかしらとメタモンは邪推を始める。

 

 慈雨と太陽の恵みのおかげで、この地には野生果樹が多い。それは滞在しているうちに自ずと知れたことだ。木の実探しが難航するとは思えなかったし、事実、今まであのふたりは両手に木の実を抱えてすぐに戻ってきていた。今日に限って何らかのトラブルが生じたのだろうか。…もちろん、それは可能性としてあり得るのだけれど、パーティきってのアグレッシブな野郎共が解決できないほどの大事が起こったとは考えにくい。ひょっとすると、ルチャブルが狩りをしているのかも。これも全然あり得る。今はポケモンフーズがない状態でサバイバルしているわけで、木の実だけでは不足する栄養をルチャブル自身が狩りで補っていることはメタモンも承知している。暗黙の了解だ。デデンネが気にしないよう羽を洗って返り血を落としてきていることも、薄々ながら察している。

 あとは、…まあ…ふたりでよろしくヤってるということか…。メタモンは真顔になる。黒い点と線で描けるような単純な顔つきをしているメタモンは、きゅっと口を引き結ぶだけで虚無顔に早変わりだ。自分の番が多湿な環境に慣れるまで我慢していたものの、ついに限界を迎えた蛙がそのまま…とか。結局これが正解だろう。いつものパターンってやつは、こちらも想像しやすくて助かるというか何というか。辟易しつつ、メタモンは、夕方までに戻らないようならこちらからふたりを探しにいこうと結論付けた。

 

 隣では、デデンネが毛づくろいを行い、アンテナとしての役割を果たす大事なヒゲを前脚で梳いては丁寧な手入れを行っている最中だ。『お腹は空いてませんか』と一応訊いてみると、『彼らが心配か』と返ってきた。空腹の度合いを尋ねたのに、デデンネは一歩先を見抜いて返答してくる。

 

『そろそろ こうが殿がしびれを切らす頃だと思っていた』

『…姫君も僕と同じようなことを考えてたんですね…』

『口寂しいときは花の蜜でも啜ればいいさ。かろすの森で暮らしていたときは、樹の根を齧って飢えをしのいだこともあるしな』

『逞しいあなたも素敵です』

 

 メタモンとデデンネは、ふたり並んで岩の上に腰かけている。時折会話をする程度で、特に何かするでもなく縁側で茶を飲むような、まったりとした時間が流れるばかりだ。

 見上げた先には、僅かながら青空が見えている。鈍色の雲に囲まれていることもあり、切れ間からのぞく空の青はひときわ映えていた。まるで、青空の柄をした紙を切り抜いてぺたんと貼りつけ天上にデコパージュを施しているみたいだ。メタモンは、目に映る景色から一枚の絵画を思い出す。波打ち際の絵だ。水平線の上に広がる曇天は、奇妙なことに、一部が鳥の形に切り取られている。翼を広げた鳥の姿――…そのシルエットの中に白雲の浮かぶ青空が見える。どんよりとした周囲の色彩とは対照に、鳥の形をした夏空が清々しい作品だった。*3

 自分も青空のような鳥に――チルットに変身して、行方をくらませたんだっけ。本来なら新チャンピオンとして負うべきだった責務の一切を丸投げし、今はこうしてアローラの地でのんびりと過ごしているわけだが…。メタモンは、何もかもを押しつけてきた相手のことにふと思いを馳せる。彼女(カルネ)はどうしているだろう。

 

「新チャンピオンが実は人間になりすましたメタモンだった」…この事実を知っている人間は、殿堂入りの間に同席したカルネだけだ。当時、今後カロスのチャンピオンを担う意思はあるのかカルネから問われたが、メタモンは「ありません」と即答した。メタモンにとっては、殿堂入りを果たして愛する人間の名を永遠に刻むことこそが目的であり、チャンピオンという肩書や富、名声は要らなかった。チャンピオンとしての責務を全うする気もなかった。メタモンは「いつかボロが出たときに困るのはそちらですよ」と強気に言い返した。

 

「ほぼ完璧に近い形でポケモンが人間になりすまし社会生活を送っている事例…露見すれば世の中の混乱は避けられないでしょうね。あなたがチャンピオンを続投すれば、少なくとも発覚はしない。僕と共犯者になるだけで社会秩序が保たれるんです。安いものでしょう?」

 

 メタモンは「一身上の都合」という便利な言葉で押し切ってチャンピオンの座を退いた。新チャンピオン誕生から辞任まで一週間と経っておらず、世間では大騒ぎになったが、先述した社会秩序の崩壊とは程遠い一過性のブームだ。一応、ポケモンリーグ本部はそれらしい理由として他地方の前例*4を挙げ、「パーティポケモンが病に伏せてバトルに復帰できなくなった」と公に向けて発表していたが、…まあ、病は病かもしれない。罹患して手遅れな奴らがふたりいる――…そう、不治(こい)の病だとうそぶくこともできる。

 

『時に、あるじ殿』

 

 いいお天気ですねえおじいさんとでも言い出しそうなのんびりとした調子でデデンネが口を開き、メタモンの気を引いた。

 

『あるじ殿の所有する手帳には、百の目標が記されているんだったな。それら全てを実現させていくために我らは旅をしているわけだが、…既に半分以上は達成されているのだろう?案外、このままいけば残りも難なくこなせそうだし…』

 

 終わった後のことを考えているのか、と問われた。

 

 そうなのだ。大掛かりな目標は「全地方に赴く」くらいなもので、あとは日常の中で多少の金と時間を捻出すれば叶えられるものばかり。一見すると馬鹿馬鹿しかったり、冗談のような内容も含まれてはいるものの、総じて実現性の高いことばかり書き連ねてあるため、ハードル自体は相当低い。各地方を旅する途中で残りの目標も同時並行で実行していけば、おそらく数年のうちに「やりたいことリスト100」が完遂できる。

 

 旅路の果てにある景色。それを、メタモンは思い描くことができない。

 

『ゴールテープを切ったら、それでお終いですよ。その後なんてない』

『…あくまで故人の代理で遂行している旅だ。終わってからがあるじ殿自身の本番だろう?』

『いいえ。…僕のやりたいことは、あなたたちのおかげでそれはもう理想に近い形で叶えられました。殿堂入りしたあのときに、僕の全ては完結したも同然なんです』

 

 メタモン自身、老いていく。変身の精度も下がっていく。このままではいずれ、人間として過ごす生活が破綻する。そうなる前に、消えていかねばならない。

 長寿のポケモンに変身すれば永らえることはできるだろう。しかし、そうまでして生に固執する理由もメタモンには見当たらなかった。

 

『Va où tu peux, meurs où tu dois …行けるところまで行き、死ぬべきところで死ね――…僕の好きな言葉です。僕は手帳にある道しるべに沿って精一杯突き進みます。そしてきっと、やり遂げたその場で力尽きる。あとは死ぬべきところで死ぬだけ…、穏やかに逝ける場所を探すつもりですよ』

『あるじ殿は、それで納得できるのか』

『できます。というか、納得しているからこそ死んでいくんです』

『…そうか…』

 

 デデンネは、メタモンに対して、同情したり憐れんだりはしなかった。ただ、静かに微笑んだ。

 

『心安らかにこの世を去る、か…。考えてもみれば、なかなか挑み甲斐のあることかもしれない』

 

 最期まで傍にいていいか。

 デデンネが尋ねてくる。断られることなどいささかも想定していない温かな声音で。

 

『元から長命種ではないからな。この旅が終わる頃には、私の寿命もそう長くは残っていないはずだ。終の棲家を見つけたら、今こうしているみたいに、隣り合って座って、空でも眺めていよう。特別なことは何もしなくていいから、ただ、一緒にいよう』

『…どうして、……、…それこそ、あなたにはあなたの生き方が…』

『そうだな。そして、私の生き方は私が決める。そのうえで一緒にいたいと言ってるんだ。あるじ殿をひとりぼっちにさせたくないんだよ』

 

 風が吹く。枝を揺らし、葉の上にのっていた水滴を散らして、風が森を吹き抜けていく。風に合わせてさやさやと葉擦れが囁きかけてくる。子守歌のような、優しい音だった。

 

『旅が終わってからもあのふたりがいてくれるかどうかは半々といったところだが…、番として新たな道へ一歩を踏み出していくというのなら、そのときは送り出してやろうな』

『…はは、…何ですかそれ…。…そんな言い方をすると、僕らが子どもの巣立ちを見送る両親みたいじゃないですか…』

『何を今更。これまでも、私たちはそういう立場だったはずだぞ。あのわんぱく坊主たちを共に見守ってきたじゃないか』

 

 デデンネの瞳はまるで黒瑪瑙(オニキス)のように光を宿して、メタモンを真っ直ぐに見つめてくる。

 

『あるじ殿。ひとりになろうとするな。私から離れるな。第一、あるじ殿が言いだしっぺだぞ。忘れたのか』

 

 J’ai besoin que tu sois près de moi(君には、僕の傍にいてほしい)――…デデンネは悪戯っぽく囁きかける。

 

『初めて出会ったあのとき、私に誓っただろう?……必ずや、君を「世界で一番おひめさま」扱いすると約束しましょう……だったか。武士に二言なしだぞ、あるじ殿』

 

 そうだ。…そうだった。僕から誘ったんだ。そこから始まったんだ。

 メタモンの視界が歪む。目に水の膜が張っている。そしてそれは、こらえきれずに、涙となって零れ落ちた。

 盛大に泣いたわけではない。メタモンの頬を濡らしたものは精々が一粒二粒の涙でしかなかったが、最愛の人間のためだけに流してきたはずのものがこの場で湧き出てきたのは意外だった。『喜んで、お姫さま』と返事をしたかったのに、声にならなかった。きっと口に出したところで声は震えていただろうけれど。

 デデンネに涙を見られたが、彼女は何も言ってこなかった。寄り添うだけだ。それで十分だった。

*1:
61話参照

*2:
173話参照

*3:
ルネ・マグリット作『大家族』

*4:
アデク

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