※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第六話:ゲッコウガ

 ルチャブル! ルチャブル!! ルチャブル!!!

 ついに見つけた!やっと会えた!予期せぬ再会を果たしたゲッコウガの胸の中で歓喜が跳びはねる。血肉を沸騰させそうなほどの興奮で肢体に熱が回る。我が最愛――…小鳥の確かな存在を前にして無尽蔵の多幸感に包まれ、万感の想いと共に今にも涙がこぼれそうだった。

 

 この瞬間のために、生きてきた。

 

 薬師として渡り歩いてきた中で、「ルチャブル」と名のつく種族に出会ったことは何度もあったが、いずれも探し求めた相手ではなかった。ぬか喜びばかりだった。ところがどうだ、やはり愛の呪いは裏切らない。今度こそ本物だ。目と鼻の先に己の運命の番(つがい)がいるではないか。記憶の中にいるルチャブルと寸分違わぬ容姿。彼が目の前に現れたのだと魂が叫んでいる。

 すぐに駆け寄って抱きしめたい衝動にかられたが、雨をその身に浴びながら舞い始めたルチャブルを見て、足が止まった。現場で醸される神聖な空気、…それを感じていながらどうして邪魔などできよう。何より、春の精かと見間違えるほどの舞姿を、最初から最後までこの両目に焼きつけておきたかった。

 

 それはまさしく、神楽。

 ルチャブルのしなやかな動作に合わせて――橙、黄、白、紅、碧――ルチャブルを構成する様々な色彩が揺らめいた。肉体とはこれほどなめらかに、優雅に、動かすことができるのかという驚嘆。一朝一夕で身につく芸ではなく、修行の果てに会得したものであることは明らかだった。

 舞ううちに、ルチャブルの全身が仄かに光をまとい始める。ポケモンが技を発動させるとき特有の輝き――…嗚呼、なるほど、それゆえに、奉納された舞に対して天上から下賜されたものが日光だったわけだ。『日本晴れ』を使えるルチャブルは、この世界線に於いて初めて出会う。彼の新たな一面を知れたことが、単純に、嬉しい。

 

 

『これほど美しい「日本晴れ」は知らない。観た者の胸をうつ見事な舞でござった』

 

 

 舞い終えたルチャブルに声をかける。緊張した。だが、記念すべき第一声で舌を噛むなんてみっともない真似をしたくなくて、ゆっくりと、余裕が感じられるような口調を選んだ。

 ただの世辞ではなく、心からの称賛であることは、ルチャブルなら見抜いてくれる。その証左に、ルチャブルは警戒を緩めて、ゲッコウガに応じてくれた。

 

『…こんなふうに技をふるったのも、師匠以外のポケモンに舞を見られたのも、初めてだ。気恥ずかしいな』

 

 感想をありがとう、と、はにかむような照れ笑いが愛らしい。表情も、声も、受け答えの言葉遣いも、己が愛する小鳥のもの。己がこの世で産声を上げて以降ずっと、待ち焦がれたもの。ルチャブルからしてみれば初対面なのでゲッコウガは冷静を装っているが、本当は歓天喜地の状態だった。推しの初披露の技に立ち会えている時点でテンションもぶち上がってますし。

 それで?舞の師匠?思った通りだ。稽古をつけてもらったがゆえの洗練された舞だったんだな。どのような経緯で舞に興味を持つことになったのか、詳しく聞きたい。ルチャブルに関することなら何でも知りたい。さあ!これまでどんなふうに生きてきたのか互いの過去を語り明かそうじゃないかルチャブル!!!

 

『蛙のおまえには雨天の方が心地よかったかもしれないが…』

『気にしなくていい。御主が晴れを願わなければ華麗な舞を目にすることも叶わなかったからな。それに、雨天続きでは何か不都合なことがあったのでござろう?』

 

 新技を試してみたくなったという程度の軽い気持ちで「日本晴れ」を使ったのではないはずだ。それほどに、舞い踊るルチャブルの様は真剣そのものであり、清廉な祈りが所作にも表れていた。

 

『……、そうだな…。光合成をさせてやりたい相手がいて…』

 

 ルチャブルの視線が、崖下に広がる集落へと移る。その横顔も、眼差しも、優しかった。ルチャブルにそんな表情をさせる誰かがいるのだと、ルチャブルの心を占める誰かがいるのだと、そこに考えが至った瞬間に――…舞い上がっていた気分が一転、ゲッコウガの胸中ではどす黒い嫉妬がにわかに吹き荒れようとしていた。

 

 ダメだろ、ルチャブル。

 おまえから発せられる温かな気遣いは全てこのオレに向けられていなくてはならないのだから。

 

 大事にしている植物があって、その世話の一環で「日本晴れ」の必要性が生じたのなら、ゲッコウガの嫉妬は笑い話で済む話だ。だが、もしも特定のポケモンのためにルチャブルが心を砕いているのだとしたら、それは許し難い事態だ。双方を引き離さねばゲッコウガの気が済まない。

 

 早急に対処すべしと脳内で結論をはじきだし、まずは対象集落への潜入を考え、ゲッコウガは信頼を得やすい薬師の顔つきでルチャブルに接することにした。

 

『申し遅れたが、拙者はゲッコウガと申す者。背負っている行李から察しがついていたかもしれないが、薬師を生業にしている。各地の集落を訪ね歩いて、現地のポケモンたちを診察したり、必要に応じて薬を渡したりしているんだが…』

 

 ここで出会ったのも何かの縁。御主の集落を紹介してくれないか。ゲッコウガは、助けを乞うように、じっとルチャブルを見つめた。こういう物言いをすれば絶対にルチャブルは断らないと知り尽くしているからこその言動である。

 

『春の薬草で有名なオウレンやスイカズラは、この辺りでよく採れる。できれば薬草集めの拠点が欲しい。それに、…ここに至るまでの道中で山火事の痕を見てきた。焼け残ったこの森には、火事から逃れてきたポケモンがいるはず…。住み慣れた土地を追われた者はしばらくの間心身に不調をきたすことが多い。そうした者たちに調薬するためにも、滞留場所があると助かる』

 

 などと、口では何とでも言える。

 他者に寄与しようと思ったことは一度もない。ルチャブルを探すうえで何かと便利だから薬師になったに過ぎない。よって、ルチャブルと再会した時点で、ゲッコウガの中では「誠実な薬師でいること」の意味が一気に失われている。春の薬草は別の場所でも探せるし、山火事の被害者のことだって心底どうでもいい。だが、ゲッコウガが真面目ぶって語れば、ルチャブルは鵜呑みにして同じく真面目に対応してくれると分かっている。だから、ゲッコウガは建前がさも本音に聞こえるよう演じてみせた。

 予想通りに、ルチャブルは殊勝な態度でゲッコウガの話を聞いていた。『立派だな』と感心して、…そして、『力になってやりたい、が…』と逆接を以て言葉を濁す。

 

『俺も旅する身で、特定の集落に住んでいるわけではなくて…。崖下に見えてるあの集落は一時的に身を寄せている場所というか…』

『帰属する里ではないのに自分の能力(にほんばれ)で貢献しようとしていたと…、見上げた心がけでござるな』

『いや、…そんな大層なことではなく…何というか、その…』

 

 適当に誤魔化せばいいものを、咄嗟に言葉が出てこない。嘘をつくという発想もない。しどろもどろになるところが、ルチャブルなのである。だから、誘導するのは難しくない。ゲッコウガといくらか会話を交わし、ゲッコウガが意図的に選んだ言葉にのせられていくうちに、ルチャブルは洗いざらいの事情を打ち明けてくれた。出会ったばかりの相手を信用するのも早いのである、この小鳥は。まあ、信用できそうだと思ってもらえるよう、ゲッコウガも言動に気を遣った結果ではあるのだが(あとは、薬師という職と、これは自惚れ抜きで「面(ツラ)がいい」ことがだいぶプラスに働いたものと思われる)。

 

 さて、話を整理しておこう。

 ニャースの子どもを助けたことがきっかけでルチャブルはニャイキングの集落と接点を持った。集落滞在中に、集落の生命線である木の実栽培を一手に担うチュリネと出会って、彼女が今にも過労で倒れそうだったのを放っておけず、どうにか助けになれはしないかと模索しての現在…か。

 ゲッコウガに言わせれば、ルチャブルは最初から我関せずでいるべきだった。ニャースの子どもだって「自己責任」「弱肉強食」で片付くし、チュリネにしても彼女自身が現状を変える意志なくその場に留まる選択をしている以上、やはり「じゃあお好きにどうぞ」と切り上げておけばそれで終いだ。それなのに、全く、…話を聞けば聞くほど、良くも悪くもルチャブルらしいというか。知った気になって、勝手に熱くなって、…深入りした以上無責任に放り出せはしないから自分にできることを今なお一生懸命に探しているのだろう。ルチャブルの、そういうどうしようもなく愚直なところだって好きだ、けど、……、はー…おもしろくねえー…。まだ見ぬチュリネを想像し、ゲッコウガは内心で悪態をつく。ルチャブルもゲッコウガと同じ旅の者。これは重畳だ。互いに根無し草なら話は早い、口八丁で何とでも口説いて、一緒に旅をしようという流れに持っていけたはず。しかし、今のルチャブルにはしがらみがある。チュリネのことが気になって動けなくなっているというのなら、(ものすンごく気は進まないが)チュリネのあれこれを解決する手助けをして、ルチャブルが後腐れなく集落を去れるようにせねばなるまい。

 

『事情を知った以上、拙者も無関係ではいられない。御主に協力しよう』

 

 この返答を心強く思ってくれたらしく、ルチャブルの表情が明るくなった。

 

『手を貸してくれると助かる。ありがとう』

『礼には及ばんさ。それに、少し気がかりなこともあるしな。チュリネからも話を聞く必要があろう』

『…気がかりなこと?』

『実際に確認してみないことには、今ここではっきりとしたことは言えない。ひとまず、拙者もニャイキングの集落に向かうでござるよ』

『そうか。じゃあ、早速…』

『その前に一つ、集落訪問に際して互いに口裏を合わせておこう。御主が雨天の中を出歩いた目的が日照り乞いであったことは、知られない方がいいだろうからな』

『…理由は?』

『チュリネのためでござる』

 

 そう言えば、小首を傾げていたルチャブルは神妙な顔つきになり、ゲッコウガの次の言葉を待っている。それがまた、ゲッコウガの癪に障った。チュリネを引き合いに出せばルチャブルが納得するだろうと思っての発言ではあったので狙い通りなのだが、それはそれとしても、こうして実際にチュリネのことを大事にしている様子を見せられると苛立ちが募る。

 

『話を聞く限り、チュリネは優しい性質(たち)なのだろう?ただでさえ御主から助けてもらってばかりなのに、その上さらに自分を想って天候まで操ったと知れば、要らぬ罪悪感を抱えるやもしれん。真面目な者ほどそういう傾向にあるものだ』

『…そういうこともあるのかもな。分かった。恩着せがましくはしたくない、「日本晴れ」のことは黙っておく』

 

 ゲッコウガとしては、建前で語っている。この局所的な晴天とルチャブルとを関連付けられることを避けたい理由は、チュリネを慮ってのことではない。「日本晴れ」ができたのなら同じ要領で「雨乞い」も発動可能になるだろうし、都合よく天候を変えられると知られたら、狡猾なニャイキングが何事か画策を始めかねない。ルチャブルをいいように利用される可能性は潰しておかなければ。

 

 出かけた先でふたりが出会った、まではいいとして。そもそも、なぜルチャブルが雨の中を外出する必要があったのか。そのあたりの言い訳をルチャブルはうんうん唸って考えていたのだが、やがてお手上げだと言うように諸手を挙げた。

 

『ダメだ、思いつかない。…集落まで案内したかったが、ここは二手に分かれておかないか。集落の住民は皆雨を嫌って小屋の中に引きこもっていたから、俺が集落外に出たことには気付かれていないはずだ。今のうちに俺がこっそり戻れば…』

『…御主が外に出た事実もなかったことになる、か』

『それなら、「日本晴れ」の件もバレないだろ?』

 

 あとで合流することを約束し、ルチャブルは崖から集落めがけて滑空していった。飛び去るその姿を見送りながら、嗚呼ここから始まるんだな、と、ゲッコウガは改めて奮起する。今世でもふたりの物語を紡いでいくために、早くあの集落からルチャブルを解放してやろう。――必ず、この手に取り戻す。

 

***

 

『おまえの噂は耳にしたことがあるぜ』

 

 ニャイキングはゲッコウガのことを既に「評判の薬師」として認知していた。他の集落に住む知り合いから聞いたことがあるのだという。こうした噂だとか口コミだとかはなかなかどうして馬鹿にできない。これまでにも、前評判のよさゆえに、ゲッコウガは初めて訪れる里で歓迎された経験が何度かあった。過去の積み重ねがものを言うところである。

 

 常備薬を集落に譲る。栽培や加工が簡単な薬草の畑を集落内につくる。周辺の野山で採ってきた薬草は集落にも分ける。寝床と食糧は自分で確保する。これらの条件と引き換えに、ゲッコウガは滞在を許可された。不満はない。薬を分け与えることはもちろん、集落に常駐の薬師がいなくても立ち行くよう薬草の種や苗を与え、調薬の仕方を教えることは他の集落でもやってきたことだ。知識技能を惜しみなく開示することがゲッコウガの評判を盤石のものとし、現在の地位を築くことに繋がっている。今までの経験を踏まえればこの里で提示された条件は不利なものでもなんでもないし、疑われることなくあっさりと逗留の承諾を得られたのだから、首尾は上々と言えた。

 

 ゲッコウガは、己のひん曲がった性根を隠す術に長けているし、一端の薬師として擬態することも、物腰柔らかに振舞うことも造作ない。だから、どこに行こうがすぐに溶け込めるし、もてはやされる。

 不調を訴えてくるポケモンたちを安心させるために笑顔を貼りつけたまま向き合い、正確に診断し、効能と服用方法を説明しながら薬を渡す。集落の住民はもちろん、よその集落からやってきたポケモンも対象だ。食糧が貰える、薬も貰えるとあってますますポケモンたちの訪問が増え、集落は大繫盛。長たるニャイキングが満足するのは当然であったし、その立役者と認められ、ゲッコウガの待遇は日毎に良くなっていった。

 一週間近く滞在し、暮らしの中で集落の者たちと雑談していれば、自ずとそれぞれの関係性や集落内での立ち位置が見えてくる。まずニャイキングだが、彼は住民(ニャース)たちからたいそう慕われており、群れを率いての避難を完遂して山火事から逃れたことが今でも語り草となっている。頼れるリーダーというわけだ。そのニャイキングから一定の信頼を得ているため、ニャースらはゲッコウガにも親しげに接してくるし、『先生』などと呼びかける。彼らとの関係が良好であることは、チュリネの問題を解決するにあたって有利に働くはずなので、それはいいとして。

 腹立たしいのはルチャブルの扱いだ。

 集落の子どもを保護したことやタルップルの蜜の確保、編み組細工の伝授など、感謝されるべきことが明確にあるにもかかわらず、彼はまるきり無下にされている。果樹園での草むしり、木の実の収穫、壊れた柵の修繕、水汲み、集落内の清掃…どれもこれも「おまえらがやれよ」という雑用だが、それらを全てルチャブルに丸投げしていやがるのである。ここの連中は。ルチャブルの方も「居候の身だから」という理由でむしろ率先して作業にあたっているので、ゲッコウガは溜息をつくばかりだった。

 何かを引き受ける前に、一旦、問えばいい。『気付いたおまえがやればいいだろ』とか『頼る前にまずは自分でやってみたのか』とか。ルチャブルには、その間(ま)がない。手伝ってほしいと声をかけられたら迷わず頷いて、解決策を考え、実行に移す。逐一が迅速なのである。決断のはやさと行動力は称賛したいところではあるが、その所為で、集落の者たちがよりかかる楽を覚えてしまった感が否めない。「ただ働きさせても構わない」と軽んじられ、優しさを周囲に使い込まれている点でチュリネと共通しているのがまた何とも……。

 

『チュリネはこれからどうしたいんだ』と、ゲッコウガは問うたことがある。自分は薬師なのでチュリネの葉の効能に興味がある、とか何とか理由を適当にこさえてチュリネに近付き、話す時間を捻出したのだ。彼女は、硬い表情で、硬い声で、『この集落で生活していきます』と言った。ルチャブルに対する反応とはえらい違いだ。それはそうだろう、ゲッコウガとは互いに見知って幾ばくも経っていない。たとえ『ルチャブルから事情は聞いている』と前置きをしたところで、ルチャブルと同等の信頼を得られるわけではない。…つまり、チュリネにとってもまた、ルチャブルは特別らしい。『初めて私を気遣ってくださった御方だから』と話していた。ルチャブルを前にするチュリネは、あからさまに顔つきが柔らかくなって、ほんのりと頬を上気させて、乙女そのものの顔をする。あ゙ー…ほんとマジこの【自主規制】が。小さくてまるっこくて可愛らしくて、おまけに健気…いまどきこんなあざとい雌がいるか?絶滅危惧種じゃねえか。ルチャブルの中で庇護欲がわくのも無理からぬ話だった。しかし、ルチャブルがチュリネを助けようと懸命に駆けずり回ったところで、当のチュリネには救われたいという欲求が希薄なのだから、もう諦めるより他にないだろうと思う。

 

 ルチャブルのことを「初めて私を気遣ってくださった御方」だと認識しているのなら、逆に言えば「ルチャブル以外はクソ」も同然であり、だからこそ、「ルチャブルはずっとおまえの傍にいるわけじゃないんだぞ」「おまえのことをちらとも省みない連中とこの先も暮らしていくつもりなのか」ということを忠告しているのだが、チュリネは頑なに首を縦には振らない。

 

『ここの土と水は私によく馴染んでいるし、…果樹園以外にも、最近は薬草畑の管理を任されているので。自分に役割があることは、嬉しいことですから』

 

 優等生らしい発言。そこに付随する微笑。笑い方が痛々しく見えることに、彼女自身は気付いていないのだろう。

 別に、ゲッコウガは、薬草畑を作ったことでチュリネの負担を増やすつもりはなかった。果樹園と同じく、薬草畑も集落の共有財産にすればいいと思って耕したのだ。そもそもの話、果樹園や薬草畑の管理はチュリネでなくともできる。できてしまう。作業は他の住民と分担すればいい。…そう指摘すれば、彼女の意欲に水を差すのだろう。おまえが可哀想だから何とかしてやりたいと言えば、それは傲慢だ。チュリネへの侮辱だ。

 

 だから、こいつはここに遠慮なく捨てていけばいい。

 

 それらしい理屈をこねて、ゲッコウガは結論付ける。

 ――ルチャブル。心置きなくチュリネと別れよう。助けを必要としていない相手にいくら手を差し伸べようが無駄なのだから。

 

 

『この集落に滞在して以降、チュリネを観察してきたわけだが…そろそろ、以前話した「気がかりなこと」について御主と考えを共にしておこうと思う』

 

 

 ――夜。

 温かな夜風が草をなびかせ、熟れた木の実の香りを運ぶ。夜更けの楽しみは、皆が寝静まる中、池のほとりで交わすルチャブルとの談笑。その日の労働について互いに労って、他愛ない話をして、アウェイ同士明日も頑張ろうと励まし合う。ふたりがチュリネのために水面下で動いているという秘密の共有と、気安くいられるささやかな時間の共有によって、ルチャブルは随分とゲッコウガに心を開いてくれていた。地道に、そして誠実に接していけばルチャブルは必ず応えてくれる。この調子で今後もルチャブルからの信頼を勝ち得ていこうという思いを新たにしつつ、ゲッコウガはいかにも深刻そうに聞こえる声を出した。

 

『拙者が危惧していた「気がかりなこと」とは、木の実の異常な成長速度とチュリネとの関係でござる。…おそらく、果樹を活性化させるためにチュリネが用いている方法は「己の生命エネルギーの譲渡」だ。実際に集落で過ごし、間近でチュリネの行動を見てきた中で得られた推測…、的外れではないと思っている』

『…生命エネルギーって、…そんな…』

 

 ルチャブルの驚愕は、尤も。どうやら彼は、「チュリネが草タイプで果樹栽培に長けているから木の実がよく実るのだ」と考えていたようだから。草タイプと大別されるからには、当然、植物との親和性は高い。だが、草タイプのポケモンだからといって、その全てが作物の生育に有利な能力を備えているわけではない。チュリネもそう、植物を積極的に育てていくような生態ではないし、むしろ自分が植物として育っていくことを優先しているからこそきれいな土や水を求めて移動するのである。木の実の収穫量が増えるように働きかけること自体が、本来のチュリネの生き方に合っていない。

 

『この集落の者たちは、山火事から救った恩を振りかざし、チュリネに果樹の管理を迫った。彼女は断り切れず、成果を出すために無茶をする羽目になったのでござろう』

 

 チュリネが華奢で、儚げな容姿でいることもまた、彼女の無理を裏付けている。彼女の葉は、抜け落ちても、毟られても、切られても、すぐに生えてくるものなので、この集落で定期的に摘み取られても大した支障は出ない。それどころか、頭部の葉をトリミングされると、葉の方に栄養を摂られ過ぎないで済むので丸々とした立派な姿に育っていくはずなのだ。にも関わらずチュリネの回復が追いつかないのは、光合成不足が原因ではなく、命を削っている所為だろう。

 

『草タイプのポケモンの多くが「成長」という技を使える。本来は自分自身を急激に成長させて能力を増強する技だが、そのエネルギーの対象を自身ではなく果樹にして譲渡することで、強制的に実をつける力を強化していたのだと思う』

『もし、それが事実なら…チュリネはすぐにここから出ていくべきだ…』

 

 ゲッコウガの話を聞くルチャブルは、微かに声を震わせながら、膝の上で握りこぶしをぎゅっと固めている。過労で片付けるだけでは済まない仮説が提示されたことで、チュリネを案じ、理不尽に憤っていることは明らかだった。

 

『…落ち着け、ルチャブル。拙者とて概ね御主には同感だが、あくまでも身の振り方を決めるのはチュリネ自身でござる』

 

 そして、チュリネがここに留まる気でいることをルチャブルに報告しておく。ここで「知ったことか」と「俺が現状を気にくわないからチュリネを救い出すんだ」と言い放てるような尊大は、ルチャブルの中にはない。何度親身になって語りかけようが終ぞ説得できなかったチュリネを想い、視線を伏せるだけだ。

 チュリネがいかにルチャブルに心を許していようと、彼からの言葉が響くかどうかは別問題。意のままに操ることはできない。何より、相手は植物寄りのポケモンだ。鳥獣の身であるゲッコウガやルチャブルでは理解の及ばない部分もあろう。

 

『そう気落ちするな。御主のおかげで、チュリネを取り巻く環境自体は改善できているはずだ』

 

 チュリネに与えられた役割は複数あった。いずれも、草タイプのポケモンとしての能力と、頭部の葉が持つ効能を当てにしたものばかりだ。

 だが、今では、木の実を過剰生産しなくても済むように代替食糧としてタルップルの蜜を譲り受けることが可能となっている。

 茶葉に関しても、ゲッコウガが薬草採取ついでにヤナップをスカウトしたので、チュリネからは葉を摘み取る必要がなくなった。ヤナップの葉にも、疲労回復の効果がある。今後は、ヤナップに茶葉の提供を頼めばいい。

 チュリネの葉は、他にも虫除けに使われていたのだが、代わりにグルトンが虫除けを引き受けてくれたので、この点でも、チュリネの葉に手を出す理由はなくなった。

 

『残るは果樹園…と、薬草畑の管理だ。チュリネは自己を犠牲にしてでも集落内における役割を欲しているようだから、管理者からはずすことはできないだろうな』

『だが、植物を育てようとしたらチュリネの命が…!』

『…そうだな。何の対策もないままチュリネが管理を続けていけば、いずれチュリネの生命エネルギーは枯渇する。

 だから、…植物に働きかける力そのものを向上させて、根本的な負担軽減を図るしかない』

『……、…そうか!進化だな!』

『御名答』

 

 既に、進化という選択肢についてはチュリネに打診してある。

 自分自身が進化できる可能性について、チュリネは喜ぶどころか懐疑的な様子ではあったものの、『進化は憧れです』と胸の内を明かした。

 

『チュリネに生まれついた者は、誰しも花を咲かせることを夢に見ます。特に私は、大輪の花で頂(いただき)を飾っていた姉様の美しさをこの目で見ているので』

 

 進化自体には前向きな考え方をしているようだから、そのお膳立てをしても問題はないだろう。

 世話を焼いてやるのも、これが最後だ。チュリネの進化を見届けたら、それを以て引き際とし、この集落から出立することをルチャブルと打ち合わせた。

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