ルチャブルは「編み組細工の材料を採りにいくため」、ゲッコウガは「薬草を採りにいくため」、各々が理由を設定して集落の外へ出た。無論、示し合わせた外出である。出かける用向きもありふれた内容だったため、幸い、集落の者たちには誰からも怪しまれずに済んだ。
連れ立って森を歩いていくその道中、表向きとはいえ「採取」を理由にしている以上は手ぶらで戻れず、ひとまず素材集めをしながら進んでいるが、ふたりの本来の目的は別にある。
チュリネを進化させるために必要なもの――太陽の石をみつけることが、本日最大のミッションだ。
とはいえ、ルチャブルは今のところゲッコウガの後をついていくだけ。太陽の石が必要になることを教えてくれたのも、その在り処に心当たりがあると言って連れ出してくれたのも、ゲッコウガだった。
『…このまま南に進むと、岩石地帯が出てくる。そこに棲みついているソルロックには貸しがあってな』
ゲッコウガの話によると、ソルロックは岩タイプを複合しているためか、植物を用いた薬よりも鉱石を用いた薬の方が効きがいいらしい。かつてゲッコウガはソルロックに「石膏」という解熱作用のある鉱石を譲ったことがあるそうで、たいそう喜ばれたのだとか。礼として「困ったことがあればいつでも助けになる」とソルロック側が申し出てきたとのこと。『今こそ履行してもらうでござるよ』とゲッコウガは悪戯っぽく笑った。
『共に太陽と関連するためか、昔から「太陽の石についてはソルロックに聞け」と言われている。所持している可能性だってあるから、上手くいけば譲ってもらえるかもしれん。…仮に現物がなくとも、エスパーの力で、どこにあるのか占ってくれるだろうしな』
少し休憩しよう。
そう言って、ゲッコウガは樹の根元に腰をおろし、ルチャブルにも座るよう促してきた。そのうえ、ゲッコウガは水の入った竹筒と干し肉をルチャブルに手渡してくる。『最近は集落でせわしなく働いていたし、狩りにいけていないだろう?』と、爽やかに笑って、何ら押しつけがましくなく親切にしてくれた。狩りについては密かな悩みだったので、こうして肉を分けてもらえたのはありがたいばかりだ。よく見ているし、よく気付くし、こいつは本当に
世の中は、すっかり、春爛漫といった風情だ。皆が待ち望んだ季節が到来している。暖かな日差しを受けて柔らかな草が芽吹き、色鮮やかな花々が咲き乱れ、飢えしのぎにはもってこいの山菜やきのこがそこかしこに生えている。野生の木の実も熟れつつある。冬の間に隠れ潜んでいたポケモンたちが腹いっぱいになろうと一斉に飛び出して、森の中は大いに賑わっていた。山笑うとはよく言ったもので、山中いたるところが明るく浮かれた雰囲気に包まれている。
草木の生命力がみなぎって表に出てくる季節なので、ルチャブルとゲッコウガそれぞれの素材集めも楽だった。ゲッコウガが持ってきていた竹笊の中には、春の薬草が入れられている。彼は薬草を摘む際、一つ一つの名と効能をルチャブルに教えてくれた。
『これは、ハハコグサ。咳やのどの腫れに効く。前に話したオウレンは覚えているか?この見過ごしそうなほど小さな白い花がそうだ。この根茎を胃腸薬として使う。すこぶる苦いが、まあ、良薬は口に苦しだな。…ああ、サクラも採るぞ。樹皮に薬効があって…』
ゲッコウガの声は穏やかで心地よく、いつまでも耳を傾けていたくなる。話が上手いからどんな話題だろうと楽しく盛り上げてくれるし、言葉選びも聞き手への配慮があるために決して不快にならない。薬草のこともそう、どうせ話したって分からないと素人相手に侮ることなく、優しく易しく語って聞かせる。おかげで、ルチャブルも少しばかり薬草のことに興味を持ち始めていたし、雑談交じりに教えてもらった知識を覚えておけば今後の旅で役立つときがくるだろう。
『専門家に言うことじゃないだろうが、…それでも、いつもながらおまえの知識量には圧倒されるな。集落でもおまえのおかげで健康を取り戻したポケモンは多いし、皆に感謝されてるおまえをみてると、…眩しいなって思う。周りから頼られてどんなに忙しくても嫌な顔一つしないし、…そんな中で俺の相談にものってくれて、一緒になってチュリネのことを考えてくれて、今もこうして解決に向かってリードしてくれてるだろ。…本当に心強く思ってるんだ。尊敬してる』
チュリネがドレディアへと無事に進化したところを見届けたら、集落を去ろうと決めている。その前に、ゲッコウガに対する感謝の気持ちをきちんと言葉にしておきたかった。
気の利いた言い回しはできなかったが、ゲッコウガはルチャブルの想いを受けとめてくれたようだ。彼の顔に笑みが浮かんだ。思わず見惚れてしまうほどの、それはそれは美しい笑い方で、…ルチャブルは己の頬が熱を持ったことを自覚した。ゲッコウガが助けてきた集落は、ポケモンは、数多いだろう。礼を告げられることには慣れているはず。だのに、今、ルチャブルに向けて、あまりに嬉しそうに、幸せそうに、――…ゲッコウガの心に灯る明かりが内側からきらきらとこぼれてくるみたいに、笑う、から。…自惚れたくはないのに、なんだかゲッコウガから特別扱いをされた気がして、ルチャブルは狼狽えてしまうのだった。
***
岩石地帯にふよりと浮かぶソルロックは、夏を待たずに咲きだした向日葵のように見えた。先触れなく訪れたふたりに対し、ソルロックは無表情だったが、ゲッコウガの方に顔を向けながら『久しいな』と言う声に少なくとも怒りは含まれていなかったため、迎え入れるつもりではあるようだ。太陽光を吸収して発熱しているのか、ソルロックに近付けば近付くほどに熱く、じんわりと汗ばんでいく。
『太陽の石だな。あるぞ』
用件を切り出す前から言い当てられたばかりが、近場の岩の上には既に太陽の石が置かれ、万全の状態で用意されている。初めて目にするその石は、ソルロックをそのまま小さくしたような形をしており、「太陽」と名のつく通りに赤々と光を放っていた。
ルチャブルとしては、ゲッコウガと顔を見合わせて『ついてたな』と笑いたいところだったが、戸惑いの方が勝った。おそらくはエスパー能力で未来視をしたか、こちらの心を読んだか。いずれにせよ、完璧な先回りだ。こういう何もかも見透かしてくるようなエスパータイプの言動が、ルチャブルはどうにも慣れなかった。ルチャブル自身が実直な格闘タイプで、エスパータイプと元からそりが合わないということも一因かもしれない。
一方のゲッコウガはやはり物怖じせず、対応がスマートで、ソルロックに『さすが話が早い』と笑いかけている。
『足を運んだ甲斐があったでござる』
『おまえの助けになると約束した』
『そうだな。その義理堅さをありがたく受けとめるとしよう』
『石の中に封じられている神秘の力は、チュリネと呼応し、彼女に
この石をチュリネに使う予定であることを知られている点についても、相手が相手なだけに驚くだけ無駄だろう。それよりも、聞き捨てならないのが『惚れるな』との忠告だ。いくらなんでもそこまで軽率なことは…とルチャブルが言いかけたものの、ソルロックは戒めるように赤い目を細める。
『花を咲かせたばかりのドレディアは、しばらく色恋沙汰とは無縁の方がよかろう。なにせ、彼女らの花は、雄と番った途端に枯れてしまうのだからな。
己の美を堪能し、周囲から存分に愛でられ、…咲かせた花を手放すのはその後からでも遅くはない』
思いがけない事実に触れ、ルチャブルは絶句する。
同時に、己の無知を痛感させられた。「ものを知らない」とジャラランガから指摘されたあの日から何も変わっていないじゃないかと恥じ入る気持ちまで湧き、ルチャブル自身を打ちのめした。
チュリネが進化するポケモンであること、進化後はドレディアと呼ばれる種族になること、…知っていたのはそれだけだ。彼女の進化には特別な石が必要となることも、進化した後に彼女がどのような姿になるのかも、その意味も、知らなかった。深く考えずにいた。そして、話を聞き及んでやっと「チュリネが進化すると、頭部から葉が抜け落ちて代わりに花が咲く」という程度にはとどまらない劇的な変貌を遂げることを察したのだ。このザマでチュリネの助けになりたいなどとほざいていた自分が情けなくて仕方なかった。
…それでも。それでも、憧れていたというその美しさを手に入れたなら、きっと、彼女自身の心の拠り所になると思ったのだ。
進化の件について、ニャイキングはもちろん集落の者には伝えていない。「進化によってドレディアが力を手に入れれば、御すことが難しくなる」などと渋られる前に進化に踏み切りたかった。味方の少ないあの集落で今後も暮らすというのなら、せめて、誰にも奪われない彼女だけのものを持っていてほしかった。
だから――…チュリネが進化したら、寿ぐことに徹しよう。もし、美しく成長した彼女に不可抗力で心奪われてしまったとしても、必ずや未練を断ちきって当初の予定通りに集落を去ろう。そう、固く決意した。
ゲッコウガもソルロックからの言葉を聞き入れ、『心しておこう』と自戒を露わに神妙な顔をしている。
『…だが、進化そのものは祝いたいところだな。美しさゆえに好かれやすいというのは周囲との関係作りの上でも有利な性質だ。それに、咲かせた花から漂う香りは極上のもので、嗅いだ者に癒しと安らぎを与えると聞く。集落の者との関係も良い方へ変わっていくかもしれん』
ゲッコウガの言葉には説得力があり、気持ちを前向きにさせてくれる。彼の言動が自信に満ちているのは、それを支える知識と経験があるためだ。ルチャブルの及ばないところだ。比較するだけ自分が惨めだったが、しかし、彼がいてくれたからこそ物事がうまく進んでいる。今はただ、その存在自体が頼もしかった。
『おまえたちは、また近いうちに私を訪ねることになる。遠慮なく頼るがいい』
別れ際というときに意味深なことを口にするソルロック。妙に確信めいているところがまた、エスパータイプらしいというか。どんな未来を見通したのか詳細を聞きたかったが、復路の距離を考えれば、そろそろ出発しなければならなかった。これから帰路に就かねば日暮れ前に集落に辿り着けない。無事に太陽の石を入手した今、夜道を歩くような危険は冒せなかった。
いずれ再訪する流れができているというのなら、何も言うまい。抗うまい。そのまま身を任せよう――…どこか冠羽を引かれる思いを抱えながらも、ルチャブルは岩石地帯をあとにした。
【 補足 】
① 太陽の石を入手するにあたって
(低確率ではあるものの)野生のソルロックが太陽の石を所持しているのは公式の設定です。
② ルチャブルの後悔
ルチャブルなりに最善の方法を模索し、チュリネを取り巻く状況改善に尽くしているのですが、彼自身は「自分にもっと知識があればチュリネにもよりよい対応ができたはず」と考え、己の無知を恥じています。
ゲッコウガと交流していく中で、彼の博識と助言を尊敬するようになったのも、自分にないものに惹かれた結果です。