※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第十話:ゲッコウガ/ルチャブル

 念願のふたり旅が始まり、ゲッコウガの喜びようはそらァもうすさまじかった。もちろん、まだ素のキャラを出せないので心の中だけで狂喜乱舞するにとどめてはいるのだが、『尊敬してる、だって!』と昨日の遣り取りを反芻するたびに、『ルチャブルから「もっと一緒にいたい」って言われちゃった…ッ!』と思い出すたびに、無数の「♡」が花吹雪の様相を呈して胸の内を埋めつくす。少しでも油断すると顔がしまりのないにやけ面になるので、凛々しい表情の維持に苦労した。

 

 実際のところルチャブルからの好感度相当高いと思ってんですけどいかがでしょうかね!!?と、この蛙はだいぶ浮かれポンチになっている。あの集落で過ごしていたときから親密になれるよう努力はしてきたし、その甲斐あって話しかけたら嬉しそうにするし、…何なら、拙者を見て頬を染めたことだって一度や二度じゃなかった気が…!などとニコニコしながら隣を歩くルチャブルを見遣り――…そして、はたと気付くのである。

 

 待て。待て待て待て。ホントに赤いな?

 この顔の赤みはアレだ、ダメなやつだろ。頬を染めるどころじゃねえや。

 ルチャブルの額に触れると、予想通りに、平熱を過ぎた体温を感知する。『体調がすぐれないようだな』と確認すると、ルチャブルは黙りこくって、これから叱られる幼子のようにしょんぼりと俯いた。

 

『いつからだ』

 

 不安にさせぬよう、ゲッコウガは穏やかな声を紡ぐ。ルチャブル以外には決して見せることのない柔和な表情で、尋ねる。すると、彼は観念したように『休憩の後くらいから…』と呟いた。

 水分補給を兼ねて休み、ついでに近くの沢で竹筒の中身を補充した。そのときのことを言っているのなら、今に至るまで随分と時間が経っている。自分が浮ついていた所為でルチャブルの不調を放置したまま歩き続けたということだ。恥じ入るよりほかにない。

 

『気付くのが遅れた。すまない』

 

 詫びると、ルチャブルは慌てて顔を上げ『俺が相談しなかったのがいけないんだ』と自分を責めた。

 

『せっかく旅の仲間を得たのに、…初っ端から迷惑をかけたくなかった。そのうちマシになると思ってたんだ。でも…』

 

 結局心配させてしまった、と、ルチャブルが涙ぐむ。発熱のために目が潤んでそう見えるだけだ。しかし、頬の赤みと涙目、いつになく弱々しいルチャブルの姿には、こう、ぞくぞくとくるような愛らしさがあるというか、扇情的で――…いかんいかんとゲッコウガは心の中でかぶりを振る。欲情しとる場合か。それより問診だろ、問診。

 いくつか問いかけて判明したのは以下の通り。痛みを伴う自覚症状なし、吐き気なし、鼻腔や口腔も確認したが炎症は起こっていなかった。ルチャブルが強く知覚しているのは倦怠感と熱感…、ゲッコウガはニャイキングの集落で多くの体調不良者を診てきたが、幸いと言おうか感染症の類に罹患している者はいなかったし、ゲッコウガ経由でルチャブルが病にかかった可能性も低いはずだ。

 

『…おそらく心因性の発熱だろうな』

『心因性…?』

『早い話が、ストレスに起因する発熱だ。…ルチャブルはドレディアを気にかけ、彼女のために奔走する日々が続いていただろう?それ以外に、集落内の労働も引き受けていたしな。だが、今となっては状況が一変した。ドレディアが無事に自由を手にしたところを見届けたことで、張り詰めていた精神が弛緩し、それに併せて蓄積されていた疲労が一気に祟ったのだと思う』

『そうか…思ってる以上に俺はやわだったんだな…』

『そういう自責はよくないぞ。無理なときはどうやったって無理なんだし、というか、むしろ御主がタフであるがゆえに頑張りすぎていて、結果、今回の揺り戻しがきたと考えるべきだ』

 

 急ぐ旅路でもない。今日はもう切り上げて、早く小鳥を休ませよう。

 日暮れで周囲が暗くなる前に焚き火用の枝を集めておきたいし、薬の確認もしなければ。ゲッコウガは素早く周辺を見回して適当な樹を選ぶ。根本の草を水刀で刈って横たわる場所を確保し、ルチャブルに休養を促した。

 

 

+++++

 

 

 もっと先へ進めたはずが自分の所為で足止めとなってしまい、残念に思う一方、気にせず休めと言ってもらえたのはありがたかった。こうして横になるだけで、随分と楽になる。

 

 ルチャブルが休むその傍らで、ゲッコウガはせっせと枝や石をかき集め、組み合わせ、瞬く間にかまどらしきものをこしらえる。石を積み上げただけの簡素な作りであったが、煮炊きする程度なら十分に機能するように思われた。

 

『こうしておけば、裸火と比べて風にあおられても火の粉が散りにくいからな』

 

 そう言いながら火打石と火打金を巧みに使って火をつけ、かまどの上に水の入った小さな鉄鍋を置く。火打金も鉄鍋も、鍛冶を得意とする集落から薬草の返礼として貰い受けたのだという。

 

『すぐにでも薬を服用してもらいたいところだが、空きっ腹では胃腸への負担も大きくなる。まずは何かしら腹に入れておこう』

 

 乾飯(ほしいい)に、刻んだ干し肉、ネマシュのカサ、キョジオーンの塩…柳行李から取り出された材料が次々と鍋に投入されていく。

 

『…すごいな。おまえ、料理ができるのか』

『料理なんて呼べるような代物ではないさ。いま見た通り、有り合わせのものを一緒くたにして煮るだけだしな』

 

 調理の手間を厭うどころか楽しみを見出す料理好きのポケモンは、意外に多い。彼らによって拓かれたグルメな里もあるらしいが、噂に聞くだけで実際に訪れたことはない。ルチャブル自身、乾物や塩漬けなど保存がきくよう加工されたものを食べたことはあるが、加熱処理がなされた料理となると、それは縁のないものだった。木の実にせよ獲物の血肉にせよ大体が生食で事足りるので、自分で料理を作るという発想もなかった。調理道具を握ったことすらないルチャブルにとって、また一つ、ゲッコウガへの憧憬が募る。

 

 沸騰を始めた鍋の中身をぐるりと一度掻き混ぜて、あとは、しばらく放置。勝手に出来上がるという。食材それぞれが鍋の中で馴染むのを待つ間、ゲッコウガはルチャブルの前で小瓶を見せた。彼の話によると、オウセイの蜜漬けとやらが入っているらしい。

 

『ナルコユリの根茎を黄精(オウセイ)という。効能は滋養強壮だ』

『蜜漬けにしても効果があるのか…甘い薬があるとはな…』

『黄精自体の味が良いからそのまま齧っても構わないんだが、蜜漬けにしておいた方が日持ちもするし、口にするときの抵抗感も薄まる。食後に食おう』

『…悪い。大事な商売道具まで使わせて…』

『何を言う。薬は使うべきところで使うものだ。消費を惜しんだって意味がない』

 

 体調不良のさなかは心細くなりがちだが、そうした中で、ゲッコウガからかけられる優しい声音はしみいるようだった。

 

『御主が「尊敬している」と言ってくれたこの蛙は、体調を崩した者を前にしてどうすると思う?ろくな看病もせず、寝ておけと指示するだけだろうか』

『…そんなことはない。きっと、おまえは、診察して、調薬して、…自分にできることを精一杯やって…』

『そうだ。だから、拙者はきっちりと御主に向き合うでござる。罪悪感を持つよりも、仲間に薬師がいることに安心感を持ってほしいでござるよ』

 

 夕闇が迫り、周囲は薄暗くなっていた。かまどの炎がいっそう煌々として見える。炎の灯りに柔らかく照らされるゲッコウガの目はいつもより暖色を帯びて見え、それは、彼の誠実な内面を表すかのような色合いだった。

 未だに熱っぽい。身体が重たい。それなのに、当初の狼狽は嘘のように消えている。自分が弱っているときに寄り添ってもらえること、誰かにとっての優先順位の一番目に自分がいること、どちらも嬉しくて、ルチャブルの心は安らいでいた。

 

 ふたりで遣り取りをするうちに、いつしか、気怠さを撥ね退けて食欲を呼び覚ますような匂いが漂っている。嗅ぐと、途端に、腹が減っていることに気付かされる。『頃合いだな』と言って、ゲッコウガは慣れた手つきで椀に夕餉をよそってくれた。

 

『召し上がれ』

 

 上体を起こして、匙と共に椀を受け取る。自分のために作られた初めての料理が感慨深くて、湯気が立ちのぼる中身をじっと見つめた。

 これから、一口また一口と食べていくごとに、ゲッコウガの思い遣りを味わうことになるだろう。腹も心も満たされて、一晩眠れば、明日には元気を取りしているはずだ。ゲッコウガの食事も薬も、よく効くに違いないのだから。

 

 掬って、口へ運んで。口内に広がるのは、心身の強張りをゆるりとほどくような温とさと、食材それぞれの栄養が溶け合う滋味深さ。『美味い』と率直な感想を述べたときに相手から返ってくる微笑み――…実に和やかだった。自分が体調を崩していることをうっかり忘れてしまいそうになるほど、心ときめくひとときだった。




【 補足 】
① ルチャブルを寝かせる際、ゲッコウガの道中合羽を畳んで丸め、枕代わりにしています。ゲコガシラのときに着用していた合羽も、いずれルチャブルに譲るつもりで大事に保管してあり、今回は掛布団として使用しました(→ その後、ルチャブルがお下がりの合羽を着用していく流れ)。
 ちなみに、三度笠に関しては、後々ルチャブルがゲッコウガのものを参考に見様見真似で編みます。


② 消化にいいものを選択した結果、この日の夕食は雑炊です。キノコや肉の旨味成分が溶けているので、特別なことをしなくても煮込むだけで普通に美味しい。加え、調味料として使われたキョジオーンの塩が疲労回復を早めてくれます。
 ルチャブルを気遣って肉を入れているものの、やはり生の血肉や臓物を喰らうのが猛禽としてはベストであることも分かっているので、体調がよくなったら狩りを再開するようルチャブルに勧めるゲッコウガなのでした。


③ ゲッコウガが所持している小鍋は、とあるポケモンのお手製。かつて人間たちが使っていたような整った形はしておらず、一枚の金属板を叩いてそれらしく成形しただけの、素朴なものです。側面は叩いた痕そのままに凹凸が目立ちます。
 椀は木の実の種子の殻で作ったもの、匙はゲッコウガがその場で枝を削って作った即席のものです。


④ ゲッコウガもルチャブルと同様「食えればいい」「腹が満たせればいい」と考えるタイプで、食に対する関心は大して高くないです。しかし、食材を調理した方が断然うまいということは理解しているため、「いつかルチャブルと再会したら美味しいものを食べさせてやろう」という想いを胸に料理の基礎を習得しました。
 ルチャブルは今回の看病食を境に、ことあるごとにゲッコウガから料理を振舞われたりお茶を淹れてもらったりして、がっちりと胃袋を掴まれていきます。そのうちにゲッコウガから教わりながら料理の手伝いをするようになったりして、ふたりでいちゃいちゃしながら食事の支度とかしてほしい。
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