プロローグ
「あ!起きてる!」
浮上していく意識に合わせ、ゆるりと瞼を開ける。すると、人間の声が鼓膜を揺すった。時が経つにつれぼやけた視界が少しずつクリアになり、両の
「やっぱり、赤ちゃんだもんね。眠ってる時間の方が長いもの。だから、あなたの目、いま初めて見ることができた」
おっきなおめめだね。吸い込まれちゃいそう。
女は目尻を下げ、シフォンケーキのようにふわりとした表情をつくる。
「綺麗な金色。おひさまみたい」
こんなふうに、女という生き物はものを大袈裟に言いがちだ。
確かに、世間一般のケロマツの目は薄黄色であるが、それを金色だ太陽だと表現するのは些か仰々しい。天に輝く黄金の日輪と見紛うほど美々しいものは、そう、例えばルチャブルの双眸で――…
…――ルチャブル?
俄かに胸騒ぎがした。その胸騒ぎは、ほとんど反射的に、ケロマツの視線を己の手元に向けさせた。
そこにあったものを認めたときのケロマツの感情は、驚愕などという一言で片づけられるものではなく、激しく彼を動揺させた。
吸盤のついた白い指先ではない。蛙の前脚ではない。目に飛び込んできたのは、小さくとも猛禽のものだと分からせるに十分な黄色い鉤爪と、手の動きに合わせて軽やかに動く緑の羽だった。翼だ。翻すと、翼の表は燃えるような紅蓮を纏っていて――インナーカラーを彷彿とさせる美麗な羽は、もう間違えようがない。ルチャブルしか持ちえない唯一無二の特徴だ。
若い女の部屋とくれば
ケロマツは、鏡の前に立った。
ルチャブルが、見返してきた。
幼いのは当然としても、既に成体の面影が濃い。恋焦がれてやまない、最愛の小鳥を生き写しにしたポケモンが、そこにいた。
「それがあなたの姿なんだよ。自分のことだって、分かるかな?」
背後から女がにこやかに話しかけ、追討ちをかける。
たまらず膝崩れを起こし、
こんな形で。
まさか、こんな形で愛しの我が運命と出会うことになろうとは誰が想像できただろう。
この世で産声をあげて、新たな生の幕を開けて、いつも通りに、ルチャブルを探すところから始まるのだとばかり思っていた。
ところが、今世では、
叶って、しまった。
こんな事態を望んでいたわけではない。
ルチャブルと恋がしたかった。ルチャブルを愛したかった。この手で抱きしめたかった、…それなのに。
ルチャブルと初めて出会った遥か昔の「あの日」から、ずっと一緒にいたいと願い続けた。それは事実だ。だからこうして奇跡のような転生を繰り返してきた。共に生きていきたい、寄り添っていたいと、…その想いに偽りはないがこんなふうに溶け合うのは望みに反している。おまえの美しさはおまえの心あってのものだった。いくらおまえが愛おしくても、おまえの美しさを羨んでも、取って代わろうだなんて思うものか。おまえの一生を奪うつもりなど毛頭なかったんだ!ルチャブル!
絶望。奈落の底に向かって沈んでいくような、
だが、しかし――…この肉体はルチャブルのものだ。ルチャブルそのものだ。どうして害することができるだろう。ならば、やはり、生きるよりほかにないのだ。この肉体を以て。ルチャブルへの愛ゆえに。
オレがこの身を慈しもう。
自ら育て、鍛え、あの彩鷹の誇りに恥じぬ者として生きていこう。あらん限りの幸福を与えよう。
振り向いた先では、
「改めて、挨拶しよっか。初めまして。私は、ユキ。あなたとはイチゴ畑で出会ったの」
仲良しになれたらいいな。
女は、そっと
「あなたのことも、イチゴみたいだなあって思ってたんだ。イチゴの花は白いし、葉っぱは緑、実は赤いでしょう?あなたも、おんなじ色を、全部持ってるよね。だから、あなたのこと、イチゴちゃんって呼ぼうと思って」
これからよろしくね、イチゴちゃん。
馴れ馴れしくするんじゃねえよ。本音では、そう思っている。たとえ親しげに差し伸べられた手であろうと、気にくわないならば躊躇いなく振りほどく冷淡が、ケロマツにはある。人間の言葉を喋れたなら、この場で「なにがイチゴちゃんだ冗談は顔だけにしておけよブス」などという罵倒を平然と言い放っていたところだ。
しかし、今やケロマツの価値観を基準にするわけにはいかない。ルチャブルとしての振舞いが課せられている。
ルチャブルなら、この女の優しさに誠実な態度で応える。与えられた名と、そこに込められた想いを大事にする。だから、