『阿呆蛙。朗報だぞ』
呼び止め方からしてこの品のなさだ。
次は右耳を刻んでやろうと密かに心に決め、耳障りな声の方へと視線を向ける。
『何だい生意気な目ェしやがって。せっかくルチャブルからの伝言を預かってきたのに』
『…おまえ、性懲りもなく…』
『どこで何をしようがあたしの勝手さ。で、聞くのかい。どうなんだ』
ここ最近は怒りの連発で確実に脳内血管がぶちぶちと千切れていることだろうと思う。今だってそうだ。憎たらしいので黙り込んでしまったが、意外なことに、ブラッキーは返事を待たずあっさりと『今夜来てくれってさ』と開示してきた。
無論鵜呑みにできるわけもなく、眉間にしわを寄せて訝しんでいると、奴は『ルチャブルからのおつかいはちゃんとこなさねェとな』と言って肩をすくめてみせる。
そして、「苦虫を嚙み潰したような」という表現のお手本のような顔をしながら、渋々と言い放った。
『おい。…いっぺんしか言わねェからよく聞きな』
ブラッキーは口から出まかせしか言わないという認識でいたのだが、このときばかりは、彼の声音と四散する空気とが、告げる内容の真実味を保証している。
『あの夜は、てめェみたいなバカのどこがいいのか訊いてたんだ。興味本位でな。したら、さっきのことさ、あちらさん何て答えたと思う』
嘲りがまぶされた薄汚い口調なのに、そこにはほんの少しだけ、…信じがたいことに、小さじ一杯分の誠意が混ざっていた。
それがゆえ、話してくる相手がブラッキーなのに、思わず耳をすませてしまったことが悔しい。
『何がいいのか分からんが、とにかく、…てめェと一緒にいると幸せなんだとよ』
しん、と静寂が降りた。
この場にいたのがふたりだけであったことは抜きにしても、御庭番の詰所でこんなにも穏やかな静けさが広がるのは、異様なことだった。
『まるで関係ねェあたし相手だからこその打ち明け話、ってやつだ。よかったなァ、ゲッコウガ。あたしを殺してたら聞けなかった胸中だと思うぜ』
しきりに口元を前脚でこすって、ブラッキーは苦笑を漏らす。
『あたしの口はルチャブルとは違う。…今更きれいなもんを紡ごうとしたところで、糸車が壊れてちゃァな。慣れねェこと言った所為で、舌が痒くっていけねェ』
じゃ、確かに伝えたぞ。
吐き捨てるように言って背を向けたのは、おそらく、虚栄と誤魔化しを兼ねてのことなのだろう。
…これしきのことで、ゲッコウガの中におけるブラッキーの株が上がることはない。結局のところゴミはゴミでしかなく、奴自体に関しては何とも思わないが、…どこに出しても恥しかないろくでなしに嘘を言わせなかったルチャブルに対してのみ、惚れ惚れして『流石だ』と感心する忍蛙である。