※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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【 注意 】
 モブ♂×ルチャ♀描写があります。閲覧は自己責任でお願いします。
 推しがバツイチ設定なんて無理!という御方もいらっしゃることでしょう。どうぞ無理をなさらず。


春のかたみ:②

 ルチャブルを力強く抱き寄せたその腕は筋肉質で、てのひらは大きくて、どうしようもなく「雄」を感じる。

 彼の上気した頬、滴り落ちる汗、荒くなった息。力を尽くしてルチャブルのところまで来たことは十二分に伝わり、自分のためにこれほど真剣になってくれた存在を前にして、どうして胸が高鳴らずにいられよう。

 番になってほしいと乞うてくる彼の顔は、間近で見ても寸分の狂いもない美しさで、きっと創造神(アルセウス)が手掛けた最高傑作に違いない。今まで生きてきた中で、美しいと感じるものはたくさん見てきたつもりだけれど、こんなにも「端正」という言葉が似合う存在には出会ったことがなかった。桜の花を思わせる儚げな色彩の双眸で見つめられると、身も心も吸い込まれてしまいそうだった。

 

『河岸(かし)を変えよう。この場は騒々しい。他の連中の争いに巻き込まれてもつまらんからな』

 

 ルチャブルを横抱きにして、蛙の面目躍如といおうか、彼は地を蹴って再び見事な跳躍をみせた。ふと下を見遣れば、ナットレイの上に腰掛けたキノガッサが手を振ってくれている(もう相手を尻に敷いているのだからさすがの一言だ)。ルチャブルも笑顔で手を振り返し、その後は、おとなしく彼の腕の中におさまり続けた。鳥とはいえルチャブルにも相応の筋肉があり、結構な重量があるはずなのだが、彼は物ともせず跳んでいく。その素晴らしい脚力に感嘆するばかりだった。

 

***

 

 森の端に辿り着いたところで、彼はルチャブルをそっとおろしてくれた。宴の間はどこへいっても誰かしら盛りあがっているのが常なのだが、このあたりまでくれば人里が近いこともあってかポケモンの姿は見えない。大々的な催しの真っ最中とは思えないほど周囲が静かなので、ようやく、自分が求愛を了承した相手に対して、落ち着いて向き合えた。

 

『改めまして、…私は、ルチャブル。よろしくね』

 

 岩の上に隣り合って座り、ルチャブルから口火を切る。

 

『あなたのことは、えっと、…何て呼んだらいいのかな。今まで、あなたみたいなポケモンと会ったことがなくて…』

『ゲッコウガでいい』

 

 拙者のことは、これから知ってくれ。控えめな一人称に変わったゲッコウガは優しくルチャブルの手を取り、静かに握る。その仕草一つとっても、温かな愛情が感じられた。繊細で壊れやすいものに触れるかのような恭しい手つきが、くすぐったかった。

 今更になって自己紹介をしている自分たちのことが、何だか可笑しい。否、ルチャブルにしてみれば、可笑しいというより自分に対する呆れた気持ちの方が勝るか。本当に、強さだけで判断して、ゲッコウガの求愛を受けたのだ。その事実が、この期に及んで恐ろしくなってくる。相手の種族を知らず、名を知らず、会ったこともない「未知」をまるで警戒せずに、雌の本能が「強い雄」に魅了されて容易く屈した。誰もが羨むであろうゲッコウガの美貌や、蠱惑的な声音、紳士的な振舞いへの好感は後付けといっていい。

 だが、後付けだったにせよ、自分が咄嗟に選択したことは間違いではなかったと、ルチャブルは思う。抱きかかえられていたとき、ずっと彼の体臭が傍にあって、それは例えるなら山の奥深い場所で守られた河川の上流、清流を連想するような爽やかな匂いだった。

 

 ――そういえば。

 ゲッコウガに握られていないもう片方の手で、ゴスの実を持ったままだった。採ってから時間が経っているとは思えないほどに瑞々しい。一番甘い熟れ方をしていることは、既に香りで分かる。『一緒に食べよう』と提案すると、(自惚れかもしれないが)ゲッコウガは思わずこちらが照れてしまうほどの、愛おしそうな目つきを見せた。

 

『…そなたのために贈ったものだ』

『そうだね、ありがとう。あなたから給餌してもらえて嬉しい。ただ、…これが美味しいものだって分かるから、なおさら、ふたりではんぶんこできたらいいなって』

『ごく自然にそういうことを言える相手と番えて、拙者は幸せ者でござるな』

『そんな、…大袈裟だよ』

『大袈裟であるものか。惚れた雌からの親切だ、舞い上がるに決まっている』

 

 私の何を気に入って、こんなにも熱心に口説いてくれるのだろう。

 ふたりで木の実を分け合い、口に運びながら(やはり極上の味がした)、ルチャブルは気になっていたことを尋ねた。

 

『私に求愛してくれたとき、一目惚れって言ってたでしょう?あの、…申し訳ないんだけど、私には心当たりがないんだ。どこで会ったのかな』

『…ルチャブルが知らないのも無理はない。なにせ、当時のそなたは鍛錬に集中していたのだからな。拙者の一方的な片想いでござるよ』

 

 聞けば、ゲッコウガには定まった住処がなく、各地を放浪しながら生きてきたのだとか。様々なポケモンとの出会いや戦いを通じて、己の強さを追求することが旅の目的だと彼は打ち明けてくれた。研鑽の継続から得られたものの一端を、その発露を、今日、ルチャブルは目の当たりにしたことになる。

 

『旅の途中、この森に強者(つわもの)が集う修業の場があると教えてもらい、立ち寄ることにしたわけだが――…』

 

 そこで見かけたのが、ルチャブルだった。

 

『動きの正確さで、手練れだと確信した。それでいて、所作に驕ったところが全く見られない。真っすぐに格闘技に打ち込むそなたの姿が眩しかった。一朝一夕で身につくものではないと分かるからこそ、そなたが重ねてきたであろう努力にも感じ入った。この上なく魅力的に思えたんだ』

 

 できることならその場で求愛したかったが、他の雄から忠告された。この森では、むやみに異性には手を出せない。「モモンの宴」という嫁取りの場に参加して実力を見せろ、と。

 

『治めるポケモンが違えば、自ずと、森ごとに独自のしきたりができるものでござる。郷に入っては郷に従えというのなら、それに則って、正々堂々と求愛するまでのこと』

 

 ルチャブルの頑張りを認め、ルチャブルが大事に積み上げてきたものを、ゲッコウガは番選びの決定打としてくれた。そのことには、素直に喜びを覚える。

 だが、裏腹に、ルチャブルは少しずつ自分の身体が冷えていくのを感じていた。先程までは、素敵な雄に求められて高揚していたはずなのに。

 ゲッコウガは、間違いなく、出会うのも稀な優れた雄だ。仲を深めていけたらと思う、その反面、「強さを求めて競う相手を欲している」ことも、「定住をしない」という彼の生き方も、気がかりだった。以(・)前(・)の(・)番(・)の(・)相(・)手(・)と(・)同(・)じ(・)だ(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)だ(・)。

 

 

 ――ルチャブルは、元々は別の森に棲んでおり、今と大して変わらない生活を送っていた。日がな一日を修業に費やし、自己研鑽に励む。同じことを繰り返す単調な毎日。そこに起伏を与えてきたのが、修業仲間のウェーニバルである。彼もまた克己して鍛錬に励む身であり、格闘技と真摯に向き合っていた。特に蹴り技を得意とし、厳しい修業であれ厭うことなく打ち込んだ。稽古の一環で、互いに戦い合ったこともある。だが、鍛錬最中(さなか)の研ぎ澄まされた目つきも、ひとたび日常に戻れば柔和になり、普段の言動も明朗快活だった。ルチャブルの前で、いつまでも見飽きないような優雅な舞を度々披露してくれたし、それは実のところ、ウェーニバルからの好意の表明であった。ほどなくしてウェーニバルから求愛され、ルチャブルは彼からの情熱を受容れた。ウェーニバルのことが好きだったし、彼と共に築いた楽しい思い出がたくさんある。ウェーニバルからも大切にされ、確かに、ルチャブルは幸せだった。だが、ときめく番関係も、ルチャブルが産卵したことで終わりを迎えた。『これから君は子育てに専念しなければならなくなるね』とウェーニバルは残念そうな、…本当に残念そうな表情を見せた。

 

『僕は次の稽古相手を探しにいくよ』

 

 僕の卵を産んでくれてありがとう。元気でね。…一切の悪気なく、心の底から感謝の声音を紡いで、ウェーニバルはルチャブルのもとを去っていった。あまりの出来事に言葉を失って、ルチャブルはさようならの一言も言えず終いだった。ウェーニバルにとっては、対等に戦える相手であることや、切磋琢磨できる相手であることが最も重要だったのだと、このときになって初めて気が付いた。

 子孫を残すための都合のいい相手として、端からルチャブルを利用する心算(つもり)でいたのか。…いや、そんなはずはない。ウェーニバルは決して薄情ではない。そのことは共に過ごしたルチャブルこそがよくよく承知していたが、それでも、悲しみを抑えることはできなかった。

 ウェーニバルには、共に子育てをする気がなかった。それはルチャブルにとって最も大きな誤算だったといっていい。彼自身の価値観の問題なのか、「ウェーニバル」という種族の習性であるのか、ルチャブルには分からなかったけれど、少なくとも事前に尋ねるべきだったと反省することしかできない。「ルチャブル」には、一度番えばその相手と生涯を共にする習性があり、ウェーニバルもそうだろうと思い込んでいたのが間違いだったのだ。互いに鳥であろうと種族が違うのだから、育雛観も異なっていて当然だったのに。初めて自分の番を持てたことが嬉しくて、のぼせ上がってしまっていた。

 以降、ルチャブルは心細さにはらはらと涙を零しながら卵を抱いた。泣きながらも、自分がしっかりしなくてはと言い聞かせる日々を過ごした。だが、ルチャブルがいくら健気に振舞ったとて、自然界は個々の悲しみに寄り添うことも、配慮することもない。厳しく残酷だ。いつ終わるとも分からない抱卵の疲労、更には番を失った寂しさで心身が弱っていたところを狙われ、襲われ、ルチャブルはたった一つの大事な卵を盗まれてしまった。絶望という言葉すら生ぬるい、ひたすらの惨劇。深く傷つき、悲しみ、ルチャブルは打ちひしがれた。何の気力も湧かず、その頃の記憶は今でも曖昧でよく覚えていない。

 

 

 このままではいけないと思い、心機一転を図るために巣を離れた。あてどなく彷徨い、流れ着いたのが麗の森だった。

 モモンの宴のことを知っても、最初のうちは参加する気になれず、しかし、…やはり、どうしても母親になりたくて、あのとき守れなかった卵の分まで生まれてくる子を愛してあげたくて、今年は一歩を踏み出したのだ。

 ルチャブルの過去を知らないキノガッサは、とても無邪気に『モモンの宴の初参加同士、頑張ろうね』と励ましてくれた。事あるごとに彼女の優しさに助けられてきたから、キノガッサこそ、いい出会いがあるようにと祈っていたし、どうやら彼女は彼女で相手(ナットレイ)を見出したようなので、今となっては安堵している。

 

『あのね、ゲッコウガ。私、…あなたに、確認しないといけないことがあるの』

 

 もう同じ失敗はしたくない。

 もし、これから先の未来を添い遂げることができないのなら、どんなにゲッコウガが魅力的でも、…離れなければ。

 まだ、モモンの宴は終わっていない。今なら引き返せる。互いに、条件に合う相手を探しにいける。間に合うはずだ。

 

『私の種族は、一度番えば、その相手を変えずに暮らしていく習性があるの。それは私も例外じゃない。子育てだって、一緒にしてほしいって思ってる』

 

 本能的な行動様式は種族ごとに異なるものであり、根本から変えることは難しい。身を以て理解している。…理解している、けど。

 

『…前の相手とは、摺り合わせができてなかった。私が悪かったの。だから、…今度は、その、…交尾する前に訊かなきゃ、って…』

 

 ゲッコウガは、途中で遮ることなくルチャブルの声に耳を傾けてくれている。その誠実さに安心して、言いたいことを最後まで話すことができた。

 

『 あなたは、私の傍にずっといてくれる? 』

 

 相手が望まぬことを無理強いするのは、ルチャブルとしても本意ではない。断られることは勘定に入っている。それでも、一握りの希望を諦めきれなくて、ゲッコウガを見つめる目につい期待を込めてしまうのだった。




【 補足 】
・ルチャブルの卵を盗んだポケモンについて
 自分のヒナが獲物として他のポケモンに狩られ、悲しみに暮れていたとある母親が、衝動的にルチャブルの卵を盗んでしまいました。
 盗んだあと、我に返ったその母親は、子を喪う苦しみは誰よりも理解できたはずなのにと罪悪感に苛まれますが、直後に産声をあげたクワッスが可愛らしいあまりに母性を刺激され、手放せなくなり、そのまま育てます。
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