※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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春のかたみ:③

 どんな世界に転生しようと、ルチャブルとは必ず再会できる。会うべくして、会う。だから、ゲッコウガは焦らない。ただ、彼と出会うまでに自分がくたばってしまっては何の意味もないので、ルチャブルを探す旅の傍ら自身を鍛え直していくことも忘れなかった。いつもの流れだ、もう慣れている。

 四季が巡るにつれ、世界の装いは変わる。ルチャブルがいれば、その時々の風物詩を共に味わうことができた。しかし、やはり、彼が隣にいないと何もかもが褪せて見える。曖昧に感じる。生きていることを楽しめない。――嗚呼、いつもの自分を取り戻すためにもルチャブルに早く会いたい。抱きしめたい。そう思いながら、毎日を過ごす。

 いつぞやの前世では、ルチャブルとして生を受けて暮らしたこともあった。その経験からすると、今頃ルチャブルの背丈はこのくらいに伸びているだろうか。そんなことまで考えて、心を慰めていた。

 

「玉藻」と呼ばれる雌のキュウコン――…彼女の縄張りである麗の森には、治安の良さから多くのポケモンが棲みついているという。中でも、鍛錬に使える巨木や岩場が多いことから、他所と比べて格闘タイプの比率が高い…その評判を聞いたとき、ゲッコウガはすぐにピンときた。そこへ行けばルチャブルに会えると思ったのだ。ただの勘に過ぎない。しかし、はずれはしないという根拠のない自信があった。

 ようやく運命の時が…!

 胸を高鳴らせて麗の森を訪れたわけだが、ゲッコウガの前に立ちはだかるポケモンがいた。まさかの、森の主(キュウコン)直々の推参である。

 テレポートでもしてきたか、唐突に、目の前に現れた。断言できる。気配はなかった。徐々に近づいてきたのでもない。視界の中にいきなり映り込んできたのだ。

 肌がひりつくような、この威圧感。生き物として別格であると本能で理解させられる。畏敬で硬直するなんて可愛げなどゲッコウガにはない…とはいえ、ここで不遜な言動をとればキュウコンの機嫌を損ねる。ルチャブル探しを容認されないのはもっとまずい。よって、ゲッコウガはキュウコンを視認した瞬間、すぐさまその場に片膝をついて跪き、頭を垂れた。

 

『ほう。少しは礼儀を知っているとみえる。口を利いてよいぞ』

『…情けを賜り恐縮です。お初に御目にかかります。その麗しき御姿、神々しさ、…もしやこの森の主で有らせられますか』

『左様。おまえが強き者だと判断したからこそ、こうして妾(わらわ)が出向いてやったのだ。誇るといい』

『身に余る光栄でございます』

『おまえのような力ある余所者に森で勝手をされるのは迷惑なのでな。何をしにきた?心して答えよ。この妾に偽りを申せば最期、灼熱の火焔で骨の髄から焼き焦がしてくれよう』

 

 こういう「神秘性が売り」みたいな輩は、総じて、嘘を見抜く術に長けている。下手を打つと出禁になりそうだ、言葉は慎重に選ぼう。

 

『愚生、ゲッコウガと申します。自身の修業のため、競う相手を求めて旅をしている身です。麗の森には格闘タイプのポケモンが集い、切磋琢磨していると聞きました。実力者との手合わせを望み、力試しに訪れた次第です』

 

 しばしの沈黙が挟まる。視線を地に落としているためキュウコンの顔色を窺い知ることはできないが、今この瞬間にも彼女から値踏みされているだろうことは容易く想像がついた。

 

『誓って、お膝元を騒がすことはいたしません』

 

 言葉を重ね、慇懃な態度を保つ。

 すると、一言『立ち入りを許そう』と上から声をかけられ、ゲッコウガの目の端を光り輝く尾の先がかすめていった。立ち去ったのだと分かっても、尋常ならざる存在感が周囲から消えても、しばらくゲッコウガは動かなかった。ここで気を抜いて本性を出そうものならただの素人だ。そんな失態は犯さない。ルチャブルのためならば、他者にへりくだることなど痛くも痒くもないのだ。

 

 入森の許可は得た。

 首尾よく目的地にも到着できた。それはいいとして…。

 

 木の幹に張り手を繰り出すハリテヤマ、ひたすらジャブを打ち続けるマケンカニ、重量挙げの要領で丸太を鍛錬に活用するドッコラー、剣の舞で闘気を高めるネギガナイト…、挙げたポケモンはほんの一部だ。格闘タイプの見本市といってよいほどの有り様で、真面目な格闘家たちがあちらこちらで修業をしている。

 強者が強者を見出すのはよくあることだ。ゲッコウガの実力を見込む者は多く、彼らから度々声をかけられた。ルチャブル探しがゲッコウガの最優先とはいえ、キュウコンに告げた「力試し」を望む気持ちも確かにあったため、たとえ連戦になろうが挑まれた決闘(ケンカ)には全て受けて立った。思いがけず手強い対戦者もおり、久しぶりに本気を出せて戦えたことは率直に言って楽しく、満足感は大きかった。相手が繰り出してくる多種多様な戦法を身を以て体験できたことも予想外の収穫である。もっと自分は強くなれるという手応えも十分で、有意義であったことは間違いない。

 

『多撃必倒を信条としてきたが…水流連打の切り札を用いても倒せなかったのは貴殿が初めてだ。強いな』

 

 模擬戦を終え、基礎鍛錬場である岩場へ戻る道すがら、屈強なウーラオスが話しかけてくる。今日対戦した最後の相手であり、最も難敵だった。連戦の疲労など言い訳にならないことはゲッコウガ自身がよく分かっている。たとえ万全であったとしても、ウーラオスに競り勝てたかは大いに怪しい。終始余裕のない試合運びとなり、戦う間に幾度となく敗北を意識させられた挙句、模擬戦は決着がつかぬままに終わっている。偶然、試合場の下をモグリューが通過し、地下が空洞化したことでウーラオスの足場が一部崩落した(直後、慌てたようにモグリューが顔を覗かせたので犯人が知れた)。ウーラオスが足をとられて体勢を崩した時点で、ゲッコウガは模擬戦を中断したのだった。これを隙と見なして攻撃を仕掛けるような情けない真似はしたくなかった。不完全燃焼であるため、当然、ウーラオスから賛辞をもらったとて清々しさはない。

 ウーラオスは、しばらくこの森に滞在してはどうかと勧めてくる。再戦したいと端的に乞われ、…それ自体は悪くない提案なのだが、ゲッコウガはしばし物思いにふける。「それなりに戦える余所者」として存在感を示せば、そのうちにルチャブルの方から試合を申し込みにくるだろうと当てにしていたというのに、模擬戦の場には現れなかった。…だからといって、早々に諦めるわけにはいかない。ひとまず、ウーラオスの言う通りに留まり、聞き込みでもしてみるか。

 

 不意に、ウーラオスが歩みを止めた。どこからか転がってきたものが足に当たり、それを拾い上げたのである。ウーラオスの手の中にあるものは、その大きさと形状から察するに、ぼんぐりに見える。

『これは…』とウーラオスが検めていたところへ、駆け寄ってきた者があった。雌のコジョンドである。『私のものなの。拾ってくれてありがとう』と言いながら、雄の前であることを意識してかそれとなく体毛を撫でつけて整え、目を細めて艶然としている。抜かりなくゲッコウガの方にも秋波が寄越されたので、スン…とした顔をして内心では中指を立てておいた。色目使ってくんじゃねえよクソアマ。

 

『コ、…コジョンド、殿は、この実で何を?可食部はほとんどないが…』

 

 ウーラオスの上擦った声を聞いた途端、ゲッコウガは鼻白む。

 何だそのあからさまな動揺は。さっきまでの精悍な顔つきはどこへ消えたんだよてめえはよ。

 ゲッコウガとは対照に、ウーラオスの様子を見たコジョンドはくすりと笑った。表情や仕草がやけにあざとい。自分の魅力を承知して、計算づくで動いている印象を受ける。

 

『これ?そうね、食べるものじゃないわ。身体を鍛えるときに使うの。ぼんぐりを膝と膝の間で挟んだまま腹筋するとか、他にも、色々』

『それはまた…、思いもよらない…』

『単調な訓練より、ちょっとした工夫で楽しく取り組めるなら、その方がいいでしょ?こういうユニークな鍛え方を考えるの、ルチャブルが得意なのよね。あの娘(こ)と一緒だと、修業も面白く感じちゃうんだから不思議だわ』

 

 さらりと出てきた名にひゅうと息を吞む。

 雌と行動を共にしている?「あのコ」呼び?…いや、いやいやいや、まさか、そんな、…まだ決めつけるのは軽率というものだろ、うん。…うん…、……。

 

 予想外の方向から爆弾がとんできたので、全く無防備だったところに直撃をくらう。放心。唖然。コジョンドが『じゃあ、ルチャブルたちが待ってるから』とその場をあとにしたときも、ルチャブルの名に引っ張られ、無意識のうちにコジョンドの背を目で追いかけてしまった。まずいことに、ゲッコウガの態度はウーラオスの誤解を招くには十分だった。

 

『分かるぞ…心乱される美しさよな…』

 

 こいつ…マジか…。賭けてもいいが、あいつは間違いなく股が緩め(ビッチ)だぞ。節穴にも程があるだろウーラオス…。

 しかしながら、彼の勘違いも仕方ないか。事情を何一つ知らないウーラオスからしてみれば、ゲッコウガは「コジョンドに見惚れていた」ように見えたことだろう。不本意の極みだが。

 

『事と次第によっては、…貴殿との再戦の場は、モモンの宴となるやもしれんな』

 

 雌を前にして腑抜けていた面構えが一転、ウーラオスは勇ましく立て直す。ついでに、なぜか溢れんばかりの戦意をみなぎらせている。望んでもいないのに対抗意識を持たれるとは、…面倒なことになった。だが、コジョンドは心底どうでもいいとして、この流れで出てきた「モモンの宴」については深堀りしておいた方がよさそうだ。

 

『…モモンの宴とは?』

『年に一度の祭りだ。雄にとっては貴重な嫁探しの場となっている。この森では、繫殖期以外でむやみに雌に手を出すことを禁じられているのでな』

 

 あー…、要は街コンか。把握。それ以外はお触り厳禁、と。キュウコンは雌(おんな)と子どもに甘いとは聞いていたが、想像以上だった。

 

『開催は明後日。…気になる雌がいるのなら、我こそは相応しいと力で示さねばならん』

 

 互いに悔いを残さぬように。

 ウーラオスはいかにも熱血漢らしくぎゅっとゲッコウガの手を握ったあと、のしのしと去っていった。

 ひとり佇むゲッコウガの中では、急速に、パズルのピースがパチパチと組まれつつあった。今世で雌疑惑が出てきたルチャブル、そして近日中に開催されるお見合いイベント。モモンの宴に出るよう導かれている気がしてならない。

 事実確認のため、ゲッコウガはコジョンドを追いかけることにした。そう時間は経っていない、近くにいるはずだ。鍛錬場周辺の木々を跳び伝いながら探索すると、…見つけた、ひらけた場所に立つコジョンド、キノガッサ、そして――…

 

『…ルチャブル…』

 

 三者それぞれがぼんぐりの実を活用してストレッチをしている。互いに姿勢を確認し合って励んでいたかと思えば、誰かが冗談を言ったのか時折笑みを零したりして。

 めっちゃ、女子…!

 うら若い雌たちのきゃっきゃうふふ、それって女子じゃん。女子じゃん!! そこに当たり前のように溶け込んでいるルチャブル is 何??? ちょっ…と、はい、あの、絵面可愛すぎんか…?

 葉陰から遠目に見ても、自分が探し求めていた恋しい恋しいルチャブルであることがわかる。確信する。自分の最も奥深いところ、魂が、強く反応している。あのルチャブルが雌になったとしたらこういう顔立ちになるだろうという納得しかない容貌、見間違えるはずのない彩り豊かな羽。特徴的な翼。記憶にあるより幾分か小柄に見えるのは、雌として生まれたためだろうか。抱きしめたときの感触に違いは出るのだろうか。丸みを帯びていたり、柔らかかったりするのだろうか。匂いは?

 TSルチャブルという概念が具現化されたことへの衝撃に耐えられず、ゲッコウガは樹の幹にもたれかかると、そのままずるずるとずり落ちて、枝の上で膝を抱えた。ついでに頭も抱えたくなった。

 雌…雌か…まいったな…。早くルチャブルに中出ししなきゃ…(錯乱)

 ゲッコウガが狂ったことを脳内に過らせるのは、「この世界のポケモンは異性間であれば卵をつくれる」と知っているからだ。これまでに生きてきた他の世界線では、いずれも「異性間かつ互いの属しているタマゴグループが一致していなければならない」というのが定説であったのに、今世ではその常識が通用しない。異性間であればいいという縛りの緩さ――番う相手が種族として遠いほど子をなすには時間がかかるものの、諦めなければ必ず子を産めるというのは生き物としての大きな幸福だろう。どうぞ好きなだけヤればいいじゃないですかと思っていた。所詮は他人事と考えていたゲッコウガである。しかし、ルチャブルが雌と判明した以上、事態は一気にエマージェンシーへ突入した。もたついてはいられない。ウーラオスが言っていた「モモンの宴」とやらに是が非でも加わって、必ずルチャブルを娶らねば。ルチャブルはオレの嫁、異論は認めない。雑魚の粗チンが横槍入れてくるとか無理、絶ッ対に阻止してやる。先手必勝だ。

 

 ――さて、迎えた宴の当日。

 一所に集められた雄たちの中に紛れ込んだゲッコウガであるが、早くもハラハラと落ち着かない状態にあった。あまりに分かりやすい場所に、あまりに分かりやすい「赤」を認めたからである。森の中へと探しにいく手間が省けたのはいいとしても、他の雄にとっても恰好の目印になってしまっている。いの一番にルチャブルの元へ駆けつけるには、命懸けで走っていかねばならない。

 

 ゲッコウガは覚悟を決め、開始の合図と同時に動きだす。理想的なスタートダッシュだったが、一方、同じ方向(ルチャブル)めがけて進んでいくポケモンが山ほどいたことに苛立ちを隠せなかった。がたいのいい格闘タイプの野郎共が、鍛え上げた自慢の肉体を駆使ながら『ルチャブル!俺を選んでくれ!』と厚かましいことこの上ないセリフで振り向かせようとしている。寝ぼけたこと言ってんじゃねえオレのだっつってんだろ舌を切り落とすぞボケ。

 何なんだこの異常な競争倍率は。いや、分かってた。分かってたけれども!そうだよな!むさくるしい鍛錬場にあんな激可愛女子いたらそらあ争奪戦必至のアイドルになるわな!!! だからこそ、生半可なアピールではダメだ。もっとインパクトがほしい。

 己の強さを可視化すべきだ。

 本来、集団の隙間を縫って先頭へと抜け出すことは苦も無くやれる。その気になれば単騎独走も可能だ。しかし、かけっこで一等賞というだけではこれといった意外性はない。目の前の障害物を力づくで攻略し、パワーとスピードを兼ね備えていることを示そうではないか。

 

『 退(ど)けぇぇえッ!!! 』

 

 DAスライディング(ダッシュ攻撃)で足元を崩し、上スマ(上スマッシュ)、更に空Nからの空上(空中攻撃)を畳みかけて吹き飛ばす!この爽快感…ス●ブラ技もお手の物だぜ…!地上だけでなく、全然フツーに上空にも刺客(鳥ポケ)がおり、そういう翼持ちはいくらゲッコウガがトップスピードで臨んでも太刀打ちできないチート勢なので、ガンガン容赦なく水手裏剣で撃ち落としておく。自分の手札に飛び道具があってよかったとこれほど思った日はない。

 

 感じる。

 

 ルチャブルからの視線を感じる。あの琥珀色の煌めきにオレが映っている。そのままオレだけを見つめてほしい。必ず応えてみせるから。

 走って、蹴散らして、走って、撥ねのけて、走って、走って、走って――…跳んで。無我夢中で、目の前のルチャブルを抱き寄せる。

 

 

 すごく……顔がいい……すごく……(語彙力の蒸発)

 

 

 キラキラしたおっきなおめめをいっぱいに見開いて、…ッか~…ぱねェー…何度転生しても何度再会してもマジで毎回新鮮に驚くわこの可愛らしさ。抱き心地もふわふわ感が増してるし、やわっこいし、もろに女の子って感じ。匂いも格段に甘いな~…もはや美味しそうまである…、胸元に顔を埋めて思いっきり吸い込みたい。番になれたら吸わせてもらおう(決意)

 汗だくになって、肩で息をして、たぶん今の自分はすごくダサいと思うのだが、ここに至るまできっちり魅せ場をつくったし、あとはひたすら顔面偏差値の高さで押しきってやる。

 

『一目惚れしたあの日からずっと、そなたを娶りたいと思っていた。どうか番ってくれ、麗しの彩鷹』

 

 念には念を、ゴスの実を添えて。ルチャブルが好きな木の実を求愛給餌用に準備できたのは僥倖だった。

 ルチャブルは一言も口にしない。言葉どころか頷くことさえ忘れてしまったように見える。だが、ゲッコウガの目の前で、差し出した木の実を受け取ってくれた。確かに、その手に、収めてくれたのだ。

 求愛を承諾したという意思表示――周囲もそれと理解しているからこそ、嘆く。呻(うめ)く。選ばれたゲッコウガだけが優越感に浸ることを許される。

 自他共に認める番の成立。もう此処に用はない。早くルチャブルとふたりになりたい一心でゲッコウガは愛しの彩鷹を抱き上げ、弾む心に身を任せて駆けていく。

 

 

『改めまして、…私は、ルチャブル。よろしくね』

 

 

 喧騒から離れた森の端。辺りの静けさが、ルチャブルの声音を鮮やかに際立たせる。

 あらまあ~…きれいな声ですこと…。え、何、この森の連中は常日頃からこの声帯のルチャブルと生活してたってこと?羨ましすぎて血涙出そうなんだが。

 この声で、しかも落ち着いた口調。芯のあるしっかり者だと察せられ、それがまた、実にルチャブルらしい。

 彼女は少しはにかんだ表情を見せ、木の実を一緒に食べようと誘ってきた。『これが美味しいものだって分かるから、なおさら、ふたりではんぶんこできたらいいなって』だと…、…おいおいおいおい…控えめに言って女神だろ…知ってた…。

 美味しいものは独り占め、…って発想をしないんだよなルチャブルは。誰かと美味しいねと言いながら食べることの方が嬉しいし楽しいと、当たり前のように考えて、実行に移す。世界線が変わっても、性別が違っても、やっぱり、いつも、ルチャブルはルチャブルだ。

 

 だから、好き。ずっと。

 

 甘いものを食べながら談笑、いい雰囲気だと思う。しかし、話が弾む間にも、ルチャブルの顔つきが少しずつ真剣になっていく。そうだな、もちろんこうして延々と会話だけに終始するわけにはいかない。今後のことを話し合うべきだし、ルチャブルもそのことで思いを巡らせ、どう切り出すか考えているのだろう。

 

『あのね、ゲッコウガ。私、…あなたに、確認しないといけないことがあるの』

 

 うむ、予想通り。

 必ずルチャブルを満足させる返答をしてみせよう、バッチこい。

 

『私の種族は、一度番えば、その相手を変えずに暮らしていく習性があるの。それは私も例外じゃない。子育てだって、一緒にしてほしいって思ってる』

 

 一生涯パートナー宣言?望むところだ、心配無用。あとは、…子育てか…。まあ、正式に番となったからには昼夜関係なく嫁を抱きまくる予定だし、そんな性活を繰り返していれば、そのうちに卵の一つや二つは出来てしまうだろう。ヤだなー…ぶっちゃけガキとか要らんのよなー、邪魔だし。いつまでもルチャブルとの「ふたりきり」がいい。でも、ここでしっかりと協同の子育てについて言及してきたあたり、ルチャブル自身はヒナが欲しいんだろうし…、……、…追々考えることにしよう。

 ルチャブルの話に耳を傾けて冷静に思考できていたゲッコウガであるが、直後、脳を破壊されることになる。

 

『…前の相手とは、摺り合わせができてなかった。私が悪かったの。だから、…今度は、その、…交尾する前に訊かなきゃ、って…』

 

 …はい?

 ゲッコウガの胸中を一瞬にしてどす黒いものが埋め尽くしたが、ルチャブルを不安にさせてはならないという思いが寸でのところで防波堤の役割を担い、内心の激昂を表に出さずに済んだ。ルチャブルに異変を悟らせぬまま聞き役を続行できたのは、ほとんど奇跡に近い振舞いだった。

 

「前の相手とは摺り合わせができてなかった」…、へえ…、…それで、…「前の相手」とは? 「交尾する前に訊かなきゃ」ってことは、あれか、「前の相手とは交尾もしたし卵も作った」わけですか。「互いの習性の違いを知らないまま番っちゃって、蓋を開けてみれば番った相手はその都度パートナーを変えるような習性のポケモンで、育雛にも協力してくれなくて、大変だったから、同じ轍を踏まないよう今度は事前の確認を徹底しておかなくちゃ」ってことで合ってます?ねえ?(鬼みたいな考察力)

 

 寝取られ(NTR)から始まる転生生活!とかさァ、バカ小説確定のラノベのタイトルじゃないんだからさァ、…勘弁してくれよ…心が災害級に抉られて吐きそう…。

 ルチャブルに、番ってもいいと思わせるような雄がいたのか。いたんだろうな、ルチャブルが認めたくらいだからいい奴なんだろうし。でも、そんな「いい奴」がヤることヤった後は失踪して? …そいつがいなくなってくれたおかげで今ルチャブルと改めて番になることができたのは分かってるんだが、それはそれとして八つ裂きにしてやりたい。

 当時、番の成立前に確かめねばならなかったことを怠ったという。それは軽率だったろう。しかし、そうなってしまったのは、それだけ「相手と番になりたい」気持ちが大きかった証ではないだろうか。初歩的なミスから推察するに、きっとルチャブルにとっては初めての番だったのだ。幸せを前に目が眩んで、その後の現実を想定できなかったのも、経験不足からくるものと考えれば筋は通る。

 

『 あなたは、私の傍にずっといてくれる? 』

 

 ルチャブルは今、どんな気持ちで質問しているんだろう。

 彼女の目を見つめる。そこには、緊張が、ありありと見て取れた。ここで、ゲッコウガは、先程の談笑中にだいぶ致命的な失言をしたことに気付く。オレがずっと風来坊だった経歴、まずくないか。交尾が済んだらまたどこかに行ってしまうかもしれないと思われた可能性はないか。ルチャブル的にはNGなのでは?「前の相手」のことがあるなら、余計に。え、嘘、オレがルチャブルの地雷ってことか!!!??

 やばいやばいやばい。やばい!挽回しなくては!!!

 

『 傍にいる。死がふたりを分かつまで 』

 

 ルチャブルの両手を包むように握り込み、ゲッコウガは、荒んだ心を噯(おくび)にも出さずに優しく語りかけた。

 

『妻と子を守るのは雄(おとこ)の務めと心得ている。安心してくれ』

 

 ルチャブルが最も欲しい言葉を、しっかりと、誤りなく言えた自信がある。答え合わせをするまでもなく、ゲッコウガの言動が最適解であったことはルチャブルの反応だけで分かった。彼女は目に見えて肩の力を抜き、ほわりと柔らかな笑みを浮かべている。一連の発言を以てようやく、ゲッコウガを心から信用し、素の表情を見せてくれたのかもしれない。そのくらい、他人行儀ではない温かな雰囲気があった。

 

『…よかった、…うれしい…』

 

 潤んだ瞳に光が反射して、ルチャブルの美しい双眸を宝石のように輝かせた。

 

『私、これからも、ゲッコウガのお嫁さんでいられるんだね』

 

 刹那、心臓が撃ち抜かれる。

 ズキューンとか、バキューンとか、その手の、コミカルだが最も想像しやすい効果音が大音量の幻聴となってゲッコウガに襲いかかってきた。

 お…お嫁さん…ッ!!!

 もしゲッコウガに体毛が生えていたなら、萌えのあまりに毛根から全部引っこ抜けて禿げ散らかしていたに違いない。「前の相手」とかいう仮想敵への嫉妬心が吹き飛び、胸中の焦土が瞬く間にお花畑になる、それくらい強い浄化力が備わったパワーワードだった。新妻、恐るべし。

 

『末永く頼むでござるよ、嫁御殿』

 

 内心では大玉花火が何発も打ち上がっているのだが、ゲッコウガは努めて紳士的な振舞いに徹した。ゲッコウガの乱高下するテンションなど知る由もないルチャブルは、『末永く頼む』との言葉を受け、『うん!』と明るい返事で応じてくる。ニコッと音が聞こえてきそうな、花が咲くような笑顔で喜びを露わにしており、この素直さもまた、ゲッコウガの記憶にあるルチャブルそのままだった。

 

『じゃあ、さっそく巣作りを始めなきゃ。場所を決めて、材料を探しにいって…』

 

 指折り確かめながら、ルチャブルはゲッコウガに視線を寄越す。

 

『ゲッコウガは蛙なんだよね?水辺で巣を作れそうな場所を探した方がいい?』

『…ありがたい申し出だが、拙者のことはあまり心配しなくていい。極端に乾燥しているような場所でない限り大丈夫だ。まずは、そなたや卵が濡れないような場所を優先するでござるよ』

『分かった。…それなら、前から気になってた所があるんだ。ついてきて』

 

 翔けていくルチャブルの後ろ姿も、足取りも、新居を思い描いてか軽やかだ。微笑ましく思いながら、ゲッコウガは彼女の後を追った。

 元来た道をいくらか戻り、辿り着いた先にあったものは巨大な古木だった。太い根が地表に迫(せ)り出し、複雑に絡まり合っている。根の部分が、こう、格子に見えなくもない。その内側には空洞が生じており、構造としては鳥籠を連想させる。

 

『何とかゲッコウガも入れそうでしょ?どう?』

 

 小柄なルチャブルはさておき、ゲッコウガにとっては、少々出入りに手間取りそうだ。だが、絡まり合う根の隙間に身体をねじ込んでしまえば抜けた先には広い空間があるわけで、第一、外から侵入しづらい造りそのものが外敵を阻むことに繋がるのだから、なかなかの優良物件なのではないか。雨が降ってきても、雨垂れは根の表面を伝うだろうし、内側に染みこんでくることはなさそうだ。

 

『住まいとして良い条件が揃っていると思う。他のポケモンたちに横取りされる前に、巣を作ってしまおう』

『決まり!次は素材集めだね。枝とか、蔦とか、…隙間を埋める草も…』

 

 素材の例を挙げているうちに、ルチャブルは『あ!』と何事かを思い出したようで、ゲッコウガの方へと振り返ってきた。

 

『巣作りに使おうと思ってた葉っぱがあるんだった!』

 

 聞けば、今使っている自分の巣にもその葉を織り込んでいるのだそうで、『いい香りがして、よく眠れるの』とのこと。手に入りやすい安眠効果のある植物なら、代表的なものはカモミールかラベンダー…いや、「葉っぱ」って言ってるしな。ミントかもしれない。

 

『あ、…その…「使おうと思ってた」はダメか…。…今から作る巣にも、使っていい…?』

 

 自分ひとりの巣ではなく、これからはふたりで住む場所になる。だから、相手の承諾も得なくては。…その気遣いを忘れないルチャブルの優しさには応えてやりたくなるし、それに、…そんなふうに上目遣いでおずおずと尋ねられたらねえ…何であろうと『オッケー!!!(くそデカ声)』って言っちゃいますよ雄なら…。

 

『そなたが過ごしやすいのが一番だ。やりたいようにやってくれて構わない』

 

 ゲッコウガの返答に目を細め、ルチャブルは『ありがとう』と礼を言うと同時に、ゲッコウガの手をそっと握った。

 

『私の意見を尊重してくれるし、ゲッコウガは優しいね』

 

 ほのかに染まるルチャブルの頬は可憐で、美しい。

 

『…私も、あなたに恋をしてしまいそう』

 

 いいぞ、存分に恋をしてくれ。頼む。

 嗚呼…許されるならこの場で奇声を上げながら身悶えて思いっきり喜びを爆発させたいところだが、我慢、…我慢だゲッコウガ…! 

 そう、…現状、ふたりの間にあるものは、本能による結びつきだけだ。ポケモンの身であればそれで十分なのだが、ゲッコウガは欲張りなので、…できることなら、ふたりの時間を紡いでいくその過程で、ルチャブルの心もまたゲッコウガに惹かれてくれることを願っている。

 というか、今、かなりいい感じなのでは…?これキスしてもいけんじゃね、と早速ゲッコウガは下心を炸裂させるのだが、対するルチャブルは自分でいい雰囲気を作り出したことに照れてしまったようで、羞恥を振り払うかのように『この近くに生えていたはずだから採ってくるね』と無理に話題を変えてしまった。今にも走りだそうとしたため、思わずゲッコウガは呼び止める。

 

『二手に分かれるのか』

 

 念のために尋ねたところ、ルチャブルはきょとんとした顔で小首を傾げた。

 

『その方が、巣の材料もすぐに集まると思うんだけど…?』

  

 それはそうなのだが、しかし。

 繁殖期を迎えて興奮状態の、しかも嫁探しに躍起になっている野郎共がそこかしこをうろつく森の中だ。ルチャブルひとりに行動させるのは、正直、不安が残る。だが、近場に材料を採りにいくと言っている。あまりに過保護にしたら、ルチャブルのプライドに障るかもしれない。それに!多くの場合、鳥は巣を作った直後に交尾だしな!! せっかく見つけた営巣の候補地を取られないように、そして後の「お楽しみ」のためにも早めに巣作りを終えておきたい。

 ゲッコウガは、馴れ馴れしくならない程度に、そっと、ルチャブルの冠羽を梳いた。

 

『…ルチャブル。今、この森には、拙者のように外からきたポケモンも徘徊している。麗の森にある規則を知らず、無礼な振舞いをするような輩に遭遇しないとも限らない。助けが必要なときは必ず拙者を呼べ。ど(・)こ(・)に(・)い(・)て(・)も(・)必(・)ず(・)駆(・)け(・)つ(・)け(・)る(・)。約束だ』

『分かった、約束する。…心配してくれてありがとう。私、ちゃんと気を付けるから』

 

 ルチャブルとて、日頃から鍛えている武闘家。この場は彼女の強さを信頼しておくとしよう。そう思いつつも、ゲッコウガは、ルチャブルの姿が木々の向こうに消えるまで見送り、彼女が向かった方角をしかと目に焼きつけておくのだった。




【 補足 】
・第七章の世界では、本来なら卵を作れないポケモン同士でも異性間であれば子をなすことが可能なので、以下のような特異点があります。
 ・身体能力の強化
 ・形質変化(体格や色の変化など)
 ・覚えるはずのない技の習得
 ・新しいポケモンの出現(新種族のみならず、新たな進化形態も含む)
 ゲッコウガ自身、ケロマツ時から特殊な技を使えたため「この世界は何かおかしい」と早々に気付きます。旅をするようになってからも、「おまえこんなに素早くなかったろ!」「おまえがその技使えるとか聞いてねーぞ!」「おまえ何その姿…知らん…」みたいなことが頻発したので、もう何が起きても驚かんぞの気持ちでいました。ついでに、「この調子なら、ルチャブルにも思わぬ追加能力があったりして!会うのが楽しみだなあ」と気楽に構えていたのですが、実際に再会してみたら事前の気構えなど全く役に立たず「あ!ハイ!逆にね!逆に一番シンプルで一番でかい変化かましてきたね!なるほどね!」という感じになり、無事に情緒が終了しました。

・コジョンド
 ニコイチのルチャブル・キノガッサの中に、たま~に交じってくる。格闘タイプではあるが、修行への熱意はそれなり。「仲間と一緒に頑張ってる私!」が好きなタイプ。
 ゲッコウガが言うほどビッチではないものの、気に入った雄にはとにかくアプローチする肉食系女子。フォクスライとは犬猿の仲。
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