ゲッコウガと初めて交尾をして以降、毎日彼から求められているが、それで疲れを感じたことはない。体格差による負担が生じないようにゲッコウガが計らってくれているおかげだ。戦闘のみならず、彼は
――短期間ながら、既に両の手では数えきれないほどゲッコウガと身体を重ねているというのに、未だ身ごもった気配がない。以前は、すぐに体調や気分に変化が出たので卵を授かったのだと体感できたのだが、あのときのような兆しが今のルチャブルには現れていないのだった。やはり異種族との子作りには根気が要るらしい。ゲッコウガも言っていた。蛙と鳥では種族としてかなり離れているから、その分、卵を成すには時間がかかると。互いにそれは承知で一緒にいるのだけれど、時々ルチャブルは不安になった。いつまでも卵ができずに辟易されたら?何度も交尾をするうちに飽きられたら?――…しかし、心に浮かぶネガティブな想いを、ゲッコウガはいつでも打ち消してくれる。言葉で。態度で。物珍しさで鳥の身体を抱いてくるのではなく、その目に情熱を宿してルチャブルをかき口説き、愛情表現を惜しまず接してくる。だから、自惚れではなく、ルチャブルは日を追うごとに「ゲッコウガに愛されている」という自信と確信を持てるようになっていった。
他の雄は及びもしないほど強いうえ、いつでも穏やかに微笑み、そっと包み込むように大事にしてくれるゲッコウガ。ルチャブルはすっかり恋をしていた。その大好きな相手と交尾をするのだから、ルチャブルにとっては只々幸せ一色である。
自分の身体のことは自分が一番よく分かっている…という思い込みは、ゲッコウガによって変えられていった。もう触れられなかったところはないといえるほど、ルチャブルは肉体のあらゆる箇所をゲッコウガに許していたが、彼の指先で触れられたとき、キスを落とされたとき、舌で舐められたとき、甘噛みされたときではいずれも感じ方は異なるし、そこに強弱が加わり、部位が変われば、ルチャブルが受ける刺激は無限に広がっていく。こんなところをこんなふうに触られたらこんな感覚になるんだ、と、発見の連続で、一つ一つを手取り足取り教えてくれるゲッコウガへの信頼は深まる一方であったし、ルチャブルの心と体は、今や「ゲッコウガに触れられるのは心地よいこと」なのだと疑うことなく認識している。
こんなにも手慣れているのだもの。さぞやたくさんの雌を相手にしてきたのでしょうね。きっと、番の関係を持った相手だって私が初めてではないはず。そう思うにも関わらず嫉妬などはまるで生じないのがこのルチャブルであった。モテる=強くて優れた雄…そんな彼に選ばれたことを光栄に思う気持ちの方が圧倒的に大きい。それに、ゲッコウガは「ずっと一緒にいる」と約束してくれた。だから、過去はどうあれ、彼はこれから生涯私だけの雄なのだと、それが嬉しくて妬む暇などあろうはずもない。
そういえば、キスの仕方も以前とは変わってきた。
始めのうちは、口の先で触れ合うような柔らかくて可愛らしいものだったのに、最近のゲッコウガは、自身の舌で、ルチャブルの舌を絡めとってくる。唾液でぬめる舌同士がぴたりと接触するときの、あの何ともいえない肉感と温かさ。ルチャブルと比べればゲッコウガの口は格段に大きく、彼がわあっと口を開けて舌を伸ばしてくるのを見るたびに、目一杯にキスをしてこようとする姿にキュンとする。そのまま捕食されそうな気さえして、どきどきする。
飽き足らないのか、ゲッコウガはルチャブルの口内を指先でまさぐることも度々あった。『そなたの舌は小さくて薄くて愛らしいなあ』『ほら、たっぷりと舐めて濡らしてくれ。前戯で使う指だから』『口蓋を指の腹で撫でられると気持ちいいだろう?』――ちょっぴり意地の悪い、性的なニュアンスの強い言動があっても、ルチャブルの中にはちっとも嫌悪感が湧いてこないのだった(というか、…ちょっとくらいなら、いじめられてもいいかな…とか…)。きっと、ゲッコウガが随分「様になっている」ためだろう。少しばかり悪ぶったことをされても美丈夫ゆえの魅力に思えてしまう。それに、どうするかはルチャブルに選ばせてくれるので、決して無理強いしてこないという安心感もある。だから、ルチャブルはあくまでも自分の意思で、「舐めて」と言われたら舐めるし「気持ちいいか」と問われたら素直に頷く。そうしたい、と、思うからそうする。行為に及ぶときの、妖しく光るゲッコウガの薄紅の目を見ていると、甘い果汁が滴ってきそうな声を聞いていると、頭がぼうっとして、胎の奥がきゅうと切なくなって、何でも応えたくなるのだった。
***
『…スミレだ』
木の実探しの途中、ルチャブルは足元の花に目を止めた。
可憐な紫の色。楚々とした咲き姿。見慣れた花だと思ったのだが、ふと気になってしゃがみ、よくよく検める。すると思いがけず、うっとりするような芳香が鼻の先をくすぐった。
『こんなにいい匂いがする花だったかな…』
『心惹かれるほど強く香ってくるのなら、ニオイスミレでござろう』
ゲッコウガが、さらりと花の名を口にする。
共に暮らすうちに分かってきたことだが、彼は植物に詳しい。それも「
ルチャブルが今まで見向きもしなかった木の実やキノコが実は食べられるということを教えてくれたのはゲッコウガであったし、彼は薬草にも精通しているため、病気や怪我を必要以上に恐れずに済む。頼もしい限りだった。
『一口にスミレと言っても様々な品種がある。花弁の色でも違わない限り見た目のみで判断するのは難しいかもしれないが、香りで判別するならニオイスミレがいっとう分かりやすい。まさに名のごとしでござる。特に人間たちが好んで、酒や菓子、化粧品の香りづけに使っていると聞く』
『そうなんだ…、色んなものに役立つ花なんだね』
『ついでに薬草として扱われる例もある…が、反面、種子や根茎には毒があるからな。掘り起こさず切り花にして、拙者たちポケモンは目で楽しんだり鼻で嗅いだりできればそれで十分でござるよ』
ゲッコウガもルチャブルの隣で身を屈め、ニオイスミレを摘み、他の草花と合わせて小さな花束をこしらえ始める。
『どうぞ、嫁御殿』
あまりにスマートに手渡され、ルチャブルは胸をときめかせながら『ありがとう』とはにかんだ。ゲッコウガからの花束。手の中にある野花がキラキラと光を帯びて見える理由は、それだけでいい。嬉しくて、花の香を肺に目一杯取り込むつもりで、ルチャブルは鼻先に花束を近付けて深々と吸った。
ぱきっとメリハリがあるというよりは、ふんわりと柔らかな、愛らしささえ感じられる甘い香り。いくら嗅いでもくどくはならない。何かしら似ている香りはすぐには思いつかず、ルチャブルにとっては初めて嗅ぐ匂いだ。嗅げば嗅ぐほどに、知らず知らずのうちに虜になっていく、…そんな魅力的な芳香を小さな花が発していることに驚くばかりだった。
『気に入ったようだな』
ゲッコウガが目を細めてルチャブルの仕草を眺めている。
『この香気を催淫のために用いてきた歴史もあったそうだが、…そなたはどうでござろうなあ』
『…サイイン?』
首を傾げた途端、ゲッコウガは、何らや意味ありげな手つきでルチャブルの肩を抱いてきた。
『交尾したくなる、ってこと』
聞くだけで身体の芯から甘く痺れていくような、耽美な声。それが、端的な回答を紡ぐ。
……、その、つまり。この香りを嗅いだら…。
情報の整理が終わったとき、強く意識するあまりルチャブルはゲッコウガをまともに見ることができなくなって、俯いてしまった。視線を落とした先に、自身の手の中に、花束が一つ。そこでは、何食わぬ顔をしてニオイスミレが咲いている。一切の悪気なく香りを振りまいている。
たとえ息を止めたところで、香りは鼻腔に侵入してくる。だから、時が経つごとに、どんどん全身が熱くなっていく。心臓がばくばくして、息も浅くなって、なぜだか目まで潤んできた。
…いつもと同じはずなのに。交尾は毎日してるのに。今更、どうして、…こんなに火照るなんて。
どうしよう。
どうしよう、…私…。
『顔を上げて。オレを見て、ルチャブル』
優しい口調でありながら、有無を言わせない力を秘めたゲッコウガの言葉。抗えるわけもなく、ルチャブルはおずおずとゲッコウガの方へ顔を向ける。彼は艶然としている。その涼やかな目元は、口元は、微笑みすらも妖艶なものへと変えてしまう。
『今から巣に戻ろうか』
ルチャブルは、『はい』と小さく返事をするので精一杯だった。
***
巣の端に、持ち帰ったスミレの花束が置かれている。四方を岩に囲まれた洞窟内だからこそ匂いは薄まらず、瞬く間に芳香が立ち込めていく。ゲッコウガが『たまには香りを纏うのもいいかもな』と言っていた通りで、これから行われる「いつものこと」が、香りを足すだけで特別感が増した。
横たわり、ゲッコウガを見上げる。覆い被さってくる彼の重みを受けとめる。もう手順は分かっている。このあと見つめ合って、キスをして、互いの身体に触れて、小さな穴をゆっくり解し終えたらゲッコウガが入ってきてくれて。次に何が起こるのか分かっていると安心できるし、順を追うことで段階的に高揚でき、温かな幸福感が長く続く。
『…ん…っ』
凹凸が噛み合う感覚。初夜では異物感や圧迫感が強かったが、今では受け入れることにも慣れ、その確かな存在感を愛おしく思う。繋がり合ったままキスしてみたり、しばらく戯れて、しまいにはゲッコウガが子種を託してくれる。
交尾というものは、もっと作業的なものだと思っていた。雄から卵のもとを貰ったら終わり。現に、ウェーニバルとの交尾はそうだった。こんなふうに、ゆったりと時間をかけて楽しむ行為ではなかった。それに、以前、他種族同士の交尾をうっかり目撃してしまったことがあって、あのときは、雌が雄に乱暴に身体を揺さぶられていた。そんなことをされては当たり前だが、雌の方は顔を苦しげに歪めていて、だから、…今でこそ
ところが、蓋を開けてみれば、そこには幸せなひとときが待っていた。彼から施される柔らかな愛撫――…尊重と配慮のある交尾はこんなにも素敵な行為なのだと初めて知ったのだった。優しく触れてくれるから、気持ちよさがゆっくりと無理なく広がって、そのまま消えずに残って、ずっと、気持ちいいだけになる。今も、ふわふわとした余韻に浸っている。胎の中に留まる温もりが嬉しい。ゲッコウガから放たれたものが自分の体内に浸透していく感覚が、ルチャブルはたまらなく好きだった。
フローラルな匂いに包まれて、ゲッコウガに優しく抱かれて、ルチャブルは胸がいっぱいになる。あと何度か同じ手順を繰り返したら、心地のいい疲労感の中で昼寝をすることになるだろう。ゲッコウガに寄り添って、ふたりで休むのだ。
二回戦を前にほっと一息ついていたルチャブルだったが、ゲッコウガが改めて腰を掴みなおし、その手に普段とは違う強めの力を込めてきたことに気付く。
『そろそろ、オレとの交尾にも慣れてきた頃だろう?』
『…え?』
『準備運動は済ませた。今からギアを上げていくから、…頑張ろうなルチャブル』
ぐちゅん、と一際大きな水音がした。予想だにしない音だった。
ぎりぎりまで引き抜かれたゲッコウガの雄根が、再び勢いよく突き込まれ、敏感な最奥を一気に責める。油断しきっていたところに浴びせられた強烈な刺激は、刹那のうちに未知数の快感へと変換され、ルチャブルの「雌」としての本能に火をつけた。
『…ッなに、これ!』
『加減してた分、今日は思いきりヤれるからな。オレも興奮してる』
『ふ、ぁ…ッ!?』
ゆっくりと気遣いながら動いてくれていたゲッコウガはどこにもいない。彼から激しく揺さぶられている真っ最中だ。これは、いつかどこかで見かけた、ルチャブルが「怖い」と思った交尾のやり方。なのに、いざ自分が当事者になってみたら、恐怖を感じない。苦痛もない。何度も何度も突き上げられ、そのたびに、味わったことのない悦びが絶え間なく流れ込んでくる。
免疫も耐性もないルチャブルの心身は、突如として襲いかかってくる快感への対処が分からず、なされるがままだった。
ぐちゅぐちゅと粘着質な音が結合部から聞こえてきて、鼓膜が犯される。どれほど自分が濡れているのかいやでも分かってしまう。膣内で精液と愛液が掻き混ぜられている様を想像すると、くらりと眩暈を覚える。
『ねえ、っぁ、…げ、こうが、やだ、へんッ、なの!ぁ、あ…ッ♡』
快感と紐づいているかのように、信じられないくらい甘ったるい声が自分の喉の奥から這い出してくる。出したくて出しているわけではない不明の声は、雌に生まれついたなら誰でもこうなるのだと言わんばかりにとめどなく溢れていく。
『嬌声も、絶頂も、なーんにも我慢しなくていいからな。滝の音が掻き消してくれる。思う存分イってくれ』
ゲッコウガに中断する気がないのは明らかだった。雄々しい腰使いでルチャブルを追い立てる一方だ。
鮮明で決定的な快楽が下腹部から脳天に向かって駆け抜けていく。
羽毛がぶわりと膨らんで、背が弓なりにしなって、腰が浮いて、脚の先がまるまって。何もかもが、ルチャブルの意思をよそに、反射的に連動していく。
嗚呼、しゅわりとろりと溶けてしまいそう。
目の、前が、……、…しろくなって、…ほしが、ちかちかして…!
『――――ッッ♡』
もう、声にすらならない。
あらん限りの力で全身の神経の蹂躙された、はず、なのに、幸せを感じてしまうのはなぜだろう。
暴力的な快楽が渦を巻きながら通り過ぎた後も、ずっと、お腹が名残惜しそうにきゅんきゅんと収縮を続けている。
『締め付けが凄まじいな、…おまえがイったのがナカでもよく分かる』
いい子だ、と、頬を撫でられた。それだけでひくんと震えてしまったものだから、ゲッコウガは愉悦を露わにして、笑いをこらえるように喉を鳴らしている。
『…挙句に余韻イキとはな。やけに感度がいい。ニオイスミレに感化されたか、婀娜な小鳥だ』
なあ、もっと欲しい?
ゲッコウガからの、蠱惑的な挑発。
だが、このときのルチャブルには、いやらしさやはしたなさを気にする余裕が一切なかった。むしろ、『ちょうだい』と一生懸命に頼み込みたい気持ちでいたし、実際にそれと口にしたら、ゲッコウガはとても満足そうに『よく言えました』と頷いてくれた。
『遠慮なく気持ちよくなっていいんだぞ、ルチャブル。その方が孕みやすい』
『そう、なの…?…ンっ…♡』
『そうだ。だから、蕩けたところをオレにたくさん見せてくれ』
そっか。そうなんだ…、たまごをうみたいなら、いっぱいえっちなことして、いっぱいきもちよくならなきゃ…、…いっぱい…。
つぎはどんなふうにだいてもらえるのかしら。
羞恥はなく、ルチャブルはただ期待だけを胸に、ゲッコウガの首筋へ腕を回すのだった。
+++
ふんわりと膨らむ羽毛の下に、むっちりとした筋肉があって、触り心地も揉み心地も最高の一言。こんなにエロい身体つきしてるんだからドすけべなあれこれをたっぷり仕込んであげないと。
なにせ、オレは「旦那様」だからな!
毎日欠かさず交尾をして慣らしてきたとはいえ、今回はさすがに刺激が強すぎたのか、ルチャブルは疲れきって眠ってしまっている。触れてみると、その身体は未だに熱を持ち、情事の直後であることを如実に物語って実に官能的だ。
これでまだ正常位に終始してるんだよなあ。他にも体位が複数あると知ったら彼女はどんな反応を寄越すだろう。
寝転んで、ゲッコウガはルチャブルの冠羽を梳く。散々に犯してきた雄の真横でなんともまあ無防備な寝姿ですこと。だが、眠る横顔も愛らしい。最愛を眺めながら、しかし、ゲッコウガはそっと嘆息した。
本当は。
はっきりさせたい。確かめたい。
オレとの交尾は気持ちよかっただろ、と。
前の野郎よりもオレの方が好きだろ、と。
…いや、まあ、はい、…分かってますよ。情けない問いかけだってことは。己の狭量を露呈する羽目になる。ルチャブルの恋愛遍歴を勝手に妄想して劣等感を抱くのは無様そのものだ。
それに、訊いたところでルチャブルを困らせるだけだと容易に想像がつく。彼女は、ゲッコウガからの問いに即答はしないだろう。その上、『もちろんあなたの方が好き』なんてゲッコウガの望む都合のいい答えを言ってはくれないだろう。
なぜなら、ルチャブルは思い出を大切にするからだ。一度は好きになった相手とあらば尚更だった。きっと、未練はないにしても、今も胸の奥に「前の相手」との思い出を大事にしまっているに違いない。宝物のように。
その思い出をぐちゃぐちゃに塗り潰す方法はないものか。そこだけをきれいさっぱり切り取ることができたらいいのに。オレ以外のものが介入する余地をなくしてやりたい。
実は、ルチャブルに嫉妬してほしくて、前世ではくだらぬ戯言を口に出したことがある。オレは結構モテるんだぞ、とか。何も訊いてこないがおまえはオレの過去が気にならないのか、とか。しかし、いつでも、どの世界線でも、ルチャブルは可笑しそうに目元を緩めるばかりだった。『そんなモテ
今世のルチャブルもそうなのだろう。彼女はゲッコウガのことを詮索してこない。「前の相手」と比べたりもしない。ゲッコウガと暮らす「今このとき」を大事にしてくれている。
――だから。
「前の相手」のことがこの期に及んですごくすごく気になるけれど、比較して自分の方が上だと安心できる要素を見つけたいけれど、ゲッコウガもルチャブルに「前の相手」のことを訊いたりはしない。
今や過去となった野郎と張り合うだけ無駄だ。…と、これからも自分に言い聞かせていくしかないのだ。
『…ゲッコウガ…』
ルチャブルの小さな呼びかけが、ゲッコウガをじんわりと満たしていく。
この瞬間に、天使のような寝言を独り占めできるのはオレだけ――…その事実に気をよくして、ゲッコウガはようやく眠りにつくのだった。