※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

228 / 246
いつか桜の下で③

 慈愛を感じさせる手つきで撫でられた気がした。

『 起きて 』と明るい声が導いてくれた気がした。

 

 それらが誰のものであったのか、思い出せない。

 思い出せぬまま、浮上する意識に任せ目を開く。

 

 

***

 

 

 子蛙が先立って案内しながら、さくらを連れてくる。当初こそ、一族の「祖」に相応しい人間であるのか彼女の価値を値踏みするように無遠慮な視線を送っていた彼らだが、今となってはすっかり懐き、結界から出られない漣蛙に代わって送迎を買って出ている(誰が送迎するかで毎回揉めているほどだ)。

 階下まで降りきると、さくらはしとやかな様で漣蛙の正面にある円座に座った。…円座と表現してみたが、何のことはない、大量に摘んできた草を円形に圧し固めただけのものだ。それでも、ないよりはマシだろう。なにせ、さくらときたら、漣蛙が目覚めた際、着物が濡れることも構わずその場に――湿りに湿った岩床に――平伏してしまったのだから。聞けば、己はいつの間にやら漣蛙という名の水神として敬われ、集落で篤く信仰されているというではないか。眠っていたことも、その間に百年が経ったことも、己の生み出す水が多くの命を育んでいたことも、一切が与かり知らぬところであった。何もかもが意図せぬことであるから、感謝されても違和感を覚えるばかり。ゆえに、神として遇されることを当然とも思えない。さくらと名乗る乙女の、仰々しいほど慇懃な振舞いを一旦中断させ、身体を冷やさぬよう諌めておく。その後、これから毎日通ってくるという彼女のために、周辺に群れていた子蛙たちに命じて、急ごしらえの草の座を用意させたのだった。

 

「本日のご機嫌はいかがですか、漣蛙様」

 

 さくらの穏やかな声が鼓膜を撫でる。

 いつも「問題ない」と返すばかりの漣蛙だ。これまでにこの返答が変わったことはなく、明日も明後日もその先も同じ答えを寄越すだろう。しかし飽きもせず、この可憐な乙女は気遣いを忘れないのだった。それだけでなく、問題ないと聞いたら心底安堵したように顔をほころばせる。

 

「今日は何をいたしましょう。昨日の物語の続きを?それとも唄を?以前、漣蛙様が興味を持たれた胡弓も持参しております」

 

 漣蛙からの望みを叶えることが嬉しくてたまらないという表情が、眩しい。要求すれば何でも応じてしまいそうな態度が、危なっかしい。さくらの善意につけ入るような真似はすまいと努めて自重しながら、せっかくなので楽器の演奏を求めると、これがまた実に巧みに奏でてみせ、彼女の腕前に感心するばかりだ。

 さくらは非常に芸達者だが、この若さであらゆる芸を人並み以上に習得している事実が、過去の厳しい修行を示唆する。それはきっと、さくら自身が望んだ道ではなかった。自分のためではなく、漣蛙のためにそうしろと言われてきたのだろう。さくらと過ごす日々の中では、彼女の器用さや賢さに気付く場面が多く、なまじ優れているだけにあらゆることを押し付けられてきたのだとしても不思議はない。そう、…さくらは哀れな娘なのだ。漣蛙が頼んだわけでもないのに、玉藻が、村人が、水神に寄り添えと彼女に強制した。逆らうことなど到底できず、さくらは命じられるがままに今まで生きてきたに違いない。そもそも、さくらは幼少期から地元の神社で育てられたそうだから、子どもの頃から漣蛙の伝説を教えられ、尊ぶよう刷り込まれてきたはずだ。洗脳といってもいい。信仰に殉じることが誉れだとさえ信じて疑わぬよう調教されている可能性だってある。

 だから、さくらの優しさに勘違いを起すわけにはいかない。

 しかし、彼女に対して芽生えた愛おしさは日毎胸の内で膨らみ続け、今となってはもはや無視ができないほどに大きくなっていた。尊敬されればくすぐったく、親しみを以て接してもらえたら心地よい。さくらの誠実が嬉しく、惹かれ、彼女が帰れば明日を待ち遠しく思う。狭い結界から出ることができず、不自由であるはずなのに、漣蛙は子蛙に囲まれさくらと談笑する日々を楽しんでいるのだった。

 

 

 さくらを通じて、あるいは時折気まぐれに現れる玉藻を通じて、己にまつわる所業を聞いている。――かつて、水神は己が神域を人間に侵され怒り狂ったという。その後、玉藻に成敗され、この洞窟に封印されて眠りにつき、その間に百の歳月が流れていったのだと。

 漣蛙の側に実感がないのは、何も覚えていないためだ。確かに、以前、身も世もなく取り乱した気はするのだが、それが神域を侵された所為なのか分からない。己がどんなふうに暴れたのかも、どれほどの命を奪ったのかも記憶にない。目覚めたら閉じ込められていたわけで、面食らう一方だ。知らぬ間に水神という立場を与えられ、眠りながらにしてその役割を全うしていたなんて思いもよらない。だが、慕ってくるさくらや子蛙たちの言動に偽りは感じられず、受け入れるほかないというのが現状だった。

 

『確固たる「自分」が失われているのは当然だ。おまえの真名は妾が隠したのだからな』

 

 玉藻の笑みは、いつ見ても氷のように美しく、鋭く、冷たい。彼女自身は、炎の異能を持つというのに。

 

『真(まこと)の名は言霊として強力だ。それを見失うことは己を見失うに等しい。だからおまえは何も思い出せないのさ』

『…オレに仮の名を授けたのはおまえだ。なぜ、…漣蛙などという大層な名を人間たちに広めた』

『おまえの禊(みそぎ)のために』

 

 森の主は、粛々と語る。

 

『事の発端は人間だ。…とはいえ、おまえの罪も見過ごせない。人間の仕業に怒り狂ったおまえは正気を失い、私の森を、周辺の人里を蹂躙した。多くの命が濁流に呑み込まれていった。…おまえをその場で処刑するのは容易かろうが、それでは何も報われない。贖うために、散っていった命の分だけおまえが育まねば帳尻が合わんだろう?

 おまえに仮の名を与えたからこそ、人間の信仰対象が明確になった。人間たちの祈りによって荒魂が和魂と化した。信心がおまえを鎮め、信仰に基づく強大な力が水となって溢れ、見返りにこの地は豊かに潤い、命の数を増やしていったわけだ。おまえの禊と人間の信仰は密接に関わり合っている』

『……、…オレは許されたのか?』

『それについては、信仰の篤さが答えとなろうよ』

『おまえの森は…』

『おかげさまでな。蘇った緑の美しさは、いつかおまえの目で見るといい』

 

 漣蛙は仮の名。今は、その仮初の名が漣蛙を支えている。その名は「泣き続ける蛙」の意。感受性豊かで、情け深く、涙もろい蛙の神。漣蛙は、そうあるよう望まれている。だから、野山の命を潤すための水を日夜生み出している。かつて荒ぶる神であったことが嘘のように穏やかな性格になっているのは、無論、人間たちがかくあれかしと祈ってきたからだ。篤い信仰が漣蛙の姿を神々しいものに仕立て、神らしい能力を補強しているのだった。

 かつて尋常ならざる水害を引き起こした張本人であるにもかかわらず、今では「善い神様」として位置付けられている。だから、村人たちは季節ごとの神事を怠らず、祝詞や神楽、神饌を奉納してきた。漣蛙が長い眠りから覚めると分かれば、身の回りのことで困らぬよう側仕えを用意し、こうしてさくらを寄越してきた。村人たちにとって、さくらは神聖な供物なのだろう。だが、実際は違う。漣蛙にあてがわれた信仰の犠牲者なのだ。

 漣蛙なら、さくらを役目から解き放してやれる。それを理解しておきながら、漣蛙はさくらに執着していることを認めないわけにはいかなかった。

 

 

 ――恋を、している。

 惚れた女の何気ない表情に、言葉に、一つ一つに魅せられて高揚している。

 

 

 さくらは朝から洞窟を訪れ、漣蛙との和やかなひとときを過ごした後、一旦引き上げる。昼餉の用意があるためだ。

 日に一度の食事、それは漣蛙のために用意される。漣蛙は人々の信仰があれば存在を保てるため、飲食の必要はない。だが、供えてもらえたら、口にせずとも味を感じられる。香りに鼻腔をくすぐられる。胃袋の中に温もりが灯ったことを感じられる。それを知っているさくらは、膳を洞窟内に持ち込めなくても、漣蛙のために真心こめて調理をしてくれるのである。

 ただでさえ毎日昼餉を用意してもらう立場なので、せめて食材の調達は負担が軽くなるよう、豪勢なものを作ろうとしなくていいと伝えてある。おまえが普段から食べているものがいい、その方がずっと嬉しい、と。だから、洞窟の外で漣蛙用に供えられる食事は、熟饌(じゅくせん)(調理して供えられた神饌)と呼ぶにはあまりに質素なものとなっている。

 村で収穫された米や野菜の膳――米に小豆と粟を混ぜて炊いたもの、葉菜類のおひたし、旬の野菜を使った煮物や香の物、山菜と茸の味噌汁。いずれも灰汁抜きや下茹でなどの手間をかけ、丁寧に出汁を取った上で作られている。調理の過程や結果を漣蛙が目にすることはない。だが、供えられたものが何なのか分かる。それらがどのように下ごしらえされたのか分かる。たとえ調理に勤しむさくらの姿を見ていなくても、漣蛙への想いが込められた手料理であることが十分に伝わってくるのだ。食器選びや盛り付けまでこだわっているだろうことも、容易に想像がつく。そういう人間だと知っている。

 外の景色を眺めることが叶わない漣蛙のために、さくらは自分が見たものを教えてくれる。夕暮れの空の色、星の瞬き、里芋の葉の上で丸まっていた朝露、軒先で光っていた氷柱。「何を話そう、どう話そうと考えながら目を凝らし、耳を澄ませるのです」――すると、途端にこの世が色付くのだという。さくらの口から語られる言葉が、漣蛙には面映ゆい(子蛙たちも外の様子について話してくるが、それとこれとは全く別なのである)。そして、四季の風物を話題にするだけでなく、食事を通じて季節の移ろいを教えてくれることもまたさくららしい配慮であった。山椒の天ぷら、茗荷の甘酢漬け、柿の白和え、塩茹でのむかご、胡桃味噌を塗って焼いた蕎麦掻き…。食事の支度でさくらが一時不在になるのは寂しかったが、今日は何を供えてもらえるのだろうと子どものようにそわそわとしていたことも事実で、さくらの手料理を味わえない子蛙たちからは随分と文句を言われたものだ。

 漣蛙に供えられた膳は後にさくらが食べることになっており、これも漣蛙から要請した。神と同じものを食べることで神との親密さが増し、加護や恩恵も得やすくなるのだと尤もらしいことを言って聞かせたが(実際に神人共食や直会(なおらい)という風習が存在する)、さくらと分かち合えることを一つでも増やしたかったのが本音である。膳を持って――手がふさがった状態でこの滑りやすい洞窟の石段を降りてこさせるなどとてもではないがさせられず、だから共に食卓を囲むことはできないが、同じものを食べているという事実が漣蛙の心を慰めていた。

 

 漣蛙は考える。

 結界を維持する術式が脆くなっているのは本当だ。数年のうちに封印は解けるだろう。漣蛙は結界に縛られた生活から解放される。しかし、その数年が待てない。今すぐにでもさくらに触れたい、彼女の温もりを知りたいと繰り返し願ってきた。

 だが、結界の縛りが消失したとて、ご覧の通りの巨体なのだから洞窟の出入り口を通ることができない。元は平凡な体つきであったはずだが、長年途絶えることなく捧げられてきた村人の信仰が漣蛙の体格も能力も肥大化させたのである。無論のこと、子蛙たちがこの洞窟に忍び込むために使っている通路も漣蛙には狭すぎる。移動は絶望的であった。

 出られないのなら、再び封印されて眠りに入り、洞窟内に留まるか。里に、さくらに、これからも水の恵みを与え続けるのは崇高なことかもしれない。だが、さくらと語らう楽しさを知った今、互いの絆が深まっていると自覚している今、この穏やかで愛しい日々が失われるのは嫌だった。

 外へ出たい。

 明るい陽射しのもとでさくらと、子蛙たちと生を謳歌したい。

 そのためには元の大きさに、元の姿に戻る必要がある。そういえば、いつだったか玉藻が教えてくれた。かつて、漣蛙は水神でも何でもない、ただの取るに足らない蛙であったと。真名を取り戻すことができれば、常識的な大きさの、ごく普通の生き物になって、洞窟をあとにすることもできよう。

 

 

『オレには真名が必要だ。…ただし、オレ自身が本来の姿を覚えていない。漣蛙として過ごした記憶を、おまえとの時間を忘れずにいられるかも分からない。

 真名を取り戻せば、仮初の神は消える。水神としての力もなくなる。本当に、何者でもない存在になる。今のオレを好いてくれているおまえが、変わり果てたオレを受け入れられるかどうか…』

 

 

 ただの蛙にさくらが添い遂げる必要はない。意味も利益もない。幸せになれないと分かっている異類婚姻など端から願い下げだろう。「そんな弱腰で女が靡くかよ」と言いたげな、子蛙たちの非難がましい視線が四方から漣蛙を突き刺してくる。

 いずれ、自分が潤してきた外の世界を眺めることができたらそれで十分だ。おまえはよく尽くしてくれた。人の世に戻って、真っ当な男に嫁いで幸せになってくれ。そうした潔いことを声に出せない己は、なんと情けないのだろう。

 

『もし、元の姿に戻ったときにおまえのことを思い出せなかったとしても、…それでも、おまえがオレにとってかけがえのない存在であったという認識だけは手放さないと約束する。…できるはずだ。事実、オレには忘れずにいられたものが一つだけ残っていたからな』

 

 漣蛙は、さくらに一枚の羽根を取り出してみせた。それは、この百年余りの間、湧き出る水に押し流されることなくずっと漣蛙の腹の下敷きになっていたものだ。

 

『この羽根が何に由来するものであったのかは覚えていない。しかし、オレの命に勝るものであったと、その強い確信だけがある。理屈ではない、…ただ、分かる』

 

 濃い紅と碧。裏表で色が異なる珍しい羽根。美麗な逸品だ。たった今抜け落ちたかのように軽やかで、その有り様は経過した年月を感じさせなかった。

 僅かに開いたさくらの口から、恍惚とした溜息が漏れ出る。彼女の顔つきから、漣蛙と同様に、この羽根を美しいものとして認めていることが窺えた。

 

『本来の自分を取り戻し、結界から出た暁には、おまえの美しい御髪(みぐし)にオレが手ずから羽根を飾ろう。オレのいっとう大事なものを、おまえに託そう。きっと、そのためにオレの手元に残っていたんだ』

 

 なぜ、こんなにも唐突に求婚まがいのことをしているのか。

 直前まで、何を話していたのだったか――…そうだ、紫陽花だ。今日は外で小雨が降っていて、薄曇りの中に咲く満開の紫陽花が素晴らしかったとさくらが教えてくれた。いつか貴方様と共に同じ景色を眺めたいと、それを望んでもいいかとはにかみながら言うものだから、胸がぎゅうと締めつけられて、たまらなくなって、…それで…。

 この性急な提案に、彼女は呆れているだろうか。恐る恐る目を向けてみれば、かの乙女は、思いがけない表情を見せていた。笑顔であったこと、それ自体には安堵こそすれ意外ではない。思いがけなかったのは、笑い方が普段と異なっていたことだ。いつもの、汚れなき新雪のような静謐な微笑みではなかった。さくらは、漣蛙の眼前で子どものような満面の笑みを見せていた。初めてのことだ。嗚呼なんて可愛らしいのだろうと思わず手を伸ばして頭を撫でてやりたくなるような、甘えたい盛りの子どもを連想してしまう無邪気で美しい笑み。

 まだ隠し持っていたのか。そんな素顔を。

 

「私はどこまでもお供します。たとえ、この先にどんなことが待ち受けていようとも、必ず。それが、貴方様と出会ったあの日からずっと胸の中に灯り続ける私の望みです」

 

 漣蛙はさくらを見つめている。子蛙たちも見つめている。全員が固唾を呑んでいる。さくらの一挙手一投足に神経を尖らせて、緊張感が漂って――…それにも関わらずさくらは動じない。上気して頬が赤く染まり、潤む瞳の煌めく様が、蠟燭のぼやけた灯りのもとであれはっきりと見えていた。

 今の漣蛙を敢えて辛辣に評するならば、卑怯。宗教上の優位性を利用してさくらに迫っている状況にある。だから、少しでもさくらが言い淀むなどの反応を見せたならば、すまなかったと一言詫びてその場で身を引けたはずだ(未練は残るとしても)。しかし、さくらは顔を曇らせない。少なくとも驚愕や困惑の類は伝わってこない。それどころか、漣蛙からの求愛を心待ちにでもしていたかのように、惜しみなく喜びを露わにしている。

 

「里での暮らしは、私の身に余るものであったと思います。贅沢なものであったと理解しています。ただ、全ては周囲の思惑によって整備された道でした。私は、その道を歩かされていただけです。思うところがあっても黙って飲み込んで、耐えて、受け入れて、…いつしか私自身の本音が何なのかも分からなくなって。でも、…貴方様が私の心を揺さぶってくださった。そのときに目が覚めたのです。まるで生き返ったような心地でした。だからこそ、私はそこで初めて主体的な望みを抱きました。誰かに言われたのではない、押しつけられたのではない、私だけの望みを」

 

 共に在りたい、と。

 

 さくらからの、懸命な訴え。断れない立場だからおだてているのではない、どうか本心であると信じてほしい――その気持ちを察することなど容易だった。全てが演技であったとしたら、もうこの世に信じるものなど何もないと言えるくらいに、彼女の言動は最初から最後まで誠意に満ちていた。

 

「思い立ったが吉日と申します。さっそく玉藻様にもご相談して、夫婦の儀を取り仕切っていただきましょう」

 

 さくらが話せば話すだけ、彼女の声の美しさが際立った。声にまで、何ぞきらきらしい色や光をまとわせているのではないかと思ってしまうほどだった。雲一つない青空のように晴れやかなさくらにつられて、漣蛙も笑みを零した。




【 補足 】
・ケロマツしかいない群れはあり得るか
 →あり得ると思っています。
  アニポケ(AG)
  進化しないままのキモリの群れが登場
  ゲーム(ZA)
  高レベルの御三家第一形態の出現など
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。