※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第一話*派生Ⅳ⑦★

 秘されたものを暴くのではなく、撫でるように。

 ゲッコウガの舌は、優しく動いた。互いの体温が口内で等しく溶け合うまでゆっくりと口付けてくれているのに、独りよがりではないその気遣いゆえに心臓がぎゅうと縮んで、胸が痛くなる。

『ッ、は、…』

 こちらの余裕のなさを看破されたのか、そこに名残惜しさを含ませつつも、やがて口が解放された。大きく息を吸うと、冬の夜特有の、刺すような冷気が肺の中に取り込まれていく。相対的に、いかに今の自分が熱を持っているのか、その現実を思い知る羽目になってしまった。

 火鉢もない空間なのに、全然、寒くなかった。

『…想いのすべてを説明してほしいとは思わない。

 拙者は、御主に好かれているという事実だけで生きていける』

 抱き寄せられ、耳元で囁かれる声もまた、――随分と切羽詰まっている。

 いつもは澄ました顔をしているゲッコウガの、その余裕を失わせている存在が自分なのだと自覚したのはいつだったか。

 

 彼ならば、自分ではとても口には出せないような情熱的な台詞も嫌味なく様になる。その真似はできなくても、こちらも想いは同じだと、…返事はその一言で済むはずだ。それと分かっていながら、どうして、己の口はいつも上手く動かないのだろう。

 代わりに抱き返すことしかできないし、そこから酌んでくれる相手の物分かりのよさに甘えていることも否定しない。きっと自分は、ゲッコウガが望むものを望む形で与えられていない。それなのに、彼は愛想を尽かすどころか、こちらをまるで自身の心臓であるかのように言ってくる。

 

 この、理屈を度外視したどうしようもない物好きを大事にせねば男が廃るということに気付けぬほど、鈍感ではない。

 己の好意が彼を生かすというのなら、ブラッキーの言葉通りに、ゲッコウガの言葉通りに、…ずっと好きでいようと、思う。

 

 恐る恐る顔を上げて薄紅の目を見てみれば、すっかりその気になった彼が欲情しきった視線で射貫いてくるから、ひるむ。

 身体に触れてくる手つきが、芯を握り込んでくる手のひらが、…明らかに欲を解放させようとする意図を伴って導こうとしてくるので、腰のあたりに、何かぞわぞわとした、しかし決して不快ではない感覚が積み上げられていく気配があった。

 与えられる刺激に同調して腹の奥底に熱が籠る。こんなふうに、浅ましく変わってしまった体内を、今更ながら恥じる。

 慣れたとは言わない。軽度な性的触れ合いならそれなりに、しかし身体を深く繋げた回数は片手で数えられる程度だ。未知に対する怯えが残る部分だってあるのに、それはもはや気持ちの上の話だけで、体の方が先に恐ろしい行為でないと覚えてしまっていることが、はしたない気さえする。

 

 同性に想いを寄せる、寄せられることになろうとは思ってもみなかったし、ましてや性交、自分が抱かれる側になる未来が待っているなんて、一年前の自分が想像できるはずもない。それでも、性別も種族も置き去りにしているこの関係が、今のところ破綻していないという事実を「幸い」と認識するくらいには、…絆されている。

 

『…ン、ッぁ、…』

 蓄積されたものの、決壊。

 自分の意思で抑え込めるような快楽ではなかった。肩を震わせ、腰を揺らめかせ、促されるままに吐精してしまえば――その欲の残滓は、次の行程にも都合がいい。大事な子種のはずが、実際は相手の指に馴染み、卑猥な潤滑油として使用されていく。生への冒涜行為ともいえるそれに、性的倒錯が、募る。

 孔の強張りを解こうとする相手の指先にぐっと力が入って、押し広げられて――徐々に、排泄器官が性器へと変えられていく。向き合っている状態でも、ゲッコウガの長い舌は難なく後ろのすぼまりに届き、そのまま、丁寧に舐めあげてくる。

『――…ッ』

 己の精液と。相手の唾液と。濡れているのはその所為で、粘ついた水音が響くのもその所為なのに、…とろりとつたうソレが、あたかも雌の内側から滲む愛液、の、ような、錯覚が。して。

 胸を、灼熱が、焼く。

 何より、日頃は彼の首元で洒脱に巻かれ、先程は口内を愛撫してくれていた舌が、そこを。

 そう考えたらたまらなくなって、思わず、息をつめてしまう。

『…ルチャブル、』

 ゲッコウガが、なだめるように、そっと背をさする。

『息を吸え。…大丈夫、痛い思いはさせないと約束する』

 今となってはもう、痛みどころか、苦しみも、違和感でさえ見出せなくなっていることは、分かっているのだけれど。どうしても、本来の用途ではない背徳感が拭えなくて、絞り出される吐息の中に、嗚咽に似た震えが混じる。

『ひ、…っ、あ、ぁあ、…!』

 身体が跳ねる。

 背が、しなる。

 あてがわれて以降は逆らえない。対面座位により自重で勝手に身体がおちて、意図せぬうちから楔を奥まで招いてしまう。

 自分では届かない内部に、ゲッコウガが触れてくる。内臓の薄く繊細な粘膜が、小さな刺激をも敏感に拾っていく。

 体格差ゆえに己のものとは比べようもない大きさであるはずの相手の雄を、根元まで呑み込んで締め付けている現実が。彼が腰を動かしながらこちらの肉壁を蹂躙して快楽を貪っている目の前の光景が。子を孕むことのない分際ながら白い体液をナカで飲み干してしまう自分が。いずれも、日常の延長線上にある。未だに信じられない。自他の情報が幾重にも層をなして脳の情報処理能力を削ぎ、機能不全を引き起こし、麻痺して霞む意識の中では、――ただ、悦びだけがやけに鮮明で。

 眩暈が、する。

『ッく…、…あ、――!!』

 気持ちいい、と、感じてしまう罪悪。

 故郷の森で一羽の雄として生きていたならば、まず間違いなく出会うはずのなかった快感を、ありえない部位で知覚していることで、壊れゆくものがある。矜持や、自我に似たもの。それらが、瓦解していく。惚れた相手と触れ合う幸福の裏側で、今まで大切にしていたものが破壊されていく悲痛も生じていて、板挟みになっているうちに、いつも、何か得体の知れない、名状しがたい激情が湧き上がっては心身を苛んでいく。

『ルチャブル、拙者に集中しろ』

 波にさらわれそうな有様のこちらを、ゲッコウガの声が引き揚げる。

『快楽を追う以外、何も考えなくていい。

 煩わしいことは全部忘れさせてやるから、…安心して身を委ねるでござる』

 口調こそ優しく、誘惑するような言葉だが、その本質は余所見を許さない独占欲の裏返し。時に狂気的な眼光を瞬かせる彼に恐れをなす間も与えられず、突き上げられ、啼かされて――挙句、思考力を一滴残らず啜っていくような接吻によって感度にとどめが刺され、残っていた一握りの理性も藻屑となっていく。

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