『
壁にとまって翅を休めていた壱號ことテッカニンに声をかけてきたのは、朧だった。ふたりは、互いに友と呼び合って差し支えのないほどには親しい間柄であり、気安く談笑する仲なので、このときの壱號もいつも通りに『問題ない』と快く応じた。
撤退戦で生死不明となっていたスッパと朧が帰還を果たし、イーガ団の皆は歓喜に沸き立った。この奇跡的な出来事に各々が勝手に励まされ、士気は最高潮となり、勢いづいたまま天下分け目の大合戦へと臨んだのである。まるで昨日のことのようだが、現在は、あれから一カ月ほどが過ぎたところだ。
歴史に残る大一番で勝利して、ハイラルの地は平和を取り戻しました。めでたし。…と、こうして述べるのは容易いが、それを実現するための道のりが平坦でなかったことは言うまでもない。改めて眺めれば、朧はすっかり
壱號が月白様と敬うその魔物は、壱號のみならずイーガ団に属する魔物全てが憧れてやまない存在である。
月白も朧も図鑑では「ゲッコウガ」と記されている魔物で、通常、ゲッコウガの表皮は紺青なのだが、稀に発生する突然変異種の表皮は漆黒であり、瞳や舌の色もより赤みが増す。月白はまさに、俗にいう「色違い」の個体である。先代の総長から当代の総長へと二代続けて仕えている歴戦の老兵で、数々の修羅場を生き抜いてきた猛者。魔物は皆して「あの御方こそが最強」と口を揃える。事実、老いた身でありながら戦闘能力に衰えは見られず、白濁した右目は視力を失っているので相当なハンデであろうに、鍛錬場での稽古において魔物勢は誰も勝てたためしがなかった。ケロマツの頃から頭角を現し、期待の新星としてもてはやされてきた朧でさえ未だ敵わない相手である。
しかし、いくら強かろうが命あるものは永続しない。いずれ必ず終わりがくる。不死身のように思える月白とて例外ではなく、いつかこの世を去る。いざそのときがやってきたら、後継者は朧となろう。彼は此度の戦で、それだけの風格を備えるに至った。
九死に一生を得るような経験が、朧を高みへと押し上げたのは間違いない。だが、口を開けば彼は穏やかな声を聞かせてくれる。壱號にも友として接してくれる。壱號が密かに「変わってほしくない」と思っている部分は、朧の中できちんと保たれているのだと察せられ、安堵した。だから、『頼みたいことがある』と用件を切り出されたときは、内容を確認するよりも先に「あの朧に」頼られたことが嬉しくて、自分が力になれることなら何でもやってやろうという気でいたのである。『探してほしい魔物がいる』と打ち明けられたときも、よし任せておけという気でいたのである。
『撤退戦の折、スッパ殿と拙者の助太刀をしてくれた魔物でござる』
『なるほど、おまえたちと共闘できるとなれば相当に腕が立つ奴だな。探しだしてスカウトしたいわけか』
『さすが壱號。話が早くて助かるでござるよ』
今回の一件でイーガ団は団員の数を大きく減らしてしまったし、少しでもその穴を埋めるべく、即戦力となる人材や魔物の確保が団内の喫緊の課題となっている。
『じゃあ、思い出せることを話せるだけ話してくれ。特に、会った場所や容姿の特徴に関しては、できるだけ詳しいとありがたい』
壱號としては、ごく普通に、捜索のための手順を踏んだだけだった。もたらされた情報を手掛かりにするのだから、詳細を求めるのは当たり前のことだった。予想外だったのは、情報を提供する際の朧の様子である。
朧は、いやに饒舌だった。
平生は寡黙な朧が、一年分は喋ったんじゃないかというくらいに話し続けた。よくぞ尋ねてくれたとばかりに、捜索対象――鷹の魔物について、事細かに教えてくれた。それはもう、壱號が気圧されるほどの勢いで、彼がいかに美麗であったかを
おまけに、朧がそこまで鷹に固執するわけも、壱號が訊かぬうちから語りだす始末。カースガノンとの戦いから生き延び、鷹に世話になったその一部始終である。探してほしい理由に説得力を持たせようという
『…おまえさ、イーガ団のためってのは単なるお題目だろ。おまえが会いたいから探してほしいだけじゃねえか』
壱號の口調に呆れを読み取ったのか、はたまた図星だったためか、朧は『うぐ』と言葉に詰まっている。分からいでか。というか、仮にも忍がこんなにあっけなく真意を悟らせるんじゃないよ。全く。
絶体絶命の危機から逆転の目を掴ませてくれた鷹の魔物。聞き及ぶに、彼は十分に戦力に足る手練れで、頼もしい存在だったようだ。戦場で力を貸すのみならず、手負いの朧たちを療養させ、随分と手厚く世話を焼いて。それらの事実に対し、甚だしい恩義を感じるのは理解できる。何らかの形で恩を返せたらと思うのは自然なことだろう。だが、朧は再会を望む理由に終ぞ恩返しを使ってこなかった。相手に報いるのではなく、スカウトというのも建前に過ぎず、実際には己の欲によって「会いたい」と言っている。鷹の華やかな活躍や容姿が朧を魅了し、彼の心を捕らえて離さないのだ。
脳を焼かれるって、こういうことなのか。卑近な例がまさか朧になるとは思わなかった。
壱號の知る朧は、少なくとも、己の欲を優先させることはない。武人
朧の話から、戦地となった場所のおおよその見当はついたし、その周辺の森を聞き込めば鷹に関する情報を得ることも難しくはないはず。しかし、居場所をつきとめたところで、朧自身はおいそれと鷹の元へはいけない身の上だ。スッパから離れて単独行動することはできない。現場が他地方なので、尚のこと現実的ではない。だから、鷹をカルサー谷のアジトまで連れてくる口実に、イーガ団へのスカウトを持ち出してきたのだろう。
壱號は諜報任務に関わることが多く、その影響もあり、情報収集能力は高い方だ。耳の早さを自負している壱號は、今の今まで、朧の様子がおかしいという話を聞いていない。誰も、朧の脳内に花畑が広がりつつあることに気付かず、朧もまた、誰にも悟らせなかったことになる。仮に、朧が何やら浮かれていると周りが知ればそれはもうお祭り騒ぎになるだろう。この堅物をいじり倒しておもちゃにするのが目に見えている。ゆえに、壱號は確信する。朧は壱號にのみ胸の内を明かしている。その信頼に応え、隠密の者としてはかなり危うい状態にある朧をフォローせねばと決心する壱號である。
夢中、心酔、虜…、今の朧を見ていると、そんな単語が思い浮かぶ。イーガ団に全てを捧げるような生き方をしてきた魔物であることを考えれば、その反動がきているのかもしれず、ならば、哀れにも感じられた。できる限りのことはしてやりたい。
『まあ、…今は追及せずにいてやるよ。近いうちにひとっ飛びしてきてやるから、続報を待ってろ』
壱號もまた有能な魔物である。「続報」を待つ期間が非常に短くて済むところが、常に評価されてきた。今回も、壱號はその高い実力を遺憾なく発揮した。鷹を知っているという山羊の魔物に、かなり早い段階で接触できたのだ。しかし、そこで得られた情報は『あいつは頻繁に住処を移すから、もうこの森にはいない』という内容で、しかも、誰にも行先を告げずに出ていってしまったというから、鷹の足取りを追えなくなってしまった。もちろん、ここで簡単に引き下がる壱號ではない。いくら鷹が気ままに旅立ったとはいえ、好む環境はあるだろうから、寒冷地や湿地はひとまず避け、直前まで暮らしていた森と似通ったところを重点的に飛び回った。捜索の最中、朧が言っていた特徴と合致する鷹を何度か目撃したのだが、いずれも同族というだけで、朧が求める個体ではなく――…そうこうしているうちに壱號にも任務が入り、私的な捜索に時間を割くことが難しくなっていく。思っていたより随分と難儀な状況に陥ってしまい、朧にとっても壱號にとっても、はがゆいばかりなのだった。
【 補足 】
・イーガ団内では複数の
養える頭数に限りがあるため、団員であれば誰でもポケモンと共に行動できるわけではなく、選ばれた精鋭のみがポケモンと組むことを許される。
①ツチニン
構成員と組む。
ほとんど視力がなく、太陽の光が苦手。イーガ団アジトは「遺跡の居抜き」みたいなものなので薄暗い場所が多く、住処としては問題ない(むしろ気に入っている)。
その生態により、夜間の任務に同行する。触角を用いた暗所での索敵はお手の物。
穴を掘って簡易な避難場所を作ってくれるため、遠征や野宿にも対応できる。
特性が「複眼」、更には「心の眼」を覚えることから技の命中率が高く、土の中を移動してきて地表の敵に不意打ちをかます強かさもあり、意外にも戦闘面において頼もしいポケモン。土遁の術を習得できる優秀な個体も存在し、育成時の楽しみが多い。
②テッカニン
戦闘に駆り出されることはほとんどない。
高速の飛翔が強みなので、諜報の際の書簡の遣り取りに使役されたり、アジトの周辺を飛び回り不審な存在を発見次第大声で鳴くなどアラートとしての役割を担う。
番号で識別されており、本文中に登場したのは「壱號(一号)」。特定の人間と組んだり、特別な名を与えられる他のポケモンを羨むことはなく、淡々と業務をこなしている。
かなり厳しく躾けられているため、決して無駄鳴きはしない。
③ヌケニン
構成員と組む。
特性「不思議な守り」を役立てるべく、重要な機材や宝物を運搬する際に同行。要は護衛任務だが、任務の過程で賊に襲われるなどすると高確率で苦手な技(特に炎)に被弾することになり、結果、頻繁に消滅してしまう。
通常、テッカニンの数だけヌケニンがいる計算になるが、現在団内に残っているのは一体のみ。こいつは戦闘能力の高い個体なので、護衛と自衛を両立させることで生き残ってきた(その気になればソーラービームなども撃てる)。
かなりピーキーな性能であるため、その利用方法などが団内で研究され続けている。
④チョボマキ
アギルダーに進化した後も組むことを想定し、隊長格と行動を共にする。
遠方の湿地からわざわざ捕獲してくる。カルサー谷の環境に適応しづらいため必然と飼育が難しく、団内の個体数は多くない(それだけに、特性「防塵」の個体は重宝される)。
直接戦う場面は少なく、毒液で敵対者を怯ませるようなサポーターとしての立ち回りがメイン。
イーガ団では、チョボマキの毒を矢の先に塗って殺傷力を上げるといった活用も。
⑤アギルダー
隊長格と組む。
チョボマキの頃とは一転、ゴリゴリの戦闘要員へ。毒使いである基本はそのままに、多彩な攻撃技を覚え、「這い寄る一撃」など暗殺向きの技も習得。身軽で素早いためイーガ団との親和性が高く、小柄ゆえに小回りも利き、まさに痒い所に手が届く存在。
⑥カブルモ
構成員と組む。
正直言うと、チョボマキを進化させたいがために「おまけ」として捕獲してくるポケモンでしかないのだが、「とにかく魔物と組んでみたい」という構成員は多いので、それなりの需要はある。
イーガ団では、カブルモの酸を採取して、金属の加工に利用したり、敵対者に投げつけて怯ませたりする。
⑦シュバルゴ
構成員と組む。
チョボマキがアギルダーになる際、同時に、カブルモもシュバルゴへと進化を果たす。進化すると攻守の揃った頑丈なポケモンになるため、アジトの警備員として活躍。周辺に魔物が出たときなどは率先して駆除、排撃にあたる。
⑧ケロマツ
厳選も部下への譲渡も総長の役目。
イーガ団で代々繁殖してきた経緯から、乾燥への耐性がついている。
ケロマツのときから幹部と組む。平の構成員のときからケロマツを託されたスッパは、かなり異例の存在。
ケロマツ時にはひたすら戦闘訓練を重ね、ゲコガシラになってから任務へ同行し、ゲッコウガへと最終進化を果たす頃には幹部と非常に強い絆で結ばれることになる。
メスは希少なのでかなり厚遇される。後に卵を産んでもらうためにも身の安全が第一となり、護身術程度は覚えさせるが、任務には同行させず、アジト内で大事にされる。
⑨ゲコガシラ
ゲコガシラの時点では「アギルダーの下位互換」のような立場であるが、アギルダーの数が少ないこともあり、隠密任務への参加率は非常に高い。体内で水を生成できることから、アギルダーでは覚えられない数々の氷技を習得できる点も強みとなっている。
⑩ゲッコウガ
イーガ団所属のポケモンにおける最高戦力。ゲッコウガと組みたいがために出世欲を燃やす構成員がいるほどで、憧れの的となっている。
◆朧
・元はコーガ様が自ら厳選したケロマツ。コーガ様がスッパの能力の高さを早くから見込み、譲渡した。
・子スッパと共に成長し、鍛錬を続けたケロマツは、当然のように実力申し分ないゲッコウガとなった。
・スッパとの絆は強く、戦闘での連携もばっちり。公私ともに長く連れ添ってきたことからスッパにだいぶ影響されており、口調が似通っているのもそのため。
・自他共に認める「堅物」だったのだが…?
◆月白
・色違い個体
・先代~現コーガ様と共に在る老兵。飄々として掴みどころがなく、口が悪い。
・イーガ団に所属するポケモンたちは口を揃えて彼を「最強」と評する。性格はさておき、憧憬の念を抱く者は多い。
・朧のことは実のところ孫のように思っているが、会えば揶揄い、煽ったり挑発したりが常。稽古をつけてやることもあるが、そのたびに完膚なきまでにボコす。
・右目が白濁しており、視力を失っている。顔にも舌にも身体にも傷痕が散らばり、耳の先端が欠けているなど、長命であることが不思議なくらいの壮絶な風貌。