※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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朧月は蘇芳色の夢を見る⑥

 

 ――片時も忘れたことはない。朧の心身は、常に蘇芳を求め続けている。

 壱號に依頼してから既に数カ月が経過しており、未だに蘇芳の行方が杳(よう)として知れない中、それでも諦めがつかずにいる。壱號に頼りきりではなく、任務のために遠征する機会があれば隙を見て自ら周辺を捜索するという涙ぐましいことを続けている朧であるが、現実は、必ずしも苦労に見合った情けをかけてくれるわけではない。現に、これまで手掛かり一つ掴ませてはもらえなかった。

 

 あの日、スッパと朧の回復を確かめた蘇芳は街道まで案内してくれた。『ここから先はニンゲンの領分だから、おまえたちだけで何とかできるだろ』と言うが早いか、くるりと踵を返した。別れはあっさりしたものだった。

 そこには、確かな温度差があった。

 蘇芳にとっては「それきり」でしかなかったろう。しかし、朧は違う。それきりでは終われなかったのだ。蘇芳の存在に深く足を取られて、とっくに後戻りできなくなっていた。

 蘇芳の名を己が声で紡ぎたい、蘇芳の声で己が名を紡いでほしい――…自己紹介をせずとも、行動を共にしたあの短いひとときのうちに互いの名は分かっていたはずだし、話す機会なんていくらでもあったのに、結局、名乗り合うことをしなかった。今になって、それが心底悔やまれる。悔いがあるから余計に執着してしまう。去り際の、『達者でな』という蘇芳の声が今でも鼓膜の奥で反響している。彼の声をもう一度聞きたい。あの美しい鷹にもう一度会いたい。夢にまで見るほど、再会を切望してやまない状況だった。「おまえは思い出を美化しすぎているんじゃないのか」と、「過度な憧れを募らせたままで実物と会ったらかえってがっかりするんじゃないのか」と指摘して、朧に客観性を持つよう叱ってくれる者があればよかったのだが、そうではないから朧の中で想いが煮詰まる。先鋭の一途を辿る。もはや狂っているとしか言いようのない朧は、しかし、そんな素振りをおくびにも出さず、何食わぬ顔で過ごしていた。悶々としているくせに日常生活や課せられた任務に何ら支障を出さなかったため、朧の内秘めたものを知っているのは直接相談を受けた壱號だけであり、驚くべきことに周囲には――スッパにさえ――隠し通せていたのである。

 

 

+++

 

 

「気晴らしにいくか」

 

 何の脈絡もなかった。

 提案というよりはほとんど確定に近い調子で口にされた総長の言葉を耳にして、書類の整理をしていたスッパが顔を上げる。その場に控えていた月白も、朧も、総長へと視線を向けた。

 

「話しておきたいこともあるし、他の幹部勢を呼びにいってくれ。今回は、隊長連中も追加でな」

 

 スッパは、静かに頷きを返すだけに留まった。気晴らしが具体的に何を指しているのか、話しておきたいこととは何か、そうした詳細はこの場に対象者を呼び出した後でまとめて聞けばいい。問い返すことよりも招集が優先されると判断したスッパは、黙礼して総長室をあとにした。

 対象者に声をかけると、彼らは例外なく浮き立つ様子を見せた(特に、隊長として一定の地位は与えられても区分はあくまで「構成員」である者たちの喜びようは言うまでもない)。上司から用件不明で呼び出されたとあれば不安になるはずだが、それは一般論。コーガ様とお目通りが叶うことの喜びが勝ってしまう、それがイーガ団である。

 集まった者は皆、当然ながら総長室で神妙に畏まっていた。しかし、いくら折り目正しくしていても、敬愛してやまないコーガ様その人を前にした高揚は隠しきれていない。万事につけて派手好きな総長が言う「気晴らし」はおそらく楽しい内容のはずで、そんな想定もあるからこそ、総長直々に居合わせることを許されている現状に一同の期待は膨らむばかりなのだった。

 

 

「おまえたちには、まあ、何だ。いっぺん、きちんと礼を言っておかねえとなって、俺様なりに考えたわけよ」

 

 

 総長は、居住まいを正して話しだした。

 己の甘さでアストルを引き入れてしまったこと、それが遠因となって多数の犠牲者を出したこと、その尻拭いに奔走してくれたばかりか、こんな自分を信じて最後までついてきてくれた忠誠が嬉しかったこと。

 

「厄災がなくなったところで、面倒な後処理はわんさか残ってる。人材もかき集めなきゃいけねえ、アジトも立て直さなきゃならねえってときに、上役のおまえたちが苦労してるのは分かりきってることだわな。…ま、日頃から何でもかんでも押しつけてる俺が言えた義理じゃねえんだけどよ」

 

 おまえたちはいつも最前線に立ってるよな。撤退戦でも、先の戦でも、取り戻した日常の中でも。ありがとな。

 心なしかしんみりとした口調の総長に、全員が、胸打たれていた。ぐす、と鼻をすする者もある。面の下で涙ぐんでいるらしい。

 ――戦が終結し、厄災も鎮まり、更には王家誅殺の必要もなくなって、どうやら我らがコーガ様には思うところがあったらしい。福利厚生の面で何かと気を揉む今日この頃なのだ。特に食に関しては、大幅に改善されている(身体が資本だからという至極真っ当な理由による)。食べるのに手っ取り早くエネルギー変換効率もいいバナナで何でもかんでも解決してきたかつてとは異なり、食材の鮮度も、種類も、食堂で提供される食事の栄養バランスもよりよいものへと変わった。その分コストはかかるわけで、団員の健康と引き換えにイーガ団は火の車となっている(スッパは算盤を弾きながら夜な夜な溜息をついている)のだが、総長の想いを無下にはできない。幹部たちは「コーガ様からの計らいである。ありがたく味わうように」と事あるごとに言い渡してきた。コーガ様が我々に気遣ってくださっている。部下としては、それだけで十分過ぎるくらいだった。それなのに、まさか、ここにきて幹部(自分たち)だけに特別な労いの時間が待っており、情緒をぶん回されることになろうとは想像だにしない。「気晴らしって、何をなさる予定でいらっしゃるのかな~」とのんきにニコニコしている場合ではなかったのだ。コーガ様からの「ありがとう」、これだけでこの先の未来を生きていける。いついかなるときもイーガ団に殉ずることができる。感涙は必至であった。

 

「で、苦労に苦労を重ねてるおまえたちの息が詰まる前に、気晴らしにいこうって話。武勲への褒賞もまだだったしな」

 

 わかったか、との確認に対して、総長室を揺るがるような声量で一斉に「恐悦至極にございます!!!」と返ってくる。総長は、満足げに頷いた。

 

「闘魔の一座が、ドサ回りでカラカラバザールにきてるらしくてな。最近流行ってる見世物なんだろ?はい、続きは諜報班」

 

 突然の名指しにも狼狽えず、「は!」と短く応じ、諜報班の幹部が簡潔に補足する。元はハテール地方で発足し、数年前からハイラル全土を巡業するようになった『チェスト』という団体は、闘魔を「安全に観戦できるエンタメ」へと昇華させた初めての組織である。団内で養育している魔物同士の戦いを観客に公開しているわけだが、その白熱した様子に見応えがあることはもちろん、他地方に生息している魔物を見られるまたとない機会であり、非常に人気が高い。評判が評判を呼び、今では人々がこぞって詰めかける催しとなっている。『チェスト』がやってくることで周辺の経済効果も高まり、催しに合わせて期間限定の出店や市場が現れることも多く、一座の滞在期間中はお祭り騒ぎになるのが常となって久しい――淀みのない、実に滑らかな説明は諜報班というだけのことはあり、情報通の面目躍如といったところか。皆して、ほうと感心していると、総長は徐に懐へ手を伸ばした。

 

「俺様たちが向かうのは三日後の千秋楽《午後の部》!どうせなら一番盛り上がってるときに行かねーとな。…なァに、金の心配なら無用だぜ」

 

 刮目せ~い!

 総長が取り出したるは、人数分の木戸札(入場券)。

 

「こいつァ、おれ~さまのォ、ッア、へそくり~からァよ~ッ!」

 

 イヨーッ、ポン!

 お囃子の掛け声やら鼓の音やらが聞こえてくるようだ。どっかりと座っていたかと思えば、次の瞬間には軽業師顔負けの身軽さですっくと立ちあがり、ばば~んと見得を切る総長。ぽよ~んと揺れるふくよかなお腹。あとはもう、やんややんやの喝采である。

 いったい、いつの間に。どうやって。そんな疑問は些末なものだ。入手が極めて困難なプレミアムチケットだろうとやるときはやる、やるったらやる、それがコーガ様であるからして。

 

「おまえたち!若い衆に上手いこと話つけて、予定を空けとけよな!」

 

 裏で暗躍し陰に生きる者たちが、足取りも軽やかに「やった~!」と言いながらそれぞれの持ち場に戻っていく。感極まったスッパなどは、ほとんど茫然自失で「生きていてよかった…」と惚ける始末。その呟きを拾って、

 

「当たり前だろ。…な、生きててよかったじゃねーか。お互いに」

 

 総長が、そんなことを言うから。いつになく柔らかな声音で言うから、スッパはもうひとたまりもなかった。

 

「あ、やべ…。観客側の魔物は同伴不可ってのを言い忘れてたな…」

 

 闘魔に感化されて客側の魔物が興奮状態になることを防ぐという尤もな理由である。「自分から伝えておきます」というスッパに、総長は「おう、助かる」と返した。

 

「月白と朧は例外でいっか。適当に忍び込んで観戦しとけ。

 おまえたちの実力を考えれば、脚本ありきの試合を観たところで得るものはねえだろうが、…せっかくだしな」

「他地方の魔物やそれらの技を知るにはいい機会でござる。今後、同種の魔物と会敵しないとも限りませぬゆえ」

「そう、それな。俺様もそういうこと言いたかった」

「流石はコーガ様。常に我らの先を考えておられる」

 

 調子のいいことを言う総長へ抜かりなく合わせる筆頭、もはや見慣れた光景である。

 予定が立った段階で、以降の総長はのんべんだらり。だって、あとは部下が何だってやってくれるんだもん。その意味で、スッパはいい見本だ。スッパにとっては何を差し置いてもまず「コーガ様」であるから、総長との「気晴らし」すなわち「お出かけ」が成功するためならどんな労苦も厭わない。総長の分の荷物をまとめ、移動のためのスナザラシやサダイジャの手配もテキパキと済ませていく。より居心地よく移動するために業者からフライゴンを借りることができればよかったのだが、フライゴンの利用は専ら富裕層が多く、相応の料金も発生する。何より問題なのが、目立ち過ぎてしまうということ(何せ「砂漠の精霊」の異名を冠する魔物であるし、飛翔すると特徴的な音を出す)。市井に溶け込むための変装をしていく前提であるからには、身の丈から逸脱するようなことは避けたい。このように移動手段が端から限られているからこそ、スムーズにいくかどうかは当日の天候にかかっていたが、迎えたその日は快晴で砂嵐もなく、珍しいほどに凪いでいた。絶好の日和に、皆が歓喜の声を上げる。予定通りに外出できることが嬉しいばかりではない。道中、魔物が跋扈する地帯を通過せねばならないのだが、これほど視界良好とあらば応戦も楽になる。その意味でも、砂塵に阻害されない状態はありがたかった。

 

 

+++

 

 

 人で賑わい、活気のある場所にくるのは久し振りだった。

 ゲルド砂漠におけるこの最大級のオアシスは、古来、旅人の休息地であり、交通の要衝であり、砂漠観光の拠点であった。澄み渡る湧水地は、青々とした緑地は、灼熱と乾燥の環境下に於いてひときわ魅力的であり、人々を呼び寄せる。ヒトが集まればカネとモノが動く。市場(バザール)が発展したのは必然といえよう。今は『チェスト』が来ていることもあってその混雑たるやすさまじく、人酔いしそうなほどであるため、朧は単身、ヤシの木に登ってその大きな葉の影に身を潜ませている。コーガ様とスッパ殿を見失わなければそれでよしとして、今もなお対象となる二人を視界の中に収め続けているわけだが、現着と同時に行方をくらませた月白も朧と同じように高い場所から二人を見守っているはずだ。

 もし、いつもの赤いスーツ姿であったなら、人混みの中でも難なく見つけることができただろう。仮にも隠密の者がそんなに人目を引くような格好でいいのかと問われそうだが、街中で着ていれば目立つというだけで、実際の任務ではこれがなかかな理に適っているのだ。闇から闇へと動くイーガ団、彼らが纏う赤は暗所で目視がしづらい色であり夜間の暗躍を容易にする。場所によっては日中でも有効で、それこそ砂地や荒野など赤茶けた場所が多いゲルド地方ではイーガ団のスーツこそが迷彩服となるのである。ただ、今回はあくまでも私的な気晴らしのために訪れている。イーガ団であることを理由に外野から邪魔立てされても面倒なので、総長はじめ幹部の面々は変装してこの人混みに紛れ込んでいた。出稼ぎ労働者や商人、一般の観光客…各々が思い思いの格好に扮している。体型も、身分も、性別すら偽り、完全なる別人へと成りすます――…こと変装術にかけてはイーガ団の右に出る者はいない。何ら違和感を覚えさせず、不審な点が欠片も見当たらないことは、素通りを許したカラカラバザールの守兵が証明してくれた。

 総長も筆頭も、無論のこと巧妙に変装しており、彼らが被っている日よけの帽子や外套は道行く誰もが身につけているため、余計に個性を埋没させている。少しでも目を離すと追尾できなくなりそうなので、朧は気合を入れ直した。

 二人は適当に露店を素見(ひやか)したり、買い食いしたりと気ままに過ごしている。別人を装っていても、あの楽しそうな表情や柔らかな目つきに嘘はないと思いたい。散らばっていった他の幹部勢も今頃はこんなふうに息抜きをしているのか。総長からは「会場で落ち合えばいい。それまでは好きにしろ」と言われているので、酒を呷(あお)ったり、行きずりの異性を口説く奴もいるかもしれない。いずれにせよ、血生臭い戦いに明け暮れるよりはよほど健全な過ごし方だろう。たまにはいいものでござるな、と、そう思いながら、先ほど隙をついて市場からくすねてきた果物を頬張った。

 

 遠くから、銅鑼の音が響いてきた。市場を抜けた先にある広場からだ。そこには例の闘魔の会場が設営されていて、今し方の銅鑼の音が開場の合図であると事前に教えてもらっている。人の波が会場の方向へと大きく動き出したのもそのためだろう。いよいよ千秋楽の午後の部が開始というわけだ。朧も、会場内に潜入すべく移動することにした。

 ぴんと張られているのは、巨大な長方形(レクタ)タープ。テントを組み立てるよりはるかに簡易な設備だ。その真下にあたる地面にも、タープ同様に大きな長方形が白線で描かれている。そこが魔物たちのバトルフィールドらしい。目算では、イーガ団の鍛錬場を半分ほどにした広さに見える。そして、戦いの舞台をぐるりと囲むように、階段状の客席が設置されていた。随所に提げられた、おそらくは満員御礼を意味するのであろう札からも察せられるとおり、空席は見当たらない。人々の熱気でむせ返りそうだ。押し合い圧し合いの所為で小競り合いが起こっているのか、あちらこちらで怒号が飛び交う始末である。

 会場の奥の方には、スタッフや出場する魔物たちの待機場所であろう別の六角形(ヘキサ)タープが立っていて、その周辺には雑然と木箱や清掃道具が置かれている。潜むのにちょうどよく、朧は即座にその物陰へ忍び込んだ。

 さて、選手らがどんな身のこなしを見せてくれるのかお手並み拝見といこう。

 積み上がった荷物の隙間に腰をおろす。客席にいるよりもバトルフィールドが間近で見え、実質、特等席である。蘇芳と観戦できたら楽しかったろうと、ふとそんなことを思う。魔物たちの動きや技を見て、ああだこうだと言いながら、今の体捌きは見事だと感嘆したり、自分だったらもっと上手くやれたと自慢したり、今度同じようなことができるか練習してみようと話したり、そういう時間が持てたらいい。

 こんな妄想を繰り広げる自分は、おかしいのだろうか。

 朧は、時々、我に返る。返るのだが、「もし蘇芳が自分の身近にいたら」という妄想が捗りすぎて歯止めがかからない。そして、妄想ではなく現実のものにしたいからこそ、仲間の力を借りながら蘇芳を探し続けている。

 

 今日、その蘇芳探しの件で急転直下の展開を迎えるとは予想もしていなかったわけだが。

 

 不意に、朧は木箱の隙間からはみ出ている紙の束に気付く。どうやら、余ったポスターが無造作に突っ込まれているようだ。何の気なしに目を向けたのだが、次の瞬間には、呼吸を忘れてしまった。一番上にあった一枚を半ばひったくるようにして取り出し、目の前に広げた。

 朧は文字が読めない。だが、絵なら分かる。ポスターに描かれていたのは魔物たちの集合絵だ。中央に大きく描かれている魔物は、普通に考えればスター選手ということになるだろう。最も目立つ場所に配置されて描かれているのは、あの、彩鷹である。

 所詮は絵でしかなく、蘇芳ではない可能性の方が圧倒的に高い。同種族の別個体といういつものパターンかもしれない。そう思うのに、しばらくの間、食い入るようにポスターを見つめ続ける朧であった。

 





【 補足 】
・本来、砂漠における物資の運搬は容易ではないため、バザールにほど近いゲルド族はさておき、奥まったところにいるイーガ団は日常生活の必需品を調達するにも苦労していたのではないでしょうか。
 ただ、この二次創作は少数ながらポケモンが生息している設定で書いておりますので、たとえば砂漠にカバルドンなどが棲みついていれば、彼らの力を借りることで物流の問題が解消されるかもしれません。たくさんの荷物をのしのしと運んでくれそう。だから、(費用はかかるものの)新鮮な食材を入手することは不可能ではない…とか。

・フライゴン
 ハイラルにはナックラーもビブラーバもおらず、フライゴンのみ(卵から生まれてくるのもフライゴン)。
 ニンゲンに協力的な魔物であるが、気位が高いため、対応を誤るとえらい目に遭う。
 一体でもいいからイーガ団で捕獲できないかと前々から試行錯誤しているのだが、未だに成功していない。

・コーガ様には絶対に独自の人脈があると思うんですよ…。
 芝居茶屋の主人とかに伝手があって、そこから木戸札を手に入れたんじゃないかしら…。
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