※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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朧月は蘇芳色の夢を見る⑩

 

 イーガ団アジトに滞在する間、蘇芳はスッパの預かりということになった。蘇芳がスッパの目の届くところにいるよう命じられているため、結果として朧と蘇芳は何かにつけて行動を共にするようになり、それが、朧には嬉しくてならない。

 寝食はもちろん、リハビリの名目で蘇芳の組み手の練習にも喜んで付き合うし、他の魔物を紹介したり、アジト内部を隅々まで案内したり、時にはスッパの許可を得て屋外にも出た。周辺の環境、地理、そしてこの地に生息している(そして脅威になりうる)魔物について教えるためだ。どれも蘇芳にとって身を守るために必要な情報なので、彼は熱心に朧の言うことに耳を傾けてくれて、それに呼応するように朧の話し振りにも熱が入った。

 蘇芳の力になりたい一心で、献身的な態度を貫く朧。何一つ苦ではなかった。それどころか、生活圏内に蘇芳が存在するという幸福が、毎日、朧を満たし続けた。蘇芳が絡めば一事が万事お花畑状態――…こうなってくると、イーガ団所属の魔物たちが秒で朧の変化に気付いたのも当然といえる。蘇芳がきて以降、それまで笑顔を見せることも稀だった朧が表情管理も忘れて常に上機嫌とくれば、それはもう馬鹿馬鹿しいほどに、野郎の胸中分からいでかと言いたくもなる。だもんで、いつしか周囲から生温かい目を向けられるようになっている朧なのだが、当の蛙は浮かれきっていたので知る由もなかった。

 

 しかし、そんな朧の幸せも、半月ほどで雲行きが怪しくなってきた。

 

 スッパの前線実動任務が増え始めたのである。それは、いよいよ禁薬の販路を潰し、製造法を独占する計画が始動したことを意味していたのだが、詳細を知らない朧は面食らうばかり。団内のまとめ役でもあるスッパが長いことアジトをあけることはないだろう、日帰りで済むような任務ではなかろうか…というのは大きな間違いだった。ガッツリと、遠征だ。ハイラル各地で暗躍する「かつての日々」が戻ってきたわけで、まさしく東奔西走――無論、朧もついていかねばならない。この間(かん)、「体調が万全でない」「遠征に耐えられる体力が戻っていない」「激しい運動(戦闘行為)を避けるべき」…と、様々な診断結果から、蘇芳は留守番となってしまい、絶頂期から一転、朧はがっくりと肩を落とす羽目になった。「蘇芳はスッパの預かり」「朧と蘇芳はニコイチ(過剰妄想)」という話はどこにいったのかと叫び出したいくらいだったが、こればかりはどうにもならない。

 蘇芳と離れるなんていやだ、遠征に行きたくない…などと、任務を拒むわけにもいかず。実は蘇芳からも『いつも気にかけてくれるのはありがたいが、そう過保護にならなくても大丈夫だぞ。おまえのやるべきことが疎かにならないようにな』と言われてしまったばかり。そう、蘇芳を理由に仕事をさぼろうとしたら、必ず彼は不快を露わにするだろう。嫌われるようなことは避けねばならない。そうなると、朧に残された道は「四の五の言わずにさっさと出発して任務を片付けてくる」ことだけだ。

『てめえが不在のうちは、オレが小鳥を可愛がってやるから心配すんなよ』と、わざと煽るようなことを言ってきた月白のことも気にくわない。このクソジジイは実力こそ最強に違いないが倫理観は終わっている魔物…しかし妙に周囲を惹きつけるため憧れを抱かれることも多く、それがゆえに万が一にも蘇芳が月白を慕うようなことになれば、朧は発狂する自信がある。

 

 今や、一秒すらも惜しい。

 

 兎にも角にも任務の完遂が最優先。朧は気もそぞろどころかむしろ異様なまでに気を引き締めて、アジトを後にしたのだった。

 

 

 

+++

 

 

 

 大穴の広場にはいい具合に日陰ができていて、時折風が吹き込んでくることもあり、通気性の悪いアジト内より涼しく過ごすことができる。それが分かっているから、総長はここでしょっちゅう惰眠を貪っているわけである。

 主人がのんべんだらりとしているのだから、当然、月白もそれに倣う。ジジイがしゃかりきに働くなんざいっそ不健全だよなあ、と、常々思っているので。その本音には『総長もオレもいつまで現役でいなくちゃならんのかねえ』という慢性的な気怠さも含まれている。

 月白だって、好きで最強の二文字を背負っているのではなかった。自分が死んだら替えが利かないことは元より、イーガ団の戦力低下を避けるためにも生き延びることを強いられてきたのだ。おまけに、団内における魔物の殉職率の高さゆえ後進が思うように育たず、その意味でも引退がなかなか許されない。最強(オレ)が未だに現場に居座っているから他の魔物が甘えて強くなりきれないのだと、それを察していながら、いざイーガ団に脅威が迫ればほとんど反射的に身体が動いてしまうのだから始末が悪い。自分がやった方がはやいからと任せないのは、下の世代を信用していないという何よりの証左である。言ってみりゃこれも一つの老害だろ、と、虚しくなりつつだらだらと現役を続行しているのが実情だった。しかも先代と当代の総長、二代に渡って。

 ここまでくると酸いも甘いも嚙み分けきってしまい、生半可なことでは動じなくなる。生活も単調になりやすい。だから、何か刺激はないか面白いことはないかと探すことが日課になっているのだが、最近になっていい暇つぶしができた。

 

 不思議な縁に導かれてやってきた「新入り」である。

 

『これといってやることもねーし、バナナでも食おうや』

 

 渡したバナナを蘇芳が素直に受け取って皮を剥き始めたので、その可愛げに気を好くした月白もどかりと隣に座り同じくバナナを頬張った。

 

『ちったァ慣れたかよ。ここでの穴蔵生活は』

『おかげさまでな』

『おまえさんの世話を焼きたくて、朧の野郎が張りきってたしなあ』

 

 命を救われた前提があるにせよ、それにしたって朧はすっかり蘇芳に入れ込んでいて、甲斐甲斐しいったらなかった。以前は淡白でつまらんクソガキだと思っていたのだが、なかなかどうして、意中の相手には情熱を燃やして一途に尽くす雄(おとこ)だったらしい。団内の魔物たちと顔合わせが要るだろうからと朧が蘇芳と共にアジト内を巡っているのを見かけたときなんか、まるで「新妻を紹介してまわる旦那の図」みたいで口から砂を吐くかと思ったほど。

 おそらく、朧はなぜ自分が蘇芳に構いたがるのかよく分かっていないまま親切のつもりで行動し、蘇芳もまた朧の振舞いを完全なる善意であると捉えていて、ふたり揃って何も通じ合っていないところが傍から見ていてだいぶ笑える。

 

『せめて世話を焼かれた分は働きで返したかったんだが…』

『そう気負うなよ』

 

 スッパの遠征中、蘇芳は一時的に総長付きの魔物として扱われることになった。だが、当の総長は「困ったことがあったら何でも月白に訊いていいぞ!」と早速ながら他力本願を発揮して、今ではそよ風が吹くお気に入りの場所でごろんと寝転んでいる。

 

『今朝、スッパと朧を見送って…それ以降何もしてない。俺に手伝えることがあるなら言ってくれ。まさかバナナ食った後も何もしないってわけじゃないんだろ』

『何もしねーんだなこれが。おまえさんも存外に真面目な野郎だったんだなあ』

『…総長も、寝てるばかりで何の指示も出してこないし…』

『そりゃァな。なにせ、イーガ団の中で一番「勤勉」と縁のねえ人だぜ?』

『群れの頭(かしら)ってのは、もっと、こう、…緊張感があるのかと思っていた』

『組織運営ってのはな、威厳だけで回せるほど単純じゃねーんだよ。イーガ団の構成員は癖の強ェ奴しかいねえからな、あの人くらい適当で寛容な方が上手くいくんだ』

 

 だからよォ、オレらも適当に駄弁ってようぜ。

 バナナの皮だって、それこそ適当にその辺に埋めてしまう。何だかなあ…などと言いつつ、蘇芳も皮を埋めている。放置せずに片すだけマシというものだ、うん。

 

『じゃあ、駄弁るついでにイーガ団について教えてくれよ』

『…あ?』

『朧からは、アジト内の構造や仲間の魔物、周辺の地理あたりは教わってるんだが…、イーガ団の成り立ちみたいなものは聞いてなくて』

『……、…成り立ちねえ…』

『隠密稼業っていうのも具体的な中身ついては知らされてないしな。今回、あいつらが何を目的にどこまで遠征に行ったのかも…』

『新入りが尋ねるにしちゃァだいぶ踏み込んだ内容じゃねえか』

『身内じゃない奴に聞かせられないってことなら、これ以上は詮索しない』

『…別に?魔物が知ってる分には構わねえよ。ニンゲンに言葉が通じない以上、漏洩もクソもねえしな』

 

 月白は順を追って話してやった。イーガ団も本を正せば由緒正しい一族の末裔であること、長きにわたりハイラル王家と敵対する羽目になったその理由、創世の女神に背を向け厄災を崇拝していたカルト集団としての一面…。

 

『基本、お天道様に顔向けできねえ輩の集まりだ。おまえさんが考えつく限りの悪行は全部やってると思っていいぞ』

『…そうか…』

『そんなオレらも、つい最近になって大きな転換期を迎えてな。王家との和解が成立しちまったし、崇めるべき厄災も今となっては討ち果たされ…、世間様から見りゃァ褒められた組織じゃねえから正直いつ解散したっておかしくねえ現状なんだが、少なくとも総長にそんな気はなさそうだ』

『…存続する理由がなくなったのに、どうするんだろうな』

『これから探すんだよ。存続していく理由をな』

『その、失礼を承知で訊くんだが、…ないと困るような組織なのか。イーガ団って』

『おまえさんの、そういう遠慮のないとこ結構気に入ってるぜ』

 

 月白は笑いながら、蘇芳の問いに『どんな奴にでも居場所は必要ってこった』と答えた。

 

『イーガ団のルーツこそ然(さ)る一族にあるが、純血主義ってわけでもねえから一部の生え抜きを除けば構成員のほとんどは外様なんだよな。脛に疵ある日陰者の受け皿になってんだわ。…そういう奴らが食っていけるように頭悩ませてんだよ、うちの総長は』

 

 あれでもな、と月白がしゃくってみせる先では総長がのんきに寝返りをうったところだった。

 

『さしあたっては金が要るってことか。…この辺りにいる魔物を討伐して、角や牙を売る…とか…?』

『そいつも一つの方法だな』

 

 蘇芳のアイディアは実際に益を生み出すし、臓物や骨なんかもいい素材だから金になる。何なら、過去にそういう金策をやっている。労力の割に、イーガ団の全員を養えるような大金にはならないのが残念なところだが。

 魔物の部位を金に換える発想がすぐに出てくるのは、蘇芳の種族自体が羽を目当てに狩られた過去があるからだろうと容易に想像がついた。

 

『金儲けの手段は複数あった方がいい。だから今は、金になる話を集めて回ってる段階。筆頭や朧が遠くにいってるのも、飯の種を探す一環ってこった』

『なるほど…』

 

 その「飯の種」というやつには、蘇芳が飲まされたという禁薬が絡んでいる。イーガ団はその薬を独占、改良するつもりでいる。あとは、蘇芳が所属していた『チェスト』の乗っ取り。団長は既に始末済みで、今頃は新団長の座にイーガ団幹部が居座っているはず…などという事実までは打ち明けるつもりがないため、月白は終始表面的な話を選んで開示していた。

 

『ここまで聞かされたうえで、だ。おまえさん、イーガ団で一緒にやっていく気はあるのか』

『元からない』

『ない、か…。そらそうだわな』

『月白さんの話を聞いても聞いてなくても、結論は変わらなかった。…朧は、俺がイーガ団に残ることを想定して色々と世話してくれたんだろうから、そういう意味じゃ申し訳ない気持ちもあるんだが…』

『イーガ流で生きていくなら避けては通れねえ道があるしな』

『殺しだろ』

『ご名答。食うために獲物を狩るのとは訳が違う、ニンゲンに使役されての殺しだ』

『俺は自分のやりたいこと以外はしない主義なんで』

『おまえさんは本当に分かりやすくていい』

 

 月白は徐に立ち上がると、身体の具合を確かめるようにうんと伸びをした。

 

『雑談終わり!

 気が変わった。今から稽古をつけてやるからオレに一発入れてみろ。

 身の振り方を考えるにせよ、まずは強さを取り戻さねえとな。生き方や死に方を選べるのはあくまでも強者の特権だ』

 

 かかってきな。

 挑発すると、蘇芳は途端に目を輝かせ、待っていましたとばかりに体勢を整える。そして、戦える喜びを隠しもせず月白に向かって飛び掛かってきた。 

 

 

 

+++

 

 

 

 新たな作戦や任務が続々と発生するので、情報伝達の役を担う壱號(オレ)たちテッカニンは多忙を極めていた。今回も、重要な情報が書かれた――無論、暗号化されている ――書簡を前脚でがっちりと掴んで、遠征先の筆頭(スッパ)殿の元へ運んできたところである。オレが持ってきた情報を元に話し合いの場が持たれ、新たな決定事項を筆頭殿から受け取り、再び翔びたつ――そのときがくるまでのほんの少しの間が、貴重な翅休めの時間だ。木の幹にとまり、樹液や木の実の果汁を啜って一息ついていると、こっそりと近付いてきた者があった。おい勘弁してくれと思ったのだが、どうにも無視できない。オレにとっての、大事な友であるからして。

 

『…何の用だ、朧』

 

 仕方なしに声をかけると、朧は申し訳なさそうな顔をしながら『少し話をしたくて…』と歯切れが悪い。

 

『これから休憩というときに、すまぬ…』

『全くだ』

 

 すげなく言い返すと、相手はぺしょりと力のない線目になり、見るからにしょんぼりとしている。このバカ、…こんなに表情豊かになっちゃってまあ…。

 

『ほら、…時間が惜しいから早く言えよ』

『…その…、蘇芳のことで…』

 

 だと思った!

 まともに相談できる相手がオレしかいないんだろうと思えば、まあ、優越感らしきものを覚えるのは否めない。だからって、こんな遠征先で…いや…仕方ないか。最近のオレはほとんどアジトに帰らずひたすら外回りの日々だしな。朧からしてみれば、ようやく話し相手を捕まえたというところか。この機を逃すまいと考えて、おずおずとながらもやってきたわけだ。

 

 聞けば、今こうしているときも蘇芳がイーガ団から去っていたらどうしようと気が気でないのだという。この時点で、オレは内心で横転していた。気を抜いたら、実際に幹から転げ落ちていたことだろう。

 何それ。何の相談?

 行く末は蘇芳が決めることであってオレらがしゃしゃり出る必要なくね?そう思うのだが、朧は違うらしい。それもそうか。オレは、朧がどんなに蘇芳に会いたがっていたか知っている唯一の魔物である。朧は思いがけない再会を果たしてから向こう、アジトで療養している蘇芳にべったりとくっついていたし、それはもう目も当てられないくらいデレデレだったし、この期に及んで離れるなんて考えられないのだろう。

 意中の相手を前に、明らかに舞い上がっている朧。どんなにいじり倒されることかと密かに懸念していたのだが、実際は予想に反し、団内で朧を冷やかす奴はあまりいなかった。――朧は捻くれたところがなくて、実力申し分ない優秀な奴で、だけど時々間が抜けていて、そういうところに可愛げがあって、だから何となくオレたち魔物連中はこいつのことを末っ子認定していた。末っ子だと思っていたから隙あらばからかって、じゃれ合っていたのだが、今回は皆して「見守ってやろう」という方向にまとまっている。誰が言い出したわけでもないのに、自ずと、そういう空気が出来上がっていた。オレは、皆の気持ちが何となく理解できる。オレたち兄貴分は嬉しかったのだ。朧に夢中になれるものが見つかって。心動かす存在と出会えて。蘇芳と何とか距離を縮めようとしている姿が微笑ましくて。「おまえはそんな顔もできたんだな」と新たな一面を知れたことが喜ばしくて。畢竟、邪魔をしてやろうという気になれないのだった。不思議なことに。

 

『コーガ様もコーガ様でござる…、イーガ団に入れと蘇芳を率直に誘えばいいものを、…古巣に戻りたいならそれでもいいと選択の余地を残すなんて…』

『何を今更…、束縛しないのがコーガ様のいいところだろ』

『いや、今回ばかりはおかしいでござろう!禁薬を飲ませ、あまつさえ蘇芳の異常を見抜けなかった団体…そこへ戻ることを止めぬなど…ッ!』

『あァ?…何だよ、おまえ知らないのか。その闘魔の団体を乗っ取ることになってんだぞ。既に幹部が何人か潜入して、工作活動が始まってる』

『……、初耳でござる…』

『いやいやいや…周知だって…。おまえマジで蘇芳にかまけすぎ』

 

 自覚はあるらしく、朧は言葉に詰まったのか言い返してはこなかった。

 

『あのな。件の「チェスト」、あれをイーガ団の息がかかった団体にするんだよ。秘密裏に。魔物をよりよく鍛えるためのノウハウは有益だし、そもそも、あれだけ金になる団体もないからな。幹部勢が揃って観戦しにいったんだろ?気合の入った視察じゃねーか』

『…あれは…単なる息抜き…』

『とにかく、だ。いずれイーガ団が運営することになるなら、蘇芳のことも守れるだろうが。そういう想定あってこその、コーガ様の発言だろ。古巣に戻っていいってのは』

 

 いくらなんでも情報に疎い朧に、オレは呆れてしまう。

 

『おまえ、その分だと禁薬利用の話も知らねえな?』

『は…?』

『蘇芳に飲まされた薬、あれを研究して改良品を作ろうって計画だ。あ、心配すんな。ニンゲン用の薬に作り替えるのが目的らしいし。

 ていうかな、「は…?」じゃねーんだわ。おまえが今まさに遂行しようとしてる作戦は何なんだよ。なあ。イーガ団の禁薬独占の一手として、販売経路を潰すために売人を狩ることになってるだろ。おまえは実行役じゃねーのかよ!』

『…拙者は任務を可及的速やかに完遂させてアジトに戻りたいだけなので…』

『作戦の概要を知らないまま命令に従っていると?』

『うむ』

『おまえ…、…昔からそういうとこあるよな…』

 

 朧は未だ任務に失敗したことがない奴だけれど、それは余計なことを考えず機械的にやっているからなのかもしれない。

 朧の任務に対する(思いのほか雑な)スタンス、そして、今のこいつは殊更「はやく蘇芳に会いにいく」ため任務を迅速に終わらせることしか頭にないのだと分かってしまって、オレは溜息を禁じ得なかった。

 

 

 

+++

 

 

 

 朧、むっちゃ頑張った。

 壱號に泣き言を漏らしてしまったが、己の任務に関しては黙々と対処し、標的の息の根を確実に止めていった。その働きぶりといったら、あのスッパをして「見事」と言わしめたほど(スッパ的には「コーガ様の新たな計画のために働けることがそれほどまでに嬉しいか、朧」という感じだった。ツッコミは不在である)。

 もし、己が任務中に集中力を欠いて無様な失態を犯すことがあれば「蘇芳の存在は朧にとって悪影響だ」と判断されて彼が追い出されるようなことにもなりかねない。蘇芳のためにも、任務で評価されることは重要であった。

 

 とにかく、かの彩鷹に会いたくて、カルサー谷に戻りたい一心で、朧は任務を成功に導き続けた。

 

 蘇芳には『ずっとイーガ団にいてほしい』と言えないまま遠征に出てきてしまっている。己が不在の間に『お世話になりました』との一言を残してアジトを発っていたら?その可能性が十分にあるため、朧は終始、胃がキリキリしていた。

 だからこそ、ようやくアジトへの帰還を果たしたそのとき、蘇芳が出迎えてくれたことがどんなに嬉しかったかしれない(実際、物陰でちょっと泣いた)。

 

 せっかく帰ってきても、きっと、アジトに滞在できる時間は長くない。

 報告がてらに一旦情報を持ち帰って、計画を練り直して新たな任務を決定する。そういうことの繰り返しで、朧は、近いうちにまたどこぞの地方へと駆り出されていくだろう。

 だから、限られた日数の中で、蘇芳とより親しくなりたい。イーガ団に残ろうと思わせたい。そう意気込んでいた朧なのだが――…

 

 只今、絶賛、もやつき中。

 

 蘇芳が、イーガ団内の魔物たちとかなり親密になっている。まるで「蘇芳は昔からの身内です」とでもいわんばかりの仲の良さで、彼らがにこやかに談笑している場面を何度も見かけた。蘇芳は魔物たちの名前もしっかりと覚えて、それぞれの性格に配慮して接しているらしく、朧はもう『いったいいつの間に…』としか言えない心境である(いつの間にって?おまえがいない間だよ)。

 いや、これは喜ぶべき状況ではあるのだ。蘇芳と己の同僚が少しでも親しくなれるよう紹介して回ったのは他ならぬ朧であり、実際に、こうして彼らは互いに打ち解けて認め合っている。心的な距離が縮まり、仲間意識が芽生え始めている。仲間が増えれば増えるほど蘇芳はイーガ団を居心地よく感じて、結果、ここに残ってくれるかもしれない。そう思えば、喜ばしいことであるのは間違いない。

 間違いないのに、もやる。

 

『色んな奴らが俺の鍛錬相手になってくれてさ。いやー…本当に勉強になった!』

 

 蘇芳はいかにも楽しげな様子で、朧に話を聞かせてくれる。

 

『それに、おまえが留守の間に何回月白さんにボコされたことか…。

 あの爺さん、マジで容赦ないんだな。「技の威力がお粗末すぎて話にならねえ」「闘魔でやらせありきの媚びた試合してっから野生の牙が抜けんだよ」なんて言い放ってくるんだぜ。さすがにカチンときて、一発ぶん殴ってやろうと思ったんだが…、気付いたら俺の方が殴られてたし、投げ飛ばされてた』

 

 蘇芳の口調に怒りや悔しさは微塵も滲んでいない。笑い話として語っている節さえある。

 よりにもよってあのクソジジイとも馴染んでしまったらしい。『明日も稽古をつけてもらう約束をしていて…』と聞いたあたりから、朧はもはや我慢の限界だった。

 

『蘇芳。…御主に申し出たいことがある』

『どうした、改まって』

『今から鍛錬場に行って、拙者と手合わせをしてほしい』

『それならそうと普通に…』

『拙者が勝ったら、頼みを一つ聞いてもらえないか』

『……、…話が変わってきたな』

 

 頼みってのは?と至極尤もな質問を受け、朧は、腹を決めて口を開いた。

 

『ふたりで話す時間がほしい』

『…そんな思いつめた顔しなくたってな、話くらいいつでも付き合うぞ』

『拙者にとっては大事なことでござる。ゆえに権利を勝ち取りたい』

『そうか…。…よく分からんが、受けてやるよ。それでおまえが納得するなら。条件つけて、いつもと趣向を変えるのも面白いかもな。それに…』

『…それに?』

『おまえが勝ったら、だろ』

 

 挑んだ側のくせに、蘇芳の勝気な態度を前に朧は早くも屈して蕩けてしまいそうになる。

 しかし、腑抜けてはいられない。蘇芳の傍にいたいと願うこの気持ちを伝えるためにも、絶対に、ふたりきりの時間を確保したい。朧は気合を入れ直し、張りきり勇んで鍛錬場へと足を踏み出していった。

 





【 呟き 】
 朧への既視感…分かったぞ…。
 今作の朧はドロロ兵長っぽさがある気がしますね。蛙で忍、口調、ちょっと空回り気味だけど健気なところとか。そうなると、朧の中の人は草尾さんか…美声やな…。

「鍛錬場で拙者が勝ったらずっとイーガ団にいてほしい」と言えばいいのに、「ふたりで話し合いの場を持ちたい」と言ってしまうのが朧のクソ真面目なところです。
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