※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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朧月に蘇芳色の春が来る③

 朧は、蘇芳への求愛行動に関して非常に積極的だった。

 誰かに横やりを入れられてはたまらないので頻繁に蘇芳の様子を見にいき、会いにいくときは必ず木の実などの手土産を持参し、相手が抱擁を嫌がらないのをいいことに繰り返し抱きしめては匂いづけ(マーキング)を行う。恋愛を成就させるための正攻法など知らぬ存ぜぬで今日に至っている朧であるから、そのアプローチは「思いついたことを片っ端から試す」というかなり直情的なものになっていた。いつでも冷静に物事を分析し、的確に実行に移せるところが朧の売りであったはずなのだが、一転、今や溢れんばかりの「好き!」を蘇芳に伝えることに意欲を燃やしている。この恋心を届けたい、分かってほしい――…そのための手段を模索している日々の中、あるとき、岩の上に停まっている二羽の鳥を見かけたことがあった。番(つがい)らしい彼らは仲睦まじく寄り添っており、盛んに互いの嘴を触れ合わせている。どうやらその鳥だけの特異な行為ということではなかったようで、別の場所で、別種の鳥たちが同じように振舞っている場面を目撃した。嘴を用いた鳥同士の親密な仕草らしいと察した朧が「あの鳥たちに倣えば、鳥の魔物である蘇芳にもっと気持ちを伝えられるかもしれない」と考えたのは、まあ、自然な成り行きではあった。要するに、口と口を触れ合わせるということを、自分も蘇芳を相手にやってみたいと思ってしまったんである。

 そして、天啓を得る。…確か、ニンゲンたちはこの行為に名前を付けていたはず。その名も、ずばり。

 

『せっぷん!』

『…は?』

『手合わせで拙者が勝ったら!蘇芳と接吻したい!』

 

 蘇芳の新居での一幕。

 またコイツは性懲りもなく…と蘇芳が項垂れたので朧は早まっただろうかと慌ててしまったが、次の瞬間には、予想外のものを見た。鋭い目つきだ。顔を上げた蘇芳の目がやけに据わっている。

 

『おまえ、マジで言ってんのか。そういうこと(・・・・・・)したいって?俺と?』

『拙者、蘇芳に対しては常に本気でござる』

 

 本気であるから、手合わせを頼んでいる。

 以前の「ふたりきりの話し合い」を望んだときと同じだ。絶対に勝ち取りたいと、そうまでして強く望むことなのだと朧なりにアピールしているつもりだった。

 あくまでも真剣勝負を挑むことが朧の誠意の示し方であって、必ず勝てるから己に得のある条件をつけている…ということではない。当然ながら、己が負けること、すなわち望みが実現しない可能性も織り込んでいる。ふたりの実力に大きな差がないからこそ試合が白熱するのであり、蘇芳が接戦を好むことは既に把握している。敗北があり得る対戦相手だからこそかえって朧もやる気が出るし、遠慮なく戦えることは単純に嬉しい。それに、勝負を持ちかけ、蘇芳が了承したら、その時点で「互いが納得したこと」になる。仮に、互いが納得したことで蘇芳が敗れた場合、彼は潔く事前の決め事を履行する。反故にすることは決してしない。そういう蘇芳の律儀な、ともすれば頑固なところは大いに利用(・・)すべきだろう。

 朧は蘇芳のことが好きなので、口付けは大歓迎、むしろ土下座をしてでもさせてほしい。だが、一方の蘇芳は、未だそんな段階ではない。そのくらいは分かる。残念だが、こればかりは仕方ない。相手の気持ちを都合よく操ることはできないのだから。

 ふたりの想いが通じ合って、同じくらいの熱量で好き合って、口と口を重ね合わせる…、それが理想だけれど、その理想を成し遂げたいのならば朧が蘇芳を振り向かせる以外にないのだ。

 だから、今は、勝敗によって決める。手合わせを介して蘇芳に迫る。これが、無理に襲うより絶対に紳士的な手段であるはずだ。一度でも「接吻をした」という実績が得られたら、次回以降の抵抗感を薄められるかもしれない。同性同士でやったことがないから蘇芳も身構えるのであって、だったら、一発きめて、そこから少しずつふたりに合うやり方を探っていけばいいのではないか。ごく自然に、しかも悪気なくこういう搦め手を用いるあたり朧もまたイーガ育ちということになるのだが、当の朧は「愛情表現の幅を広げるためにも必ず勝ってみせる」と意気込むばかりである。

 

『鍛錬場にいくぞ』

 

 蘇芳は翼を翻し、イーガ団のアジトへ向かい始める。手合わせに応じてくれたわけだ。

 たとえ突飛なことを申し出たとしても、蘇芳は無下にしない。なんだかんだで朧に向き合ってくれる、その誠意が、好きだ。

 戦意のみなぎる勇ましい背中をうっとりと眺めながら、朧は蘇芳についていく。

 

***

 

 蘇芳がイーガ団を抜けた当初、実は、アジト内でひと悶着があった。『てめェの所為で蘇芳が出ていっちまったじゃねーか』と蘇芳を気に入っていた一部の魔物連中から責め立てられたのである。おまえが気色悪い求愛なんぞをするから蘇芳が居づらくなったんだと散々に罵倒され、結果、朧は盛大に逆ギレをかました。蘇芳がイーガ団に加わらなかった本当の理由は「殺しの忌避」であると知っている且つ真剣に求愛した朧にしてみれば、仲間から浴びせられた言葉の数々は侮辱に他ならなかったため、責めてきた仲間を軒並みどつきまわしての大立ち回りを演じてやった(は~清々したという頃には騒ぎを聞きつけやってきたスッパからぶん殴られて大目玉をくらう羽目になったのだが)。

 しばらく朧は仲間内でいがみ合うことになったが、蘇芳が鍛錬場に通ってくるようになったため、この件は一応の決着を見た。イーガ団で蘇芳と寝食を共にすることはなくなったが、イーガ団を出ても彼が鍛錬場に足繫く通ってくれたおかげで、蘇芳ロスに陥っていた魔物は落ち着きを取り戻し、朧も以降の誹りを免れるのであった。魔物の多くは気のいい輩なので、素直に『また来てくれて嬉しい』と蘇芳に伝える者が大半を占めたが、嬉しいことがあると調子にのってしまうのはイーガの魔物の欠点でもあって、つい、蘇芳に対して『もうカマは掘られちまったのか』、朧に対して『ケツ穴ってのはどんな具合なんだよ今度オレも試していいか』と、戯れにしてはろくでもない絡み方をするバカもいて、そうした手合いがふたりからボコボコにされるまでが様式美である(まさに瞬殺と表現するに相応しい容赦のなさだったので、一連の流れを目の前で見ていた他の魔物たちは刹那のうちに口をつぐみ、ふたりの仲を揶揄うのはご法度という暗黙の了解を共有したのであった)。

 

 さて、此度もまた蘇芳が鍛錬場を訪ねてきたわけだが、付き従う朧も併せふたりして鍛錬場に足を踏み入れた初っ端からピリついていたので、普段とは打って変わって、誰も声をかけてこない。

 静まり返った鍛錬場で、鷹と蛙が向き合う。

 

『おまえ、まだ試用期間だってことを忘れるなよ』

『心得ているでござる。最終的な決定権が御主にあるということも』

 

 いざ、尋常に。

 接吻を賭けた戦いの火蓋が切られた。

 開始直後に気付いたのは、蘇芳の並々ならぬ気迫である。易々と勝ちを譲ってなるものかという意志が、繰り出されてくる拳から、蹴りから、ひしひしと伝わってくる。これは蘇芳の抵抗か。それほどまでに接吻が嫌か。僅かに心が挫けた所為で朧に隙が生まれ、瞬間、強かに横面を叩(はた)かれてしまった。

 熱い。

 痛みは熱を伴う。打撃による熱、次いで痺れにも似た疼痛が頬に広がっていくのを感じながら朧が体勢の立て直しを図ったそのとき、蘇芳から吐き捨てられた。『その程度か』と。

 はっとさせられた。

 拳だけでなく、その言葉にも、頬を殴られたかのようだった。

 …そうだ。本当に接吻が嫌なら、手合わせ自体を断れば話はそこで終わっていたのだ。しかし、今、蘇芳はこうして朧と戦ってくれている。全力で応じているのは、すなわち「本当に俺と口付けを交わしたいのなら生半可な気持ちでいてもらっては困る」という発破をかけているわけだ。考えてもみれば、当然のことだった。あの麗しい、そして気性の激しい鷹と接吻する機会など、容易く得られるものではない。だから、朧は朧で、死にもの狂いにならねばならないのだ。

 朧が芯から腹を括ってからは、ふたりの戦闘は激しさを増す一方だった。覚悟のほどを試されてると分かっているから、朧はどこまでも食らいついていった。

 そして――…両者それぞれが放った拳が互いの頬を捉え、目一杯に殴りつけ、その衝撃によって朧と蘇芳はほとんど同時に失神し、大の字になって倒れたのだった。

 

***

 

 目を覚ましたそばから朧ががばりと起き上がったので、朧の様子を見ようと覗き込んでいた連中は驚いて仰け反る羽目になった。

 自分がどれほど気を失っていたのか尋ねると、『さあ…、数分ってところじゃねーの』と答えが返ってきた。加えて、『おまえよりちょびっとだけ早く蘇芳が起きて、そのまま出てったぞ』とも。

 蘇芳が立ち去っただと!

 居ても立ってもいられず、朧は鼻血を拭い口内に溜まっていた血痰を床上に吐き捨て、仲間の心配をよそにアジトの外へ駆け出していった。

 蘇芳は「用が済んだから帰る」という極めてシンプルな行動原理で動いているはずだと考え、彼の巣を目指したが、果たしてかの彩鷹はねぐらで丸くなっていた。『蘇芳』と呼びかけてみるが、『疲れてるから帰れ』と声だけが寄越されるばかりで、取りつく島もない。朧がしょぼくれて線目になっていると、蘇芳の溜息が聞こえ、彼は身じろぎして朧の方に顔を向けてきた。おそらく、笑っている。「おそらく」というのは、蘇芳の頬が腫れて口角が上がりきっていないためだ。互いに、相手から殴られた箇所が見事に腫れあがっていた。それだけ加減のない攻撃だったわけである。

 

『口の中が切れてて接吻どころじゃねえんだよ。おまえも、腫れが引いたらもっぺんここに来い』

『それは、…それは、つまり…ッ!』

『……、…約束は約束だしな。

 倒れたのは、お互い、同じくらいのタイミングだったとは思う。だが、…気を失ったのは俺の方が早かったはずだ』

 

 意識を手放す直前、視界に映るおまえは膝をついてはいなかった。蘇芳はそう言った。誤魔化しのない、淡々とした言い方だった。

 嘘をつくこともできただろうに。

 俺はおまえの攻撃に耐えた。おまえより長く立っていたのだ、と。だから「接吻したい」とかいうおまえの申し出も却下すると。

 しかし、蘇芳は偽らない。事実を認めて受け入れるし、朧にも包み隠さず話す。そうした蘇芳の心映えに感激し、そして、どうやら接吻していいらしいことも併せて二重に嬉しかったからこそ、朧は素直に引き下がった。本当は勢いに任せて抱きつきたかったが、それでは蘇芳が痛がるだろうと自重した結果である。

 腫れがひいたら来いと言われたものの、翌日から早速、朧は蘇芳の巣を訪れていた。アジトの医務室からかっぱらってきた炎症止めの軟膏を蘇芳の負傷箇所に塗付したり、飲み水を運んだり、木の実を貢いだりと甲斐甲斐しく世話を焼いた。普段なら朧のお節介は蘇芳から鬱陶しそうにされることもあるのに、いつのまにやら彼は諦めの境地に至っていたらしく、『おまえの気が済むなら好きにしろ』と言うので、朧はそれはもう張りきって蘇芳の手当てに勤しんだ。俺だけじゃなくておまえも使えよと苛立ち混じりに蘇芳が軟膏をひったくって朧に塗ってきたり、おまえも食わなきゃ治るもんも治らないだろうがと木の実を半分に割って朧の口に押し込んできたり、たとえ言動が荒っぽくてもそこに確かにある気遣いが朧にとっては幸せでしかなく、いちゃいちゃと治療ごっこができたおかげで、数日も経つ頃にはふたり揃って怪我も完治し、体調も万全に整っていた。

 これでいつでも蘇芳と接吻できる!と朧が有頂天になったのは言うまでもない。

 

『…それで?』

 

 巣の中で向かい合っていると、蘇芳が、徐に切り出した。

 

『したいんだろ、…キス』

 

 こくこく!

 興奮で上手く言葉が出てこなかったので、朧はしきりと首を振り、全力で肯定を体現した。

 

『一応な、訊くんだが、…今までに経験は…』

『ない!』

『……、そうか…』

 

 ふう、と蘇芳が溜息を一つ。そこには、いくらか呆れた空気が含まれているようだった。素人は面倒くさい、そういうことだろうか。経験はないなりに、考えあってのことだと伝えたくて、朧は慌てて弁明を試みた。

 

『や、やり方は何となくわかるでござる!これを機に御主への愛情表現の幅をひろげたく…』

『…おまえ、ほんと真面目っつーか、…筆頭と組んでただけのことはあるよな』

 

 小さく笑って、蘇芳は朧に誘いをかけてくれた。『おまえのやりたいようにやってみろ』と。

 

『俺に対してどんなふうに口付けたかったのか、それを知りたい』

 

 話すとき、笑うとき、食べるとき、蘇芳の動く口元をよく目で追いかけた。接吻の提案をしたいと考えだした日から、蘇芳の口元を見る度に、触れたらどんな感触がするんだろう気になって、ずっと興味が尽きなかった。

 特に食べるときは、勢いよくかぶりつくし食べ進めるのだって速いのに、朧と違って一口一口が小さく、それが、愛らしいものとして目に映った。

 その愛らしい口元にしっかりと密着したくて、朧は普段から首元に巻いている舌をしゅるりとしまいこんだ。

 

『へえ、…随分と印象が違って見えるな』

 

 蘇芳が物珍しい様子で朧を眺めてくる。

 

『いいんじゃないか。それはそれで』

 

 思いがけず優しい言い方をされ、たまらなくなって、朧は両手で蘇芳の頬を包み…というか、勢い余って掴むような格好になりながら、蘇芳の頭部をがしりと固定した状態で、思いっきり自身の口を押しつけた。

 ぶちゅ…などとは生ぬるい、ほとんど食らいつくようなやり方。朧自身には、これが不格好であると判断できない。想いの丈を伝えるべく、力いっぱいに口と口をくっつけて――…その所為か、口の端に痛みがはしったため、一旦顔と手を離すことにした。

 蘇芳はどう思っただろう。気になって窺うと、蘇芳は笑んでいた。明るい笑みではない。それは、妖美とでも言うべき仄暗い色香をまとっていて、朧の心臓はどきりと跳ねた。

 

『あーぁ…、がっつくからそうなるんだぞ』

 

 蘇芳の指摘によれば、朧は口の端に切り傷をつくってしまったらしい。痛みの原因である。蘇芳に愚直に突っ込んでいった結果、蘇芳の口内にある小さな牙に引っかける形で切れたのだ。

 今度は、蘇芳が朧の頬に手を添えてくる。朧の力んだやり方とは雲泥の差である。胸が高鳴って仕方なくなるような、色っぽい仕草だ。そのまま蘇芳は朧に顔を近付けて、ゆっくりと朧の切り傷に舌を這わせた。温かく湿った舌が、ねっとりと、朧の血を舐め取っていく。

 

『美味いな、…おまえの血…』

 

 蠱惑的な煌めきを宿す琥珀の目が、三日月みたいに細められて、朧を魅了する。

 息を呑んで口を閉じたそのとき、まるで「接吻とはこうするのだ」と朧に指南するように、蘇芳は静かに口付けを施してきた。

 

『…集中しろよ。目を閉じておかないと感じ取れないぞ』

 

 瞬きすら忘れている朧に、蘇芳が笑いかける。そうか。こういうときは目を閉じるのが作法なのか。ちっとも知らなかった。

 だが、恥ずかしいとは思わない。

 己の口に接吻の感触を刻んだ初めての相手が蘇芳でよかった。色恋沙汰は、何でも「初めてだから」という理由で、全部、蘇芳から教えてもらおう。

 

 そうすれば、いつか、拙者は蘇芳好みに染まっていけるだろうから。

 

 口だけでは済まさず、朧の体中に散らばる傷痕に、そっと口付けを落としていく蘇芳。朧のこれまでの戦いを労うように、生き残ったことを寿ぐように、あるいは朧自身を慈しむように、愛でるように、口を以て触れてくれる。

 心にまで口付けてもらっているような、感覚。

 こんな触れ合いは生まれて初めてのことで、感動に胸をつかれた朧は、蘇芳を咄嗟に抱きしめずにはいられなかった。たとえ、一度は妻帯者であったことをうかがわせる慣れた仕草だったにせよ、そこから嫉妬に身を焦がす暇など今の朧にはなく、ただ、膨れ上がる愛おしさに呑まれていく。

 

 朧は、命じられるがまま任務に就き、イーガ団にとって邪魔なニンゲン、不都合なニンゲンを何度も殺めてきた。彼らは事切れる瞬間、呪詛のような恨み言を残していくことも多く、それを思えば朧の手は汚れきっており、その背には怨嗟をしこたま載せていることになる。だが、殺害対象だった標的たちは朧にとっては等しく有象無象でしかなく、関心のない者からどんな言葉をかけられようが朧には響かない。だから、罪悪感もない。そのあたり、朧は実に冷淡であったし、すっぱりと割り切れることが取り柄だった。

 当の朧は、こうした己の生き方を不幸に思ったことはなかった。選べなかった生まれ先を嘆いたこともなかった。イーガ団の一員として生きることが当たり前の日常を送っていたからだ。

 親の顔は知らない。卵のときから団員が世話をし、孵化した瞬間から調教が始まっている。イーガ団に、コーガ様に貢献できる魔物となれるよう鍛錬を重ねてきた。幼い頃からスッパと何度も誓い合ってきたのだ。仲間のために生きていこうと。総長のために死んでいこうと。そこに、何の疑念も不満もなかった。風雨をしのぐだけでなく、暑さからも寒さからも身を守れる住処。十分な食事。怪我や病気をすれば治してもらえるし、気心知れた大勢の身内に囲まれていれば孤独を感じることもなかった。明らかに恵まれていた。出奔なんて一度も頭を過ったことはない。イーガ団こそが朧の帰属する組織であり、ふるさとであり続けた。

 

 幸いに、朧がイーガ団の仲間を大事に思っていることと同様に、仲間たちもまた朧を気にかけてくれた。朧が盲目的な恋に陥ってからは、特に。おまえはイーガの教えを忘れたのか。強い感情や執着は判断を鈍らせる「毒」となる。命取りになるぞ、と。

 しかし、それでもいいと周囲の心配を振り切ってこその恋着である。

 蘇芳に毒されてしまいたい。心と体をめちゃくちゃにされたいとさえ思う。この境地に至ってはもう、朧への老婆心など届くべくもない。

 

 何につけても満ち足りていたはずの朧は、自分でもどうしようもないほどにはまり込んでしまった恋を通じて、全く新しい幸福の形を知った。知ってしまった。

 恋い慕う相手から優しくされると、こんなにも、…涙が滲んでくるほど高揚するのだと。

 

 鳥籠になりたい、と、強く願った。

 蘇芳をずっとこの腕に捕えておきたい。どこにもいってほしくない。ずっと拙者の傍にいてほしい。そう思いながら蘇芳の温もりに縋り、匂いを吸い込み、柔らかく滑らかな羽毛を堪能した。

 

 朧が抱きつけば、朧の気が済んで自分から離れていくまで放っておく蘇芳なのに、今日は違った。

 朧の背に腕を回して、抱き返してきた。

 互いの体温が混ざり合って馴染むまで、ずっと、抱きしめてくれた。寄り添うだけで、嗚呼、こんなにも安らいでいく。雄同士であるとか、異種族であるとか、体格差であるとか、そういう違和感が全くない。性別以外、身体上の共通点がほとんどないふたりだけれど、この相性の良さは例えるなら、…そう、異なるものをぴたりぴたりとはめこんで美しい模様を作り出す寄木細工みたいで…なんて考えるのは、さすがに都合がよすぎるだろうか。

 

『俺たちの種族は、一度番(つがい)になればどちらかが死ぬまで関係が解消されない』

 

 至近距離で囁かれる、蘇芳の甘い声。聴けば聴くほどに酔いしれてしまいそうだ。

 

『俺はおまえを裏切らない。だから、おまえも俺を裏切るな。俺以外の誰かに一度でも色目を使ったらその場でブチ殺す』

 

 返事は?と内容に反して穏やかな口調で促される。

 ほとんど恫喝されたに等しいはずだが、朧の頭の中は「蘇芳が番関係に応じてくれた」という喜び一色に塗りつぶされている。だから、『しかと心得た』と返事をするときの朧の頬は赤く、その表情は恍惚以外のなにものでもない。

 

『もう一度、御主に接吻してもいいだろうか』

 

 許しを乞えば、朧の首筋に顔をうずめていた蘇芳が身じろぎする。

 

『次は目を閉じて、ちゃんと味わえよな』

 

 悪戯っぽい笑みに、翻弄される。

 既に、目一杯に蘇芳のことを好きでいたつもりだったのに、また深く、蘇芳を好きになっていく。まだ先があったのだ。蘇芳への好意に底などなかったのだ。水難とは無縁の蛙の身でありながら、もはや朧は溺れるしかない。

 

 あとは沈む一方。浮き上がることは、――永劫、ない。

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