ゲッコウガとルチャブルが
「悪」と「鋼」。
物々しい字面だ。
サーナイトとは
配置換えがあったのだと聞いている。
御庭番に所属するキリキザンは、諜報任務より要人警護を任されることが増えたのだそうで、それが契機となり、サーナイトと共に過ごす時間が増えた。
サーナイトは、抱擁ポケモンである。
しかし、その抱擁を、ここまで拒むような身体つきをした生き物に出会おうとは思わなかった。
キリキザンの全身は、突き出た刃物によって武装されている。名は体を表すとはこのことで、刀刃ポケモンとはよく言ったものだ。
ただし、サーナイトは、彼の物騒な見た目とは相反する印象をいだいていた。
責務に忠実な、謹厳実直の体現者――彼の胸の内は、いつでも静かだった。相変わらず他者の機微に触れることができるサーナイトは、キリキザンの心の在り様を、水鏡のようだと思っている。波紋の一つもない、澄んだ湖。もしそこに桜の樹が映り込んだら、見事な逆さ桜を拝むことができるだろう――それほどの、凪いだ水面を想像させる。
一緒に仕事をしていても、近くにいても、口数は多くない。隣り合っていながら、互いに、ずっと黙りこくっていることだって珍しくはなかった。それでも時々、サーナイトを見てくる彼の目は、切ないほどに温和である。
彼からの好意に、気付いている。
実際、だいぶ以前から、そうした彼の感情を察していた。異性として見られることにあれほど抵抗があったのに、サーナイトは、不思議と嫌悪を覚えなかった。サーナイトの美貌をあてにするのでもなければ、華奢な肉体を暴こうという腹積もりでもない。もし番として愛し合えたならどんなに幸福だろうという、…冷えた鋼からは想像もつかない、人肌の温もりすら彷彿とさせる柔らかな情だと分かっていた。
そんな想いを向けられた経験がなかったので、サーナイトは、キリキザンに尋ねることにした。
『なぜ私を好いてくれるのですか』と。
雨が降っていた。
蒸し暑く、だが、生ぬるい風がちりんと風鈴を揺らしたことで、涼やかな音が、打ち水のように辺りへ散った。
今のサーナイトは、嫁いでいった姫君の、その妹御に仕える身だ。
妹御はまだ幼く、甘えたい盛り、うんと遊びたい盛りで、つい先程までは室内でおてんばに動き回っていたのだが、ぱちんと動力が切れたように、昼寝へと転じている。
畳の上ですよすよ寝息をたてる幼女へ、サーナイトは、ゆったりとうちわを扇ぐ。その様を、キリキザンが縁側から眺めている。
いかにも唐突な問いかけだったが、だからといって、キリキザンを困らせたりはしなかったらしい。『主君に対するおまえの真心を普段から見ていれば、自ずと好意も持とう』と、そんな答えが、さほどの時を置かずに返ってきた。
彼は、どうやら卑屈とは無縁だった。心が筒抜けとも知らずに滑稽な雄だとこちらを嘲笑っていたのか、と、わめいたりしない。自意識過剰で結構なことだと嫌味を口にすることもない。エスパーなら奇術も当たり前だという認識でいてくれる分、話が早い相手だった。
キリキザンは、表情豊かな方ではない。今もそう、さっきの言葉は果たして告白だったのかしらと首を傾げてしまうほどに淡々としている。
しかし一方、彼の感情に、赤みさがさしたことをサーナイトは読み取っていた。
できることなら、彼の気持ちを受け入れたいと、思った。
『私には忘れられない御方がいます』
『…知っている』
『その御方を思い出すたびに、幸せで、同時に悲しくなります。
私は、あなた以外の殿方を想って度々泣くことでしょう。私の側にいたら、あなたはきっと錆びてしまう』
『それでもいい』
サーナイトは、顔を上げる。
夏の縁側。キリキザンの深紅。彼の背景に注ぐ雨。日々花を開かせる庭先の優雅な木芙蓉。
すべてが一幅の絵のように見えた。
『忘れなくていい。
おまえの過去も思い出も、俺は否定しない。そのままでいい』
『―――…』
サーナイトは、思わず、自身の胸元に触れた。
赤い突起。胸から背まで貫通している、彼女の心を実体化した器官。それは、仄かに光って、熱を帯びていた。
『なんだか、ここが、…ふわふわするんです』
依然として胸に手を置きながら、サーナイトは囁きかける。
『これは、恋でしょうか』
『…、…そうなんじゃないか』
いつでも誠実で、相手の目を見て話すキリキザンが、このときばかりは視線をはずして呟いた。
『俺は、ずっと前からそんな感じだったぞ』
【 了 】