さて。
眩い光を四散させ、
全体に藤の色をまとっているので、姫君は「おや、この卵は藤の精霊が忘れ形見であったか」と目を細め、さっそく可愛がっている。
大きな耳をせわしなく動かして周囲を探り、きらきらと月を宿す両目をいっぱいに開いて「キュィ」と鳴くその様は、見る者すべてを和ませた。
鼓膜をつんざくほど腹いっぱい泣いたかと思えば、ひときわ甘い果物を選りすぐって頬張りにこにこと屈託がない。無垢な姿は愛らしい。しかし、健やかそのものであるオンバットを見る主人の胸中には、どうやら一つの心配事が浮かんでいた。
「…赤子同然だから、ということもあろうが…」
この幼いポケモンは、それなりに立派な翼をもちながらも、上手く飛べないのだった。よちよちと歩き、戯れるようにぱたぱたと羽を動かすが、滞空時間もさほど長くはない。
「こればかりはなあ」と溜息をつく姫君が、ルチャブルを呼び寄せる。
曰く、「飛行練習の相手になってほしい」とのこと。
やはり翼あるものが手本を示さねばなるまいとの考えからくる依頼であったし、もちろん断る理由などないが、こちらの頭部に舞い降りて無邪気に冠羽をつついてくるオンバットをあやしつつ、ちらと主人を見遣った。
その視線の意味を、彼女は正しく読み取ってくれる。
「…いいんだよ。飛べずして、何のための両翼か。
無事に飛翔をものにしてここから飛び去ってしまっても、文句は言うまい。立派に巣立ち己の道を拓く、それもまたよし。遠慮せずに鍛えてやりなさい」
こうして、懐に入れたとて束縛しようとしないところが主人の気高さだった。
今度こそルチャブルは承り、オンバットが乗る頭もろとも、軽く会釈した。
***
『しっかり掴まってろ』
いいな、と念を押して、オンバットを背負うルチャブルは軽々と跳躍を繰り返し、大天守の頂にのぼりつめる。
『わあ…!』
はるかに景色を見渡すことができる、目もくらむようなこの高さを恐れることなくオンバットは歓声をあげていた。
涼しげな水田に、青々と稲が揺れる。緑生い茂る荘厳な山々に、聖なる大蛇のように伸びては大地を潤す一級河川、周囲に広がる城下町。賑やかに人が行き来する街並みを見下ろしていると、この場所にまで、なんだか活気が伝わってくるようだ。
この豊かな国を統治する君主の元へ姫が嫁いでから、早くも一年が経とうとしていた。
『…いつか、この天守閣より上空から眺めることができる日もくる』
『ほんとに !?』
興奮気味に息を弾ませるオンバットが可愛らしく、自信をつけてやりたくて、ルチャブルは力強く頷いた。
『おまえが鍛錬すれば、必ず。
まずは風に乗ること、風を切る感覚を身につけた方がいい』
翼の広げ方を真似して、俺のあとについてこい。
そう言うやいなや、軽やかに瓦を蹴り、ルチャブルは屋根の急斜面を駆け抜けていく。
迷うことなく空中へ飛び出すと、オンバットもまた、虚空へ身を躍らせてきた。墜落の恐怖も端からないらしく、おっかなびっくりながら、ルチャブルの軌跡を追ってくる。
ぎこちないのは当然としても、風をつかまえているのは事実だ。身のこなしを知りさえすれば、あとの定着や上達は早いだろう。『その調子だ』と励ましつつ、ふたりは悠々と滑空を続け、己が主人の住まう御殿を目指していく。