「最近、私の小鳥とはうまくいっているのか」
さらさらと字をしたためる手を止めず、顔も上げず、おもむろに主人が口を開いた。
ゲッコウガは何ら反応を示すことなく、沈黙を貫く。
意図をはかりかねたこともそうだが、元より彼女との距離感はこの程度だ。割り切っているし、互いに冷めている。
「案外、おまえはやきもち焼きのようだから」と付け加えられた内容から、ようやく話が見えた。
…なるほど。
嫉妬に駆られてルチャブルに無体を働いていないかと心配されているらしい。
余計な世話だ、この一言に尽きる。
これだから、無駄に聡い女人は困るのだ。
「頼むから、まだいとけない藤の子に意地悪をしてくれるなよ」と重ねて釘を刺され、いよいよ不貞腐れる。
あんな子どもにまで当たり散らす己ではない、…、…いや、果たして本当にこのまま冷静でいられるだろうか。
普段、この場にいるとすればルチャブルの方だ。
彼が姫の傍につき、ゲッコウガは離れた影から見守る。これを常としてきた。今ゲッコウガが姫君の私室にいるのは例外的なことで、つまりは、ルチャブルの代役である。
ついでに説明しておけば代役頻度は日増しに上がっているわけで、それは他でもない、あのオンバットに起因しているのだった。
「兄上」と呼んで彼を慕う、小さな生き物の姿が脳裏をよぎる。
ルチャブルが、オンバットの拙い飛翔能力を改善させるためにつきっきりとなっている現状――熱心な彼に、幼子はまったく心を許していて、気付けばすっかり兄弟のような間柄だ。ゆえに、四六時中構いたおすとはいかないまでも、ルチャブルは「オンバットが心配だから」と何かと目をかけ、オンバットにしても兄貴分に甘えられるのが嬉しいらしく、向けられる厚意に遠慮をしない。
せっかくふたりの時間を過ごせるというときになって、オンバットの話題が多くなってきたのも最近のこと。日々の成長を楽しそうに話すルチャブルに相槌を打ちながら、いったい幾度、苛立ちを表に出さないよう耐えたことか。
――苛立ち。
そうだ。心がささくれだってしまうのは、主人からの指摘がまさに図星だからだ。
内面を隠すことに長けている己が看破されようとは、嗚呼、まったく――面白くない。
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「あの子の姿が見えないね」
また大天守にいるのかと問われ、ルチャブルは頷いた。
繰り返した練習の甲斐もあり、今では自在に空を舞う楽しさを覚えたオンバットだ。いっぱしの飛行型らしくなり、気ままに遊びにいくようにもなった。今しがた話に出た大天守は、初回の練習以降オンバットのお気に入りになったようで、その周辺をよく飛び回っている。
多少放っておいても城の敷地から出ることはしないし、小一時間のうちには戻ってくるし、何より『自立した漢にしたいならあえて手を離すことも大切だ』と説くゲッコウガの忠告に納得したこともあって、必要以上に干渉せず、このところは好きにさせている。
実際、気がかりではあるが構ってばかりもいられない。通常任務をおろそかにするわけにはいかなかった。
ところが、本日の主人は「連れて帰ってきてくれ」と言う。
「あの積乱雲、胸騒ぎがするんだよ」
彼女が指さす先には、天空を住処にする巨人がごとき雲がそびえ、蒼穹を侵略する勢いで発達を続けている。
見た目には真っ白で柔らかそうな、しかし、その威圧的な様が甚大な天災を予感させた。
からりとした灼熱の真夏日が、見る間に陰りを帯びる。
「あの、要塞と見紛う雲の中には雷神が潜むらしい。…この国で祀っている一柱だ、そうした伝説は多い。
仮にそうだとしたら、雷鳴が心配なのさ。あの子は耳がいいからね。きっと怖がって泣いてしまう」
雨が降ってきても、同様に面倒だ。
ルチャブルは主人に一礼を残し、瞬く間に飛び去っていった。