どかどかと粗暴な足音が近付いてくる。
台風の前触れだ。折悪く、小鳥は傷つき、花の君は傍で見守っているところ。騒がしさが怪我に障らぬとよいが。
「こいつが雷神を追いやったという翼竜か!」
障子戸を開けるなり怒鳴るように声をたて、笑う男が一人。
「殿…!」
ずんずんと歩み寄る大柄な体躯は刺激になるだろうと、藤の子を庇うために立ちふさがる。
「おやめください、この者は羽化したばかりの蝉や蝶と同じです」
「翅が乾くまでは触るなと申すか」
ぐっと顎を掴まれ、上を向くよう強いられる。
背後で藤の子が気色ばんだ唸り声をあげるが、この男には効き目がないようだった。
それどころか「すっこんでろ、これは俺の女だ」と勝手なことを言い返し、退けている。
「生意気な物言いだな。
おまえの言い分が雷神狂いのジジイ共に通用すると思うのか。
いまに列をなして押しかけてこよう、大変なことをしでかしやがって。我が一族の意匠を知らぬとは言わせんぞ」
雷神を祀ることに由来し、家紋は稲妻紋である。
あの大天守で、何が起こったのか詳細は知らない。夏の嵐を呼ぶというかの雷神が落とす
それだけにとどまらず神を撃退してしまったのだから、確かに、さすがに、申し開きようもない。
容易に想像はつく。これから何か凶事があればすべて藤の子になすりつけるつもりなのだ。雷神の怒りをかったのだという理由にして。
許しを乞うための贄としよう、殺さねばならないと、そんなことを言い出す可能性も十分にあり得る話だった。
「御仏の懐からいただいた子です。どうして災禍を招きましょう。
処分をとおっしゃるのであれば、どうか、私に罰を与えてくださいまし。育てた私にこそ責任があります」
「おう、ジジイ共は喜ぶだろうよ。
こんなこと一つで、おまえの実家に攻め討ち入る口実ができる」
乱暴な仕草ばかりをしていながら、終始、彼は野性的な笑みを崩さない。
口の端から、犬歯がこぼれている。
「俺も酔狂だったか。つくづく、妙な嫁をとっちまって」
「…何をおっしゃいます。私の不徳のいたすところです」
「痴れ者め!」
顎が解放される。
相変わらず、彼はいかにも愉快というように、豪快に笑いとばす。
「本当におまえは退屈せんな。その『不徳』に惚れたのだ」
貸しだぞ、と、目を細められる。
「俺に唸る、物申す。どいつもこいつも猪口才な。気に入った!
この珍妙な獣をどうするか、続きは閨で話すぞ。支度をしておけ」
一昨日も。昨日も。…今日も。
抱くつもりか。旺盛ですこと。
来た道を同じく粗暴に引き返していく背中を見つめ、息を吐く。
いつも、この調子だ。
手荒で、勘が鋭く、感覚的に世渡りをして。彼こそ獣じみている。
夜に伸ばしてくる指先だけが、…妙に、優しい。そんな、私の御前様。
ひとまず藤の子が助かることに安堵したはずなのに、自分の心臓は、未だ高鳴ったままだ。
【 了 】