「ルチャブルとの相部屋確定でテンション爆上がり」の、ゲッコウガ
さかのぼること一年前。
主人が嫁入りした直後、ゲッコウガとルチャブルの間でちょっとした押し問答があった。
事の発端は、両者の部屋割りである。
『……』
絶句するルチャブルとは対照的に、ゲッコウガは『ッしゃぁあ!』と内心で歓声を上げていた。
ついに――待望の、相部屋だ。
以前の城では互いの担当部署が異なっていたので住まいが別であったことは勿論、特に姫付きだったルチャブルとは違い、本来ならばゲッコウガはおいそれと貴人の屋敷周辺に出入りすることを許されない立場だった。
それでも分をわきまえず忍び込んでいたのは、ひとえにルチャブルに会いたい一心ゆえのこと。当時の秘せられた逢瀬というのも、通い婚みたいでまんざらではなかったし。
でもまあ、それはそれ、これはこれだ。
無論、主人からの計らいであろう。普段は割と塩対応で接しているが、このときばかりはゲッコウガも素直に感謝した。
相部屋だなんて、これはもう同棲では…?
いいんじゃないかなァ、主人だって新婚生活の幕開けなんだし。あわせて、自分たちも甘い新生活突入ってことで。
ほわほわとゲッコウガの脳内に春が訪れているのも、相部屋が嬉しいことに加え、ルチャブルが隣で赤々と頬を染めているためだ。意識しちゃって、あー、…可愛い。早くも夜の想像をして恥ずかしがってたりするんだろうか。なにそれシコい。
とりあえず部屋を見てみないかと提案し、頷いたルチャブルと共に指定された部屋の障子を開けて――…
刹那、すさまじい勢いでルチャブルが閉めようとしたが、すかさずゲッコウガが阻む。こちらのほうが長身なので、
障子を閉じきることができなかったせいで、畳の中央にどんと置かれたソレが丸見えになった。
『…巣、か』
『巣のつもりでござろうな』
またぞろ言葉を失うルチャブルに対して、ゲッコウガは『文字通りに愛の巣でござる』と本気で言いかけたが、
美しく編まれた巨大な竹ざるの上に、豪奢なちりめん生地の布が大小さまざま何枚も敷き詰められていた。ここに寝転んでもよし、くるまるもよし。
では、さっそく。
『寝てみるか』
『はあ !?』
相変わらず赤面したままで焦り、挙句『俺は畳で寝る』とゲッコウガが認めるはずもない戯言を口走るルチャブルをまあまあとなだめ、『寝床の大きさも確認したいし』『これを用意してくれた職人に一度は報いるためにも』と尤もらしいことを言ってみる。
『…拙者と一緒は、嫌か』
少し変えた声色に、ルチャブルはすぐに気付いてくれる。そのうえ、渋々ながらも応じて寝そべったりするのだから、優しい。ちょろいとも言う。ルチャブルも大概ゲッコウガにはあまいのだ。
『ゆとり、ありあまるくらいだな』
翼まで広げて、ルチャブルが感心したように寝返りをうつ。ふたりして寝てみても十分な広さがあった。素材としても上等なのだろう、どことなく品のいい香りが漂ってくる。絹の肌触りが気に入ったらしいルチャブルが目を細めており、その愛らしい仕草を間近で拝めるだけでも心楽しい。骨抜きにされそう…いや、骨より別のものをヌいてほしいというか、ぶっちゃけムラッときたのだが、素数を数えてやり過ごす。
ゲッコウガとしても絹織物の上で眠れるなんて贅沢だと分かっていたが、それよりも、目の前の心地よさそうな羽毛に顔をうずめたくてたまらなかった。
ので、欲望に忠実に、実行する。
『な、…おまえ…ッ』
ふすま一枚隔てた向こうが姫君の部屋であることへの遠慮もあってか、ルチャブルが逃れようと身をよじる。それと分かっていながら、構わずぎゅうと抱きしめると、やがて観念したように彼の身体から力が抜けた。
胸元の白い羽が、ゲッコウガの頬をくすぐる。
暖かな日差しの中でうたた寝するときと同じ、和やかな匂いがする。
『一応断っておくが、』
『なんだよ』
『毎晩抱くのは我慢する、から、こうして一緒に寝てほしい』
『…ッ、当たり前だバカ』
呆れたような声が、ゲッコウガの頭上から降ってくる。
毎晩襲わないのが常識的に「当たり前」なのか、それとも一緒に寝るのことを「当たり前」と言ってくれているのか。後者にしておこう。ゲッコウガの脳内は、己に都合がいい。
これからいつもこうして共に眠りに落ちて、目覚めるたびに最愛が隣にいるのなら、嗚呼なんて幸せなんだろうとゲッコウガが噛みしめていると、ふと影が落ちた。まるで抱擁するように、ルチャブルの翼がゲッコウガの頭部を抱いている。
『――…』
卵やヒナの気持ちとは、このようなものだろうか。
ぬるくまどろんでいけそうな、安堵感。実際、心身が満たされて幸福な眠気に誘われそうになっていた…
…けれど。
ひたいに柔らかな
『今のは、』
がばりと身を起こすゲッコウガから目をそらし、ルチャブルは、そわりと視線を彷徨わせている。まなじりに淡く朱を刷いて、今更のように照れて。なんだこのめんこい生き物は。ブチ犯すぞコラ。
『気まぐれだったとしても、ルチャブルが悪い』
せっかく自制していたのに。
恐らくはなんの狙いもない、煽る気だってない、ただの無自覚というのも困りものだ。
『は?…おい、待てゲッコウガ!』
制止してくる手を押し返し、脚の間に身体を滑り込ませて本格的に動きを封じにかかったので、対するルチャブルが顔色を変えている。
『ッやめろ、…隣は、』
『不在でござるよ』
『!』
『殿の間に呼ばれて。…元より我々では付き従えない場所でござる。目的も
『どう、…?』
『子作り』と耳元で囁いてやれば、相手の顔には明らかな恥じらいが浮かんだ。自分たちだって結構すごいことやってきたのに、この初心なところが変わらないのは純粋さゆえか。愛しい。
『何を狼狽する必要が?
むしろ当然でござろう。世継ぎをうむこともまた姫としての大事なつとめ』
『それはそうだが』と口ごもっているが、身近な、しかも敬愛する相手の色事を生々しく感じて慌てている様子だ。
御主とて同じことだろうに。よもや姫君も、御主が拙者に割り開かれて、悦んで、乱れる痴態など想像できまいよ。
で、他所は他所うちはうち、これからくんずほぐれつしたいわけですが、よろしいでしょうか。無防備に晒された首筋をねっとり舐めあげると、小さくも甘い悲鳴が虚空に散った。
『拙者も御主と艶ある夜を過ごしたい』
…と、結構いい雰囲気に持っていけたのに、『まだ夕方だろうが!』とこの期に及んで抵抗の意思を見せるのだから、さすがは己が見込んだ一羽であった。そんなに意地を張られたら、こう、すごく――燃える。
これからぐずっぐずのどっろどろにしてやるからな覚悟しとけよ。
『まだ夕方?
それは重畳。これから夜明けまでに何度気をやるのでござろうなァ御主は』
記録更新といくか。
ゲッコウガは、獰猛に、見せつけるように舌なめずりをする。
『ひ、』と息を呑んで怯もうが時すでに遅しだ。逃がしてなんかあげない。
『ルチャブル、…さっきの、口にして』
長い長い舌を一旦すべてしまいこんで、口元を近付ける。
『さっきのって、…』
一度はしらをきろうと試みたらしいが、ルチャブルは生粋の兄貴肌なので、甘えて懇願するような目をすれば割とわがままをきいてくれる。情に厚いからこそ、幾たびもゲッコウガにつけ込まれて快楽漬けにされるというのに、反省がない。
今もそう、やっぱり捨て置けないから、ルチャブルは懸命に羞恥をこらえている。ゲッコウガへ、乞われるままに自ら口付けを贈ってくれる。
滅多にないことだから大事に味わおうと、ゲッコウガはゆっくりと舌を絡めた。
新しく得た巣の中でもつれあっていくふたりを包むように、やがて、春の夜が訪れる。
【 了 】