ゲッコウガがオンバーンを牽制する話
『兄上』と呼ぶオンバーンの声を聞いてルチャブルが動くが、ゲッコウガは抱く腕に力を込める。
少し困ったように、彼は『探してるから行かないと』と言うのだが、承服できない。
だから、『ここにいてくれ』とせがみ、敢えて弱さを見せ絆すのもお手のものである。案の定、ルチャブルは、迷いを見せつつもこの場にとどまった。
かつて、あの翼竜は見るもひ弱であえかな生き物だった。
『母上、母上』と何度も呼び、姫君に懐くオンバットは、もちろん彼女と寝食を共にした。
しかし、彼女が殿に呼ばれる夜がくると、その間だけは隣室に預けられる。
なんと嘆かわしい、愛の巣への闖入者。
託児所じゃねーんだよと密かに苛立ちつつ、それでもオンバットの世話すらそつなくこなすのがゲッコウガである。ルチャブルと一緒になってあやしている間は確かに擬似的な家族であったし、安心しきって川の字の真ん中で眠る幼い姿は可愛らしいとも思えた。
ただしあくまでも、オンバットが子どもであったために、余裕でいられただけのこと。
オンバーンへ進化し、肉体だけが先行して成熟してしまったが、心の成長が追いつけば逞しく立派な青年となるだろう。
彼が心身ともに大人になったそのとき――多少面倒なことが起きるだろうなと、今のうちから、ゲッコウガは薄々予感している。
どうも、奴からは同族の臭いがする。
どこかで回路が繋がれば、ルチャブルへの憧れが恋情へと変貌しそうな気配がある。
それが、どうしようもなく、嫌だ。
+++++
いつにも増して執拗な口付けだった。
口内の隅々を這うように、隙間なく舌が密着してくる。
軽々とゲッコウガの太腿に乗せられ向き合う体勢は、体格差を痛感するので屈辱的なのだが、今はそうした悔しさも与えられる甘い刺激の中に誤魔化されてしまう。
『ふ、…』
息を整えようと少し離れると、ゲッコウガと目が合った。
一対の薄紅は欲情して強い光を帯び、その興奮が伝播して、ルチャブルの身体が熱を宿す。まるで疾走した直後のように、心臓が痛みだす。時折逢瀬に使う書庫――そこを満たす紙や墨の匂いの中に色香が混ざり始める。
単なる寵愛ではなく、いやらしい仕草なのだと分からせる手つきでうなじを撫でられて、ぞくぞくと甘やかな氷が背筋をすべる。えてして、鳥ポケモンの性感帯は嘴や後頭部に集中しやすいことを、彼は知っているようだった。
否、…知っているというより、暴かれたと言った方が適切かもしれない。
おそらくルチャブルの肉体でゲッコウガに触られてない場所はないし、何なら体内の一部まで明け渡してしまっているのが実情だ。
はしたなく鳴かせようと思えばいくらでもそうできるほどに、いっそ己より己の肉を知り尽くしているのが、血の繋がらない全くの他者であることに時折おそろしさを覚える。
『声、きかせて』
ルチャブルを甘噛みし、舐め、吸い、愛撫するゲッコウガが、そっと誘ってくる。
本当は今にでも蕩けた声が出そうだったがぐっと耐え続け、ふるりと首を振った。
『なぜ』と一度は問いかけられたものの、ルチャブルが答えるより先に彼自身が『オンバーンか』と結論を回収する。
『あいつは耳がいいからな』
御主はこんなときでさえ、と、呟きが聞こえる。
どこか冷えた声に戸惑い、真意を尋ねようとするも、おもむろにすぼまった箇所をくるりと撫でられて肩がはねた。
『ッ、』
『…御主が声を出さずに済むよう、ゆっくり進めるでござる』
嘘偽りなく、宣言通り、とても緩慢にほぐされた。処女へ気遣うよりもさらに優しかろうという指使いである。
普段ならもう少し強く掻き回されても平気なくらいにはこの行為にも慣れてしまっているのに、触れてほしい場所に決定的な刺激が与えられず、あるいは触れたところでかすめる程度で満足もいかず、歯がゆさともどかしさだけが募っていく。
思わず、腰が揺れる。しかしルチャブルには、こういうときに『ねえ、もっと触って』と
この現状にしてもそう、『ゲッコウガの気遣いを無下にできない』なんてかなり甘っちょろい思考で堪えているのであり、ゲッコウガによって焦らされているだなんて夢にも思わない天然である。
だめ、だめ、声を出しちゃだめ
快楽欲しさに心が折れかけていようと、ルチャブルの脳内は実に健気だった。
限界が近くても助けを乞えず、ほろりと目から零れた雫に、ゲッコウガは丁寧に口を寄せた。
『…ルチャブル』
指の代わりにゲッコウガの先端が少し入ってきただけでもう腰から砕けてしまいそうなほど、追い詰められている。
震えるこちらの身体をあやすように擦りながら、ゲッコウガは鼓膜に蜜を流し込んでくる。
『声、出したくないのでござろう?だったらあまり動いてやれない、から、』
少しの刺激で気持ちよくなれるように頑張ってみようか。
優しく誘導するように、ゲッコウガは、指の腹でルチャブルの頬を撫でる。
『拙者は御主のことが好きだ。…ルチャブルは?』
先程よりまた少し埋められるものの質量を敏感に感じ取って胸を焦がす鳥は、問いに対して、思わず従順になった。
『す、き』
『そうか。嬉しいでござる』
嬉しい、と、言われた途端。
何かがきゅんと音を立てた。
その甘酸っぱさを濃くするように、そっと、そっと、そっと、ゲッコウガが入ってくる。ねちっこくほぐされてぐちゃぐちゃになっているはずなのに音もなく侵入されて、しかし確かに激しく揺さぶられたりはしないから、ルチャブルはどうにか鳴かずに済んでいた。
『ルチャブル、…もっと言って。そうすれば、たくさん気持ちよくなれるから』
『すき、…?』
『そう。もっと』
互いにしか聞こえない囁き声が、湿り、甘さを増す。
『すき、…す、き…ッ』
全部、みっちりと詰まって、一つになっている。
突き上げられることなく、代わりに胴体を慈しむようにまさぐられて、喉がひくりと上下した。
『ルチャブル、気持ちいい?』
『きもち、…すき、ぁ、あぁ、…!』
熱に浮かされて呪文みたいに『好き』と繰り返すうちに、本当に、全身を焼き尽くしてしまうような過激な多幸感が膨れ上がっていく。
あつい。
あつくて、かなわない。
ゲッコウガは全然動いていないのに、心だけがはちきれんばかりに満たされてしまって、異常な「気持ちいい」に頭の中が塗り潰され倒錯が深まる。
『なんで、…ッぁ、…きもち、とまらな、』
すき。すき、すきだゲッコウガ。
好きと口にするたびに、勝手にナカが収縮する。勝手に快感を拾ってくる。
たまらなくなって、ルチャブルはゲッコウガに縋りついた。いやだ。こわい。妙な浮遊感に酩酊し、前後不覚になり、下りてこられなくなっている。
『――ッ!!!』
雄の最たる弱みを握られた際、悲鳴は、食べられた。
再びゲッコウガの舌で口内を犯され理性を壊されていく最中、彼は器用なもので、先走る粘液を絡ませてルチャブルのものを扱いていく。
『ンぅ、ん、…っ』
翻弄することに特化した手の動きによって、今更直接的で分かりやすい快楽を叩き込まれてはひとたまりもなく、口を塞がれていながら、何度もくぐもった嬌声が爆ぜた。
せりあがってきたものを出した瞬間、悲鳴のみならず呼吸も奪われるルチャブルは、ぷつんと意識の糸を断ち切って気絶する。今までの中で最も静かで、最も異様で、最も気持ちいい時間が、幕を下ろした瞬間だった。
+++++
さすがに気を失っている相手に腰を振るような睡姦じみたことはしたくなかったので、ゲッコウガはルチャブルを横たえ、怒張したままのブツを引き抜いた。
自身の手は、出されたばかりで未だ熱を持つ相手の白濁にまみれており、そのぬかるみと共に軽く扱くだけであっという間だった。
汗だくでくったりと意識を手放している美麗な鳥は扇情的で、状況が許すなら二回戦へとしけこみたいところであったが、まずは互いに拭き清めることが先だろう。
…トぶまで善がってくれたのならタチ冥利に尽きるというものだが、しかし、なんとまあ天然のおそろしいこと。
オンバーンを気にかけるルチャブルに大人げなく嫉妬して、少しいじめてやろうかと焦らしにかかり、ついでに潤んだ上目遣いで『挿れて』と乞うおねだりの一つでも聞けたら御の字だと――思っていたのに。
あれ?これ気付いてなくね?
悩ましげに溜息を吐いて耐えるいじらしい表情は眼福そのものではあったが、一向にゲッコウガを恨めしそうに見てこないので次第に違和感を覚え、…やがてはたと思い当たる。
まさか、本当に声を出さずに済むようこちらが協力しているなどと…考えて…、…、…いるんだろうなあルチャブルのことだから。
うそでしょ?どんだけ尊いの拙者の愛し君。限界突破しすぎじゃない?
不意に合掌したくなった。城中に自慢して回りたい気分だった。ねえ見て、拙者のルチャブルがこんなにも可愛い。
結局、意地悪ではなく甘やかしに転じて、ルチャブルに陥落したのはゲッコウガの方だった。
普段を思えばかなりおとなしい情交に終わったが、それでも聞き取っているのではなかろうか。あいつの耳は随分と特殊な性能を持っているようだし。
では尚のこと、思い知る羽目になったはず。
おまえの大好きな兄上は、とうの昔に拙者のもの。残念でした。
何度も『好き』とさえずっていた愛しい鳥を見遣れば自然と口角は上がり、にやけ面を消せずにいる。
この、世界で一番甘いとびきりの『好き』をもらうことができるのは、いつだって自分でありたい――ゲッコウガはまた一つ穏やかに狂気をはらみ、うっとりと、ルチャブルの寝姿を眺めるのだった。
【 了 】