※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第三話:③

■ 第三夜

 

 

 夢のまた夢だろうか。

 兄上はいつかオレを選んでくれると、その日を夢見るのは愚かなことなのだろうか。

 

 いかに唐紅に満ちた華美な風景の中にあっても、この季節にはない若菜色に染まる彼の頭部は、よく目立つ。

 銀杏の下で、ふたりが話している。

 別に耳をそばだてていたわけではないけれど、高性能な己の耳は、彼らが遣り取りする内容を否応なく拾い上げてしまう。

 

 美しい思い出に彩られたふたりの出会い。

 オレでは決して知り得ない、これまでのふたりの過去。

 

 兄上は、オレの前ではいつも毅然としている。

 手本を示そうと格好をつけて、弱音を吐くことも、肩を震わせて泣くことも、ましてや…頬を赤らめて照れたりなんて、絶対にしない。「兄」としての仮面は堅牢だ。

 

 だけど、きっと…オレには見せてくれないものを、ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ、ゲッコウガの兄者だけには、惜しみなくさらけだしているはずだ。

 ――ずるい。

 オレだって、本当は。

 

 知りたくてたまらないのに。

 

「藤の子」

 藤の根元から拾った卵の子という謂れから、母上はオレのことを「藤の子」と呼んでくる。

 その声は、平生より、心なしか厳しい。

 

「ものほしそうに見るな。

 私はおまえを賤しく育てた覚えはない」

 

 母上が正論を説くとき、そこに容赦はない。

 いっそ「納得しなければ許さない」と言わんばかりの威風が、毎度のこと、逃げ道を断つ。

「貪り、憎しみ、無知。心の三毒だ。

 恋とは必ずしも美しいものではないよ、藤の子。相手を独占したいと願い、情欲に溺れ、ときに何故思い通りにならぬのかと恨む。自分の描く理想を押しつけて相手の真を知ろうとしなくなる。挙げ句、数え切れぬ苦悩を背負い込み、破滅への道をひた走ることさえ…。

 …忍ぶ恋が高等とは言わないさ。しかし、今のおまえは危うい。男なら、相手の幸せを願って身を引くことも知りなさい」

 

 諦めろというのか。

 初めて、本気で好きになった相手のことを。

 

 この、一生忘れえぬ恋を。

 

 身の内に巣食うのは、諭されて消える生半可な焔ではない。黙って引き下がるにはあまりに、兄上との恋しい思い出が多すぎる。

 

 焦れて視線を上げた先で、ふと、恋敵と目が合った。

 刹那、ゆるりとたわんだ薄紅の目が『おまえの出る幕ではない』と不敵に一笑している。

 瞬間――憤りが、胸を焼いた。

 

 

 

 そうだな。

 怒りも尤もだ。悔しくて苛立つんだろう?どう足掻いても勝てぬと分かっているから。

 

 

 

 オレが、オレに、囁いてくる。

 おまえが慕う兄上は、容易く掌(たなごころ)を返すような漢か?違うだろう?

 おまえが迫ったところで何ら変わりはしないさ。その現実に打ちのめされておまえが惨めになるだけだ。彼がいかに一途であるのか、それこそ、おまえ自身がよく知っているだろうに。

 

 自分が先に出会えていたら?

 恋仲になれたとでも?なんと短絡的な。馬鹿馬鹿しい。時間に可逆性などないのだから、出会う順序を考えたところできりはないし、意味もない。

 奇しくもおまえ自身で言った通りじゃないか。

 夢のまた夢――いつまで経っても現実に反映されることはない逆夢(さかゆめ)だ。

 だいたい、…略奪の度胸も、オレが幸せにしてやると見得を切るだけの覚悟もないくせに。

 

『…うるさい』

 わかっている。

 全てわかっている。それでも尚、…苦しむと予め知っていても尚、オレは。

 

 未だ、この心を手放す理由を、拒み続けている。

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