■ 第四夜
夢か現か幻か。
何にせよ「父へ文を届けておくれ」とは、ちと冗談が過ぎる。
思わず硬くなったこちらの表情には気付かず、主人は封の裏に花押を記している。
なぜ拙者がと思う一方、どう考えても自分しかいない状況に、焦りを深めるばかりだ。
ルチャブルの容姿では山道も街道も目立ちすぎるし、オンバーンは論外だ。その巨躯がどうあっても人目につく云々は元より、奴はこの城の象徴として政治に組み込まれている存在。殿の命令でもない限り城外には出せない。
ファイアローは基本的に殿の用向き専門であり、そもそも、飛翔の際に火の粉を散らすことがあるので書簡の遣り取りには向かない。
姫付きで、人間よりも速く、御庭番を通じて父君に文を届けられる、隠密と戦闘に長けた存在。適任者として話がくるのは当然のことだった。
伝達任務は初めてではないが、場所が問題だ。
ここ山吹ノ国から常盤ノ国まで、どれだけの距離があると思っている。
己の脚力を以てしても、寝る間を惜しんで駆けても、片道で丸一日はかかるだろう。父君は筆まめな御方だから、すぐに返事を書くと言ってこちらをとどめるはず。留め置かれる時間と往復、絶対に三日は必要だ。無論、最低必要日数で物を言っているので、天候その他の条件次第ではこれ以上に延びる可能性も考慮しなくてはならない。
この国へ移ってきてからは姫君の護衛任務が主だったので、遠方へ単独行動をする必要がなくなっていた。
…それが、今になって。
急務なのだろうと思う。断れる立場にもない。しかし城から不在に?ルチャブルを置いて?
あの翼竜がいるのに。
ぐっと口内を噛みしめている間にも、文を渡され、使者であることが先方に伝わるよう家紋が薄刷りされた布を腕に巻きつけられる。
こうして迷う内にも時は過ぎる。
今すぐにでも出立しなければ、心配事が長引くだけだ。
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『しばらく城をあける』
だから約束してくれないか。
ルチャブルを引きとめてきたゲッコウガの声は、随分と強張っていた。
『オンバーンとふたりになるな』
これほど「藪から棒」ということわざがしっくりくる話もないだろう。
前触れもまともな説明もない内容に、当然、ルチャブルは表情を曇らせる。
『はあ?…いきなり何を、』
『あいつが御主に惚れているからだ。用心しろと言ってる』
もう行く、と手短に告げて風のように駆けていくゲッコウガ。
ろくに見送れもしなかった。突拍子もないことを真顔で言われて反応に困ったということもそうだが、何より、一瞬にして強力な、頭を殴られたような衝撃で呆然としていたためだ。
…オンバーンが?
俺に、何だって?
なんだそれ面白くないぞと言い返せればよかったが、馬鹿馬鹿しいと投げ出しておくことも躊躇わせる剣呑な目つきをしていた。
彼にしては意外なほど余裕のない様子で、慌ただしく出ていって。
詳細を省かれたのは早く用事を済ませたいから?なぜ急ぐ必要がある。それも「ふたりにさせない」ためだと言うのか。
問いつめたい相手は、もうはるか彼方だ。
とんでもない渦中へ急に置き去りにされたように感じられて、にわかに心細さがつのっていく。