※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第三話:⑥

■ 第六夜

 

 

 夢から醒めきれていない、夢見の悪さから立ち直れていない、そんな虚ろな目をして藤の子がやってきた。

 早朝である。

 何事かと起き上がると、後ろ足を器用に使って何かを横たえてくる。

 畳の上に転がったものを目の当たりにした瞬間、既の所で、悲鳴を噛み殺した。

 

「おまえ、…ッ、なんと愚かなことを…!!!」

 

 力なく目を閉ざした小鳥がいる。

 鋭利なもので斬りつけられたかのような傷をこさえ、土埃の汚れが乱闘を生々しく物語る。

 美しい羽の手入れを怠らない綺麗好きな彼には、到底似つかわしくない姿に成り果てていた。

 

 藤の子を見ればわかる。

 この子は助けを求めるような顔をしていない。これは己がやったのだと白状する、憔悴した表情だ。

 

「誰か!誰か起きている者はおらぬか!たらいに薬湯を張って参れ!」

 

 朝の静けさを追いやって声を張り上げると、呼応するように、廊下の向こうからばたばたと慌ただしい足音が近付いてきた。

 

 

+++++

 

 

「すまない」

 

 万感を込めて告げた後、主人が抱きしめてくる。

 記憶にある限り、初めての出来事だった。

 逸品である着物の肌触り、温もり、焚きしめられた香に覆われ、戸惑う。

 

「おまえ、…この城から発ちなさい」

 震えの混じる声音から、彼女の胸中が察せられた。

 己の方が切られるのかと、そんな恨みがましいことは欠片さえルチャブルの心には生じない。この御方まで悲しませてしまったと、何よりも先に、そのことが自身にとっての憂い事だった。

「一目見たときから、おまえの誇り高さが好ましかった。

 以来ずっと、…私の自慢だった。

 強く、気高く、美しく、そして、」

 義兄(あに)としても申し分なかった。

 絞り出すように、姫君は話す。

 すべてが過去の出来事として語られている点に、ルチャブルは、終幕が間近であることを理解する。

 

「今や藤の子は、おまえにとっての呪縛となろう。

 しかし、あの子はもう、この国のものだ。私の一存で左右できる存在ではなくなってしまった。

 …だから。翼竜のいない場所へ行くんだ。

 おまえのことは、決して探しはしないと約束する」

 

 傍にいることで傷つけ合ってしまうのだから、離れるしかない。

 なかったことにも、元通りにもできない。この現状が、月夜の残滓だ。

 

『…俺は、最後にしくじりました。それだけが無念です』

 この声が伝わらずとも、一つ、啼いた。

 ルチャブルは、おずおずと、翼を主人の背に回した。

 

 最初で最後の抱擁だった。

 

 

+++++

 

 

 一度も振り返ることはなかった。

 鳥とはそうしたものだ。飛びたつときには空を見る。彼らしく、別れ方まで潔かった。

 

 ふと足元を見ると、羽が一枚。

 片や紅緋、片や若竹――何度見ても、胸をうつほどに、華麗な。

 

 

 拾い上げたそれを、漆の小箱へとしまいこむ。

 今ではもう、達者であるよう願うことしかできない己が、無力だった。

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