※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第一話:④★

 かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを

 

 ――今までは、貴方に恋している気持ちを口に出せなかった。

 だから、…知る由もないのでしょうね。伊吹山のさしも草のように貴方を想って燃え盛る、私の心など。

 

 

***

 

 

 帰還したとき、城仕えのポケモンたちが随分と騒がしかった。

 何事かと問えば、姫付きの新入りがえらく強いという話題でもちきりで、異国の出身だとか献上品の取り澄ました奴だとかその他諸々真偽不明のネタが入り乱れていたが、ひとまずもゲッコウガの関心を惹いたのは「強い」という一点のみだ。

 どれほど屈強な相手かひとつ拝んでみようと庭園の樹木から偵察したが、それがいけなかった。

 

 

 一目。

 ――たった一目で、心を鷲掴みにされた。

 

 

 冗談を抜きに、落雷にうたれたがごとき衝撃に襲われた。

 小柄ではあるが、均整の取れた引き締まる体躯。美しい羽を身にまとう立ち姿。全体に端正で愛らしい容貌をしているのに、不釣り合いに、一対の目が戦士としての勇猛さをはらんでいる。

 これでも忍の端くれで、気配断ちは基本中の基本だが、向こうはゲッコウガの方を振り向いてきた。冴えた勘も併せ持っているらしい。いっそう、ぞくぞくと歓喜に震える自分を知った。

 

 息をするように、どうしようもなく「欲しい」と思った。彼を目の当たりした数秒後には、手に入れようという算段をつけ始めていた。こんなに心を揺さぶる相手に出会ったことがなかったから、いつにない己の高揚が新鮮で、理性では抑えられない感情を持て余すことすら面白く思えるほどだった。

 

 よりによって姫の手垢がついているのかという思いの反面、構うものか略奪すればいいと、露見すれば切腹ものの不敬なことすら平然と結論付ける。どんなことでもやってのけようという大胆不敵な強い執着があとからあとから湧き出てくる。ちらとも抗うことをせず、その欲に従って行動を開始した。

 

 何とか接点を作って積極的に近付いていくと、最初こそ警戒していたが、元来のルチャブルは懐っこいらしく、心を開いてくれるまでにさほど時間はかからなかった。単純接触効果の絶大さを教えてくれるその無垢な素直さも微笑ましい。実際のところ、誠実で実直、彼は好ましい性情の持ち主だった。

 共に戦地を駆けることもあり、さなか、舞うような華々しい戦いぶりを目の当たりにすると、この麗しい小鳥に尚以て夢中になっていった。

 

 

 欲しい。

 欲しい。

 早く自分だけのものにしたい。

 

 

 話す時間が増えるにつれ、ルチャブルのかかえていた孤独を知った。普段から気丈に振舞ってはいても、突如として見知らぬ土地に連れてこられた不安や寂しさが根深くわだかまっていることが分かったから、それを好機だと思った自分はさすがに意地が悪い。

 しかし、こちらに依存させる条件が揃っているとあらば使わない手はないだろう。任務柄、心の隙間から忍び込むことも、弱っている相手につけ込むことも得意だった。手練手管に出し惜しみはしない。なにせ、振り向いてほしい一心である。

 

 ありったけの親切を示して、心から褒めて、こんなことを言うのは御主にだけだと囁いて、ルチャブルが望む言葉のみをずっと紡いできた。

 日々を重ね、あとは既成事実を作ってしまえばなし崩し的にいけると確信し――いつかの夜。

 僅かに媚薬をふりまいて、彼の隣に座った。

 己は平気、しかしルチャブルは反応するであろう塩梅。ゲッコウガはそれなりに訓練を積んできた経歴もあり、薬や毒には多少の耐性がついている。

『いつもと違う匂いがする』とすぐに彼は気付いたが、予め用意しておいたもっともらしい嘘をもっともらしい表情で語れば誤魔化すのは容易かった。

 そのうちに頬を紅潮させて浅い息を繰り返すようになったルチャブルの変化をつぶさに観察しながら、さあどうやって組み敷いてやろうかと虎視眈々、狙いを定めていく。

 思惑通りとはいえこんなに薬が効きやすいのでは色々と心配だなあと敢えてずれたことを考えたのは、緩く勃ちはじめていたルチャブルのものをめちゃくちゃにしてやりたいという衝動を、どうにかやり過ごすための時間稼ぎだ。凛々しく漢らしいルチャブルが羞恥に身悶え、しまいには泣きそうな声で『いやだ』『見るな』と言ってくるのだから、応えてあげるが世の情けである。無論、真逆のことをする。いやがることをしたくなるし、凝視したくもなる。興奮するほかない。この瞬間にも彼の雄としての矜持にはヒビが入っているのだろうと思えばもっと苛めて泣かせたくなる。背徳感なぞ露ほどもなかった。水型のみならず悪型も複合しているポケモンで本当によかったと不純な動機で状況を楽しみつつ、誰かに見咎められても面倒なので拉致監禁を敢行した。

 

 以前から目をつけていた納戸に連れ込んで、押し倒して。

 ここまできて尚、こんなにも『はやく気持ちよくなりたい』と顔に書かれているのに、友情に操を立て、薬の効能に抗って、罪悪感によって素直になれないルチャブルは本当にいい奴だ。

 そういうところに惚れている。

 この高潔さを踏みにじればこちらへ堕ちてくるだろうと見越し、ゲッコウガはあえて穏やかに説き伏せた。

『割り切ればいい。拙者と、御主の、ふたりだけの秘密として』

『ひ、みつ、…?』

 潤んだ目で舌ったらずに確認をとってくるルチャブルの破壊力。普段との落差。可愛いが過ぎる。まともにくらってずんと腰が重くなったが、ゲッコウガは耐えた。ここで暴発しては水の泡である。

『そう、…仕方ない。誰も悪くない。ルチャブルは何も怖がらなくていい』

『おれ、は、…わるく、ない?』

 悪くない。

 断言するのが肝心だ。全てを肯定していくからこそ、小鳥は安心してこの手に抱かれにやってくる。

 案の定、彼の葛藤が弱まる。油断する。これは白旗と同義だなと解釈し、待ちに待ったものを口に含んだ。

『ン、あ、…ぁっ!』

 我慢していたのだから快感もひとしおだろう。

 もとが鳥だからってのは関係ないだろうが、それにしても、いい声で啼く。これからが楽しみだ。

 手でしごいてもよかったけれど、思考の余地をなくして脳を使い物にならないよう壊すには、このくらいの刺激が要る。夢にまで見るほど忘れられない体験にしなくては意味がない。

 快楽に打ち負かされて、ルチャブルの緩んだ口から『城に来てから触ってない(だからこれ以上は止めてくれ)』との思いがけない暴露話も聞けたが、あーあぁ、自白剤云々のくだりは丸っきりでたらめなのに、そういう明け透けな情報を口走ってくれるのホント助かる。自分で事務的に抜くことすらためらう性格か。じゃあ今夜以降もあの手この手で自慰行為に介入して拙者から触られることそれ自体への抵抗感も薄めていこう、と、瞬く間に小賢しいことを思いつくのだった。

 

 かの姫君は優れた人格者だが、生まれながらの貴人ゆえに、他者への身体接触は「撫でる」が関の山。抱きしめたり手を握ったり口付けたりなんてことは天地がひっくり返ったってあり得ない。

 要するに、彼女は、ルチャブルの恋しさを芯から埋めるような働きかけはしない。できない。

 だからこそ、ゲッコウガはルチャブルからの信頼を勝ち得るためならどんな苦労も厭わない。優しく触れて、ただ、甘やかす。ルチャブルが口には出さない、しかし本当は欲してやまない温もり――それを、求めるだけ与えてくれる存在はひとりしかいないのだと、彼に思い込んでもらわなければ。

 

 性処理をさせたことに絶望してすまないと泣く可愛いルチャブルをあやしながら、ゲッコウガは考える。――状況的同性愛……異性を得られない環境下で、代償行為として同性を恋愛や性行為の対象に選択すること。ただし、元々は異性愛者であるために、何らかの契機によって限定的な環境が解消された場合は直ちにこの同性愛傾向は消滅する。つまり、根源的な性的指向自体によるものではなく、環境において一時的に形成される性的嗜好――だが、今のルチャブルがそういう状況にあったとしても、いずれはその環境要因を抜きにしてゲッコウガを好きになってくれるところまで持っていくのが、雄としての腕の見せ所だった。

 現実、手応えはあった。

 次第に、雰囲気さえ上手く醸すことができれば、ルチャブルはおずおずとゲッコウガに身を委ねるようになっていた。なだめすかしているうちはどこに触ろうと全然拒まなくなったし、正味なところ独占宣言は目前だったが、最後のひと手間が重要である。

 

 それは、己が不在になること。

 

 ちょうど長期任務が入っていたし、物理的に距離を置くには好都合。博打だ。会えずにいるあいだ、ルチャブルが『自分は何を血迷っていたのだろう』と冷静になってしまえばゲッコウガの負けだ。しかし仮に、会えないことを寂しがり、想いを強め、何なら恋愛感情へと昇華(あるいは錯覚)してくれようものなら大勝利である。

 

 で、想像してみてほしい。

 内心では一抹の不安を抱えつつルチャブルと再会した際に、相手の口から『これからは、好きだからという理由で触れ合いたい』なんて決定的な一撃が飛び出してきたときの、こちらの気持ちを。

 ――重畳。

 彼から愛してもらえる可能性に心が震えた。思わず天井を仰ぎ見た。深呼吸をした。そうでなければ感極まって号泣するところだった。

 

 これで。

 これで、ようやく。

 

『 つかまえた 』

 

 自らが檻となって、ルチャブルを閉じ込めてしまおう。

 永遠に。絶対に。逃がさない。

 拙者は姫君とは違う。籠の扉を開けるなんて、まさか。

 そんな愚かなことは、しない。

 

 だから。

 

 

『あ、…あぁっ…』

 

 

 今夜も、今夜とて。

 彼を逃がさないために、こうして、心も身体も一つになるよう繋がっている。

 腰を動かして追いあげるたびに小鳥の内側から甘い声が響く。充足感を覚える。支配欲が満たされる。『可愛い』と言えば後から拗ねるから、ただ無言のうちに、彼の汗ばむ頬を撫でる。

 

 愛の交歓が、こんなに素晴らしいものだとは知らなかった。

 これからも己の持てる最良の方法で、最善を尽くして愛したいと願う。負担をかけている分、彼には気持ちよくなってほしい。そのための労力は惜しまない。

 いやだいやだと駄々っ子のように首を振っているが、自分の目の中にハートマークが浮かんでいるなんて考えもしないんだろうなあと思いながら、ゲッコウガは、ルチャブルを甘ったるくなぶる。

 すっかりゲッコウガの形になった感度の高い媚肉をこねると、ナカがきゅうと締まり、うねり、そこでは極上の快楽が待ち受けている。『はあ…』と吐き出してしまう恍惚とした吐息が、両者互いに、被る。

 

『好きにしろよ漢に二言はない』なんて男前に言い放っていた顔はとうに消え失せ、とろとろに蕩けてしまっているのが、心底たまらなかった。

 時々、不安そうに『おまえもちゃんと気持ちいいのか』と尋ねてきたりして、そんな気遣いより先に、「おまえ『も』」という助詞一つから自動的に嗚呼いまルチャブルは気持ちいいんだなと筒抜けになるのが嬉しく、あー、…もう。好き。

 

 君がため惜しからざりし命さへながくもがなと思ひけるかな――主人が学ぶ詩歌の中に、そんな作品があったはずだ。

 熱烈な、恋の発露。

 あなたのためなら捨てても惜しくはないと思っていた命でさえ、契りを交わした今となっては、できるだけ長くありたいと思うようになった…とは。

 

 ゲッコウガには、その想いが、よく分かる。

 

 そう――最愛と共にずっと生きていけたらいいのに、と、祈りを込めて。

 強がって挑発的なことを言うくせに、甘い責め苦への隠しきれない期待が目の奥でちらついているルチャブルへ、噛みつくようにキスをした。

 

 

 

【 了 】

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