■ 第八夜
夢になれ夢になれ。
凶事を吉事に変えようと願立てするときの、まじないの言葉だ。
しかし実際は、そう都合よくいくわけもなく、これではほとんど悪夢である。起こってほしくなかった最悪が、一つとして取りこぼさず現実のものになっているなんて。
もう小鳥はいないのだと――帰還直後にその事実を聞かされたゲッコウガは、すぐに、おおよそを察した。
己の推測が、実際の出来事とは大して乖離していないことも悟っていた。なぜルチャブルが飛び去る事態になったのか、その詳細を一切明かされなかったことそれ自体が、尚のことゲッコウガに確信を与えた。
…それで。
結果は分かった。だから元凶をさらせ。過失を赦され、この国によって庇護された翼竜は、どこに匿われている。
冷えた私怨に支配されかけていたゲッコウガを、このとき、現実に引き戻した声があった。玲瓏な女人の声かけだ。「長らく御苦労だった」と、…その主人の言い様は、己の解任を示している。
顔を上げた先で視界に入る彼女のかんばせは、いつ見ても美しかった。いっそのこと、疎ましいほどに。
「
姫君は改まって居住まいを正し、こちらを見据えてくる。
「おまえの憤怒は当然のものだ。それと承知のうえで頼む。
…私の子を殺めるのはやめておくれ。後生だ」
舌に覆われているので向こうからでは見えまいが、思わず、ゲッコウガは嘲笑を口元に浮かべた。
――殺すな?
面の皮がどれほどの厚みを持っているのか、この女、剥いで刻んで確かめてやろうか。
平生の彼女らしくもない、浅ましく厚かましい発言。
それは意外にも、ゲッコウガを押しとどめ、転向させる動機に足りた。
ゲッコウガが己の
その姫君が今、清らかさを濁らせて、なりふり構わず親としての愚昧を露わにした。
醜い人間臭さを目の当たりにしたこの瞬刻を理由に、ゲッコウガは、彼女を認めた。捻くれている己なりの、ケリのつけ方である。
だから、そのままゲッコウガは立ち退いた。
不敬だろうと一礼もしない。何も言わない。ただ、その場から消えた。
これきりだ。
認めてやる。だから捨て置いてやる。
そう、…今となってはこの輩にかまっている暇すら惜しい。寄り道はせずに見限っていこう。
たとえ主人の首を掻き切ろうとも、腹いせに飛竜を惨殺しようとも、それで最愛が舞い戻ってくるわけではない。
どす黒さに身を任せることを一旦止め、気が変わらないうちに、ゲッコウガは城を離れた。
さあ、何処から手を付けようか。
こちらを皮肉るかのように晴れ渡った蒼穹を見上げ、いっとう恋しい一羽に想いを馳せた。