※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第三話:⑧

■ 第八夜

 

 

 夢になれ夢になれ。

 凶事を吉事に変えようと願立てするときの、まじないの言葉だ。

 

 しかし実際は、そう都合よくいくわけもなく、これではほとんど悪夢である。起こってほしくなかった最悪が、一つとして取りこぼさず現実のものになっているなんて。

 

 

 もう小鳥はいないのだと――帰還直後にその事実を聞かされたゲッコウガは、すぐに、おおよそを察した。

 己の推測が、実際の出来事とは大して乖離していないことも悟っていた。なぜルチャブルが飛び去る事態になったのか、その詳細を一切明かされなかったことそれ自体が、尚のことゲッコウガに確信を与えた。

 

 

 …それで。

 結果は分かった。だから元凶をさらせ。過失を赦され、この国によって庇護された翼竜は、どこに匿われている。

 

 

 冷えた私怨に支配されかけていたゲッコウガを、このとき、現実に引き戻した声があった。玲瓏な女人の声かけだ。「長らく御苦労だった」と、…その主人の言い様は、己の解任を示している。

 

 顔を上げた先で視界に入る彼女のかんばせは、いつ見ても美しかった。いっそのこと、疎ましいほどに。

 

「彼(か)の者を求めて出立せよ。それを以て、私とおまえの関係は終いだ花の君」

 姫君は改まって居住まいを正し、こちらを見据えてくる。

「おまえの憤怒は当然のものだ。それと承知のうえで頼む。

 …私の子を殺めるのはやめておくれ。後生だ」

 

 舌に覆われているので向こうからでは見えまいが、思わず、ゲッコウガは嘲笑を口元に浮かべた。

 ――殺すな?

 面の皮がどれほどの厚みを持っているのか、この女、剥いで刻んで確かめてやろうか。

 

 

 平生の彼女らしくもない、浅ましく厚かましい発言。

 それは意外にも、ゲッコウガを押しとどめ、転向させる動機に足りた。 

 

 

 ゲッコウガが己の主(あるじ)を心から敬愛できずにいたのは、いつでも、汚れからも欲望からも無縁であるかのような澄ました態度が崩れなかったためだ。

 その姫君が今、清らかさを濁らせて、なりふり構わず親としての愚昧を露わにした。

 醜い人間臭さを目の当たりにしたこの瞬刻を理由に、ゲッコウガは、彼女を認めた。捻くれている己なりの、ケリのつけ方である。

 

 だから、そのままゲッコウガは立ち退いた。

 不敬だろうと一礼もしない。何も言わない。ただ、その場から消えた。

 

 これきりだ。

 

 認めてやる。だから捨て置いてやる。

 そう、…今となってはこの輩にかまっている暇すら惜しい。寄り道はせずに見限っていこう。

 たとえ主人の首を掻き切ろうとも、腹いせに飛竜を惨殺しようとも、それで最愛が舞い戻ってくるわけではない。

 

 どす黒さに身を任せることを一旦止め、気が変わらないうちに、ゲッコウガは城を離れた。 

 

 

 さあ、何処から手を付けようか。

 こちらを皮肉るかのように晴れ渡った蒼穹を見上げ、いっとう恋しい一羽に想いを馳せた。

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