■ 第十夜
夢を見せてほしい。
醒めずともかまわないと思えるほど、
***
越冬できればよし。
いたって簡素な方針なので、その場しのぎを積み重ねてもどうにかなる毎日だ。春までの辛抱とくれば、そう気の遠くなるような話でもなく、体力にだって自信はある。
この土地は他より日照時間が長く、温かい。雪に閉ざされて身動きが取れなくなるということもないだろう。この時期に未だ自分が平気なくらいだ。霜すらも降りないかもしれない。ルチャブルは、冬特有の、白っぽく乾いた空を見上げている。
あいつは息災だろうかと、時折、どうしても嫌いにはなりきれなかった弟分を偲ぶ。
木の実をかき集めて冬ごもりの支度をするのなら、当然、秋が正念場である。ルチャブルとゲッコウガ、ふたりが山に分け入った時点では出遅れもいいところで、ほとんどが採り尽くされていたのだが――かといって、それがそのまま食糧不足につながるわけでもない。
冬に実をつける植物は、割合に豊富なのだ。特に小低木。
さしあたって、贅沢さえ言わなければ自助努力でまかなえている。故郷の森では、小さなポケモンから横取りばかりをするつまらん連中もいたので、そうした輩から守る代わりに木の実を分けてもらうだとか、そうして
住まいに関してはもっと適当だった。
岩型や地面型のポケモンたちが気まぐれに掘削したらしい洞窟は無数にあり、寝るだけを目的とするならいくらでも場所は見つかる。風雨をしのげるのみならず、内部の気温が昼夜かかわりなく概ね一定である点もありがたい。
ただし、今は、偶然見つけた古巣を仮の住処としていた。留まるも出ていくも自由ではあったが、元は大型のポケモンが暮らしていたらしいその巣穴は広くて暖かく、何となく居ついてしまっている現状だった。
で。
生活の基礎に問題がない分、ルチャブルの関心は別のところにあった。
無論、連れのことである。
『…元は冬眠が必要な奴だと思っていたんだが』
『拙者が?』
城暮らしのときは、冬になれば人間が蔵から火鉢を出すし、どこでも暖がとれていたので活動に不都合はなかった…ということなら普通に納得する。
もっとも、彼は城にいたときから、気温が下がると動きが鈍るから冬は苦手だとこぼしていたのであるが。
『おまえ、人間と暮らす前はどうしてたんだ』
『…進化前なら、まだ力もなかったし…岩陰に潜んでじっとしていることが多かったが…』
『冬眠ではなかったと?』
『眠って過ごしたことはない。…確かに、他は休眠するのになぜ拙者だけが取り残されるのか不思議に思ったことはあった、ような。何となく思い出したでござる』
体質?
いやそれは俺が訊きたい、と、くだらない遣り取りをする今は夜更けのこと。
身を寄せ合っていれば温かいからと、最近のゲッコウガは後ろからルチャブルを抱いたまま丸くうずくまる格好が定着しつつある。抱き枕にするなと度々苦言を呈しているのだが、どうにも改める気はなさそうだ。
くっつくな離れろという悪態も、結局は照れ隠しの一環である。ルチャブルだって温かい思いをしているのだから。…そう、つまり、ゲッコウガもそれなりに体温があるのだった。これも体質に由来するのだろうか。羽があるわけでも、毛皮を持つわけでもないのに。
『しかし、』
『…なんだよ』
『御主がいるのに、ずっと眠って過ごすというのも勿体ない。冬眠知らずで得したでござる』
『…、…おまえな、…』
『御主はすぐに照れるでござるな』
『…馬鹿言うな。…誰が照れて…』
『さっきよりぬくい』
『ッ、』
己が抱き込まれている分、話すときも、笑うときも、その声が耳元に近い。
たぶん、体温が上がるのは、気恥ずかしさだけが理由ではない。
実際、これほど互いに密着していれば、沈黙が降りたときにふわりと色を含んだ雰囲気が醸されたりもする。
…が。
何も起こらない。
というか。ふたりが再会して以降、性的接触など皆無である。
滅多に自分から誘うことのなかったルチャブルでさえ、少しくらいは、気にかかっている。ことあるごとに盛られ、物陰に連れ込まれ…という、あの日々は何だったのかと呆れるほどに、ゲッコウガは手を出してこない。
それもそうだろうな、とは、思うのだが。
なにせ、俺は。
…、…ぐらついた記憶の蓋を、ルチャブルは、丁寧に閉め直す。
『もう寝るぞ』と言いかけたが、当のゲッコウガは、何かを訴えるようにルチャブルの首筋へ額を押し当てていた。
心なしか抱いてくる腕の力も強まっている。
『おい、…』
本当は。
あと一歩…だとは、思う。
この状況が変わるための、最初の一歩。
そして、それはおそらく、…こちらから踏み出すべきなのだ。羞恥、とか、そういうことを抜きにして。
ルチャブルは、そっと溜息をつく。
『…しない、のか』
拒まれたら軽く死ねるなと思いながら、口にした。
すると、存外、余裕の薄れた低い声が返ってくる。
『して、いいのか』
『おまえが嫌じゃなければな』
と、こうなってからは神速なのである。ゲッコウガは。
まんまと押し倒されておきながら、竦むでもなく、今にも食らいつかんばかりで見てくるこの目を前にしてどことなく安心感をいだいてしまう一方の己も、だいぶ末期だと思う。
『…嫌じゃなければ、か』
呆れも怒りも喜びも含んでいそうな、複雑な声音。
気を遣われていたんだろうとは、察している。どうやら自分は、こいつに、とても大事にされている…ようなので。
『オレがどれほどおまえを抱きたかったか、わかるか』
薄紅の双眸の奥で、燃えあがる焔が見えた。
その所為で繕っている部分が焼け落ちたか、おまえ。うっかり素が出てるぞ。
どうも読みが甘かったらしい。待たせた反動の大きさを予感し、ルチャブルは、内心で徹夜を覚悟した。
『さあな。…教えてくれないと、分からない』
生意気な返事を寄こすと、相手の目がうっそりと細まる。
『言うようになったでござるな、御主も』
『おかげさまで』
――御託はいいから、さっさと食ってくれ。
待ちわびていたのがおまえだけだと思うなよ、ゲッコウガ。
【 了 】