①気楽な野良の弥次喜多道中
②ちょっとした夏の怪談
※ 参照 ※
1.井筒(能/伊勢物語)
2.宇治の橋姫伝説
3.菊花の約(雨月物語)
4.葵(源氏物語)
5.イアーゴーの姦計(オセロ)
6.緑眼のジェラシー(東方地霊殿)
7.廃獄ララバイ(東方地霊殿)
8.嫉妬の炎(公式:第八世代の教え技)
O, beware, my lord, of jealousy.
It is the green-eyed monster which doth mock.
The meat it feeds on.
お気をつけください、将軍、嫉妬というものに。
それは緑色の目をした怪物で、人の心を弄び、餌食にするのです。
***
鼓膜を優しく撫でていくのは、潮騒の音。
湾の奥まった場所に創建されたその神社は広大な社殿を持ち、格式高い朱色の大鳥居が海中で仁王立ちを見せている。潮の満ちる時間帯は、神社・鳥居共にまるで海に浮かんでいるような有様となり、それはそれは神さびた光景であった。
ちょうど祭事があるのか、辺りは随分と賑わって活気付いている。そこかしこが飾りつけられ、人通りも多い。その様を、ふたりして、神社を囲う木々の合間から俯瞰していた。
ゲッコウガは、この地に来てから初めて海を目の当たりにした。青い磯の香を嗅いだ。ひりつく潮風を知った。水面で光をまとって白々と輝く大海原は美しいと思うが、きっと自分には雨水や湖水の方が性に合っていると、そんなことを思いながら太い枝に腰を下ろしている。
『誰かが舞っているな』
隣で、ルチャブルが興味深そうに眼下を眺める。
彼の視線をたどると、その先には、こちらにまでヒノキの香りが漂ってきそうなほどに立派な能楽堂があった。勇ましい枝ぶりで描かれた松の前で、若女の能面をつけた者が優麗な仕草を見せている。
耳をすませて台詞や囃子を聞き取り、ゲッコウガは『井筒だ』と作品名を教えてやった。
『…いづつ』
『能の演目でござる。女に扮するあの舞手が、実は幽霊という設定で…』
『怪談なのか』
『いや、…霊魂としてこの世に留まり、死してなお夫を想い続ける女の愛情を描いたものだ。祟りだ呪いだと、そのような類の恐ろしさはないが、…全体に哀しい筋立てでござるよ』
見たところ、作品は終盤にさしかかっている。女の霊が井戸の水面を覗き込む、有名な場面が演じられているさなかだった。
『そこまでひたむきに想われる男も幸せだったろう』と、ルチャブルが呟く。静かに舞い続ける演者と同じように、そっとした声だった。
作中でも語られることだが、幽霊が恋い焦がれる夫というのは、心変わりによって女をなおざりに扱い、他の愛人のもとへと通うようになる。しかし、それもやがては己を待つ本妻たる女の情愛を知って、胸を打たれ戻ってくる流れなのだが――この「井筒」は「待つ女」のいじらしさが浮き彫りになる典型作とでも言おうか。
『浮気な男を改心させるほどの一途っぷりでござる』とゲッコウガは返しつつ、何とはなしにルチャブルに尋ねた。『拙者が移り気を起こしたらどうする』、と。
『なんだ、あてでもあるのか』
そう言って笑うルチャブルは、『去る者は追わない』と告げるばかりだ。随分と素っ気ない。
『お前が惚れたというなら、よほどの相手なんだろ。後腐れなく身を引いてやるよ』
本当にそうするのだろうと思わせるだけの、簡素できっぱりとした物言いだった。「井筒」の女とはまるで対照的だ。待つことはしないし、留まることもせず、自ら消えるという。実際、ルチャブルにはそうした傾向があった。引き止めないのかと逆に尋ねそうになって、えらく女々しいことをよぎらせた己を、ゲッコウガは嫌悪する。
ルチャブルはまるで気にしていない様子だが、対するゲッコウガは、試すようなことを話題にしてしまった先程を多少なり悔いた。自分はどんな答えを期待していたのだろう。嫉妬でもしてほしかったのか、くだらない。
ルチャブルはゲッコウガの幸せを優先するのだろうし、それが最適だと判断するなら身を引くことだってためらいなくやってのける男気があると、それを知っていたはずなのに。しかもその性格ゆえに、彼は問い返してこない。『俺が浮気をしたらお前はどうするんだ』とは言わないし、そんな不誠実が欠片ほどもルチャブルの中に存在しないために訊く意味も必要性も端からないのだろう。
拙者だったら、と、ゲッコウガは仮想する。浮気相手を惨殺して息の根を止めた後、ルチャブルを座敷牢にでも監禁することだろう。ルチャブルが、もうどこにも行かないように。ゲッコウガのことだけを考えてくれるように束縛して。
こうした例一つからも分かるが、相手の幸せを思い遣りながら自分の位置を探るルチャブルと、自分の幸せのために相手の位置を定めようとするゲッコウガは芯から正反対の気質を持っている。それでも、時に峻峭なところのあるゲッコウガをルチャブルの大らかさが包んで和らげているので、このふたりだろうと上手くいっているのかもしれない。
でも。
でも、と、ゲッコウガは思う。
自分が執着するのと同じだけ、彼からも執着されたいと望むのは――やはり誤りなのだろうか。