※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第五話:③

 颯爽と私の前に現れ、手を差し伸べてくださった御方。

 名を告げず、見返りも求めず、風のように去ってしまった紺青の君。

 

 幼い頃から何かにつけて貧乏くじを引かされて、進化したら何か変わるかと思ったけれど全然そんなことはなくって、いくら時を経てもずっと冴えない生活のままだった。味気ない日々のままついには人間の手にかかって終わりを迎えるのだと絶望していたところに、ときめくような眩い綺羅星が私を明るく照らし出してくれた――嗚呼、もう一度、一目でも構わない…あの美しい殿方にお会いしたい…。

 

 極限状態の中で出会った衝撃は殊の外大きなもので、すっかり、ブースターの心は奪われてしまっていた。

 

 何日経とうが忘れることができなかった。己の記憶以外の手がかり一つもない中で、彼女は、無垢に、無心に恋焦がれる相手との再会を祈った。そも、奇跡を望むに等しい。端から無茶と分かっているのだから、あとはもう、超常の、不可思議な力にでも頼るより他にない。

 

 この森には、妖術使いとして評判のマフォクシーが棲みついている。特殊な能力はもとより、誰に対しても優しい物腰で接するので、その穏和な性情も含めて好かれ、一言でいえば人気者であった。

 ブースターは引っ込み思案な性格をしているので、いつも遠くから彼の様子を眺めるばかりだった。自分から声をかけるなんて考えられないことだったが、今は違う。願いの強さに比例する勢いに任せて、いつになく大胆に行動することができた。

『あなたは魔法が使えるのでしょう?』

 初対面なのにろくな挨拶もないまま、いきなり押しかけたような形になったブースターをマフォクシーは拒まなかった。そっと身を屈め、ブースターと視線の高さを合わせ、笑うことなく話を聞いてくれた。

 ブースターと同じ炎型の気配は、彼の真っ赤な耳元や瞳の色から漂っているけれど、白銀の尾や青紫の体毛は見た目の通りに寒色で、神秘的に煌めいている。

『どうしてもお目にかかりたい御方がいるの。あなたの知恵や魔法で協力していただけないかしら』

 最初、マフォクシーは何やら考え込み、束の間言いよどんだ。しかし結局、恋情に揺れるブースターの緑眼から熱意を察してか、首肯で応じた。

 手元の杖の先端に火を灯し、そこから送られてくる暗号を読み解くように、一心に凝視している。ブースターも、これから神託を賜る民の気持ちで、背中を真っすぐに伸ばし固唾を呑んで彼の仕草を見守っていた。

『…、…苦行に耐えねばならなくなるよ。それでも我慢できるかい?』

 依然としてゆらゆらとくねる火を見つめたまま、マフォクシーは口を開いた。

『願いとは、対価もなしに叶うものじゃない。願掛けのため、たとえば断食だとか、自分に必要なものを敢えて断ったり、自分にとってつらいことを進んでやらねばならないこともある。君はそれでも己の望みを取るの?』

『構いません』

 迷いなく、間髪入れずにブースターは答えた。

『教えてください。何をすればいいの?』

 河瀬に行きて漬れ――マフォクシーは物々しく告げた。

『水に身をひたしながら願い続けなさい。君の想いが本物なら、必ず会えるよ』

 重ねて説明しつつも、炎型ゆえ水への苦手意識を十分に理解しているためだろう、彼はブースターの身を案じるような声音を出している。

 確かに水に濡れるのは嫌だ。それでも、「必ず」という言葉がブースターを勇気付けた。

 御礼を告げた後、一目散に、森の奥にある川を目指した。怖がって足が止まってしまわぬよう、走る速度を緩めぬままに、じゃぶんと飛び込んだ。

 

 せっかくの助かった命に鞭を打つような真似をして、ぎゅうと目を閉じ、ぶるぶると震えながら願いを捧げた。どうか、どうか、あの御方と会わせてください。

 

 それで。

 会って、どうするのか。

 

 よしんば会えたとて、本当に「会うだけ」で済むはずもなかった。恋をしていたのだから。好きだと想いを伝えたくなろう。その先の関係をも欲するだろう。ブースターに悪気はない。だが、結果として、我欲が募っていく一方だ。

 

 こうしたものは、厳密には祈願とは言わない。心を惑わす執着である。

 

 なればこそ――皮肉にも、彼女が真摯であればあるほどに、澱となって淀んでいく想いは怪異へと姿形を変えていく。

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