頭だけを出して身体はすっかり水に浸かり、驚くべきことに立ったまま気絶しているブースターを、マフォクシーはそっと掬い上げた。
ふっさりとした毛皮は見る影もなくびしょ濡れだ。冷えきった身をまずは温めてあげようと、マフォクシーは手早く小枝をかき集め、焚火をおこす。隣に腰を下ろして、彼女が目覚めるまで見守ることにした。
マフォクシーは、確かに、エスパーとして超能力を扱うことができる。しかしそれは、霊験あらたかなものではない。手軽に望みを叶えてやれるような万能性もない。あくまで、少し未来が見通せるだけのことだ。
森に棲むポケモンたちの中には、さもマフォクシーが何でも解決してくれるかのように考えている者が少なからずいるのだが、その認識の違いによって一方的に失望されたり、苦情を入れられることもしばしばだ。今回のブースターも、実態としてはその口だった。一途に思い込んで、どこかそそっかしい印象もあった。しかしながら、『私の願いを叶えて』というよりは、厳密には『自分でやるから手段を教えてほしい』と助言を乞う姿勢だったので、気が向いた。決して縁結びの力を持つわけではないのだが、せめて彼女の未来から紐解ける事柄を教えてやろうと思い、必要なら諦めるよう諭すつもりで、焔の中を覗き込んだ。
マフォクシーには、今回の顛末が見えていた。ブースターが予想以上の強い執念をかかえていること、「魂よく一日に千里をもゆく」といわれるように、魂が抜け出て生霊となればこそ遠く離れた憧れの君に会えること、結果として想う相手の前に醜い姿を晒す羽目になり恋が破れてしまうこと、何もかも。
それにしても、ブースターの中から曇った恋情を抜くために必要な措置だったとはいえ、苦手な水の中に入るよう勧めたのは可哀想だった。
『…気が付いた?』
小さな呻き声をあげながら薄目を開けたブースターに、マフォクシーは問いかける。
『どうかな。…水のつらさを耐えた甲斐はあったかい?』
白々しさを表に出さぬよう注意しながら話すと、辺りを見渡して現状を理解したらしいブースターが『はい』と小さく答えた。そして、聞くのも悲しい嗚咽を漏らし、見ているだけで胸を締め付けるような涙をはらはらと零しながら、今の思いを口にした。
『あなたには感謝しています。ちゃんと、目的の殿方には会えました。
だけど、…あんなに浅ましい姿になって飛んでいくなんて。私の気持ちは、きれいなものなんかじゃなくて、欲深いだけだったんだって思い知らされて、哀しかった』
君の心を救うためにも、その自覚と羞恥は避けては通れないことだったんだ。
そう思うが、マフォクシーはつぐんだ。傷心の乙女に追い打ちをかけるつもりはない。
『それに、もう、…お連れ様がいらっしゃったんです。その御方も、美しかった。私、真正面から言われちゃいました。譲らないって。とても強くて、真っ直ぐな眼差しで…』
いっぱい意地悪をしたのに、怒るどころか私のことを気遣ってくださいました。
対するこちらは見苦しかった。羨ましい、妬ましい、口惜しいと、そればかり。
ブースターは、打ちひしがれてさめざめと泣き続ける。好きなだけ泣かせておこうと、マフォクシーは黙って傍に寄り添っている。
同時に、さていつ切りだすのが適当だろうかと、考えを巡らせる。
実は、君の失恋物語の続きも知ってるんだよ。
遠からず、僕が君の隣におさまって一緒に暮らす未来が見えたんだ――そんな告白を、どんなふうにして伝えるのが一番いいだろうか。
最適を探る時間は、まだ、たっぷりと残されている。
何とはなしにマフォクシーが空を仰ぐと、ちょうど、流れ星が一筋きらりと駆け抜けていくところだった。